ドラゴンスレイヤーの夫だよっ!
(2/2回目)
「こっちは最初からそれに気づいていた訳です。『共和国がどうしてラーシェムさんを使ってこっちに揺す振りをかけて来たのか?』そんなの手柄欲しさに決まってます。
共和国は現在後継者争いの真っただ中だ。最有力候補は2人。内務大臣と財務大臣。
きっとこう考えたのでしょうね。『財務大臣に恥をかかせたユニバンスの王子を苦しめ、尚且つその妻を得られるような働きをすれば自分たちの地位は絶対のものになる』ってね。
良い考えだと思うけど一つだけ間違いを犯した」
徹夜で考え抜いた僕の推理は完璧なはずだ。
『実は違うよ』とか反論されて赤っ恥をかく前に話を進めてしまおう。
何よりももう色々と限界だ。本当に限界だ。
「こんな幼子まで連れ出して騒ぎを起こしてるんじゃないよっ! ふざけるなっ!」
こっちの堪忍袋の緒はもうとっくに切れるんだ。
「お前らの都合でこっちを巻き込みやがってっ! お陰でこっちは糞忙しいのに余計な問題まで抱え込まされるわ、何よりノイエを巻き込むその精神が気に食わないっ! 自分たちの所にドラゴンスレイヤーが居ないからって僕のノイエを連れてくれば良いとか思ってるその考えが気に食わんっ! 文句がある奴は全員立てよっ! 大陸屈指の実力をその身に叩き込んでやろうかっ!」
ダンと椅子に足を乗せて全力で吠える。そして決して後ろは振り向かない。ゲホゲホと複数の咳払いが聞こえて来るけど夏風邪は質が悪いからみんな気をつけてね。
と、貴賓席の中央で座っていた男性が立った。内務大臣だ。
「言わせておけば好き放題。お前は何様だっ!」
「ドラゴンスレイヤーの夫だよっ! 知らないのかこの馬鹿野郎がっ!」
「その暴言……覚悟あっての物言いだろうな?」
「ああ。覚悟なんてノイエと一緒になった時から決めてんだよっ!」
マジギレした内務大臣と面と向かって睨み合う。
だがその視線を遮る様に白い影が現れた。ノイエだ。
腕に赤ちゃんを抱いたまま彼女が共和国側の貴賓席を見つめる。
一瞬で場の空気が凍り付く。ノイエの実力は誰もが知る物だ。
「嘘……」
ポツリと呟いてノイエがこっちを見た。
「アルグ様。嘘はダメ?」
「あ~うん。基本ダメだけど?」
ごめんなさいノイエさん。色々とあれ~な空気なのに今の君はある意味自然体過ぎます。
だがノイエはその足を動かしラーシェムさんの前に立った。そして彼女の顔を見つめる。
ノイエ、ラーシェムさん、僕の立ち位置なのでノイエの顔が僕には良く見える。
普段赤黒い瞳が桃色に変わって、
『目を瞑りなさい。魂を食われるわ』
不意に聞こえた来た嫌な声に反射的に目を閉じた。
あれは何よ? ノイエは何をする気?
『……』
無視かよっ!
『精神系術式“強制告白”をノイエが使える訳が無いはずなのに……誰かが変な術式を彼女の中で描いているのね』
……その犯人ってたぶん1人かと。
って強制告白? 何その自白剤? そんな魔法が存在してたらこの世から黙秘なんて……こわっ!
『そんな生温い魔法じゃ無いわ。貴方が前に食らった共和国の魔女の魔法の数百倍の威力がある。あんな恐ろしいものは使えないように……』
あれ? ちょっと? 途中で終わるなよ! 気になるって!
こっちのツッコミはスルーで完全に無視された。
本当に一方的に話しかけて来るとか本当に卑怯だよな。
で、いつまでこの目を閉じていればよいのでしょうか?
「いゃぁぁぁああああ~っ!」
その泣き叫ぶ声を耳にし、僕は反射的に目を開いた。
ノイエに覗き込まれていたラーシェムさんが頭を抱えてよろけている。
本当に何したの? 大丈夫?
だがこっちの不安など他所に、ノイエは彼女の前に回り込むと口を開いた。
「言って。全部。嘘はダメ」
「……煩いっ!」
ノイエの肩を押しラーシェムさんはこっちを見た。
酷く疲れ果てたような表情で、震える手を伸ばし僕を指さす。
「あはは……そうよ。全部嘘よっ! あの男は私に指一本触れていないっ! 私がどんなに擦り寄っても虫でも見るような冷たい視線を寄こして邪険にした。相手にもされなかった。それが悔しくて悔しくて……私は気晴らしで男遊びに興じた。今日この場に出廷した証人の中にも相手は居たわっ!
私はただ悔しかった。相手にもされず声すら、視線すら向けられないことが悔しかった。だから誰が父親かも分からない子供が出来た時に復讐しようと考えた。
丁度共和国側の人間が私の"嘘"を嗅ぎつけてやって来たから便乗したのよ! 彼らはろくに調べもしないで私の話を鵜呑みにした。結果はこうよ! 馬鹿な女の馬鹿な虚言に踊らされて他国で赤っ恥をかくことになった。
あははは……あ~っははっ! 滑稽で嗤うしか出来ないわっ!」
そして糸が切れたように座り込み床を叩いて彼女は泣く。
いたたまれないが……こうなるようにしてしまったのは彼女だ。
ゆっくりと視線を議長席に向ける。渋い表情を見せる国王様が深く頷いた。
「途中色々とあったが、ラーシェム嬢が自身の虚偽を認めた。異議申し立てのある者は?」
流石の共和国側もこのことに関して異議は無いらしい。
「では本件はこれにて終えるが……ウシェルツェン殿とは色々と話さねばならんようだ」
らしくないほど険しい表情で立ち上がった国王様が……ちょびっと怖い。
だが内務大臣も怖い顔をして国王様を睨み返している。
「それはこちらも同様だ。ここまで赤っ恥をかかされて黙って居られようか」
「恥を晒したのは貴国が我が国の触れてはいけない……ドラゴンの急所と呼ばれる場所に触れたからであろう?」
議長席で静かに佇む国王様は周りに視線をやる。
ドアが閉じられ……議場が閉鎖された。
「それと忘れて貰っては困る。我が国は大陸屈指の食えぬ国と名高いユニバンスだ。挑んで来るのであれば決して引かぬ」
何か僕の時よりも盛り上がっているのですが……このまま戦争に突入と言う感じですかね?
「罪状は何でも良い。とりあえず内乱誘導の罪でその者たちを捕らえよ」
「良いのか? そこまですれば後には引けんぞ?」
「構わんとも。貴殿が帰国できなければあの国は誰が後を継ぐ?」
「……」
「表立っては恨まれるであろうが、裏では感謝されるであろうな」
あ~。納得した。つまりここで騒ぎを起こせば一番困るのは内務大臣の方ってことか。
勝手に他国と喧嘩した挙句に捕らわれた……恥の上塗りの見本だね。
「さあどうする? 我々は話し合いに応じるぞ?」
議長席から冷ややかな最終宣告が下された。
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