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秘密だらけの僕のお嫁さんは、大陸屈指の実力を誇るドラゴンスレイヤーです  作者: 甲斐 八雲
Main Story 19

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歌と舞よ

 ユニバンス王国・王都内鎮魂祭会場舞台



 足が震える。

 全身が震える。


 けれどその女性は舞台の中央に立った。


 愛しい人を失い彷徨っていた舞姫が入れ替わるように舞台の裏へと逃れる。

 ただ脇を過ぎる時彼女は微かに笑っていた。『で、恥を晒しに来たの?』と言葉を残してだ。


「誰も彼も……」


 ゆっくりと口を開き大きく息を吸う。

 肺に満ちよと……それでも足りずに腹にも送り込む。


 売られた喧嘩だ。全力で買うまでだ。本当に失敗でもしたら全部彼に押し付けてやる。


《歌詞を発するだけが歌じゃないのよ!》


 どうせ歌えないならと開き直った。


「あ~~~~~♪」


 長く長く音を発する。息が続く限り。


 観客の目は舞台上に立つ“最強”を見つめる。

 地声が奇麗なのは誰もが知っていた。ただ感情の起伏……と言うよりも感情を持ち合わせない彼女が歌えるわけがないと誰もが思っていた。


 ただ観客は知らない。ノイエは歌姫の弟子だ。

 そして歌姫はその弟子の体を使い舞台に立っていた。


 長く長く続いた音は止まらない。1分が過ぎ、2分に届く頃……ようやく止まった。


《流石ノイエね》


 言いつけを守り、ドラゴン退治をしながら息継ぎの練習をしていた妹の肺は十分に仕上がっていた。これなら自分の歌に耐えられる。それにノイエは祝福を持っている。潰れても治るのだ。


