死ななければ平気よ
(2/1回目)
要人と言えば上位に入る存在。
兄であるシュニットが新国王となった今、彼の王位継承権は第1位となる。
そんなこの国で尊い存在であるハーフレンは、自身で馬を操り帰路についていた。
護衛の騎士は居ない。遠巻きに彼の部下たちが見張っていることもあるが、個人の武力としてはユニバンス国内で第2位と言われている。第1位が人外の強さなので、普通の人間を対象とすれば彼が1位だ。
故に護衛など付けず、彼は我が物顔で馬に乗っていた。
「と……珍しいな。暗殺者か?」
物陰から飛んで来た殺気に彼は馬を止め、石畳の地面へと足を降ろす。
逃げないよう馬の頭を軽く撫で安心させると、ズンズンと無造作で相手の方へ足を進める。
「悪いが最近不満続きでな……手加減しない」
「奇遇ね。私もよ」
「なっ!」
その声と同時に無数の影がハーフレンを襲う。
見慣れた攻撃に腰に吊るした剣を引き抜き迎え撃つ。
まるで大きな蛇を思わせる黒いか影が4つ。不気味に震えながら襲う機会を伺っている。
「待てやフレアっ! 一体何事だよっ!」
「ただの気紛れ」
「おまっ!」
4つの影が一斉に襲いかかって来た。
同時に4つが動き、それぞれがハーフレンの手足を狙う。
彼は咄嗟に剣を投げると、向かって来た影をその手足で迎え撃った。
魔法で強化された影の先端は鉄の剣に匹敵する強度を持つ。だが臆することなく殴り、そして蹴り飛ばしたハーフレンは……それで終わらない事実に気づいた。
「ちょっと待てっ! 全力とか無理だろうっ!」
「大丈夫。死ななければ平気よ」
「言うことがスィーク過ぎるぞ!」
ピクッと反応したフレアは、影の中で少し考える。
あのメイド長と一緒にされるのは心外だった。少なくとも彼女より手加減はしている。
「分かった。ならもう少し本気で」
「その発想があの化け物と同じだと言っているっ!」
一気に足を動かし、当たりを付けた場所へとその巨体を躍らせる。
反応が遅れたフレアは、その太い腕に抱き締められ捕らわれた。
「ったく。普通に挨拶して来いよな」
「……不満が溜まっていたのよ。隊長のこととか」
(結婚式のこととか)
フレアは、その言葉を自分の胸の中で呟いて表には出さなかった。
抱きしめられた格好の彼女が不機嫌そうに彼の視線から顔を背ける。
やれやれと肩を竦めたハーフレンは、抱き締めていた相手を開放する。
「で、用件は何だよ」
「だから隊長のことよ」
「……」
「アルグスタ様の隠し子ぐらいであんな喧嘩にはならない。そうでしょ?」
腰に手を当てグイッと顔を突き出し睨みつけて来る"幼馴染"に、ハーフレンは降参とばかりに両手を上げた。
「あら素直ね?」
らしく無い相手の態度にフレアは驚き目を丸くする。
てっきり抵抗してして来るだろうと思っていたのだ。
「お前に対して『黙秘』するほど命知らずじゃないよ」
「そう。残念ね」
クスッと笑ってフレアは相手の胸に指を突き付ける。
「ここが凍えるくらいの楽しいことが待っていたのに」
「止めてくれよ。俺は発狂したくない」
「そう。別に良いけど」
クスクスと笑うフレアは、軽い足取りでハーフレンから離れる。
だが相手の足が速かった。一瞬で間合いを詰められまた抱き締められたのだ。
「……新婚早々に浮気?」
「失礼な。俺には出来た嫁と妾が居る」
「……そうだったわね」
『ならこれは?』と言いたげに睨みつけるフレアに対し、ハーフレンもまた薄く笑った。
「幼馴染から祝いの言葉を貰って無かったからな」
「……そうね」
ズキッと胸が痛んだ。
一瞬その痛みに顔を歪めそうになりながらも、フレアは普段通りにその表情を柔らかくする。
「おめでとうございますハーフレン王子」
「……余所余所しいな」
「他人ですから」
「そうだったな」
腕を放し相手を開放すると彼は頭を掻く。
その様子を見つめ胸の中を痛めながら、フレアは言葉を続けた。
「隊長のことを詳しく聞かせてください。このままだと余り良くないです」
「良くないとは?」
相手から上官としての視線を向けられ、フレアは必死に自分の心に蓋をした。
「ある王子の幼馴染のようになるかもしれないと言うことです」
破裂してしまいそうな感情をねじ伏せて、フレアはどうにかそれを口にした。
ハーフレンもまた苦笑すると、待機させている馬を呼び寄せる。
「お前の馬は?」
「え? 通りの酒場に……」
「なら部下に取りに行かせる」
戸惑うフレアを尻目に、ハーフレンは馬に跨ると彼女に向かい手を伸ばす。
「こんな場所で話せる内容じゃ無いしな。ここからなら……俺の家よりか城に戻った方が早いな」
「ええ。そうね」
どうにかその返事を絞り出し、フレアは伸ばされた手を掴んだ。
圧倒的な力で馬の上へと引き上げられ……彼の前で横座りすることとなる。
「ハーフレン?」
「昔みたいで良いだろう」
「馬鹿。周りの目を気にしなさいよね」
「分かっている。襲撃された腹いせだ」
笑いながらそう言われたフレアは、カッと顔を紅くして……分厚い彼の胸を全力で殴った。
「怒るなよ」
「怒るわよ」
「へいへい。俺が悪うございました」
お道化ながら馬を動かされたのでフレアは体勢を変えられない。
キッと相手を睨みつけるが、彼はそれを無視して前を見る。
(もう……馬鹿)
もう一度殴って、フレアは相手に身を寄せ自分の体が揺れないように固定した。
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