オバサンが愚かだったわ!
「ん~。猫ちゃ~ん」
「なぁ~」
砂浜の上で女性が可愛らしい少女のような相手のお腹を撫でまわしている。
燦燦と降り注ぐ陽光は真夏のそれだ。けれど砂浜で戯れる2人の上には特大サイズのパラソルが鎮座し、作り出した影のおかげで直射日光からの被害を回避していた。
「はぁ~。猫ちゃんは可愛いわね~」
「なぁ~」
『背中はガバッ! 脇の辺りもガバッ! お腹の辺りもガバッ!』と、前衛的なデザイナーがデザインしたのかと思わせる露出の多い水着を着た人物は『猫』と呼んでいる相手を捕まえて抱きしめた。
相手の可愛らしい人物は確かに猫だ。
前髪で顔を隠しているがその頭には猫耳が存在し、お尻の部分には尻尾も存在している。着ている水着は黒のビキニだ。小さな胸を考えると色気よりも愛らしさが先行する。
「でもね。猫ちゃん?」
「なぁ~?」
「オバサン、今とっても敗北感に打ちひしがれているのよ」
惨敗だ。圧倒的だ。像を目の前にした亀のような感じだ。
ウルウルと瞳に涙を浮かべ、女性は猫と呼ぶ相手を抱きしめる。
「こんな屈辱的なことがあるかしら? あんなにもオバサンが望み願ったことを……ウチの息子は現在一人占めよっ! 許せる猫ちゃん!」
「なぁ~」
許せる許せないと聞かれても猫としてはぶっちゃけ余り興味がない。
だって自分は持たざる者だと理解している。胸が小さいのは仕方ない。それを直接相手が指摘して馬鹿にしてきたら怒りもするが。
「見て猫ちゃんっ!」
『御前』と“魔女”が呼んでいた相手が指さす方に猫は視線を向ける。
打ち寄せてくる緩やかな波の上にそれは存在していた。外の様子だ。外の様子が魔法の力によって『映像』と呼ばれる形となり浮かんでいる。物凄く高度な技術を要する魔法であることは魔法使いの1人である猫にも分かる。分かるだけで何もできないが。
「左右にノイエちゃんとあの柔らかそうなおっぱいは誰? 知らない! オバサンはあんな美味しそうなおっぱいを知らない!」
「ファ、ナッ……テ」
「ファナッテちゃんね。覚えたわ!」
キランッとその目を輝かせ御前と呼ばれる女性は柔らかなおっぱいを持つ人物の名を覚えた。もう忘れない。あのおっぱいと共に。
「そしてあれよあれ! やっぱり凄いは……リグちゃんのおっぱいは世界いちぃぃぃぃぃ~よ!」
「うん。すご、い」
異様なテンションの相手をそのままにコクンと猫は頷いた。
あの胸は本当に凄い。大きくて張りがある。ただ張りがありすぎるから枕にするのにはコツがいる。あのまま上向きにして使用しようとすると、あまり沈んでくれないから首が凄く疲れるのだ。できれば相手を横向きにして片方の胸を枕にする方がいい。
問題はその体勢だともう片方が顔に乗ってきて重いぐらいだ。
大きな胸は重くて肩が凝ると聞くがその理由が良く分かった。
「あれよ! あれをオバサンは転がして震わせて撫でまわしたいのよ~!」
「がん、ばれ」
「任せなさいっ!」
ひと吠えした御前はまた猫を抱きしめそのお尻を揉むことで色々な何かを我慢する。
猫が甘い声を発しているが仕方がない。だってここには巨乳が居ないのだから!
