それとも記憶操作の弊害か……
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
気づけば場がカオスである。そんな時は現状把握だ。これ重要。
一回深呼吸をしてからリビング全体を見渡す。
何故予防線を張るのか?
視線を向けて差し当たりのない場所から攻めることが大切だからだ。
ただどんなに地雷であったとしてもまず愛しいお嫁さんに目を向ける。ここから逃れることはできない。愛しているから逃げられない。
ノイエは僕の何かを常に満タン状態にできないかとリグに詰め寄っていた。
怠惰なリグは適当に返事をしているがノイエの詰め寄りが止まらない。リグを壁際まで押し込んで壁ドン状態である。ただリグの絶対クッションのおかげでノイエと彼女の距離はゼロにならない。
凄いなあのクッション。ノイエの突進をボヨンボヨンと受け止めている。というかごめんお嫁さん。常に満タンとか絶対に無理だ。もしそうなったとしても僕の体力の方が追い付かない。若死にしてしまう。よって君の願いは不可能なのだよ。
視線を動かす。次はファナッテだ。
怒ってるもん状態になって『ぷーぷー』と騒いでいた彼女だが今は違う。何故なら僕が全力で彼女を褒め称えてその気にさせた。何度でも言おう。その気にさせたのだ。
まずはっきり言おう。断言しよう。ファナッテはナイスボディの美人である。
彼女が『ぷーぷー』と言って拗ねる様子は実に可愛いのだが、美人の女性がそれをしていると色々な何かが崩壊してしまいそうになる。それを回避するのは簡単だ。黙って座っていて欲しいと願うのだ。
『そっちの方が物凄く絵になる。映える。できれば画家を呼んできて絵にしたいほどだ。マジで』と大絶賛したら、その気になったファナッテは、黙って椅子に座ってくれた。
軽く微笑んで座る様子はマジで絵になる。後で悪魔に頼んで全方向から撮影しておいてもらおう。
ただ現在のファナッテはシャツを羽織った姿なのでやはりエロい。上からのアングルとか絶対に胸元に視線が行ってしまうことだろう。だがそれは仕方がない。何故なら彼女はエロいからだ!
ファナッテがご令嬢を思わせる佇まいで椅子に腰かけているおかげで、リビングに居るメイドさんたちが一斉に落ち着いた。
現在のファナッテは毒を作り出さない様子だが、何が理由でまた再開するか分からないしね。
うん。これも後で悪魔に問い合わせよう。
そして現在一番の幸福はトラブルメーカーの義母さまが居ないことだ。
僕がファナッテとハッスルしている間に奇麗に掃除された温泉を堪能してたらのぼせたらしい。そもそも体が強くない人だから無理はしないで欲しいです。
リグの登場でおかしくなっていたフレアさんは、無事にメイド長に戻り現在は義母さまと一緒に居る。というかあの人が居ないとノワールの食事があれなので、多分現在ノワールの食事かもしれない。
まあそれは良い。もう一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
現状の把握は完璧だ。この場で普通なのは僕だけである。間違いない。
「兄さまが一番狂っていると思うけど?」
「なんですと?」
僕の隣にふんわりとやってきた悪魔が腰に手を当ててため息だ。
お前はどこに消えていた? 時折消えるお前が怖いんだが?
「撮影機器の稼働確認」
重要だな。ただそれって個人情報とかどうなの? 大丈夫なの?
「なにそれ? ぽーらしらない」
「……」
子供っぽい声で悪魔が全力で誤魔化してきた。
知っている。こいつがこんな性格だって僕は痛いほどよく知っている。
「悪魔よ」
「ほいさ?」
「ファナッテの姿を全方位からばっちり撮影しておいて」
「了解。胸元は舐めるように撮影しておいてあげる」
酷い趣味だな。なんて破廉恥なことを考え付く悪魔かと思うわけですよ。
そんなお子様にとても見せられないような映像は確認が必要だ。後でばっちり確認しよう。
「で、ファナッテが毒を出さなくなった原因はお前か?」
「ふふり」
顎に手を当てて悪魔が笑う。
やはりこいつが全ての現況か。知ってました。アルグスタさんは全てを知ってました。
「何か悪さをしないと気が済まんのか、お前は?」
「失礼な。あれの毒とか野放しにしている方が危なすぎるでしょう?」
「確かにね」
先生が常にファナッテを液体にしていたから魔眼の中の治安は保たれていたそうだが、もしそれが少しでもバランスを失っていたら毒が支配する環境になっていたこと間違いなしだ。
生存者はファナッテだけか? ん?
