12.妄執
それから待つこと数分。
海面すらも揺らして波立たせるほどの大音響が響いた。合図だ。
「行くぞ!」
穂純たちはいっせいに戦艦桜花の背後から飛び出した。
あっという間に桜花を追い越し敵の一団を包囲するように展開する。
口には鯱笛。左手は鯱のたずな。右手に武器。
動きの妨げにならない程度に適度な距離を保ちつついっせいに敵に襲い掛かった。
鯱と海豚。大きさからいえば海豚のほうが小さい分小回りも利くし、乗り物を狙って足場をなくすなら当然海豚が有利だ。
しかし鯱はだてに頂点にいない。そして鯱に騎乗している者たちは生半可な使い手ではなかった。
いずれも一流揃い。
物凄い速さで突っ込んでいったと思えばすれ違いざまに薙刀で首を刎ねたり、鎖玉で絡めて身動きが取れなくなったところを刀で切ったり。
また一方ではすれ違いざまに海豚へと飛び移り、刀で一閃。その後戻ってきた鯱に再び乗り移るなどという曲芸めいたことをするものまでいた。
海面を走っているのではないかと思うほどに自由に海豚と鯱を操って次々と敵を一刀のもとに切り捨て屠っていくのは雀鷹だった。
「すごい……」
さすがにこれには木槿も言葉をなくした。
木槿はただ仕留め損なった敵にとどめを刺していくのが精いっぱいだというのにこの違いはなんなのだろう。
「考えるな、木槿」
いつのまにかすぐ横に来ていた穂純が叱責する。
「武器の桜花と、戦闘の橘花ではそもそも違ってあたりまえなんだ。おまえはおまえの務めを果たせ!」
それだけを言い残して穂純は離れていった。
実際穂純も初めて橘花に訪れた時にはその戦闘風景に唖然としたものだ。
これほどまでに嬉々として戦うのが橘花なのだと、多少は話を聞いていた穂純も反射的に唾を呑み込んだくらいだから。己の経験からたぶん木槿もそうであろうと様子を見てみれば案の定。
これはひいきではない。ただの忠告だ。
木槿に相対すると時に平静さを忘れてしまう穂純はそう言い聞かせた。
木槿の護衛に回るわけにはいかない。それこそ甘やかしで木槿の為にはならない。けれども頭領としていずれはその目にしなくてはならない現実。であるならば早いほうがいい。今ならまだ頭領になりたてだからで済むのだから。
ふう、と息を吐き出した穂純は気持ちを切り替えて改めて敵のさなかに突入していく。
雀鷹のように一刀で倒す必要はないのだ。二刀になったところで敵を倒せればそれでよし。穂純はそう考え、通常より長めに作られた刀で向かってくる敵を切り伏せていった。
左側から襲い掛かる敵には、左腕に仕込んだ峨嵋刺と鉄扇で一撃を流し、即座に取り出した棒手裏剣を眉間に打ち込む。
右から来たものには、刀を振り下ろしてきた腕を切り落とし、返し刀で胴を切り裂く。
返り血は目に入らないようにだけ注意する。鮮血がどこに降りかかろうが一切気にしない。気をとられた瞬間己が刃の餌食となるだろう。
戦場とはそういうところだ。
ひたすら前に進み、敵を切り捨てていく。取りこぼしたものはほかの者が処理をするから気にかけない。後方にはいくらでも味方がいるのだから。
そうしてとうとう穂純は敵船団へとたどり着いた。
横に目をやれば雀鷹が並走している。
後方を指し示す指先に従って後ろを振り返れば、ほかの者もすぐそばまで追いついていた。
「さすが翼団」
思わず感嘆の言葉が漏れる。穂純は口の端を持ち上げた。
「行くか?」
問いかけたのは雀鷹にであり翼団員にだった。
ちらりと一瞥すれば、同じような笑みが穂純の視界に入る。
聞くまでもないことだった。
こんな中途半端なところでやめられるくらいなら翼団に入ってなどいないだろう。
「突撃」
穂純の静かな命は、歓声でもって受理された。
敵船団といっても艦自体は三隻しかない。もっともこの時代にこれだけの艦を持っていることはかなりすごいことではあったが。
竜王でも戦艦は桜花と橘花の二隻。要塞四島を巡回している船も四隻しかないのだから。
敵戦艦以外にいくつかの小舟が下ろされてはいるがいずれもカラで、どうやら海豚に乗り移るために使われただけのようだ。
敵船からの攻撃を警戒しながら周囲を見まわってみたが、人は全く見当たらず艦からの攻撃もなかった。
だが人の気配だけはある。
