この国だと良く使う
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「ああん。ノイエちゃ~ん。この傷心しきったお母さんの心の傷を癒してちょ~だい」
「……」
棒立ちしているノイエに義母さまが抱き着き頬ずりしている。立ち木に抱き付くヘビのようだ。
されたい放題のノイエの心境が理解できない。アホ毛の形から普段は推測できるけど、今日の形はギザギザだ。天気予想とかで雷を表すあれだ。
普通に考えればビックリしている風にも想像できるが、ただノイエの場合は驚きは普通にビックリマークだ。つまり現在の彼女は驚いていない。なら何だ? 何なのだ?
「アルグスタちゃ~ん? ちょっと頭が高いかなって母さん思うんだ~」
「はは~」
平に平にお許しを。
と言う訳で頭の位置を戻す。
額は地面と接触するぐらいに下げるのが正しいスタイルだ。
ただずっとこの姿勢も辛い。具体的に言うと額に小石が刺さって痛痒い。そして地面に着いている掌にも小石が刺さって痛痒い。つまり全体的に痛痒い。
義母さまがハァハァしながらノイエに意識を集中している隙に顔を上げて休憩とする。
僕がこんな姿勢……つまり土下座になった理由は簡単だ。負けた。それも圧倒的な実力差で負けた。途中で全兵力を動員したが負けた。負けたのだ。
あれはもう人の領域の戦闘力ではない。どうしてあんなに強いのかとも思ったけど、吐血をしながら大暴れした義母さんを誰も制することが出来なかった。
途中で参戦したノイエ小隊の一般兵の人たちご苦労様です。参加した人は後で特別報酬を払いますので、あそこで義母さまに乳を揉まれ過ぎて事後っぽい姿を晒しているルッテに参加人数などを伝えてください。もちろん怪我をした人たちも戦傷手当を支払うので別途請求を行ってください。
それとポーラの一日貸し出し券で参戦したハルムント家のメイドさんたち。君たちはよく頑張った。感動した。ありがとう。そんな訳で奮闘してくれた君たちにも何かしらの特別報奨を……はい? お金よりもポーラが良い? 参加した時点で一日貸し出しは確定だよ? それでも? それが全員の希望なの?
分かった。僕の権限で一泊二日ポーラと働ける別荘お掃除の旅をプレゼントしよう。
景品であるポーラは先に別荘に行って掃除をしているので君たちも今から追いかければ……物凄い速度で走って行ったよ。叔母様の許可を取らなくても良いの? 仕事に行くのであれば許される?
流石ハルムント家のメイドだな。うん。他意はない。メイドだなって思っただけ。メイドらしい素晴らしい姿勢だなって。
で、ポーラの使用済み下着プレゼントで参戦したハルムント家のメイドの皆さ~ん。そんな愚行が許されるわけが無いであろう?
僕が許したとしてもスィーク叔母様は絶対に許しません。ええ見なさい。あそこで崩れ落ちたニートのゴーレムを椅子にして優雅に腰かけている叔母様の姿を。
あの優雅な佇まいから漂わせ女王の覇気というか強者の覇気というか……ぶっちゃけよう。叔母様は怒っていらっしゃいます。ハルムント家のメイドがたかが下着一枚でそのような無様を晒すだなんて許されるわけが無いのです。そんな訳で叔母様、ひと言どうぞ。
「ポーラとの接触を今後一切禁じます。以上」
ありがとうございました。
そんな訳で……泡を吹いて気絶するほどショックだったの? それほどまでに皆ポーラの下着が欲しいとは。違う? お守りにする? あ~はいはい。理想とする先輩のあれを肌身離さず持つことで力を得よう的な感じ? なるほどなるほど。そんな訳で情状酌量の余地はどうでしょうか? 叔母様?
「撤回はありません」
だそうです。僕は頑張ったよ。
まあ下着というワンフレーズに反応した君たちが悪いのです。ポーラ一日貸し出し券で反応していれば……はい? だったらなぜ先に下着のことを言い出したと?
簡単です。メイドたる者、そのような誘惑に踊らされてはいけないのです。このような時だからこそ己の欲に溺れず正しい判断を下す。それこそがハルムント家のメイドなのです。
それを『下着』と言う単語で反応してからに、恥を知れと言いたい。
複数のメイドさんたちが項垂れて自分の行為を恥じだした。
うむ。反省だけなら猿にでも出来ますが、ですが僕はハルムント家のメイドである彼女たちであればここから先の成長が見込めると思う訳です。
そんな訳で叔母様? ポーラとの接触、1年禁止でどうでしょうか?
