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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-L 迷いなき剣が導く最善の結果


 二振りの長剣から溢れた瘴気が広がり周囲の木々を枯らしていく。瘴気が晴れると、視線の先には全身に傷を負いながらも笑みを浮かべるユリア姉さんの姿があった。



「くくくくく……くはははは!! 面白い、面白いぞライト!! まさかここまでの実力をつけているとは!」


 【水竜刀】アスハローランに魔力を込めながら姉さんは言う。



「素晴らしいの一言に尽きる。次はこちらの力も見てもらわねばな。

 ――“五月雨(さみだれ)縦一文字(じゅういちもんじ)”」


 水のエネルギーを纏って上段から振り下ろされた魔刀は矢の雨を降らせる。

 僕は斬撃こそ防いだものの、水の矢までは防ぐことができずに無数の傷を負った。



「斬撃を防ごうとしても水の矢に貫かれる。矢を防ごうとすれば重い斬撃には耐えられない。なんとも厄介な魔法だね」


「と言う割には傷が浅いような気もするがな」


「とっさに“竜の逆鱗”を発動したからね」


 姉さんにも見えるように竜胆色のオーラを濃くする。



「感情に直結した魔法か。懐かしいな」


「……ユリア姉さんに見せたことあったっけ?」


「さてな。一つ言えることは私はその魔法の脅威も欠点も知っているということだ」


 欠点か。そんなものないに等しいけれど、唯一の懸念は感情が高ぶっていないと真価を発揮できないということくらいかな。


 頭を振って僕は地面を蹴った。


 ガガガッと刹那の間に幾度となく刃がぶつかり合う。互角の攻防が延々と続くかと思われたが、ついに均衡が破れた。

 姉さんが繰り出した突きを防ぐために二振りの魔剣を交差させると、魔剣ごと僕の身体が吹き飛ばされたのだ。

 がら空きになった胴体に水の刀が吸い込まれる。


 回避などできるはずもなく鮮血が飛び散った。



「これで仕舞いだ。 ――“水竜饗宴”!」


 ユリア姉さんが地面に描いた魔法陣に魔刀を突き刺すと、僕の周囲に無数の水柱が現れた。それらは先端を鋭利な槍へと変化させ僕に襲いかかってくる。


 極限まで身体強化して回避に努めるもののいかんせん数が多すぎる。一つ一つが重い攻撃に浅くない傷が増えていく。



「こんなもの……【分裂剣】!」


 銘を叫び、宙を舞っていた魔剣ディバイドを手元に招き寄せる。

 しっかりと柄を握った僕はありったけの魔力を込めて魔剣を振り抜いた。しかし――



「なっ……」


 ――あっけなく剣身が砕け散った。


 四方から襲いかかって来た水の槍が一斉に僕の身体を貫く。

 怒涛の攻撃が止むと、正面には微かな憐憫の表情を浮かべたユリア姉さんが佇んでいた。



「勝負あったな」


 【水竜刀】アスハローランを魔法陣に収容し、姉さんは言う。



「お前には『絶対に負けることはない』という自信、そして慢心があった。自信は魔力を底上げするが、気の緩みは剣を脆くさせる。お前ほどの実力があれば大した問題にはならんだろうが……私はそれを見逃すほど甘くはない」


 たたらを踏みながら僕は姉さんの言葉を反芻する。



「……『慢心』……ね。姉さんの言う通り、今でも負ける気はしないよ」


「虚勢を張るのはよせ。もう決着はついている。これ以上弟を傷つける刃を私は持っていない」


「……。勝敗を分けた要因は――」


「慢心だ」


 僕の胸からぼとりと血が垂れた。地面に触れた途端、黒い炎が地面を焦がした。



「――いいや違う。勝敗を分けた要因は……」


 全身の傷口からも同様に猛々しい炎が噴き上がる。



「迷いだ」


 黒い炎が一気に広がり僕と姉さんを閉じ込める。



「……馬鹿な。“囚愛緋牙(しゅうあいひが)”か? どこにそんな力が……」


「違うよ」


「何?」


「これは“囚愛緋牙(しゅうあいひが)”じゃあない。僕の血に溶け出した魔力が炎上しているだけだよ」


「魔力だと……?」


 ユリア姉さんは怪訝に眉根を寄せる。



「僕の中には二つの魔力が共存している。一つは生来のもの。そしてもう一つはいつからか目覚めた異種のもの。普段は大半が眠っているその魔力が、姉さんの強大な力に当てられ真価を発揮したってわけ」


「……道理で。お前と戦っている最中、昔と違う魔力の音がして不思議に思っていたが……」


 喋っている間にも黒い炎が鎖となって姉さんの四肢を縛り上げる。



「もっともユリア姉さんの攻撃が僕を一撃で仕留めていればこうはならなかったけどね。姉さんの心に迷いがあったからこうして立っていられるのさ」


「ほざけ。私は【清明】。心は常に澄んだ水面の如く。迷いなどありはしない」


「って言うけど本当は気づいているんじゃないの? 『迷いなき剣は万物を斬り伏せ、最善の結果をもたらす』。昔姉さんが言ってたことだよ」


 ふと姉さんの唇が緩んだような気がした。


 一体なぜ?


