メイド長が楽しげに嗤った
(2/1回目)
「ハーフレン。アルグスタ。急に呼んで悪いな」
「気にするな兄貴」
公式の会合じゃ無いのか、馬鹿兄貴が気軽に挨拶して室内に入る。
落ち着いて考えると、基本僕は前国王に会う時もあんな感じだったか……気にしたら負けだな。
国王の執務室は現在代替わりを終え、シュニット新国王の執務室となっている。
で、隠居爺は部屋のソファーに座ってのんびりと紅茶を楽しんでいる訳だ。
「親父も立派な置き物だな?」
「うむ。さっさと全ての仕事を押し付けて隠居したいのだがな」
「まだ隠居されては困ります、王よ」
「王はもうお前だ。そう言うことにしておけ」
僕がメイドさんに持って来たお菓子を渡している間に家族の語らいが始まって終わった。
「で、兄貴。何で俺たちは呼ばれたんだ?」
「何か悪さをしたのならそこの馬鹿兄貴ですから。最近の僕は問題を起こしてません」
「……国民からノイエとの」
「あ~。そんなやっかみなど何も聞こえませ~ん」
キスするのを我慢しているというのに、一緒の馬に乗るのまで禁止しようなど言語道断。
そろそろ圧政を敷く暴君のように国民たちを弾圧してくれようか?
「仲睦まじい夫婦の営みを邪魔する輩は、極刑と言う法を作ることを進言したい」
「却下だな」
「却下だ」
「死ね馬鹿」
僕の完璧な提案が国の3トップに一蹴されたよ。おかしくない? みんな頭は大丈夫?
「それは良いとして、アルグスタよ」
「はい?」
お兄様の視線が僕に。おかしい。何もしてないよ……な?
「お前が管理している対ドラゴン大隊の件で今日集まって貰った」
「うちの大隊ですか?」
「そうだ」
執務室の中央に置かれた立派な机と椅子に腰かけるお兄様が軽く頷く。
何て言うかイケメンってそれらしい場所でそれらしく振る舞うと、その物にしか見えない典型的な絵面だな。
「近衛から切り離す時にとりあえずで大隊としたが……今後どう考えても規模の拡大はできん。
理由は複数ある。まずノイエの代役が居ないので小隊の増設が望めない。次にノイエを昇進させ一般兵を入れて規模を増やす案もあったが……これは大隊のみがドラゴンから生じる利益の独占することになると猛反発を食らった。そして一番の問題は、お前の日々の王家も恐れぬ言動と行動だ。
お前がノイエ以外に兵力まで持てば、国を潰しかねないと貴族たちが恐れている」
「……国王なんて面倒臭い立場なんかになりたくないんですけど?」
心の底から本音を告げたら、お兄様が苦笑してくれた。
たぶん今の言葉が僕の本心だと理解してくれたのだろう。
「お前のその性格はこの部屋に居る全員が知っている。何よりもっとも野心とはかけ離れた性格なのもな。だが大半の貴族たちは、自分たちが金を生まない存在であることを理解しつつもそれを否定して生きている。しかしお前は金を生まない無能は生きる価値無しとまで言い切っている。
つまり彼らはお前が力を持つことで自分たちが粛清されることを恐れているんだ」
言いたいことは分かったけど……本当に面倒臭いな。だったら身を粉にして働けよ。
うちのお嫁さんなんて全身に返り血を浴びて今日も楽しげにドラゴン退治をしてるんだぞ?
「で、どうすれば宜しいでしょうか?」
軽くお兄様が頷く。
「まず大隊の解体と規模の縮小。それと現在の曖昧な立ち位置をはっきりさせたい」
「曖昧な立ち位置?」
「ああ。第一に完全に近衛から切り離す。これはハーフレンが徹底し、アルグスタの所に近衛の仕事を回さぬように手配して貰うしかない」
「中々キツイ指示だな」
馬鹿が肩を竦めて拒絶しやがる。そろそろ本格的に文句を言っても良いはずだ。
しかし僕の気持ちを汲み取ってくれるお兄様が、憎い馬鹿王子に厳しい視線を向けた。
「諦めろ。命令だ。
そして次にアルグスタたちを独立した部隊として再度構築する。
隊の長はアルグスタとし現状やることは何ら変わらないが、ノイエが始末したドラゴンを全てその隊の収入とする」
その言葉に僕と馬鹿兄貴が凍った。そうなっちゃダメだから大隊の解散になったんじゃ無いの?
「兄貴それは?」
「待て。続きがある。独立した部隊の稼ぎとするが、解体や運搬加工などの費用は全てアルグスタからの支払いとする。無論ノイエが休む場合に生じる"国"への負担に対しても支払って貰う」
「あ~。つまり僕らの所は完全な独立採算制で、他への協力ってことで支払いを行うと?」
正確だったらしくお兄様が鷹揚に頷く。
「ああ。そうでもせんと国の会計がどうにもならん」
「会計?」
首を傾げる僕にお兄様が深く息を吐いた。
「そもそもノイエによるドラゴン退治がここまでの一大産業になるとは当初予想していなかった。
結果としてその金の流れは時の有力者によって都合よく作られた。お蔭で現在、ドラゴン産業で生じる資金に複数の不明金が発生しているのだ」
「ああ。途中でどこか分からない所に流れて、誰かの懐に入ってるのね」
「その通りだ」
納得。まあノイエがドラゴン退治を始めて4年。つまり4年前の権力者が下に色々と丸投げした結果、今になって問題が多発したのか。
「つまりそこで茶を飲んでいる前国王が悪いってことですね」
ブッと物置王様が茶を吹いた。
「……アルグスタよ。もう少し優しい言葉を使わんか。あの時は対ドラゴンの国防で手いっぱいだったのだ」
「嫌です。お蔭でこんな時限爆弾みたいな厄介な仕事を……後でメイド長に報告して折檻して貰います」
と、静かに執務室の扉が開いた。
「お呼びでしょうかアルグスタ様」
とても綺麗なお辞儀姿を見せるのは、ここぞと言うタイミングで沸いて来るユニバンス最恐のメイド長だった。
ひぃぃぃと怯えた声を発して前国王様が顔色を白くする。余程怖いと見える。
「……後で良いんでこの隠居爺に怖い目を見せてあげて」
「畏まりました。そんな酷いことなどしたくないのに……命令なら仕方ありませんね」
悪魔の笑みを浮かべてメイド長が楽しげに嗤った。
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