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言ってくれないから

(2/1回目)

 夕方。日没前の涼しい時間に活動を再開したドラゴンを軒並み駆逐してノイエは戻って来た。

 この時期は日没後の残業が生じてしまうが、昼に長い休憩を取っている分、労働時間的には普段と変わらない。


 いつも通りドラゴンの血肉を地面に落とし、ノイエは軽く自分の鎧などを拭きながら待機所へと向かう。

 普段なら早く帰りたい気持ちでいっぱいなのに、ここ最近は早く帰りたくない。アルグスタに会いたいのだけれど、違う名前で自分を呼ぶ彼が『怖い』のだ。

 頭頂部から伸びる髪をへんにゃりさせながら歩くノイエに気づいたルッテが駆けて来る。


「隊長っ!」


 薄着で駆けるから胸の部分で何かが暴れ、凄いことになっているのをノイエはぼんやりと眺めていた。


「大変です隊長!」

「はい」


 分からないが頷いておく。

 自分の前で立ち止まった彼女が肩を掴んでガクガクと揺する。


「アルグスタ様がお城で倒れましたっ!」

「……」


 一瞬フワッと揺れた彼女の頭頂部の髪がピンと立った。

 その瞬間、ノイエの肩を掴んでいたルッテは、支えを失って前のめりで倒れそうになる。


 文字通りノイエが姿を消したのだ。




『お城で』


 その言葉だけを頼りにノイエは城中の部屋を確認して回る。

 余りにも早すぎる動きに彼女を視認できる者など"ほとんど"居ない。

 だがノイエは動きを止めない。城中の部屋を探し……見つけられずに途方に暮れる。


 と、城の一番高い場所……尖塔からその建物の存在を見つけた。

 自分がこの場所で住んでいた時に使っていた所。

 アルグスタと一緒に暮らしていた場所だ。


 飛び降りて地面を蹴って建物へ飛び込む。

 見慣れた場所……迷うことなく通路を駆けてある一室に入る。

 薄く灯された明かりが室内を柔らかく照らしていた。

 自分が使っていたベッドとは別の……二回り小さなそれに誰かが眠らされている。


「アルグ……さま……」

「っと」


 飛び込む勢いで突き進もうとする彼女を大柄な男性が全力で受け止めた。

 ハーフレンだ。


「アルグ様……アルグ様……」

「落ち着けノイエ。止まれ。マジか?」


 恐ろしい力で突き進む彼女を止められるのは帝国のオーガぐらいか。

 怪力自慢のハーフレンですらあっと言う間に押し切られてしまった。


「アルグさ……」


 ボロボロと涙を溢し彼の顔を見たノイエはその身を『恐怖』で竦ませる。

 真っ青な顔色の彼がその場に寝かされていたのだ。


「全く。起こすなよ」

「……アルグ様は?」

「たぶん寝不足と疲労だとよ」

「寝不足?」


 両方とも聞き慣れない言葉だった。

 それだけにノイエは涙を溢しながら首を傾げる。

 ハーフレンは軽く笑うと自分から見て小柄な少女の頭を撫でる。


 自分があの日あの場所で拾った壊れてしまったような少女は、大切な人を思い泣いていた。

 その姿を見ても……どうしても一抹の不安が拭えない。彼女の本質は生粋の"ドラゴンスレイヤー"だからだ。


「お前たち……喧嘩してるんだって?」

「?」

「お前が最近アルグと一緒に帰って無いと聞いたぞ?」


 言われた言葉を理解したのか、ノイエは何処か困った様子でチラチラと辺りを見る。

 まだ幼女の様な反応を示す彼女にハーフレンは椅子を勧めた。

 椅子をベッドの傍に運び、彼の様子を見つめるノイエが……小さく口を開く。


「アルグ様が変」

「変?」


 弟は基本変人。それがハーフレンの素直な気持ちだった。

 だがノイエはまた泣き出してしまいそうな雰囲気で言葉を続ける。


「違う名前で呼ぶ。寝ていると……違う名前で呼ぶ」

「お前をか?」

「はい」


 コクッと頷くと、ポロッと彼女の目から涙がこぼれる。


 ハーフレンは自身の経験からして『それた絶対にやっちゃいけないことだぞ?』としか思えない。

 寝起きとかふとした瞬間の気の弛みで、別の女性の名を呼んでしまうことがある。そのお蔭で何度となく殴られ修羅場を見たことか。

 身に染みた痛い経験を踏まえ、それ以降特徴が圧倒的に違う相手を選ぶようにしたのだ。


「だから怖い。アルグ様が怖い」

「お前を違う名前で呼ぶからか?」


 だがフルフルと彼女は顔を左右に振る。


「言ってくれないから」

「言う?」

「はい。アルグ様はいつも言う。『言ってくれないと分からない』って。だから言ってくれないと、分からない」

「そうか」


 グシグシとハーフレンは彼女の頭を撫でてやる。

 彼の嫁は間違っていない。言われたことを忠実に守っているのだ。

 自分が言ったことを守っていない馬鹿な弟が全て悪い。


「ノイエ」

「はい」

「怒って良いぞ」

「……怒る?」


 涙で濡れた顔を向けて来る彼女にハーフレンは大きく頷いた。


「お前は言われたことを確りと守っている。でもこの馬鹿は守っていない」

「……はい」

「そんな態度をとる馬鹿に対して、この国では文句を言っても良いことになっている」

「文句?」

「そうだ」


 グシグシと頭を撫でてハーフレンはノイエに告げる。


「この馬鹿が起きたらこう言ってやれ。『許して欲しかったら謝れ』って」

「はい」

「謝ったら次は『どうして違う名前で呼ぶのか』と聞け」

「……はい」

「理由を言ったら……まあそこで許してやれ。抱きしめてキスしてやれば良いさ」

「…………はい」


 そろそろ彼女の記憶の許容量が限界そうなので、ハーフレンは笑う。


「全くこの馬鹿はどこの女とお前を間違えたんだろうな?」

「分からない。でもアイルロー……って言ってた」


 うろ覚えのノイエの言葉にハーフレンは気付いた。

 その名を知らない王族は居ない。

 最低の術式と呼ばれる醜悪で凶悪な魔法を使用した『術式の魔女』だ。


「そうか。アイルローゼと間違えたのか」


 顔色は悪いがのんきに寝ている弟に対し、ハーフレンは『あとで泣かせる』と誓った。




(c) 2018 甲斐八雲

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