閑話 40
神聖国・都の仮宮
「ぬがぁ~!」
いつも通りに女王陛下が叫び出した。
今日は比較的耐えた気がする。いつもに比べてだ。
あとは通常運転で部屋の中を徘徊し、備え付けのベッドに飛び込み泣き出すはずだ。
指を折り数えてから鍵を開け、少女は室内に侵入した。
後ろ手で鍵を閉め直して今一度確認する。これはもう習性だ。暗殺者から住人を護るための配慮もあるし、その住人が逃走しないための配慮でもある。つまり鍵は大切なのだ。
机の上に山積みになっていた書類は見事に崩れ落ちていた。ある意味でいつも通りだ。
モノに当たるのは書類だけなのでそれ以外は壊れたりしていない。その書類も後のことを考え絶対に濡れたり汚れたりしない方向に倒す。
それだったら倒さなければ良いのだが、どうしてもモノに当たりたくなるらしい。
手早く床に落ちている書類を集め、少女はそれらを机の上に戻した。
完璧だ。
ちゃんと角を合わせて山積みにした。
順番や裏表は気にしない。そんなモノは倒した人が悪い。
で、その元凶たる女王陛下は……やはり備え付けのベッドに飛び込んでいた。
「あ、う」
呼びかけようとして口を開いたが、出たのは声と呼ぶにも恥ずかしい音だ。
それでもようやく出るようになった自分の声だ。それに気づいた女王陛下が頭からかぶっていた枕を投げ飛ばし、ベッドから這い出してきた。
「ぬあ~ん。ミンテ! ミンテちゃ~ん!」
幼児退行とは違う。何処か精神を錯乱させているような女王陛下がトカゲのように床を這って駆け寄って来る。
腕を伸ばして正面から来た陛下の頭を掴む。
「むごっ……今首がゴキッて。ゴキッて言った気がする」
そんな感触も確かにしたが少女は何も言わない。何も言えない。けど大丈夫。この国の女王陛下はこの程度の扱いで怒ったりしない。下手をしたらハァハァしている時もある。
あれだ。きっとあの人の言っていた『変態』と言うものなのだろう。何でも変態は心の病だからまず間違いなく治らないらしい。不治の病だそうだ。
故に自分ができることはあの人に教わったように蔑むように女王陛下を見つめるだけだ。
「酷いっ! 前はあんなに優しかったミンテが、今ではそんな目で……大丈夫です。私は見られることに慣れている女王です!」
立ち上がり無い胸を張って女王陛下がそんな言葉をのたまう。
あの人が言っていた。どうやら胸の無い人ほど胸を張る傾向があるとか無いとか。現に目の前に存在している薄い胸を見ているとその説は正しく思える。
ちなみに自分の胸はこれからの成長が見込まれる蕾の状態だから小さいのは仕方がない。
今後に期待だ。
「ど、おぉ」
「えっと」
口を開き唇を動かすと、それを女王陛下はジッと見つめて来る。
それは彼女が自分の為に寝る間も惜しんで身に付けた読唇術と言うものらしい。何でも唇の動きから相手の言葉を読み解くらしい。だから声にならなくても、音が出なくても正しく唇を動かす。
これは自分と相手との信頼関係で成立する技術だ。
「聞いてください。またアルグスタさんが無理難題を」
どうやら伝えたかった言葉を相手は、陛下は、理解してくれた。
そして女王陛下は自分が使っている机に戻ると引き出しからそれを取り出してくる。
白い綺麗な封筒に封蝋がされた手紙だ。ただ蝋は解かれていた。
「う、わ」
「はい。どうぞ」
重要な手紙のはずなのに女王陛下は許可をくれる。
封筒を開き中を見れば便箋が入っていた。これもまた白く美しい紙だ。あの人はこれほどの製紙技術を持つ国に住まう人なのか、それとも手紙で使用するためにこの様な高級品を使用しているのか……今にして思えばあの人は凄いお金持ちだった。つまり後者だ。
「え、ふ、う」
「まだ難しいですか?」
「……」
素直に認めて頷く。
書かれている文字の半分も分からなかった。ただ綺麗に書かれている文字は美しく見えた。自分もいつかこのような綺麗な文字を書けるようになりたい。
「なら掻い摘んで」
何でもちょっと地位が必要な人物が居るので、適当に神聖国内の地位を作って欲しいらしい。出来れば女王陛下の父親の血族が良いらしい。と言うかつべこべ言わずにそうしろとのことだ。
「こ、お、い?」
「絶対にお願いなんかじゃありません!」
手にした手紙を折らないように気を付けながら女王陛下は激しく床を蹴りつけた。
それぐらいの蛮行はこの女王の私室内では許されている。
机とベッドとお手洗いしか存在しない、別名女王陛下の監禁部屋だ。
仕方がない。だって仕事がいっぱいあるのだから。
「何ですかこれは? こんな人物の地位を作ったら継承権が……微妙に発生しない辺りを突いて来るから本当に腹が立つのです!」
「……」
