決して負けられない戦いがあるの!
ブロイドワン帝国内北部
「……」
視察に赴いた大将軍は、其れを見るなり動きを止めた。
確かに彼らを遣わせたこの場所は何も無い荒れ地だったはず。
「これは大将軍。お早いお着きで」
「久しいなヤージュよ」
「はい。……お聞きしたいのはこれでしょうか?」
「ああ。そうだな」
上官たる彼が言葉を詰まらせるのには理由がある。
それを最初から理解していたヤージュは、手作りの柵に手を置き言葉を続ける。
「最初は小規模な小屋でしたが、雨期の為にドラゴンも現れず暇を持て余しておりました。するとトリスシアが『体が鈍る』と言い出して、斧を両手に伐採を開始。生産される木材を朽ちらせるのは勿体無いと、暇を持て余していた兵士たちが小屋を増築。
日々それを繰り返した結果……これです」
2階建ての木造建築の建物を中心に下手な街よりも立派な建物が立ち並ぶ様子に、大将軍……キシャーラは閉じた口が開かずにいた。
「……暇潰しで街を作る気か?」
「その気は無いのですが、結果そうなっただけでして」
「そうか」
出来てしまった物は納得するしかない。
「お前たちがこんなにも建築に優れているとは知らなかったな。南西部で雨期の大雨で土手が決壊したと報告が来ている。行って作ってみるか?」
「ご冗談を」
巌のような表情を持つ大将軍の言葉は、何処までが本気なのか分からない。
と、右肩に材木を、左肩にドラゴンを乗せた大女が歩いて来る。
「何だい。キシャーラ……もう来たのかい?」
「お前は変わりなく元気だな」
「はんっ! 退屈過ぎて死にそうさね」
肩の荷を両方放り出し、彼女はゴキゴキと肩の骨を鳴らす。
「丁度良かった。ちょいとアタシと遊ばないか?」
「……構わんが」
基本好戦的な2人が出会えばこうなると言った典型である。
ヤージュは一瞬止めようと思ったが、ため息を吐いて諦めた。
無理なことをするだけ無駄なのだ。
「キシャーラ様。トリスシア」
「何だ」
「何よ」
やる気満々な2人は、止められるのを嫌い鋭い睨みと共に顔を向けて来る。
普通であれば縮み上がりそうなそれを受け、ヤージュは疲れた様子である1点を指さした。
「この場所は後々居住者を募り開発することも出来ます。つまり壊されると面倒なのです。ですのであっちの荒れ地にてお願いします」
「そうか」
「仕方ないね」
止められる訳では無いと知り、2人は並んで指定された方へと歩き出す。
共通の趣味と言うか、戦うことが好きだからこその素直さだ。
「ヤージュ様。宜しいのですか?」
「だったら君があの2人を説き伏せて止めてくれたまえ」
「……いえ。自分には不可能かと」
素直に尻尾を巻いて逃げ出した部下に、鋭い視線を向けて彼はまたため息を吐く。
2人がドラゴン退治ばかりで不満を貯めているのは分かる。分かるが別のことで発散して欲しい。
轟音と爆音。
それを合図に、帝国屈指の強者が戯れの試合を始めた。
セルスウィン共和国首都
「失礼します。マリスアン様」
「何かしら?」
ノック1回で室内へと入って来た執事に、自宅の自室で書き物をしていた妙齢の魔女が手を止める。
彼女こそ共和国が誇り、美貌で広く知られている稀代の魔女たるマリスアンだ。
「こちらの包みがユニバンス王国より届きました」
「私に?」
「はい」
恭しく差し出される小包を彼女は受け取る。
先日伺った時にどこぞの貴族が勝手に惚れ込んだか……そう思いながら包みを見た彼女は、蝋封の紋章がユニバンス王家の形に沿った物と知りますます困惑した。
退出する執事を見送り、引き出しからナイフを取り出すと蝋を剥す。
丁寧に梱包されている包みを解くと、見知った名を見つけた。
『アルグスタ・フォン・ドラグナイトより敬愛する魔女へ』
らしくない文面にクスッと笑い、マリスアンは中身を確認する。
入っていた物は手紙と、木の板に挟まれたプラチナのプレートだった。
『何故このような物が?』と疑問に思いながらプレートを手に取り、ひと目見て動きを止める。
その繊細で大胆な刻み方は、自分では到底できない領域の作品だった。そう。そのプレートの中に刻まれている模様や特別な言葉までもが1つの作品に見える。
余りの美しさに上から下から斜めからと……あらゆる角度でそれを確認する。
どんな高価な宝石を貰うよりも心が躍る一品だ。
これでもかと時間をかけプレートを堪能した彼女は、ようやく手紙の存在を思い出した。
『一体何が?』と疑問に思いつつ手紙を開き一瞥し……額に青筋を浮かべた。
『掃除してたら見つけた。うちのお嫁さんが言うには「共和国の魔女でも書けない」とか。
物は試しに送ります。
もし書けるなら同じ物を送ってください。書けないならそれを返して下さい。
僕は書けると思うんですけど、ノイエが「絶対に無理」と言って聞かないので。
お忙しいでしょうけどよろしく!』
手にしている手紙をくしゃくしゃに丸め、壁へと投げつけ追い打ちの踏みつけまで忘れない。
怒りが収まるまで手紙に八つ当たりした魔女は、ギランと逝っちゃったような目で机の上のプレートを睨みつけた。
「良いでしょう。良いわよ……あの小娘っ! 本気の私の実力を見せてあげるわ!」
それから約10日。魔女マリスアンはいくら呼び出しを受けようが自宅より出ることは無かった。
出迎いに来た兵士に対し執事が言うには、『決して負けられない戦いがあるの! それが今なの!』とヒステリックに叫び自室から出て来ないのだそうだ。
結果彼女は、何度も書き直したプレートの購入による散財と職務放棄で減給を喰らったそうな。
(c) 2018 甲斐八雲
マリスアンが可愛いと思う人……同士ですw