「甘いですね。アルグスタ。……まあ良いでしょう」
だって誰しも気の迷いはあるはずです。ですが彼女たちはその誘惑に応じてしまった心の弱い部分があります。今後はその辺を踏まえて確りと教育を施せばいいかと思う訳です。
「なるほど。ならばどんな誘惑にも屈せない強い心を育てる訓練の被験者にするとしましょう」
あれ? 想定していたのと違う方向に舵を切ってしまったような?
まあそんな何処なんてよく起こるしここは我慢だな。僕はそう思います。
ちょいちょい君たち。さっきまで僕に対して感謝の念を込めた視線を向けていたのに、なぜ今になってそんな恨みがましい殺意のこもった視線を向けるかな?
1年間頑張ればまたポーラに会えるんだから頑張れ。頑張ってくれたまえ。
その過程でどんな風に再加工されたとしても僕の与り知らない話です。
これでひと通り後始末を……変態はどうでも良いか。つか何でアイツはあんな木の上に乗っているんだっけ? あ~。祝福ごと吹き飛ばされて落っこちてたね。うん。まっ良いか。
オーガさんは樽ワインを煽って自棄酒しているな。でも強者である義母さまとバトルが出来てガスが抜け切ったのか機嫌は良さそうだ。
ユリアはそんなオーガさんにおつまみを運んでいる。
アイツは早々に逃げに回っていたからな。もう少し戦えるようにしておかないと。せめて自分の身は自分で守らないとな。
そんな訳で魔法教育と一緒に短期集中ハルムント合宿に参加させて基礎訓練を、
「それだけはどうかお許しください。ご主人様っ!」
駆け寄って来たユリアが涙ながらに懇願して来る。でも、
「当家においてそんな足を晒すようなメイドは預かりませんよ。アルグスタ」
いいえ叔母様。これからのメイドは武器を隠していないというアピールをですね、はいごめんなさい。そんなに怖い目で睨まないでください。
そんな訳でユリアのメイド教育は……ミネルバさんに一任だな。うん。彼女ならきっと一人前のメイドに加工してくれるだろう。
「あの~ご主人様? 普通育成等に加工の文字は使わないと思うのですが?」
「気にするなユリア。この国だと良く使う」
「この国出身の私が聞き慣れていないんですが?」
「気にするなユリア。この王都だと良く使う」
「……」
何故か涙を溢れさせてユリアが仕事に戻って行った。
案ずるな。決して加工は悪いことではない。型に嵌めて個性が無くなったりするだけだ。
ただウチは天下のドラグナイト家。ハルムント式とは違うからきっと大丈夫。大丈夫だよね?
「それでアルグスタ~。気づけばだいぶ頭が高いような?」
「気のせいです。義母さまっ!」
また定位置に戻して額は地面とお友達だ。
一応これで後始末は終わったはずだ。本日の僕は頑張ったので後はこのまま頭を下げ続け、今日という日が早く終われば良いなと思う訳です。
つかもう終われ。マジで終われ。これ以上後どんなイベントが起こるというのか問いたい。
少なくとも今日が終われば義母さまはお城に戻ってしばらく引き籠るはずだ。
あれ? そうするとお城に行くのが憂鬱に?
大丈夫。そうしたら温泉旅行を前倒しして近々で温泉に向かえば良いのさ!
決まった。完璧だ。
「アルグスタ~?」
「はは~」
今を我慢すれば。
王都王城内王妃私室
「んふ~。楽しみです~」
椅子に腰かけた王妃がフリフリと両足を揺らし楽しみを体現している。
「きっとおに~ちゃんも喜んでくれるです~」
その企みがある人物を不幸のどん底に叩き落とすとは知らずに。
© 2024 甲斐八雲
まあネタバレしまくっているようなラストですがw
そんな訳で主人公たちは久しぶりの温泉です。温泉回です。
はい? ラインリア様の実力ですか?
そんなラスボスクラスのバトルをここで書くわけないやん。
それに彼女もまだ本気じゃないしね




