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退治するまでだ

 シュニットは自宅の中庭に足を踏み入れた。

 朝一番でベッドから飛び起きて駆けて行った"妻"の行き先に用があったのだ。


 静かに歩みを続けると、中庭の中心に存在する池のほとりでそれを見つけた。

 乱暴ではあるがガッチリと両腕で抱え何かを振り回している妻……キャミリーが居た。


「そんなに振り回すと泣きだすぞ?」

「は~い。でも小さい子は乱暴にされるくらいの方が喜ぶのです~」


 とは言え乳飲み子を振り回すのは乱暴すぎる。

 彼は赤子を取り上げると、近くで待機していたメイドに手渡す。


「キャミリーより遠ざけるように」

「はい。シュニット様」

「あう~。悲しいです~」


 悲しそうな声を発しながらも少女はメイドが抱いている赤子の様子を覗き込む。

 ここには彼女以外にもたくさんの"兄や姉"たちが居るから平気だろう。


 妻の様子に軽く頬を緩め、彼は本来の用を思い出した。


「母上は?」

「はい。天幕の方に」

「分かった」


 赤子をあやすメイドの返事を聞き彼は足を動かす。


 池に掛かる橋を渡り奥へ奥へと進むと、それは姿を現す。

 大きな木の下に四方を隠す様に張り巡らされた白い布の姿隠しだ。


「母上。おはようございます」

「あらシュニット、おはよう。珍しいわね……仕事前にこっちに来るだなんて」


 体調が良いのか今朝の声は明るく元気だ。


「はい。母上にお聞きしたいことがありまして」

「あら何かしら? 私に応えられることなら良いのだけど」


 パンと胸の前で手を打ったのか、可愛らしく音を発して王妃は息子の言葉を待つ。彼は静かに呼吸を整えた。


「最近アルグスタの周りでスィークの姿を見るようなのですが?」

「はいはいそれね。貴方たちにお願いしても忙しいみたいで伝わらないでしょ? そうしたらスィークが"彼"を連れて来てくれると約束してくれたの」

「……そうですか」


 弟が案じていたように伝説の化け物が動き出していた。

 彼女が王妃と約束を交わしたのであれば、アルグスタがこの場に現れるのは間違いない。


「……もしかしていけないことをしたかしら?」


 気遣う様な声が天幕の向こうから聞こえて来る。


「そんなことはありませんよ。ただ一言欲しかったぐらいです」

「そうね。そうよね……ごめんなさい」

「はい。母上」


 シュンとした声音で謝る母にシュニットは優しく笑い返した。


 母親である王妃が人の目から姿を消して早10年……彼女はこうして布に囲まれた場所で生きている。その理由は決して他人には言えない。

 何よりハーフレンは恐れている。この場に弟の伴侶が来ることを。


「最後に母上」

「何かしら?」

「ノイエも共に来るよう命じたのでしょうか?」

「ええ。折角結婚したのですもの……会ってみたいじゃない。2人とも私の子供のようなものなのですしね」


 本当に嬉しそうに王妃はそう言う。その物言いはまるで乙女のようだ。


 シュニットは王妃に見えぬと分かっているのにスッと顔を背けてその目を閉じた。

 彼女の時間(とき)はある日を境に過去へと戻り、そのまま動きを止めてしまった。原因は大量に血を流したことによるショックからだと結論つけられた。

 2度の大怪我から奇跡的に生還した女性……それが現王妃であり母親であるラインリア・フォン・ユニバンスだ。


「ねえシュニット」

「はい」

「今回連れて来た子供の名前を考えているのだけれど……あの子の元々の名前は何て言うのかしら?」


 本当に疑問に思い質問している様子が伺えた。

 実の母親が子供を手放す心情など疑問に思っていないのであろう。

 事故か何かで育てる者を喪ったとぐらいでも思っているのなら上出来なくらいだ。


 そのような反応はどこか弟の伴侶に似ている。


 胸に抱いたままドラゴンを退治し続けた彼女から、赤子を引き剥がすのには大変な苦労をしたらしい。

 最後は夫である弟の説得で渋々手放したらしい。一体どんな魔法の言葉を使ったのかは分からないが。


「あの子の名は分かりません」

「……そうなの?」

「はい。身寄りを失い1人家に残されていたのですよ」

「まあ……可哀想に」


 本当に子供を慈しみ愛する存在。それがユニバンスの現王妃だ。

 自身が子を成せなくなった今でも子供を愛する気持ちに揺るぎは無い。


「でしたらあの子に似合う良い名前を考えなければね」

「そうですね」


 それからシュニットは城に行くと告げ王妃と別れた。

 静かに歩き中庭を抜けると、玄関で待つ存在が目に入る。


「やはりスィークが動いている」

「で、あの化け物は?」

「屋敷には居ない。たぶんこちらに気づかれてもことを成す為に外に居るのであろうな」

「なら見つけ出して退治するまでだ」


 肩を怒らせ静かな殺意を振りまく弟に、シュニットは眉をひそめた。


 思い起こせば……彼も10年前から纏う空気を変えた。

 恐ろしいほどの気配を内包するようになったのだ。


「……暴れるのは良いが、母上を悲しませるな」

「難しいな。相手次第だ」


 確かに弟の言う通りであった。




「赤ちゃん……」

「分かってるよ」


 グリグリとノイエの頭を撫でて彼女の愚痴を聞き続ける。

 ジッと抱き締めていた感触の残る腕を見つめているノイエが、ふと恨めしそうな雰囲気を纏って僕を見つめて来る。


「ノイエさん。どこか目が怖いよ」

「アルグ様が悪い」

「……もう本当に色々と申し訳ないです」


 彼女には言うことの出来ない秘密を抱えて居るは、それが原因で子供を作れないは……ダメダメな夫にございますね。

 深々と頭を下げているとノイエの手が僕の頭の上に乗った。グリグリと撫でられる。


「アルグ様。頑張って」

「……はい」


 そうだね。頑張るしかないんだよな。今は結局。




(c) 2018 甲斐八雲

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