どうやら敵は息を殺して待ち構えているようだ。
「どうする」
旗艦だけに絞るか、三方に分かれていっせいに突入するか。どちらがいいかと穂純は雀鷹に尋ねた。
「そうね」
雀鷹が考えたのは一瞬だった。
「三方に分かれて同時に仕掛けましょう」
そうして雀鷹の組、日雀の組、穂純の組と三つの組ができあがった。木槿は雀鷹の組となった。それぞれの組の力が均衡になるように振り分けた結果だった。
雀鷹が穂純を振り返り、ぱちりと片目を一瞬だけ閉じた。
「旗艦は桜様に譲ってあげるわ」
そういって穂純の返事も聞かずにさっさとほかの艦へと向かっていった。
穂純は一瞬だけ呆けたあとは、軽く吹きだすような感じで息を吐いた。
(参ったな……)
竜王総領としての立場を慮ってくれたのかどうなのか。
嬉々として旗艦に乗り込みそうな雀鷹からの配慮はどこかくすぐったい。
思わず零れ落ちてしまいそうな笑いを呑み込み、穂純は一度深呼吸をして顔を上げた。
穂純たちの上空を一羽の鷹が旋回している。
その鷹に向けて穂純は小さくとも鋭い指笛を鳴らした。
即座に鷹が穂純のもとへと舞い降りてくる。穂純は鉄扇を取り出して構えると鷹はそこへとまった。
一度鷹ののどを指の背で撫で、取り出した餌を与える。そして次に取り出した筒状のものを鷹の目の前で軽く振った。
「これを船の上に落とすんだ。いいな」
それだけ鷹に告げた穂純は、最初に鷹を空へと飛ばし、次いで筒状のものを投げた。
一度上空で旋回した鷹が再び戻ってきて穂純が投げた筒を足で器用にとらえる。
切り込み隊長を申し出た青年を先頭にして敵艦に取りつく。
準備が整ったところで穂純がまた小さく指笛を吹いた。
合図を受けて鷹が離した筒がちょうど艦の中央に向けて落ちていく。
そして大きな爆発音が轟いた。
敵の悲鳴のような叫び声がする。
「今だ!」
穂純たちはいっせいに敵艦へと乗り込んだ。
ただひたすら刀を中心にあらゆる秘武器を使い分けて次々と向かってくる敵を屠っていく。
すると奥からがたいのいい男が偃月刀を手に持って現れた。
穂純は片方の口角を上げる。
「久しいな、長安。相変わらず悪趣味な刀だ」
「ふん! 坊主もしばらく見ないうちに背だけは伸びたが、中身は相変わらずかわいげがないわっ」
男――長安こそこの敵船団の頭目だった。以前は世界一大きな大陸に住んでいた民族の末裔だが、今はただの海賊でしかない。
もっともほかの海賊とはわずかに違った。それは襲う対象が船だけではないということだ。
彼らが欲するのは大地。
あらゆる島に移り住み、その都度島を破壊している。
島が壊れればまた新たな島を求めて海原へ乗り出す。彼らはそうした一族だった。
「そうそう、坊主が住んでいた島もとうとう沈んでしまったぞ。残るは大陸竜だけ。竜を俺たちに寄越せ!」
長安のこの言葉に、穂純は力を籠めすぎて砕けてしまうのではないかと思えるほどに歯をかみしめた。それほどまでに怒りが募る。
「あの島まで壊したのかっ」
「壊したのではない。勝手に壊れたのよ」
「それはおまえたちがむやみに地下水を汲みあげたからだろう。支えていた基礎を壊せば崩れるのは当たり前だ」
「水がなければ生きていけないだろう」
「船で生活できているからには水も作れないわけがないだろう」
「だからそれが面倒だと言っているんだ。坊主にはわからないだろうが、無駄なことをせずに必要なものを手に入れる。それが大人の甲斐性というものだ」
長安とは穂純が常一たちと島で生活していたころから幾度か会っていた。しかし常一たちともこんな風に会話はいつも平行線。話し合いになったことはなく、いつも力でもって追い払っていた。
穂純には参戦する機会が与えられなかったため、いつもそうした様子を後方から見ているしかなかった。
(相変わらず過去の妄執に取りつかれている)
長安はいつも同じ言葉を繰り返す。
「俺たちは大陸の末裔だ。だから大陸は俺たちのものだ。俺に大陸を返せ!」
穂純は意識して細く長く息を吐き出した。
「長安、竜王の規則に従い、橘花で正式に狩人としての務めを果たすというならばおまえたちを受け入れよう。だから……っ」
言葉を遮るように切りかかられ、長安のもくろみどおり穂純は降伏勧告を呑み込むしかなかった。