 一歩踏み出し舞姫は観客席に近づく。


 ただずっと彼女の顔はある人物に向けられていた。

 夫である彼にだ。




「流石にね……私でもね……休憩ないとかね……」

「不満を言っていられるならまだ少しやってくる?」

「死ぬから!」


 受け取った布で汗を拭く。

 全身から噴き出す汗で衣装が濡れて肌に張り付いてるのが、レニーラは不快だった。


「着替えは?」

「まずは脱ぎなさいよ」


 汗で濡れた布を受け取り、ホリーは衣装の準備でまだこちらに来ていない実の姉に気づいた。


 ハサミが無い。なら仕方ない。

 ワラッと動いたホリーの髪にレニーラの頬が引き攣った。


「動かないでね」

「ちょっとホリー!」


 身を竦ませる暇も与えて貰えずレニーラは下着だけとなった。

 ブラも奇麗に刻まれ、慌てて両腕で零れたそれを隠す。


 舞台裏には進行を手伝うメイドたちだらけで男手は少ないがそれでも数人は居た。

 ただ全員が見逃した。運悪く下着姿の見逃した男たちはその夜やけ酒をしたという。


「あと少しだけど、まだ踊れる?」

「私を誰だと思ってる?」


 姉であるコリーの仕事を手伝いながら、ホリーは偉そうに胸を張る舞姫に軽く笑いかけた。


「少なくとも舞姫らしいわね」

「その通りよ。だから舞台が終わるまでは私は止まらない。止まれないのよ」

「そう」


 普段絶対に見せない相手の気迫にホリーは背筋を冷たくさせた。

 一瞬だが確実に気圧された。殺人鬼と呼ばれた自分が踊り子風情にだ。


「なら終わるまで踊り続けなさい」

「了解」


 最後の衣装を身に纏ったレニーラは、その場で動きを確認するようにクルっと回る。

 全体的に白い衣装は……ホリーの姉の力作だと感じ取れた。嬉しくなった。


「で、最後は?」

「決まっているでしょう?」


 進行役として最後の指示をホリーは相手に告げる。


「全力で舞姫の踊りを見せつけなさい」

「あはは~。それが一番難しいんだけどね」


 楽し気に笑いレニーラはパンパンと自分の頬を叩いた。


「だったら私に最高の音を頂戴」

「そうね」


 無理な注文をしてくる舞姫に、腕を組み憮然と構えるホリーは顎を動かし示した。


「あっちに聞いてくれる? 何でも自称歌姫らしいわよ?」

「あはは~」


 再度笑いレニーラはグッと下っ腹に力を込めた。

 疲労から体が若干重い。それでも踊らなければいけない。だってこれからが本番なのだから。


「ホリー」

「何よ?」


 クルっと背を向けたレニーラにホリーは軽く頭を掻く。

 何となくだが物凄く悪い予感がした。


「楽団の方に注文を出しても良い?」

「練習していない曲は無理よ」

「それは平気。有名な曲だから」

「あっそう」


 それならば無理ではないはずだ。


「で、曲名は?」


 舞台に向かい歩き出したレニーラにホリーはそれを問う。

 けれど彼女は足を止めず、振り返りもせず、返事を寄こした。


「歌と舞よ」




 それは過去に演じられた曲目だった。

 二姫と呼ばれていた舞姫と歌姫の共演の為だけに作られた曲だ。


 誰もが演奏できるようにと簡単な曲である。練習曲としても用いられる。

 けれどそれを背負い踊る者は居ない。それを背負い歌う者も居ない。


 簡単だからこそその力量のみを試される曲目なのだ。

 故に踊り子も歌い手も避けて通る曲であった。




「あぁ~♪」


 発する音は、ただの『あ』だけだ。

 それをノイエの姿をした歌姫は発し、歌としていた。

 技術の全てを、歌姫としての経験全てを注ぎ込んで……セシリーンは歌詞を用いずに歌っていた。


 と、白い衣装を身に纏った舞姫が戻って来た。


 彷徨い続けた女性は、解き放たれたように舞う。

 まるでその背に翼があるかのような身軽さで舞い続ける。


『ああ。彼女は……』と見ている者たちは理解した。

 愛しい人の元へ旅立つことを選んだ女性の背景をだ。


 悲しい出来事のはずだ。けれど女性は笑顔で舞っている。

 恋焦がれる乙女のような笑みを浮かべて彼女は舞っている。

『死が終わりではない』と言いたげに舞姫は舞うのだ。


 全力で舞うレニーラを見つめ、セシリーンは静かに舞台の袖に下がろうとした。


 本来のノイエはレニーラの着替える時間を確保するために舞台に立ち歌を披露する予定だった。

 休憩時間も兼ねて少し長めに時間を取っていたが、今日の彼女は余程調子が良いのだろう。

 着替えを済ませ、あっさりと休憩を切り上げて舞台に戻って来た。


《後はレニーラに任せて》


 不十分だったかもしれないが、セシリーンとしては舞台に立って歌えたことで満足していた。

 今はこれが限界だとしてもいつの日にか歌えるようになれるはずだ。そう思える出来だった。


 静かに袖に消えるはずが……楽団が演奏する曲を変えた。それをセシリーンは良く知っていた。


「どうして?」


 耳を澄ませばホリーがため息を吐いているのが伝わって来た。

 様子からホリーの独断ではないと理解した。なら犯人は?


 耳を澄まして探すと近くに居た。

 流れ出した曲を全身で喜び、舞いだした人物が居た。


 レニーラだ。


 全身で喜びを表現し舞う様子から……セシリーンは苦笑する。

 本当にこの舞姫は踊ることが好きなのだ。羨ましいほどに。


《羨ましい?》


 違うと……そっとセシリーンは胸の内で頭を振る。

 羨ましいのではない。やはり悔しいのだ。

 この曲を聞いてより一層踊れる相手が羨ましいのだ。悔しいのだ。


 舞台袖に向けていた足を動かし、また舞台中央へと向ける。


《負けないんだから》


 覚悟を決めてセシリーンはまた舞台中央へと足を進める。

 今の限界を強制的に乗り越えろと舞姫は言うのだ。だったら自分がすることは1つだ。


 そっと口を開いて最愛の人にだけ届くように言葉を発する。

 受け取った彼は何処か苦笑し、けれど大きく頷いてくれた。

 十分だ。その返事でやる気と勇気が溢れんばかりに湧いて来た。


《歌える》


 そっと自分の胸に、心に、言い聞かせる。


《そうよ。そうよね》


 希望に胸が膨らむ。


《彼とノイエの子供と限定する必要なんて無いのよ》


 可能性はゼロではない。何よりあのホリーがその方法を探している。ならば出来るかもしれない。


《私の子供に歌うのだと思えば……出来るわよね?》


 自分に問うてセシリーンは柔らかく笑った。

 口が自然と動き懐かしい曲に、あの楽しかった日のことを思い出し……セシリーンは歌ったのだった。




 2度目の共演となった二姫の舞台は大成功で終えた。

 誰も文句のつけられないほどにだ。




(C) 2021 甲斐八雲

 個人的には今回の舞台のラストは某マク○スFのとある場面を思い描きながら執筆していました。

 が、違う場所に着地するのはこの物語だといつものことですw


 最終的にセシリーンは…そこは皆さまのご想像にお任せします。

 彼女は『歌った』らしいでけどね。


 鎮魂祭編もあと少し。現在並行して帝国編のネタ作りをしてます。

 話数が…前後で分けても良いですかね?

 現状本編のみだからぶっ通しでも問題無いんだろうけど、軽く三桁超えました。

 この話だって50話予定だったのに…年内に終わらないな。帝国編w

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