消えゆく場所に敬意を払い
ブロイドワン帝国・帝国領とある廃墟(旧フグラルブ王国)
何度目かの確認で視線を地図へと向ける。
間違いない。元大国の大将軍を務めていた人物が直接地図に書き込んだ物だ。これで間違っていたら引き返してあの元大将軍に夜這いを敢行する。
年寄りは元気が無いからと敬遠してきたが、落ち着きのある男性も悪くない。何より年齢の割には衰えも少なく筋肉もあった。実に悪くない。
「で、これが元フグラルブ王国ね~」
目深に被ったフードを上げて、ユニバンス王国の騎士である問題児は眼前を見下ろす。
高台となっている今の場所ももしかしたら何かしらの建物の廃墟なのかもしれない。けれど存在しているのは、大半が砂に飲み込まれた王都だったであろう廃墟だ。
「戦争って嫌だね。こうして見ると」
ひとり呟き高台から降りる。
比較的歩きやすそうな場所を選んで、騎士は歩く。
今回の任務……帝都への輸送には一つだけ条件があった。この廃墟と化しているフグラルブ王国に立ち寄り、持って来た魔道具を置いて行くのだ。
こんな変な仕事を追加する人物など、騎士は1人しか思いつかない。最近まで上司だった国一番の問題児だ。
「アルグスタ様は何を企んでこんな廃墟に?」
人など居ない。最近使われた形跡もない。ただ本当に捨てられた場所だ。
廃墟へと向かうにあたり立ち寄る場所で情報を集めたが、この国だった場所に生き残りは居ないらしい。全て狩り尽くされ、死体か奴隷かに分かれたと聞く。
「こんな未来が嫌で、私たちは命がけで戦ってきたわけだけどさ」
石材で作られた太い柱のような物に登り、騎士はそれを椅子にする。
今見ている風景は、一歩間違えば自分が暮らす場所でも過去起こり得た物だった。
幸運にもドラゴンの数が増え、戦争の継続が困難になり敵が引いて行っただけのことだ。
あのままもし戦争を続けていれば、ユニバンス王国はどれほどの自殺めいた作戦を使うこととなったのか分からない。何よりそれをしても大国相手に勝つことは難しい。
こんな風に狩場となって廃墟を晒すことになり得たのかもしれない。
「嫌だね本当に」
手を伸ばし騎士は呟く。
キラキラと光って見えるのが細かい砂に日光が反射しているのだと知って、伸ばした手引っ込めた。
自分が物思いにふけるなど似つかわしくないと内心で苦笑しながらだ。
「さってと。仕事をして帝都に向かいましょうかね」
高い所から見ることで、一番砂に侵食されていない場所は分かった。
軽い足取りで障害を越えながら真っすぐその場所へと向かう。
感じとすれば何かしらの施設が存在していた様子だ。
ただ燃やされたのか、建物の外壁に使われていたのであろう石材が煤で汚れていた。
「ここなら大丈夫でしょう」
対日差し用に全身を包んでいるマントを緩め、背負い袋から魔道具を取り出す。
しいて言えば手鏡だ。何故かそれを置いて来るように命じられた。
適当にその辺に……と言う訳にもいかず、騎士は辺りを見渡して物陰に隠す。
置く際の注意は受けていないから、隠したことを叱られたりはしないはずだ。
「よっし! 後は帝都に行って……お風呂浴びたいわ~。もう全身砂まみれで、私のあそこも乾いちゃうよ全く」
ヘラヘラと笑い騎士は歩きだす。
しばらく歩いて足を止めた。
誰かに見られている気がしたのだ。でも人の気配はない。
「……幽霊の類は嫌いだから」
お腹が空くから使わなかったが、騎士は自身が持つ力を使いその場から一気に離れる。
数度使って消えかけている廃墟からだいぶ距離を離した。
ゆっくりと振り返り、今一度廃墟を見つめる。
「消えゆく場所に敬意を払い」
自然とその言葉を発して騎士は……ミシュは頭を下げた。
日が沈み夜が更けた頃……それは動き出した。
いつ振りか分からないが、今日は人が来た。嬉しかったが動けなかった。
そしてその人は何かを置いて行った。
きっと“実験”の一環だと思われる。だったら自分がすることは決まっている。
ガリガリと音を発する体を動かし、人が居た辺りを探す。
見つけた。掌に乗る大きさの物だ。
《解析》
掌に意識を向けると手に取るようにそれが何なのか分かる。
