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胸がキツイ

「アルグ様」

「ん……ふぁぁあ」


 寝ている間に僕らは王都郊外の待機場に着いた。

 我が愛馬を初めて見るノイエの部下さんたちが普通に驚いている。


 そうだろう。僕だって普段一人で乗るのがめっちゃ怖いんだぞ?


 最近どうにか一人でも乗せてくれるようになった。

 僕を振り落とそうとすると、ノイエが動物たちにしか感じさせない気配で脅し続けた結果、振り落とすことを止めただけでしかないけどね。


 ノイエが手近な木に馬を繋ぎに行く。

 はて? 普段なら馬が来れば飛んで来る馬鹿が居ない。


「ミシュは?」

「「……」」


 何故か部下さんたちが僕から視線を外した。

 その意味は何なのかを問いたい。


「おはようございますアルグスタ様」

「おはようルッテ。ミシュは?」

「先輩なら……」


 何やら荷物を腕と胸で固定したノイエ小隊最年少幹部候補がその目を泳がせた。


「正直に言おうか?」

「言っても宜しいなら……『寝不足は美容の天敵だから私は私の未来の為に今から大切な仕事に向かうわ』と早朝、城内の集合場所に現れるとそう言って帰りました」


 つまり徹夜で遊んで部屋に帰って寝たと。

 サボりですよね?


「……ノイエ」

「はい」

「明日以降小さい副隊長を見つけたら、縛って逆さに吊るしておいて」

「はい」


 グッと手を握りやる気を見せるノイエとは、きっと心の中で通じ合えたのだと思う。

 どんな寝言だあの馬鹿は?


「それでフレアさんは?」

「はい。そっちは今朝方、実家の王都のお屋敷近くで出火があったとかで『妹さんの対応だと不安だから』と様子を見てから来るそうです」


 これだよこれ!


「そう言う正当な理由を聞きたい訳だ」

「……逆さに吊るす?」


 不吉な質問をして来るノイエの両肩に手を置いて、はっきりと顔を左右に振って否定しておく。

 何か勘違いした彼女が目を閉じて来たから、軽く額にチュッとしておいた。


「まあ良いか。一応図面通り工事終わってるかの確認だけだしね」

「ふぇぇえっ! 大人の何かを見せたと思ったら、その言葉は何ですかっ!」

「あん? これくらいドラグナイト家では挨拶みたいな物です」


 顔を真っ赤にさせたルッテが、驚いて荷物を落としている。

 人前でのキスなど、全国民対象で大々的にやった僕はもう臆さない。馴れって怖いな。


「とりあえず今日は引っ越しでしょ?」

「はっはひぃ。……でも大半の作業は終わってます」


 パタパタと顔を煽ぐルッテに施設の説明を頼み、着替えに向かうノイエを見送る。


 新設された建物の紹介と男女別になったトイレを見て本日の視察完了。

 手抜きと言うなかれ……偉い人が来るっていう意味は、『たまには掃除しておけよ』と言う意味だけだと筋肉王子が偉そうに言っていた。僕も概ねその通りだと思う。


 着替えに随分と時間をかけたノイエがようやく出て来た。

 いつも通り頭の上から爪先まで白い。ただ作業着であるプラチナ製の専用の鎧を身に纏った彼女は、少し鎧を手にカタカタと動かし続けている。


「どうしたの?」

「胸がキツイ」

「……」


 美乳派の僕をこんなにも誘惑する言葉を発するとは、流石ノイエだ。


「この鎧って特注なんだよね?」

「はい」

「……辛い?」

「大丈夫」


 質問の仕方が悪かったな。

 今みたいに質問をすればノイエの答えは決まっている訳だ。


「これからお城に戻ったら確認しておくね」

「?」


 不思議そうにノイエのアホ毛が揺れる。


「明日新しい鎧を作りに行こう。どうせまだドラゴンも動き出したばかりだし、元気に動き回る頃には新しい鎧も出来上がるでしょう。そうすればノイエもたくさん狩れるしね」


 僕の発言に、ノイエ以外の全員が引いた。


 長期休み明けなのだからビシッと働いて貰うよ?

 死ぬ気で働いた者のみ褒美を与えるのが僕のやり方です。


「だからしばらくそれで我慢してね」

「はい」


 今度は嬉しそうにフリフリと彼女のアホ毛が揺れる。




「申し訳ありません。クロストパージュ様」

「良いです。管轄は違いますが近所と言うことで、たぶんハーフレン王子から報告書を求められると思いますので」


 簡易的なテーブルを並べられた場所で、フレアは対応する衛視に柔らかな笑みを向け続ける。

 上級貴族の娘としてどこに出しても恥ずかしくない教養を持つ彼女の足元では、経験の為に連れて来た妹が潰れた蛙のようになって地面に伸びていた。


「妹君は大丈夫でしょうか?」

「ええ。焼死体を見たのが初めてで」

「そうですか。あれはなかなか見慣れませんので」


 苦そうな表情を見せる衛視にフレアは微笑み続ける。


 どんな死体でもそうやすやすと見慣れたりはしない。

 自然死や病死のような物ならまだしも、事件や事故の死体は損傷が激しかったりする。


 今日見た遺体はどれもがほんのりと生で、男女の認識が出来る程度の物だった。

 故に初見の者はその凄惨さで気を失う。


「大半が逃げ遅れと言った様子ですか?」

「はい。子供や使用人などは部屋の方で見つかっています」


 ピラピラと報告書に目を走らせて衛視が答える。


「出火の原因は?」

「一応ですが……応接間の所の延焼が一番激しいので、たぶんこの場にあったランプが倒れ火が回ったものだと思われます」

「そうですか」


 軽く妹に蹴りを入れ、フレアは椅子から立ち上がり全部の遺体を確認することにした。

 何体かは直接手に触れその延焼具合を確認する振りなども忘れない。


(馬鹿。仕事が粗いのよ)


 延焼しきれていない部分の切り傷は、強化魔法で無理やりくっつけ誤魔化す。

 半日程度ならこれで十分誤魔化せると、経験則からの行動だった。


「確認しました。火事で発生した煙を吸い、気絶した所を焼かれたと言った様子ですね」

「ええ。我々もそう結論付けています」


 衛視たちは気付いていない様子なので、裏から手を回す必要は無いらしい。

 安堵の笑みを微笑みにして、フレアは軽くお辞儀をする。


「了解しました。ハーフレン王子への報告は私が致しますので、細かな書類は対ドラゴン大隊の私宛にお願いします」

「助かります」


 こうしてフレアは、殺人事件をただの事故とした。




(c) 2018 甲斐八雲

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