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3.頭領家の兄弟姉妹

「ところでさっきの話に戻るけど」

 木槿が真面目な顔に戻って宣言するように話し始めた。

「あれは穂純を馬鹿にしたわけじゃないのよ」

 路地ではあれほど無敵っぷりを見せておきながら、細身で童顔なことを気にしているさまがあまりにも不均衡で、それが微笑ましくてついからかうような形になってしまったのだと木槿が告白した。

「だから決して馬鹿にしたわけでも侮ったわけでもないの。それだけは勘違いしないでね」

 穂純は拗ねたようにわずかに口を尖らせて視線を逸らせた。

 年下の少女から微笑ましいと思われた時点で、穂純にとっては男としての自尊心を傷つけられたようなものだった。だから『馬鹿にしたわけでも侮ったわけでもない』といわれても何の救いにもならなかった。むしろいっそう惨めになるだけだ。

 そんな二人を見やっていた樒が突然耐え切れないといった感じで吹き出した。

「お前達、歳が逆じゃないのか?」

 見かけと口調が実年齢より高い木槿と、見かけと表情や仕草が実年齢より低い穂純。

 拗ねる青年と、微笑む少女。

 悔しそうな顔で穂純が樒を睨みつけたが、樒はどこ吹く風といった感じで涼しい顔。その上さらにとどめの一言を投下した。

「そうやって冗談にすら過剰に反応するところがまだまだ幼いということだよ、穂純くん」

 締めが『穂純くん』。いかにも穂純をからかいのネタにして楽しんでいるということがあからさまに表れている。

 穂純は眉間にしわを寄せて拳を握りしめた。

 樒のいうことは確かに一理あるとは穂純とて思っている。だがいかんせんかろうじて成人しているとはいえ穂純はまだ二十一歳だ。人生経験は生きてきた年数に応じた範囲でしかない。老獪なやり口はもちろん、穂純よりも歳が上のものと同等の経験や、もともとの性格や立場から培われた自制心などといったものはわずかの努力では手に入れられるものではないし、たやすく太刀打ちできるものでもない。

 結局穂純は苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向くことしかできなかった。

「もういい」

 木槿に向けて短く告げる穂純を、樒はにやけ顔で、木槿は少々呆れ顔で、その他食堂の面々の反応は千差万別だが、穂純にとっては当たり前だが味方は一人もいなかった。

 さんざん穂純をおもちゃにして満足したのか、やがて樒がにやけ顔から最初に見た微笑んでいるような顔へと戻した。とはいえ微笑しているように見えるだけで、樒のそれは実際にはただの地顔を装った仮面のようなものでしかない。穂純のように見るものが見ればすぐに見抜ける程度のものだが、確かに上に立つものには必要な仮面なのだろう。そのことは食堂に集った面々の様子を見ればわかる。樒がそうやって微笑を浮かべていれば、皆の表情や言動も落ち着いたものへとなっていったのだから。

「それで穂純はどんな武器を探しているんだ?」

 すでに木槿と話したことだったので、すらすらと穂純は答えた。

 樒は一つうなずいた。

「だったらからかった詫び代わりに、私が鎖玉を贈るよ。これが一番好みとは縁遠い武器だからね」

 確かに刀を筆頭に、峨嵋刺や鉄扇などは好みがはっきりと影響する。他人に選べるようなものではない。

 すると今度は木槿が軽く片手をあげて穂純の注意を引いた。

「じゃあ、私もお詫びに鉄扇を贈らせて。もちろん穂純が好きなものを選んでくれればいいから。代金だけ私が持つわ」

 もちろん特注でも構わない。

 そう補足した木槿に、いつまでも拗ねていては余計に情けない男になってしまうと心中で気合を入れた穂純が、苦笑しながら礼を言った。

「それはありがたい。が、そこまでしなくてもいい。どうしても詫びがしたいというのなら、最初に話したとおりに宿屋通と出店通の案内だけしてくれればいい」

「本当にそれでいいの? 桜花の武器は……特にあつらえ品は決して安くはないわよ?」

 大きく息を吐き出した穂純は軽く手を振った。

「そんな気遣いはいらない。元々武器も買いに来たと言っただろう。正規料金である限り必要な武器を買い揃えられるだけの金は持ってきてるさ」

 どうあっても木槿には頼りがいがある男とは思ってもらえないようだ。どうやって挽回すればいいだろうかと考えながら、穂純が半ば投げやりに答えれば、樒が器用に片眉を持ち上げた。

