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秘密だらけの僕のお嫁さんは、大陸屈指の実力を誇るドラゴンスレイヤーです  作者: 甲斐 八雲
Main Story 28

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2114/2351

面倒臭い人

 ユニバンス王国・北部ドラグナイト家別荘



「はぁ~。本当に良いお“湯”ね」

「……」


 誰一人、何も答えられなかった。


 ガタガタと震えた現王妃が発狂しながら温泉の源泉に飛び込んだのが数分前のことだ。

 無事に救助され今は氷の山を抱えている。一瞬で茹蛸になっていたが大きな問題は発生していない。湯に浸かるというのに決して外さない結婚指輪には、何でも防御力を増幅させる魔道具であるとか。そのおかげで本当の茹蛸……大火傷を負わずに済んだ。


「は~。ポーラちゃ~ん」

「……」


 カタカタと片隅で奥歯を震わせていたポーラはその歯を噛みしめた。


 仕事だ。仕事である以上、メイドたる者どんな環境下でも我慢するしかないのだ。


「何でございましょう。ラインリア様」

「氷を追加で」

「……」


 やっぱりだ。やっぱりだった。


 露天風呂の1つを占拠している前王妃ラインリアの我が儘に、ポーラはまた祝福を使い氷を作り出す。

 それを湯殿中に投げ込めば、冷やされた温泉の水から外気温の差で冷気が漂う。


 そう。温泉はこれでもかと言うほどに冷たい水風呂と化していた。


「はぁ~。温まる」


 その中で唯一前王妃だけが本当に気持ち良さそうに過ごしている。

 あとの者は全員が寒さに震えているのにだ。


「スズネちゃ~ん? そんなところでお眠したら死んじゃうわよ~」

「……」


 ずっと水風呂の中で前王妃の世話をしていたスズネが気づけば気絶していた。


『心頭を滅却すれば水風呂も冷たくありません』などと言って前王妃の相手を買って出たスズネは確かに善戦していた。だがあくまで善戦だ。勝てるわけが無い。

 相手は氷水を『暖かい』などと言う人種なのだ。無理だ。全員が風邪をひいてしまう。


 それでもメイドたる者、お客様に充実した時間を過ごしていただくために努力しなければいけない。ユニバンスのメイド道ではそれが普通なのだ。


「ふわっ! 川の向こうで亡くなったお母様が『こっちに来るな』と中指を立てていたですっ!」


 氷に抱き着いていた現王妃キャミリーが覚醒した。

 いつもの間の抜けた声を忘れるほどの声を発して辺りを見渡している。


「あら~キャミリーちゃん。目が覚めたのかしら~」


 そしてその声に王妃はガタガタと震えだす。


 決して氷が冷たいと言うことは……あるけどない。やっぱりある。あるんだけれど今の震えは全体的に理由が違う。その部分は分かって欲しい。


「はい~。でもそろそろ」

「ダメよ? ちゃんと肩まで浸かって100数えないと」

「……」


 その場にいたメイドたち全員がそれを目撃した。

 あの天真爛漫を絵に描いたような現王妃が一瞬唾棄しかけ、しかけた物を飲み込むさまを。


 だがこの場に居るのは大半がメイドだ。


 メイドは基本お客様をもてなすのが仕事だ。そして主人に仕え忠実に職務を全うすることが生きがいだ。故に今見た様子を刹那的な速度で忘れた。大丈夫。完璧に忘れた。


「キャミリーちゃ~ん?」

「は、はいです~」


 覚悟を決め全裸の王妃が氷が浮かぶ水面に右足を差し込む。だが指先が浸かった状態で緊急停止した。


 危険。危ない。具体的に命の危険が半端ない。


 頭を抱え何との葛藤に戦っているのか分からない王妃を、クスクスと笑ったラインリアが近づいて来て引きずり込む。


 川で鰐に襲われ飲み込まれて行くような衝撃映像だ。


 それもそのはず。前王妃の皮膚は大半が鱗に覆われている。人の皮膚の部分もあるが、大半が違う。爬虫類系を思わせるそれだ。

 それが少女にしか見えないキャミリーの足首を掴んで引きずり込んだのだ。


「のが~!」


 王妃と言うか女性としてどうかと思う声を上げ、キャミリーが必死に抵抗する。

 だが相手はラインリアだ。笑顔で王妃の頭を掴むとそのまま相手を肩まで氷水の中に押し込んだ。


「しぬ~! 本気で逝くです~!」


 普段の3倍ほど野太い声を発してキャミリーが暴れる。けれどメイドは動かない。助けを求められても動かない。何故ならこの場で一番偉いのは前王妃だ。だから逆らえない。それを理由に氷水から遠ざかっているわけではない。決して違う。


