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ダメって言った

(2/1回目)

 審問会当日……早朝



 パチッといつも通りに目を覚ましたノイエは、迷うことなく視線を自分の隣へ向ける。

 居ない。

 体ごと寝返りを打って反対側へと移動すると、居た。


「おはようノイエ」

「……おはよう、ございます。アルグ様」


 普段なら気持ち良さそうに寝ている相手が起きて自分を見つめていることに気づき、ノイエはカッと胸の奥が熱くなるのを感じた。

 意味は分からないが、内側からカッカと熱くなったのだ。


「ん~」


 上半身を起こし見つめていた相手が手を伸ばし頭を撫でて来る。

 グリグリとされて……またノイエの胸の奥が熱くなる。でもさっきの物とは違い今度はポッポッとした感じだ。


「アルグ様」

「ん~」

「寝てない?」

「うん」


 疲れたような表情を見せる相手を気遣う。

 何度か倒れた彼の顔色を見て、今の顔色が似ていると言うことに気づいた。

 強い衝撃と共に見聞きした物は、流石のノイエでも記憶できるらしい。


 と、何故か泣き出しそうな雰囲気を見せるお嫁さんに気づいたアルグスタは、体を起して座ると……相手の肩に手を伸ばしこれまた体を起す。

 向き合う格好で座ると、彼は迷うことなく相手に手を伸ばし……その頭を柔らかく抱き寄せた。


「アルグ様。約束」

「うん」


 相手の胸に手を当て体を引き剥がそうとするノイエ。


 約束……それは彼が彼女に伝えられない秘密を伝えるまで、肌などを密着させないと言うものだ。

 何気に両者、そこそこの精神的ダメージを受ける取り決めとなり苦しんでいるが、頑固者のノイエは必死に我慢して頭を撫でて貰うことだけで満足しているのだ。


 それなのに、


「ダメ」

「うん」

「離して」

「うん」

「……」


 本来の力……ドラゴンスレイヤーとしての力を相手に使える訳が無い。

 ノイエは自身でもさっぱり分からない使い方で普段術式による"強化"を用いている。

 彼女の力の大半は"魔法"であり"術式"だ。だが何故自分がそれらを使えるのかは分からない。

 あの場所……仲間たちの力を使えるのか分からない。


 故に自分本来の力で相手を押そうと努力する。

 だが実際のノイエは人並みの部類に属する。裸を晒せばしなやかな肉体だが、決して筋肉質では無い。年相応の女性らしい筋肉量でしかない。

 相手を押して離すことも出来ず、ノイエは自身の力を緩めた。


「アルグ様」

「ん?」

「もう少し?」

「うん。お願い」

「……はい」


 だからノイエは珍しく折れたのだ。


 その理由に自分自身の葛藤も大いにあるが、返事をするだけで離してくれない相手のことが気になった。愛や恋などノイエにはまだ分からないものではあるが、こうして抱き締められているのは嫌では無い。出来たら毎日……いつまでもしていて欲しいと思う。


 嫌じゃ無ければされていたい。自分も恐る恐る相手の背に手を回しノイエ自ら抱き付く。

 と、縮まった距離の分だけ……彼がギュッと抱きしめて来た。


「んっ……」

「痛かった?」

「平気」


 良く分からないが声が出てしまっただけで、ノイエとしたら今ぐらいが丁度良い。

 また自分から相手の背に手を回し続けて密着度を増す。

 ギュッとされて……ノイエの頭上で触覚の様なひと房の長い毛がフワフワと楽し気に揺れる。


「良し。たっぷりと補給で来た」

「……?」


 身長差で生じる高低差。彼の声が頭上から聞こえ、ノイエは腕を緩めてそっと顔を上げる。

 仰ぎ見た彼は、どこか眠そうだけれども……満足気に頷いていた。


「今の僕なら10年は戦える」

「……はい」


 意味が分からないけど頷いておく。

 と、見上げる格好となったノイエは、彼と目が合い動きを止めた。


 いつもなら迷うことなく近づいて来るはずの彼との距離は遠いままだ。今まで暖かだった胸の中に冷たいモノが宿る。それはとても冷たくて痛い。

 涙がこぼれてしまいそうになってノイエはそれを我慢しようと両目を閉じた。相手に対して顔を向けた状態でだ。


 ドラグナイト家にはある決まりがある。キスされる方が目を閉じるのだ。

 だからアルグスタはそっと相手を抱きしめて唇を重ねる。


 しばらくの沈黙の後……少し怒った様子でノイエが言った。


「ダメって言った」

「あれ~?」


 納得のいかない相手の怒りに、アルグスタは笑って誤魔化した。




「今日が結構重要な日だと理解しているか?」

「おう任せておけってばさっ!」


 徹夜明け特有の高めのテンションで返事をしたら馬鹿兄貴に殴られた。


 どうしてあの有名な忍者チックに返事したのに通じない?

 これから言葉の戦闘に出向く弟に拳の戦闘を差し向けるなんて鬼か?


 殴られた頬を押さえつつ、ぼんやりしていた頭の中がすっきりとして来た。


「お~目が覚めた」

「もう一回往復で行くか?」

「そんなもの食らったら違った意味で寝るわ」


 殴られた衝撃でコキコキと言う首を押さえつつ、相手との距離を取る。


 本日は王城の中にある大審議場なる場所で審問会が行われる。普段は鍵がかけられているから存在は知っていても入るのは初めての部屋だ。


「ったく……お前は大物なのか馬鹿なのか悩むな」

「馬鹿の称号はそっちに譲ろう」

「なら拳に乗せて返そう」

「暴力反対」


 拳を向けて来る相手から全力で逃れる。


「まあ良い。遊びもここまでだ」


 時間だとばかりに馬鹿兄貴がドアの方を顎で指す。

 でもその前に少しやることがある。


「物は相談なんですけど……」

「下手に出るな馬鹿。気味が悪い」

「黙って言うことを聞くが良いって、拳をしまえっ!」


 言われた通りにしたらまた暴力だよ。物凄い不条理を感じる。

 ブンブンと振り回した拳を解き、馬鹿兄貴がやれやれと肩を竦めた。


「で、何だ?」

「……ちょいとお願いがありまして」


 僕の頼みに馬鹿兄貴は物凄く渋い表情を見せて……投げやりチックに応じてくれた。


 そう。今日の戦いは負けられないし、まず勝ち負け判定も特殊だ。

 何よりグローディアが提示した勝ち方だけは出来ない。


 だって僕は……ノイエがどこでも自慢出来る旦那さんで居たいのだから。




(c) 2018 甲斐八雲

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