「武器も買いに? 他にも何か目的があってきたのか?」

「ああ、嫁さがしだ。もう見つかったけどな」

 樒はぱちくりといった感じで瞬きをした。

「木槿に求婚者が現れたというのは本当だったわけだね」

「樒兄さん、もしかしてそれを確かめに来たの?」

「当たり前だろう? 次期頭領というだけでなく、かわいい妹に変な虫がちょっかいをかけているようだと聞けば駆けつけないわけがないだろう」

 もうじき樒の義弟で木槿の二番目の義兄――竜胆りんどうもやってくるだろうということだった。

「俺は見世物か……」

 小さく漏らした穂純の呟きを樒が聞きとがめた。

「穂純、それは我々に対して失礼だよ。次期頭領の配偶者を確認しないなど手抜きにもほどがある。反逆だととられても仕方がないほどあり得ない話だ」

「大げさだな……」

 またしてもからかわれているのかと疲れた様子で返した穂純に対して、樒は真面目に答えた。

「大げさではないよ、穂純。それが組織というものだ。頭領というものは皆をまとめる存在でなければならない。つまり配偶者選びも、日ごろの生活態度や言動もそれらすべてが評価につながる。自分たちが従うだけの力量を備えているかどうか、常に見極めている。この場合は見極めないといけないというべきかな。穂純だって命を預けて命令に従うべき相手がそれにふさわしいかどうか、己の目で見定めたいと思うだろう?」

 そうまで言われてはうなずく以外にない。

「そりゃまあ……いい加減なやつには従いたくはないが……」

 樒はそうだろうというように小さくうなずいた。

「つまり頭領がどんな相手を配偶者に選ぶかというのは下の者にとってはそれだけ重大なんだよ。その配偶者が組織のことに口出しをしたり、頭領に悪影響を与えるかもしれないしね」

 さまざまな事例を想定考慮して模擬を重ねる。それは組織の一員として、また頭領を支える補佐の立場にいるものとして当然の仕事だった。


 固い話はこの辺にして、まずは身を守る武器を先に買いに行こうということで、出店通の入口へとやってきた。ひととおりすべての店を覗いて実際に購入するものを選んでいこうということになり、ここへと来たのだ。

 とりあえず船が着岸直後の混雑はすでに落ち着いており、むしろ宿屋通がにぎわいだしたころ。適度な人込みを視界の端に収めながら、穂純と木槿と樒が立っていた。

 一行の視線は案内所の前へ。そこには一人の青年が立っており笑顔で片手をあげていた。

 次兄の竜胆だ。

「ここで待っていればそのうち姿を見せるだろうと思って待っていたんだ。どういう武器を選ぶかも興味があったしね」

 そう言いながら穂純の目の前まで歩いてきた竜胆は改めて名乗りをあげた。

「もうわかっているだろうけど、木槿の二番目の義兄の竜胆だよ。歳は二十一だから、穂純と同じだね。よろしくね」

 そう挨拶した竜胆の後ろには、ひらひらの飾り布がついたとてもかわいらしい着物姿の、少女が一人立っていた。

 気づいた穂純に姿を見せるように、竜胆の隣へ移動した少女はにっこりと笑った。

「あなたが穂純ちゃんね。私、木槿ちゃんのお姉さんの蔓穂つるぼよ。よろしくね」

 これで木槿の兄姉が勢揃いだ。

 並んで立てば、樒と竜胆はほとんど同じ背格好で、穂純よりは頭半分ほど高い。反対に木槿は穂純より頭半分ほど低いので、樒と竜胆より頭一つ分低いことになる。なので目線はそう大きくずれなかった。ただし蔓穂だけはかなり小柄で、木槿と比べてさえ頭二つ分低い。

 歳は、樒が二十五歳、蔓穂が二十三歳、竜胆が二十一歳、木槿が十六歳。

 樒は地顔が微笑に見えるような胡散臭い人物。蔓穂はすでに成人しているにも関わらず十代半ば程度の少女にしか見えない。竜胆はさわやかな笑顔の青年だ。穂純とは違って年相応の顔つきをしていた。

 系統は違えど、全員見栄えがする外見をもっているのは確かだった。

 だがそうであるならますます木槿が次期頭領ということに疑問が浮かぶ。一見では判断がつかないほど拮抗しているような実力にみえてその実、木槿はそれほどの腕を隠し持っているのか。

 こういうところは考えて答えが出るものではない。穂純は軽く息をはいて前を向いた。

「木槿、とりあえず案内を頼む」

 そうして一行は出店通へと足を踏み入れた。

 歩み始めてはみたものの、やはり頭領家の兄弟姉妹が一堂に会していれば周りの視線を集めてしまうものだ。見栄えがいいからなおさらに。

 さまざまな感情を孕んだ視線を向けられて、穂純は小さくため息をついた。

「どうしたの、穂純? こんなことくらいで気後れするようなタイプには見えないけれど?」

 木槿の問いかけに、穂純は緩く首を横に振った。

 確かに穂純は気後れしたわけではない。ただ不必要に人目を集めてしまって疲れているだけだ。

「俺はただ武器と嫁を探しに来ただけだ。別に頭領の座を奪いに来たわけでも、桜花に害をなそうとしてるわけでもない。それなのに勝手な想像で嫉妬や殺気や羨望やらを押し付けられても困る」