舌打ちし、腹をくくる。
竜王総領として竜の敵を排除する。要塞島は――竜王はそのために存在しているのだから。
穂純は追加注文をした刀をずっと背負っていた。
刀を左手に持ち替えた穂純はゆっくりと脱落防止用の留紐に手を伸ばしてほどいていく。気づいた翼団の一部が掩護にやってきた。
引き抜いた斬鋼刀は刃紋も美しく陽光をいっぱいに浴びて輝いた。
改めて名乗りを上げる。
「私は竜王総領桜。竜を脅かす海賊の頭目長安。あくまでも竜を狙うというのならここで切り捨てるが返答は如何に」
「笑止! 坊主に俺が倒せるものか。大陸は俺のものだ!」
長安は奇声を上げて穂純に切りかかった。
穂純が長安と向き合っていた頃、雀鷹たちが乗り込んだ艦はあっというまに敵の墓場と化していた。
こちらも穂純の鷹が落とした手投げ弾の爆音を合図にいっせいに乗り込み、数十人の敵兵を次々と切り捨てていく。
甲板で待ち構えていた十人ほどの敵はそれぞれが手分けして相手をしたため木槿も刀を振るう機会を得たが、その後は翼団の――特に雀鷹の独壇場だった。あれよあれよと屍の道が築かれていく様はいっそ見事としか言いようがなかった。
向かってくる敵の誰もが一刀で片づけられるのだ。補佐の必要性などかけらもなく、ただ意味もなく後ろについて走るだけ。
艦内に散らばって残党を片づけにかかった翼団員のように木槿も一人で行くつもりだったのだが、雀鷹によって止められて補佐を命じられた。
「花団頭領におかれてはまだ恐竜を倒したこともないご様子。今は戦い方を見て覚えることに徹したほうがよろしかろう。先は長い。焦って機会を逃さぬことだ」
こんなところで無駄な怪我を負うことはない。見て学ぶことも大事だと言われては反論などできようはずもない。
そもそも経験が違う。力量が違いすぎる。従わざるを得ない空気はさすが上に立つものだと思わせる。これは木槿自身も手に入れなければいけないものだ。だからこそ焦る気持ちに今は学べと呪文のように言い聞かせた。
そうこうするうちに船底へとたどり着き、ほかの団員とも合流を果たした。
「片付いたようだね」
雀鷹の声に全員が笑顔で首肯する。
「それじゃ、甲板に戻って橘花を呼ぶとしよう」
「え? 呼んでどうするの?」
問いかけたのは木槿だった。帰るのなら鯱に乗ればいいだけ。それなのになぜ軍艦を呼ぶのだろう、と。
雀鷹は木槿に体ごと向き直って一つうなずいた。
「せっかくの軍艦だからね。このまま朽ち果てさせるのももったいないからいただいて帰るのさ」
あっけらかんと答えた雀鷹に、木槿はあきれたようにぽかんと口を開けて見返した。
「なんて顔をしているんだ。当たり前だろう。陸地はどんどん減っていってるんだから代わりになるものはなんでも使うさ」
はっとしたように木槿は表情を引き締めて雀鷹の言葉に耳を傾ける。
人が暮らしていくにはきちんと両足をついて立てる足場が必要だ。それなのにその大切な足場が徐々になくなっていっている。
壊し屋との異名を持つ長安がここに来たということは、もうここ以外に自然の島は残っていないということだ。
であるならこれから生まれてくる子供たちのために、生きていくための足場を少しでも多く確保し、安心して暮らせる場所を残してやるのが大人の役目だろう、と雀鷹は言う。
そしてそんな大人たちを叱咤激励しながら進む道を示してやるのが頭領の役目だと。
「木槿殿はまだ十六歳で頭領を継いだばかりだからどこに進めばいいのかわからないだろうが、橘花も桜花も基本は同じだ。団員が。島民が。そうした人間全体が暮らしやすい器を整えてやることが頭領の仕事だ。それさえやっておけば、あとは各々が勝手に自分の幸せとやらを求めて日々を送っていくだろう。それは本人が自分自身で考えることであって頭領の仕事ではない。そんなところにまで手を出そうとすれば、先には甘えからくる堕落しかない。部下を思い、民を思うなら、ただ器となる足場だけを整えることに努めなさい」
それは橘花翼団の頭領を三年務めた雀鷹から、桜花花団頭領へ就任した木槿への祝い言でもあった。
「そういうわけだから、旗艦以外の二隻は貰っていくわ」
ちゃっかりしているわ、と木槿は心の中でつぶやいた。