分かっている。あの人は頭の良い人だった。たぶん。
「そもそもこんな重要な案件を普通の手紙で送って来るとかどう思いますか? ユリーも変に気を利かせてゲートから私宛に手紙が届くとペガサスを走らせて真っ直ぐ届けて来るんですよ? こんな不幸な手紙をっ!」
その割には嬉しそうだ。
知っている。少女は知っている。目の前の女王陛下は友達がほぼ居ないからこうして手紙が来ることを凄く待ち望んでいるのだ。内容が何であれ手紙が来ること自体が嬉しいのだ。
「ミンテ? その目はどんな感情ですか?」
「だ、い、き」
「その言葉の意味は?」
「じょ、か、と、い」
「全く居ないとか無いですからね? あれです。ユリーも居ますし、アーブさんも居ますし」
「……」
「いやぁ~! そんな目で見ないでくださいっ! 見ないで! こんな哀れな私を見ないでっ!」
頭を抱えて女王陛下はその場で蹲った。
「でもでもでも!」
ただ直ぐに復活する。顔を上げ見上げて来る。
「確かに私には友達がほとんど、結構、若干、そこはかとなく少ないですが、ミンテもそうでしょう?」
「……」
「嘘? その目は嘘ですよね?」
一緒にしないで欲しい。
こう見えても仮宮で働いている内乱孤児たちの大半と友達だ。全く声が出せない自分を周りの“友達”は気にかけてくれる。本当にいい友達ばかりで、
「いゃぁ~! 見ないで! そしてそんな言葉を私に聞かせないで! まるで私が負け犬のよう!」
「……」
「ちょっとミンテ? 今絶対『その通りですが何か?』とか考えませんでしたか? 迷わず頷いた~!」
ごめんなさい。ついです。
「否定して来ない~! ぬが~!」
また女王陛下が床の上を転がり回り不満をあらわにしている。
大丈夫です。ここの床掃除はバッチリです。狭い場所だからとても簡単に出来ます。違います。えっとこういう時は『メイドであるのであれば簡単なことです』だ。
そう先生から頂いたメモにも記されています。
「良いんです。どうせ私なんて……」
まただ。また拗ね始めた。
こうなると本当に面倒臭い。こんな時はドラゴンスレイヤーのアーブさんが居てくれれば多少どうにかなるのだけど、彼は現在先の内乱で発生した都周辺に残っているドラゴンを退治して回っている。
都自体はご神体が護ってくれているから心配ない。おかげで女王様の機嫌が悪いままだ。
「アーブさんもアーブさんです。私がこんなに寂しくしているのに全然会いに来てくれないし……聞いてますか? 露骨に耳を塞がない。私は女王陛下ですよ? その昔は顔を見るのも大変な存在だったんですよ?」
昔の話をされても困る。何より今の女王陛下は近所のお姉ちゃんぐらいの感じだ。
身近に居て気軽に話しかけてくれる……まあとてもいい人だ。仮宮で働く孤児たちはみんな彼女のことを好いている。ただ相手の身分が身分だから気軽に話しかけたりできないだけで。
とりあえず今日の分の掃除をしてしまわないと。忘れていた。
掃除道具を手に少女は掃除を始める。
邪魔な女王陛下はそこの椅子の上で膝を抱えていてください。はい良く出来ました。完璧です。
気持ち良く清掃をし、ようやく終わったのを確認して少女はブツブツと呟いている女王陛下に気づいた。
放置し過ぎた。
「……全部貧乏がいけないんです」
負の何かが大回転してそんな結論になったらしい。まあこの国の経済は現在火の車だ。元重臣たちが好き勝手に好き勝手をしていたおかげで国庫の中身が空っぽになっていたらしい。
頑張れ女王陛下。
「慰めが軽すぎやしませんか~!」
そう言われても困る。
少女……ミンテは改めて自分の服装を確認した。
師である人から頂いたメイド服だ。
そう。自分はただのメイドだからそれ以上の仕事はまだできない。
今後は頑張って何でもできるようになる予定だ。慕う先生のように。
名無しと呼ばれた少女は、女王陛下から名を授かり今もこうして元気に過ごしている。
行方不明となった妹の捜索はまだ続いているらしいが……あの内戦の後だ。きっともう絶望的なのだろう。それでも女王陛下は約束を護ってくれている。だから少女も勝手に、一方的に交わした約束を守っている。
ぼっちで変態の女王陛下を支える役目をだ。
© 2024 甲斐八雲
主人公が出て来ないから一応閑話です。
まあ舞台が神聖国ですしねw
そんな訳でミンテのお話しです。って誰よ? 名無しの子です。
彼女は師であるポーラからメイド道の教えを受け、神聖国初のメイドになるべく猛勉強中です。
きっと将来偉大なるメイドになることでしょう。
女王陛下は変態ですがムッツリでスケベなだけです。ある意味マイルドです。
最近はアーブの…後の閑話にて!