 そして心底疲れたように再度ため息を落とした。

「穂純……あなた、見かけや歳の割には老けているわね」

 木槿の言葉に、同情のまなざしで見るのはやめてもらいたいと穂純は思った。

「俺はただ人付き合いに慣れていないだけだ」

「山籠もりでもしていたの?」

 くすくすと笑いながら聞き返してくる木槿に、穂純は肩をすくめて苦く笑った。

「よくわかったな。育ててくれた爺様以外の人間とはほとんど接することなく育ってきたからな。わからないんだよ、距離感の見極めや距離の取り方といった人付き合いの基本が」

 足を止めた木槿は驚きに見開いた瞳で穂純を見上げた。

「それ本当のことなの? どんな僻地に行けばそんなことが可能なの?」

「僻地で悪かったな。そんな場所はまだまだ残ってるさ」

 人が住める場所は少ない。いくら知恵と努力で補ってきたとはいえ、無限に確保できはしないのだ。畢竟ひっきょう人は一所ひとところに固まって暮らすようになった。とはいえ限界はもちろんある。

 そうしてあぶれた者たちは少人数で僻地と呼ばれる狭い島へと移り住んだ。それとて少なくとも数十家族単位の話で、たった二人だけなどという話は木槿だけでなくほとんどの者が初耳だっただろう。

 現に竜胆が胡散臭そうに顔をしかめた。

「穂純、それは本当の話か?」

「実際に俺が育ったところや、爺様と交流のあった数人の老人も全員が一つの島に一人ないし二人で住んでいたらしいぞ」

 島と島の間隔は、高台に上って遠くを見晴るかすとかすかに島影が見える程度に離れていたし、彼らが暮らしている間は穂純自身はそれらの島へ上陸したことがなかったので話に聞いた範囲でしかわからない。他の老人たちが冥府へと旅立ち、最後の最後に後片付けを終えた爺様があとを追うようにして旅立つまでそれらの島へ渡ったことすらなかったのだから。ただ穂純が暮らしていた島は、二人だけしか住んでいなかったことだけはまぎれもない事実だった。

 竜胆が腕を組み、心底うらやましそうな顔でいいなと言った。

「食い物を探すことがすべての毎日がか?」

 乾いた笑いをもらす穂純を、全員が見返した。

 ねえ、と木槿が眉をしかめながら口を開く。

「僻地はそんなに大変なの?」

「そりゃあ、僻地も僻地だったからなぁ。それに人数が少ない分自分たちで何かを栽培しようという行動には繋がらなかったし、狩りに行く方が確実だったんだよ」

 穂純は頭を掻きながら言い訳がましく言った。

 しかし現実的なのはやはりその都度狩りをおこなうことだった。だから毎日その日その日の食糧確保に奔走した。老人達の分も穂純が確保していた時期もあった。

 穂純にとって人とは爺様と稀に訪ねてきていた数人の老人達だけだった。

 爺様が冥府へと旅立ったあとは、遺言に従って穂純も島を出た。そうして三年の間に人の住む場所を巡り巡って桜花へとやってきたのだった。

「まあそんな感じだから不慣れではあるが、だからといってどうこうということはないから。まあうっとおしくて少し疲れるだけだから、放っておいてもらって構わない。それより先に進もう。ひととおり案内してもらえればあとは一人でも見て回れるから」

 気を遣って穂純がそう締めくくろうとすれば、樒から待ったがかかった。

「鎖玉をプレゼントするといっただろう? それにどうということはないのなら急ぐこともなかろう。私たちとて自由時間はあるのだから、他人にどうこう言われる筋合いもない。どうしても気になるというのなら貸切にしてやってもいい。だから今日は最後まで付き合え」

「……このままでいい。貸切にしようものならあとでどんなとばっちりがあるかわからないからな。面倒はごめんだ」

 にやりと笑ってどんでもないことを言い出す樒に対して、折れたのは穂純の方だった。ここは彼らの縄張り。ある程度は素直に従っておく方が身のためだと判断した結果だった。

 一店一店顔を出し、お勧め品や掘り出し物の確認を中心に見ていく。

 何せ桜花の顔が兄弟姉妹勢揃い。挨拶は軽く手を振って口を塞ぎ、こちらに必要な情報だけを得ていくので進みも早い。

 結果的に穂純にとって有意義な展開となっていた。



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