原罪級の呪い?
ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘
「寝言は寝てから言えよ?」
「うん。お休み」
寝るな寝るな。
またコロンと横になった馬鹿を叩き起こす。
はい。そこで座ってなさい。
「で、誰が誰の娘だと?」
「あの馬鹿は私の娘」
「……」
悪ふざけの口調には思えないな。
「実は人妻だったとか?」
こいつに男の影とか絶対にないと思っていました。
もしかしてワンナイトなラブですか? そんな爛れた大人の関係とかお父さんは絶対に許しません。うちの娘にもきつく申し送りをしておきましょう。
「いや、私ってば処女だし」
「はい?」
「……冗談だし」
「どっちだよ?」
「もうズコズコのバコバコで毎晩凄かったんだから」
何故か焦った感じで馬鹿がそんなことを必死にアピールしてくる。その必死さが良く分からん。
「で、その凄かった行為で生まれたのがその娘だと?」
シングルマザーとかですか? 別にそれが悪いとは言わないけど、父親が誰か分からないのは良くないと思うわけです。
後で娘から『私のパパは?』とか真っすぐな目で見つめられたらどうするのよ? きっと心をえぐって来るよ?
「知らないわよ」
若干悪魔がやさぐれてきた。ある意味で通常運転だ。
「別に私が産んだ子供じゃないから」
「おひ?」
やはり嘘か?
「でもあの子は私の血肉を分けた子供よ」
今までとは違う様子で悪魔が自分の膝を抱え込む。
「初めて作ったホムンクルスがあの子なの」
「……」
ただ滔々とその声が響いた。
「自分の血肉を材料にこれでもかと容姿にこだわって作りだしたのがあの子。私の娘にして一番弟子でもあった存在よ」
「それが旅人とかいう存在なのか?」
「ええ」
自分の膝に頬を預け悪魔が苦々しく笑う。
「いっぱい笑っていっぱい泣かせていっぱい馬鹿をさせていっぱい怒らせた……それがあの子。マーリン・パラケルススよ」
途中でさらっと酷い言葉が混ざっているように感じたのは僕の気のせいでしょうか?
「大層な名前だな?」
「当たり前でしょう? あの子は三大魔女の1人、刻印の魔女であるイーマの一人娘よ」
確かにそれなら大層な名前を名乗っても許されそうだ。
ただマーリンは何となく知っているんだけど、パラケルススって誰でしたっけ? ここで質問をすると格好悪いからあとで何となく聞き出そう。
こんな時に検索ツールが欲しくなる。僕は普段からスマホとか持ち歩いていませんでしたけどね。
「あの子は生命学と言えばいいのかな? 生物に特化した錬金術師だった」
「で?」
「うん。私が最低の母親だったから最終的にはあの子とも仲違いよ。神聖国の時と同じように私ってば多分人の親に向いてないのよ」
「そっか」
まあ向き不向きで言うとお前は向きではないな。
「オブラートって知ってる?」
「単語だけなら完璧に」
「馬鹿」
「知ってる」
ただ僕以上の馬鹿に馬鹿と言われてもね。
「お前ってば母親じゃなくて“友達”になっちゃうから難しいんだろうな」
「何よそれ?」
「ん~。個人的な見解?」
「笑わせないでよ」
「なら笑っとけ」
苦笑もしないで文句を言うなと言いたい。
「お前ってさ……何となくだけどいつも一歩引いた場所に立とうとしているよな?」
「当たり前でしょう? 私は三大魔女の1人で」
「アイルローゼと同じ感じにね」
「……」
あっさりと沈黙した。
「先生もその傾向が強いけど、魔女ってばその傾向な人がなるのかね?」
「何よ? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「おう。つまりお前は相手を傷つけたくないと思っていて、自分が傷つくことには躊躇しないのな」
「そんなことは」
「そんな人生だったんだろう?」
断言できる。何故なら僕は神聖国でのこの馬鹿のマジ泣きを見ているわけだ。
「悪くはないしある意味で格好良いとすら思うけど……辛いよな。うん辛い」
だってこいつはずっとそれを繰り返してきたのだ。
「最終的にお前は自分が愛した人たちをずっと看取って来たんだろう? 昔からずっとな」
それは辛い。
僕も最終的にノイエが孤独にならないように彼女より長生きする予定ではあるが、ノイエを看取ってからの生活なんて想像もできない。
たぶん彼女が亡くなった次の日にでも旅立つことを望んでしまうだろうな。
でもこの馬鹿はずっと生きてきた。今はポーラの姿をしているが、それこそ姿を変えてずっと生きてきた証拠だ。つまり彼女は自分の願いでもある宿願を成就しなければ永遠に眠ることもできない。
それが親友である友人の殺害とか結構酷い話だけどね。
「まあ僕らがお前の何かしらの何かに手を貸すのは決定事項だ。それはいい。でもその前に一度だけ確認しておきたい」
「何をよ?」
言って悪魔は顔を上げた。
「本当に始祖の魔女を退治していいんだな?」
真っすぐ問うてみると悪魔はまた顔を伏せる。膝の間に顔を入れてだ。
「……ええ」
長い沈黙の後にようやく帰ってきたのがそれだ。
「友人を失うことになるとしても?」
「それでも」
「家族を失うことになっても?」
「それでも」
「そっか」
なら仕方がない。
「ちなみに退治しないとどうなるの?」
「どうもならないわ」
ならないの?