「ラインリア様」


 だが1人勇者が居た。ポーラだ。


 銀色の棒を相手の尻に引っ掛けスズネの救出に成功したポーラは、救い出した後輩を他のメイドたちに預けてラインリアを正面に見据えた。


「何かしらポーラちゃん?」

「……ここは皆で使う場所です。ですからもう少しお静かにお願いします」

「「……」」


 三代目メイド長が内定している少女の声に全員が沈黙した。勇者では無かったのだ。


 唯一『裏切者~!』と叫んでいるキャミリーが居たが、彼女の声は水の冷たさが原因で、声にならない声となっていた。つまり無音の叫びだ。


「あらあら。少しやんちゃが過ぎたかしら?」


 自分のやんちゃっぷりを悔いたラインリアがポンと胸の前で手を叩く。


 決して小さくは無いが形の良いその胸は……と言うか本当に現王と王弟を産んだのかと疑いたくなるほど、ボディーラインの崩れを感じさせない彼女の肌は若々しい。

 肌が爬虫類系のあれだがとにかく若々しいのだ。


 そんな前王妃は恥ずかしがる素振りもなく全裸を晒してクスクスと笑う。


「だって本当に久しぶりなんですもの。温泉って」


 彼女はそう楽しげに告げる。


 氷水の中で、氷が浮かぶ水面の中で、現王妃がガタガタと震え命の危険を感じている状況の中で……彼女は楽しそうに笑うのだ。


 ポーラはただその様な状況を目の前に、若干頬を引き攣らせていた。


『早く帰って来て下さい。兄さま。それに姉さま』と心の中で兄と姉に救いを求めながら。




 王都郊外ノイエ小隊待機所



「隊長?」

「……」


 野菜の詰まった籠を両手と胸で押さえ込んで歩くルッテはそれに気づき足を止めた。


 夕方を前に仕事を終えて来たノイエが、あのノイエが、着替えを終えているのに動かない。立ち止まったままなのだ。いつもなら『帰る』と言って真っ直ぐ帰宅するのにだ。


「どうかしたんですか?」


 珍しい状況にルッテは思わず言葉を続けた。

 あの隊長が、お肉と夫をこよなく愛するユニバンス王国最強(公式発表)がだ。


「行きたくない」

「……」


 ドサッと抱えていた野菜を落としルッテは驚愕した。


 あの隊長が帰宅拒否だと?


 これはきっとあれだ。隊長の健康を気遣い過ぎた夫であるアルグスタ様が『今日のご飯は野菜のみです』とか言い出したに違いない。それか肉野菜炒めだけだとか言ったのだろう。

 隊長的には肉以外の物が2割混ざっていたそれは肉料理ではないらしい。ある意味凄い。ただスープは別らしい。あれは飲み物であって食事ではないとの理論だ。


「大丈夫です! 肉野菜炒めだって『あっ今日のは肉がいつもよりちょっと多いかな~』とか思えばお得感が増して美味しく食べられます」

「違う。あれは野菜」

「説得不可能っ!」


 頭を抱えてルッテはのけ反った。ブチブチと着ている下着から不穏な音がしたけれど、きっと気のせいだ。大丈夫。今ののけ反りで壊れる下着はただの下着だ。下着が悪い。


 は~。これでまたしばらく外食禁止だ。


 心の中で泣きながらルッテはその顔に笑みを浮かべた。


「それだったら野菜を全部アルグスタ様に押し付ければ良いんです。『食べてくれないとキスしてあげない』とか言えばあの人ならバクバクと食べます」

「……」


 なぜ首を傾げる? そんなに根深い問題なのか?


 相手のリアクションに戦慄するルッテだが、ノイエがゆっくりと口を開いた。


「温泉」

「ああ。今日からご家族で温泉に行くと言ってましたね」


 羨ましい話だが相手はこの国でも有数の大金持ちだ。温泉付きの別荘なんてモノを所有している。こちとら温泉なんて去年南部に行った時に入って以来、縁が無いというのにだ。


「温泉が嫌なのですか?」

「違う」

「ならどうして?」

「あれが居る」

「あれ?」


 片言で会話が成立しにくいノイエの説明は中々に難しい。


 故にルッテは自分の祝福を使用してドラグナイト家の別荘の様子を確認しようと、


「ダメ」


 スッとノイエの手がルッテの顔に触れた。


「ふっ」


 思わずルッテは飛び退く。


 何故ならそれをはっきりと感じたからだ。

 それ以上するならその顔を潰すと言うノイエの強い意志を。


「見るのはダメ」

「……分かりました」


 触れてはいけない何かだと判断し、ルッテは祝福を使うことを止めた。

 相手は敵に回してはいけない人物なのは間違いないからだ。


「それで誰が居るんですか?」


 気を取り直し落とした野菜を回収しながらルッテは問う。

 するとノイエが自分の足元に落ちていたキュウリを拾った。


「……面倒臭い人」


 言って持っていたキュウリをノイエが一口齧っていた。




© 2024 甲斐八雲

 ラインリア様の入浴温度はその日の気分で変わります。

 氷水の日もあれば江戸っ子もビックリな温度の時もあります。

 それを良く知るスィークは…良いんです。今回は足の具合が悪いんですw


 思わずキュウリを齧ってしまうほどノイエがちょっと憂鬱ですwww

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