《判明》
異世界と呼ばれる異なる場所から運び込まれた道具だ。材質等の再現は不可能。刻まれている言葉は『魔法語』と呼ばれているが、半分は異世界の物でありもう半分が魔法使いたちが使っているものだ。
使用すれば人や物をこちらに運んで来る。滞留魔力からして人間なら数人が限界だ。
《理解》
つまりこれは誰かがこの場所に来るために置かれた物だ。
そのような実験の予定は聞かされていなかったが、きっと変更されたのだろう。
フーラー所長の血族は、不意に思い付きで予定を変えることが多くある。それに対処するのが『秘書』としての自分の役目だ。
《保存》
手の中の物は大切に預かっておかなければいけない。いつ誰が来るか分からない。
それにもしかしたら客人が来るかもしれない。その場合は急いで出迎えの準備も必要だ。
ガリガリと音を発し動き出したそれは、距離にして数メートルの場所で動きを止めた。
もう使用限界など百年も前に超えていた。それでも動くのは自分が必要とされているからだ。
その日から廃墟に時折ガリガリとした音が響くようになった。
理由は分からない。何よりその地に訪れる者は数年前から居ないのだ。
ユニバンス王国・王都某所
「ルル~」
軽い鼻歌交じりでその存在は移動していた。普段からフワフワしていて、周りからは『黄色いフワフワ』と揶揄されている。近頃では『フワフワメイド』とも呼ばれる。
古い飾りっ気の少ないメイド服に身を包んだ彼女の名はシュシュという。
今日も風の吹くまま……魔眼内では魔法で風を作り出さなければ吹かないが、気の向くままにフワフワと移動していた。
暴君であるグローディアに回収して来た死体の検死報告をしたら、何故か相手が怒り出した。
八つ当たりでも受けたらたまったものではないので逃げ出し、フラフラしている最中だ。
本当なら外に出て彼に甘えたい。けれど不用意に魔力を使えば、いざという時に彼を救うことが出来ない。
板挟みの日々の中、せめてもの慰めとこうしてフラフラしているのだ。
簡単に纏めると暇だからフラフラしているのだ。
「あれ~?」
普段来ない通路を歩いていたら、床の上に何かが置かれていた。
あまり気にせず近づけば……それは半壊した人の頭部だった。
軽く胃がギュッとなる。食べ物を口にしていないから吐くとしたら胃液だけだ。
それでもどうにか我慢して、今一度チラリと転がる物体を確認する。
全体的に赤い。血でも中身でもなくて赤い。よくよく見れば修復中の人の髪だ。
「もしか~して~? アイルローゼ~?」
こんな辺鄙な場所で自殺したのかとシュシュは呆れ果てる。
どうやら床の上に転がっているのは術式の魔女と呼ばれ恐れられている人物だった。
よくよく見れば修復中の胴体らしきモノも見える。ブニブニとした肉の塊でしかないが。
「そうだ~。アイルローゼ~」
フワフワしながらシュシュは置かれている頭部の周りで踊る。
さながら怪しげな儀式に行か見えないが、第三者の視点が無いから問題にはならない。
「旦那君が~ね~」
大切なことだからフワフワを止める。
「気にしないから死なないでだって。何より貴重で素晴らしいお姿をありがとうございましたとも言ってたよ」
クスクスと笑いシュシュはその場にしゃがむ。
まだ相手の耳や目が回復しているとは思えない。それでもゆっくりと口を開く。
「先生が自殺とか心臓に悪いから止めてって。あは~。アイルローゼも愛されてるね~」
笑い立ち上がったシュシュはまたフワフワと歩き出し別の場所へと向かう。
残された頭部が……その頬が微かに赤くなっていることなどにも気づかずにだ。
(C) 2021 甲斐八雲
帝国の帝都へ転移魔法を使用するため、魔道具を背負ったミシュは帝国領を進みます。
が…途中で寄り道です。帝国によりその姿を消した王国の廃墟です。
ミシュだって少しは感慨深げにしみじみすることもあるのです。
フワフワしていたシュシュはアイルローゼの頭部(半壊)と遭遇しました。
一応彼からアイルローゼの自殺を止めるように頼まれていたので、止める方向で。
先生に言葉はちゃんと届いたのかな?