「ただこの世界が当初の予定通りに、無に還るだけ」
「おひ」
何の話だ?
「その物よ」
ゆっくりと悪魔は立ち上がると軽く手を組んで背伸びをした。
「神が終わらせると決定した世界をそのままにしておくわけがないでしょう? 実行されるだけよ」
「つまりこの世界が?」
「そうよ」
冷たく笑い悪魔はこっちを見た。
「この世界は正しい歩みに戻る。あれは取り込んだ力に従いこの世界を終わらせる。ただそれだけよ」
言って悪魔は悪戯っぽく笑うと片手で目元を下げて舌を出す。あかんべぇだ。
「なんて全部冗談よ。ヤドカリ風呂の仕返しなんだから」
「……そっか」
ならば仕返しには仕返しでお答えしようではないか。
「セカンドヤドカリ風呂を開始しようか?」
「お断りよ」
「だが決行すると今決めた」
「いやよ!」
ケラケラと笑い逃げ出した悪魔を追う。
最終的に何故かコロネとチビ姫がヤドカリ風呂に入れることになったが、どうしてこうなった?
「ご主人さま?」
「そのまま座ってて」
「はい」
桶の蓋に腰掛けているユリアは現状維持で。
中の2人が激しく抵抗しているだろうが気にしなくていい。
ほら一瞬でもペットにしようとしていたわけだから、今はヤドカリ君たちを飼った時のシミュレーションをしているんだよ。知らんけど。
「で、だ」
いい加減お腹が空いたから朝ごはんと考えていたのに気づけば僕はまた湯の中だ。
どうしてこうなった?
「手を止めない」
「へいへい」
そして何故か悪魔を膝の上に乗せてずっと頭を撫でている。
何でもこの悪魔が言うには大変な作業を終えて自由になったから誰かに褒めて欲しいらしい。
運悪く白羽の矢が立ったのが僕ということだ。仕方なくずっと頭を撫でている。
「それでお前の娘が生きていると知って母親としては何をするんだ?」
「何もしないわよ」
「おひ?」
「むしろずっと昔に喧嘩別れした挙句に原罪級の呪いを施した相手に会って何をしろと?」
「原罪級の呪い?」
『あっしまった』といった感じの表情を見せる相手の脇を両手で固定。
「兄さま?」
「全力でこの幼児体系な脇をもみもみされたくなければ言うがよい」
「そんな脅しに屈する私とでも? ごめんなさいっ!」
軽くもみっとしたら悪魔があっさりと白旗を上げた。
「人助けを強制しただけよ」
「あ~なんかそんな話があったな」
何でも旅人さんは困った人を救うとか?
「それを無視していたら体が崩壊して死に至るだけ」
「強引だな?」
「ええ。でもいつか崩壊して死に至ると思っていた」
「何でよ?」
「決まってる」
僕の膝の上で悪魔が身を丸くしてまた膝を抱えた。
「人助けなんて永遠にできないの」
「何で?」
「決まっているでしょう?」
苦笑いをして悪魔は抱えていた膝を解いた。
「永遠と人を助け続けるのよ? 自分が助かるために人を助け続けるの。それがどれほどの苦痛か分からないでしょうね?」
分からないから質問しているんですが? 脇をもみもみするぞ?
© 2024 甲斐八雲
遥か前に語られるはずだった話を今しています。
どうしてこうなった? 作者が旅人さんを出し忘れていたからさ!
本当ならフレアさんの話で…過去に戻りたいものですw
現状としてはかなり希望薄いけど、書籍化したなこっちの正規ルートを書いてみるのもありだな。
ただそれをするとアイルローゼの主人公率が爆上がりするってリスクが伴うから危険なんだけどね。
何より不人気だったフレアさんの過去編を書籍化するまで発刊できるのかも…無理か?