「ファナッテの毒ってファナッテには悪さしないの?」
「それよそれ」
「どれよ?」
ちっちっちっと悪魔が指を振ってくる。
いちいちポーズを決めんと会話ができないのか?
「真面目にいろいろと調べてみたんだけど……あのスライムおおよそFカップなのよ。どう思う?」
大変大きいと思います。それにあの柔らかさは芸術の域かもしれんな。
「それは良いとして」
脱線したのは君だよね? 振って巻き込んでおいて酷くない?
「あれは毒を作り出すと同時に自分の体の中で抗体も作り出すのよ。だから死なないって……前にこんな話しなかったっけ?」
記憶にはないが?
「そう? 最近昔ばなしばかりしているせいかしら? それとも記憶操作の弊害か……」
コツコツと悪魔が自分の頭を拳で叩いた。
ちょっと待とうか悪魔さん? 前者ならともかく後者は大問題ですよね?
「記憶に残ってないなら問題はないわよ。最初からなかったようなもんだし」
「そうか?」
絶対に良くない気がするんですけど? って消された記憶の中に実は重要なモノとかないよね?
そっちの方も不安になるわ。
「で、あのスライムってば大変面白い素体なので色々とエッチな実験をしたのよね~」
「おひ?」
何故僕が呼ばれていない? それか実は消された記憶の中にっ!
「大丈夫よ。そんなハードなことはしてないし……ちょっく管とか繋げて色々と」
「何がどう大丈夫なんだ?」
その説明にソフトな部分を感じません。むしろアブノーマルな世界を連想します。
「大丈夫! スライムの本体は処女のままよ!」
胸を張るな。そのボケはどうツッコミを入れればいいのかマジで悩むから。
「兄さまのキノコを本体の方に突っ込めば、」
「愛と正義のハリセンボンバー!」
「ありがとうございますっ!」
ある意味でいつも通りだ。安定のコントだ。
「それで毒の方は垂れ流さないようにはしたんだけど、毒を作り出すっていうのはあのスライムの本能みたいな感じでね」
一瞬地を這う虫になった悪魔が復活して会話を続ける。その切り返しの速さは驚愕に値するよ。
「だから集めて保管するしかないの。そのための管よ。まさかあっちの体から毒を出ないように細工したら本体から溢れ出るとは思わなかったし……本当に姉さまの姉たちは研究材料としては最高よ」
「ようございましたね」
ある意味でこの馬鹿は魔女なんだな。好奇心が大暴走だ。
「残りの質問は?」
「色々あるけど人の耳が多すぎない?」
「それもそうね」
すると悪魔が柏手を打つかのようにパンと自分の胸の前で手を叩いた。
メイドさんたちなどが一斉に動きを止める。動いているのは僕たちくらいか?
「記憶操作は色々と面倒だから数を減らしておいた方が楽なのよ」
「つまりちょいちょい消えていたのは記憶を消して回っていたのか?」
「ぽーら、ごさい。よくわかんな~い」
誤魔化しが大雑把すぎるだろう?
けれど悪魔はフリフリとお尻を振ると……それでゾロゾロとメイドさんたちが退出していった。
今の指示の出し方はどうかと思うけど、メイドさんたちは何処へ? 大半は温泉で乳繰り合うように指示を出した? なぜ普通に温泉を堪能するように指示を出せないのかね、君は? はい? 女性の普通の入浴シーンは詰まらな過ぎて見れたものじゃないの? そうなの?
知らなかった。そしてできれば死ぬまで知りたくない話でもあったな。
「それに兄さまって百合の園って大好物でしょう?」
「……」
見る分には嫌いではない。ただそこに加わるのは怖い。ノイエが1人居るだけで絶望的な戦場に赴く感じになる。そんな連想しかできない。
「あとで撮影したものを確認させなさい」
「やっぱり兄さまって御前の息子ね」
「何よそれ?」
「こっちの話」
パンパンと悪魔が手を叩いて……残ったのは僕と悪魔とノイエとリグとファナッテの5人か。ウチのチビメイドたちも一緒に退出していったしな。
ある意味で一番害の無いメンバーが残った。
「失礼します」
ただ一礼して部屋に入ってきたのはフレアさんだ。
悪魔さん? 何故この人を?
© 2024 甲斐八雲
カオスを回避しつつ温泉回のラストステージへ。
そこに重要なのがフレアさんです。
だってこの人は“現在”の優秀な魔法使いですので