木槿たちが甲板へ戻って狼煙を上げれば、すぐ横の艦からも同じように狼煙が打ち上げられた。
「隣も片付いたようね。ということは残りは旗艦の桜様だけ」
雀鷹の声につられるようにして木槿は旗艦の甲板へと視線を移した。
そこでは穂純と長安が鎬を削っていた。
長安が奇声を上げながら切りかかってくると同時に、彼の背後で構えていた部下たち数人も突撃をかけてきた。
穂純はただ長安だけに意識を集中した。
なにも言わずとも補佐に回ってきた翼団員であれば、当然長安以外の相手を務めてくれるだろうと信頼していた。穂純が知っているのは雀鷹だけではない。当然彼らとも多少は交流があり、信頼できる者たちだと評価している。
左手に持ったままだった刀を長安に向けて投げつけてみたが、やすやすと弾き飛ばされてしまった。
重そうな偃月刀も長安ほどの大男ならば刀と同じように振り回せるらしい。そこに乱れはなかった。
(腕を上げたか)
穂純が子供のころに見た長安とは違い、動きが早くなっているような気がした。
峨嵋刺を使って振り下ろされた偃月刀を流してそのすきを突こうとするのだが、長安は逆に力で押してきた。
捻じるようにして切り込んでくる。
これには穂純も後退して距離をとった。
唸りをあげて刀が横切り、わずかに切っ先が穂純の着物の端を切り裂く。
舌打ちし、さらに一歩を下げていったん地についた後ろ足を発条にした穂純は逆に切り込んだ。
直後火花が散る。
二人の刀がぶつかり合い、絡み、そして弾くようにして離れる。
ちらりと斬鋼刀に目をやるがもちろん刃こぼれなどない。
長安の偃月刀はわずかに欠けてしまったようで、憤怒の表情を浮かべていた。
(斬鋼刀を相手にして、一撃で折れなかっただけでもたいした刀なんだがな)
感心しつつも、穂純は次の攻撃を仕掛ける。
幾度も鍔音が響きその都度鍔に傷が増えていくが、刀身には刃こぼれは一切ない。
片や長安のほうはといえばすでに刃がぼろぼろになっていた。
ますます顔を真っ赤にさせてただひたすら力任せに突進してくる長安。
(そろそろか)
素早く取り出した棒手裏剣を、刀を持つ長安の手首に向けて投げつけた。
弾かれるのは計算済み。
偃月刀が外へとそれた一瞬、穂純は鉄扇を広げて長安の顔をめがけて投げつけた。
その刹那にわずかに動きがとまったところを逃さず、穂純は電光石火の早業で袈裟懸けに切りおろした。
鉄扇が落ちゆくさなかに現れた長安の顔は怒りのあまりどす黒くなっていた。
崩れ落ちかけつつも最後の足掻きとばかりに諸共の一撃を繰り出してくるところは敵ながらあっぱれといったところか。
もちろん穂純には長安となかよく黄泉路へと向かう気はないので、斬鋼刀の本領を発揮して打ち砕いたが。
最後の最後。桜花最高峰の鍛冶屋が鍛えた斬鋼刀が勝利をおさめた瞬間だった。
長安が完全に死出の旅へと立ったことを確認した穂純は、長安が使っていた偃月刀を検分した。
「やはりこれも斬鋼刀か」
少しばかり昔の作ではあるが、常一か深水のどちらかが鍛えた斬鋼刀だろう。どうやって手に入れたかは推して知るべし。彼らは海賊なのだから。
大きく息を吐き出したところで、下へ行っていた者たちが戻ってきた。
「桜様、下にはもう誰も残っていませんでした」
「そうか。ではこちらからも狼煙を上げるとするか」
「かしこまりました」
長安との戦闘のさなかに、他の二隻から狼煙が上がったことには音で気づいていた。
あとのことを翼団のものに任せた穂純は、雀鷹が向かった戦艦へと目をやった。
甲板の上には穂純を見つめる木槿と雀鷹の姿。
ふと、思う。
外からの略奪者はおそらくこれが最後だろう。
ここ以外の自然島は消えた。つまりは今ここにいない者たちは、自然の島を求めずとももうそこで暮らしていける者たちばかりだということだ。
これから先は外からの攻撃ではなく、内側で起こる諍いに備えなくてはならないだろう、と穂純は思う。
要塞島は要塞の役目を終えて、徐々に人が暮らすただの島となっていくだろう。
そうした中で竜王の総領としての穂純の役割とはいったいなんだろう。
瞑目して、一度深呼吸をする。
再び目を開けた穂純の視線は迷わず木槿を捕らえた。
そこに答えがあるような気がした。