「煩くて読書もできないのだけど?」
「アイルローゼちゃん!」
「はい?」
白い肌を赤いビキニに包み大きな麦わら帽子をかぶって歩いてきた人物に御前は顔を向けた。
やって来た人物は掛け値なしの美人だ。全体的にカレンダーで胸が色々と残念だが、その魅力的なヒップからの流れるような足へのラインが超一級の魔女だ。
「後でその足を撫でまわすからっ!」
「……」
「そうじゃなくて!」
自分の欲望に脱線しつつも御前は海面に浮かぶ映像に指先を向けた。
「外に出れないのっ!」
「無理よ」
相手の言葉に魔女は軽く呆れつつ肩を竦める。
「刻印の魔女がこれでもかってぐらいに封印を施して出て行ったから」
「それをどうにかできるのは貴女しかいないっ!」
「まあ時間があればどうにかできるけれど……」
ため息をつきながらアイルローゼは、軽く手を振りロッキングチェアーを取り出すとそれに腰を下ろした。
「読書するにはここほど良い場所はないので」
言ってサイドテーブルと飲み物と一緒に読みかけの本を取り出す。
『小学3年生の理科』と表紙に書かれた本を手に魔女は足を組んで優雅に読書を再開する。
「アイルローゼちゃ~ん」
相手の涙声をアイルローゼは無視した。
この人物は外に居る彼の実の母親だという。だからあまり邪険に扱いたくはないのだが、甘やかすとその願いが際限ない。
この場から魔女が居なくなり、しばらくして彼女が騒ぎ出した。
『夏が恋しい! 砂浜が恋しい!』と。
その言葉に自分が解読した知識がどれほど扱えるか……実験した結果、場を夏にすることに成功した。ただしあの魔女ほど巧みに扱えない。一回り場の大きさが縮んでしまった。
それでも『夏』を作り出すことには成功した。それだけでもアイルローゼは満足した。
けれどあの人は満足しない。次は寝ている2人には小屋が必要だとか、シャワーもパラソルもあれもこれも必要だと騒ぎ立てる。最後は海の上に外の様子が見えるようにしろと……本当に我が儘が過ぎる。
これは後で息子である彼にちゃんと謝ってもらう必要がある。関係ない自分がここまで働かされたのだ、これは少しは甘えても良いはずだ。
『ありがとう』とか言われて抱きしめてもらえればそれで十分だけれども。
「猫ちゃん見て見て。アイルローゼちゃんがメスの顔をしているわ」
「なぁ~」
「なっ! してないからっ! メスの顔ってどんな顔よっ!」
生温かな視線を向けている2人に気づいてアイルローゼは慌てて否定する。
メスの顔なんてしていない。自分の願いはいつでも大人しめの微笑ましい規模だ。
「ベットで男を求める女の顔ね」
「なぁ~」
「してないからっ! そんなこと、私そもそも好きじゃないしっ!」
好きではない。自分から望んですることはしない。
ただ相手に求められるとつい断れないだけで……。
「エロさが増したわ。どんどんメスに」
「なぁ~」
「違うからっ! そんなことを言ったら私以上にその猫の方がメスでしょ!」
必死の言い訳をアイルローゼは繰り広げる。
ただ自分の発言に間違いを感じてはいない。
可愛らしく鳴いて振舞っているが、あの猫は男を求める猫だ。常に発情期だ。
「あら? ウチの猫ちゃんは自分の欲に忠実なだけよね~?」
「なぁ~」
ひと鳴きして猫はアイルローゼを見た。
「すき、だか、ら、する」
「もうもう。猫ちゃんってばはっきりと! 良いわ。オバサン、そんな真っすぐな猫ちゃんとかたまらなく良いわ! 息子のお嫁さんとかじゃなくてオバサンの飼い猫にしたい!」
「い、や」
「何で? 何で断るの?」
まさかの猫の反応に御前は大いに焦る。
こんなに可愛がっているのに嫌われているとか想像していなかった。
「かあ、さん……ほし、い」
「うん! オバサンが愚かだったわ! 猫ちゃんはオバサンの娘よ!」
「うれ、しい」
全力で猫に頬ずりする相手を見つめ……アイルローゼは全力でため息をついた。
ついていけない。この人の会話についていけない。
こっそり読書に戻ろうとしたら、それに気づいて御前が顔を向けてきた。
「アイルローゼちゃん!」
「……はい」
深いため息を吐いて、魔女は開きかけていた本をたたんだ。
「オバサンは貴女のように、自己犠牲を厭わず全体を見つめて優しくいられる娘も欲しいわ! だから貴女も匠君のお嫁さんになりなさい!」
「……」
思いもかけない言葉に魔女は半眼になる。
というか思考がついてこない。何をどうしたら今の会話からそんな言葉が出てくるのか?
「私は人殺しで、」
「大丈夫。オバサンは自分の息子をそんな小さなことで正しい判断が出来なくなるような人には育ててないから!」
「……」
やはり無茶苦茶だ。
「それによく見て。アイルローゼちゃん」
言って御前は相手の視線を映像へと促す。
赤い瞳のアイルローゼも釣られるようにしてそれを見た。
「ノイエちゃんもあの子も人の経歴になんて興味を抱いてない。人の本質を見抜いて好きになるのよ。だから平気。アイルローゼちゃんはあの子のお嫁さんになる資格があるから」
「……」
確かにそうだ。
ノイエも彼も『自分たちの過去』にそれほど忌避感を見せない。受け入れてくれる。
ただ。
「で、何を企んでいるのかしら?」
「決まっているわ! もし2人の間に子供が……女の子が生まれたら、どんなに可愛いことか。ハァハァ……オバサン想像しただけで何回も昇天してしまいそうよ!」
「あっそう」
やはりついていけない。
そう結論を出してアイルローゼは深いため息を吐き出した。
側に居る魔女はまだしばらく戻ってはこなそうだ。つまり自分がこの人物の相手を続けるしかない。
「それにアイルローゼちゃん」
クスクスと御前が笑いだした。
「読書よりも勉強になりそうなことがお外で始まるみたいよ?」
© 2024 甲斐八雲
母性に飢えている猫は御前様の愛情にメロメロですw
そしてアイルローゼは外に出ず、夏の様相になった隠し部屋からライプ中継を見る感じですね。




