アルグスタの子
「分かっていたこととは言え……ついに来たか」
「はい」
場所はユニバンス王国の国王執務室。
新年までは国王としての務めがあるが、数年前から宰相として実質の政務を仕切るシュニット次期国王の仕事っぷりには不満は無い。
ソファーに座り隠居爺よろしくのんびりしていたウイルモット国王は、届けられた親書に眉をしかめた。
送り主はセルスウィン共和国内務大臣。『対ドラゴン連合軍についての話し合いについて』とのことだ。
「彼の国の内務大臣はいつから外務まで行うようになったのか?」
「私は知りません。少なくとも最近でしょうね」
机にて今後の人事について考えていた若き次期国王も呆れながら、本命では無い書状に目を通す。
「これに寄ると、『話し合いたい重要なことがあるので内務大臣自ら来る』とのことです。先日の魔女がもたらした情報が正しいかと」
「うむ。つまり相手はアルグスタの"子"を自称する赤子を連れて来ると言うことか?」
「それとたぶん母親を名乗る者もでしょうね」
軽く肩を回してシュニットは頭の中を切り替えた。
息子の様子を見ていた現王が口を開く。
「ハーフレンからの報告は?」
「届いています。母親を自称しているのは中級貴族のローグレイ家の次女ラーシュム嬢で間違い無いかと」
全て暗記している彼の言葉に間違いはない。それでもウイルモットは重ねて問う。
「他の候補は?」
「虱潰しに調査させました。該当する行方不明の年頃の娘は彼女だけです」
「なら間違いないな」
自身が若き頃より作り上げた国内の捜査網は大陸でも有数だと自負している。
それを引き継いだハーフレンが独自の人材を補充して強固な物にしている。報告の正確性は揺るがない。
ウイルモットは目を閉じて深く思考する。
「困ったな」
本音が口をついて出てしまった。
シュニットもそれを聞き苦笑するしかない。
国王であるウイルモットはその名の元で約束してしまったのだ。
『アルグスタの恋人の件で決して迷惑をかけない』と。
「どう考えても今回は穏便には済ませられんな」
「暗殺などの手段は相手が最も警戒しているでしょう」
「ああ。仮にこちらの手の者が捕らえられようものなら圧倒的に立場が悪くなる」
共和国とて一国を脅迫するに等しい手法を使う気でいるのだ。
警戒は厳しいだろうと容易に想像出来る。
「こちらとしては何とする?」
「はい。ラーシュム嬢は王国の許可を得ず他国に渡りました。それを共和国は『亡命』と言い張るでしょう。ですのでこちらとしてはその部分を突きます」
「続けよ」
現王に促されシュニットは腹案を口にする。
「ラーシュム嬢は亡命し現在は共和国の民です。他国の者が我が王国の、それも王家の者に対して『子供の認知に対する訴え』など今までに前例がありません。ですので急ぎ法を作ります」
「うむ。悪くは無いが共和国に小銭を撒かれている貴族共は反対するな?」
それは分かりきった反応だ。
だからこそウイルモットは息子の考えを詳しく聞きたいのだ。
「はい。ですから『他国の市民が子供の認知を訴えた場合は、その子の親を明確に証明できなければ認めない』と言う法と一緒に『他国の市民が子供の認知を訴えた場合は、審問会議を行うこととする』の法も同時に議題とします」
「なるほど。つまり前者を拒否させ後者を無理に通すと?」
「はい」
ウイルモットはまた思考する。確かに悪く無い方法ではある。
悪く無いのだが、弱い。脆弱過ぎると言っても良い。
「審問会議で『アルグスタの子』だと認知されてしまったら?」
「……可能性はあります。ですが相手は一時この国を逃れて居ます。子供がアルグスタの種である証拠は」
「甘いなシュニット」
「は?」
真面目な長男であるからこそこういった場面では弱さを露呈する。
「仮に敵がハーフレンなら証拠を作り提出する。証拠……つまり証人だ」
「……」
父親の言葉に息子は唇をきつく閉じた。
「行方不明が1人であったのなら、この国に残っている同じ時期に遊んでいた者たちを探し出し金で誘惑する。
『ラーシュムとアルグスタが密会していたと言うだけで良い』と言われ大金を渡されたら? 別に国を転覆するようなことにはならないと言われれば、貧乏生活を強いられている貴族の息子や娘などあっさりと買収される」
そう。それが経済大国である共和国の強みだ。
「……確かにそのような方法は考えていませんでした」
自らの失念に気づきシュニットは肩を落とす。
だがそんなことでウイルモットは息子の評価を下げたりはしない。専門が違うのだ。
「儂はお前に国の表の仕事を学ばせてきた。そしてハーフレンには国の裏の仕事をだ。意味は分かるな?」
「……2人で国を執り仕切れと」
「その通りだ。お前たちは2人で1人だ。だからハーフレンと話して決めよ。ただ時間はそう長くない」
「はい」
半年もすれば先王となり隠居するウイルモットは息子を鍛えることに手を抜かない。
仮に今回のことが失敗したとしても、責任は全て自分が背負う覚悟も決まっている。
ただ少々厄介なのは、アルグスタの思考だけが読み切れないのだ。
「いずれにせよ……一度アルグスタに全てを話さねばならんな」
「はい」
頷く息子に優しげな目を向け、父親としてウイルモットは口を開く。
「王家の者などになるべきでは無いな。面倒事ばかりで……ゆっくりとしておられん」
「そうですね」
「そう考えると、アルグスタが口にしている生き方もある種の理想なのかもしれんがな」
平穏無事に隠居したい……何とも贅沢なことであったとしてもだ。
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