 湧いてきた疑問を打ち消すように自分の頰を叩いて気合いを入れ直す。

 余計なことを考えるから『慢心』なんて言われるんじゃないか。


 血と炎と魔力を吸い上げ、僕は右手に魔法陣を描いた。



「――“黒竜災禍終焉火ドラゴン・アオス・フレイム”」


 オラクの“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”と同じような、いや、それよりも深い黒の炎が竜の形を成し、渦を巻きながらユリア姉さんに迫る。

 周囲の木々は燃える間も無く消し炭になっていく。

 触れるものをことごとく滅ぼす災いの炎。その脅威が姉さんの呑み込む――


 ――そう思った瞬間、何者かに炎を弾かれた。



「ルナ!?」


 炎を弾いた者の正体に気づき、すぐさま魔力の放出を止める。しかし既にこの手を離れた魔法が彼女たちに襲いかかる。

 ルナが炎を弾いたのはほんの一瞬。弾かれることのなかった残りの炎は少量とはいえ脅威であることに変わりはない。

 味方を助けるべく、僕は勢いよく地面を蹴った。



「本当に見上げた根性だ。最後の力を振り絞って敵である私を助けようとはな」


 が、僕の手が届くよりも早く、姉さんがルナの盾となった。

 漆黒の炎が今度こそ姉さんを呑み込んだ。



 ◆ ◆ ◆



「…………つ……っ」


「気がついたみたいだね」


 立ったまま気絶していたユリア姉さんが意識を取り戻し、僕と目が合った。



「長いこと気を失っていたような気がするが、一体どれだけの時間が過ぎた?」


「ほんの1、2分だよ」


「そうか」


 背後で横になって寝息を立てているルナを一瞥して姉さんはその場に腰をおろした。



「私の負けだ」


 言って、腰から刀を外し戦意がないことを示す。



「時にライト、私の心に迷いがあると言っていたが?」


「うん。たぶんだけど、アルベルト兄さんの方針について、そして僕やオリビア姉さんと戦うことについて迷いがあったんじゃない?」


「ふむ、その根拠は?」


「この結果が全てだよ。剣を合わせている時から薄々感づいてはいたけどね。だからこそ僕に油断が生まれた。『ユリア姉さんの刀が僕の命を刈り取ることはない』ってね」


「くくはははっ、当然だろう。弟の命など奪えるはずもない。だが惜しいな、私の心に迷いなどなかった」


「じゃあどうして僕は立っていられるのさ」


「これが私の思う最善だからだ」


 【清明】の二つ名の通り、一点の濁りもない言葉に思わず押し黙る。



「迷いなき剣がこの結末を導いた。全霊を尽くしてお前と戦い、敗北する。それが私にとっての最善なのだ」


「……ちょっと言ってる意味がわからないんだけど」


中枢魔法協会(セントラル)を騎士団に統合するという兄上の方針について、支持するか否か迷いがあったわけではない。理屈では正しいと分かっている。だがなライト、私の感情がそれを拒否したのだ」


 どこかで聞いたようなセリフだ。

 でもどこで聞いたのか思い出せずにいると、答えは姉さんの口から飛び出した。



「以前お前が言っただろう。『人間は理屈ではなく、感情で動く』と。

 たとえ兄上の正義に理解を示すことができても、私の正義は兄貴とは違う」


 正義、ここでは信念と置き換えてもいいだろう。アルベルト兄さんや僕に信念があるように、ユリア姉さんの心にもしっかりと刻まれているのだろう。



「私の正義は家族を守ること。これを思い出させてくれたのはライト、お前だよ」


 普段の快活な笑いとはまた違う、慈愛に満ちた笑顔を咲かせる。



「僕が?」


「ああ。長いこと『大義のために生きる』、それが私の正義だと思っていた。だからこそ純然たる正義を求めて邁進する兄上に従ったが、先日お前とオリビアと会談したろう。その時お前の言葉を聞いて思い出したのだ。なぜ私が剣を極めようと思ったのか、なぜ私が大義を追い求めるようになったのか。全て根底にはお前やオリビアたちへの想いがあったんだよ」


 それは初耳だ。まさかあのドラゴニカ家において、こんなことを思っていた人がいたなんて。

 そういえばアルベルト兄さんも同じようなそぶりを見せていたような……?



「兄上だって心のどこかで思っているはずだ。『本当に自分のやろうとしていることは正しいのか』とな」


「……ありえない。あり得ないよ、あの人がそんなこと思うなんて……」


「いい加減素直になれライト。お前も認めているのだろう? 兄上は父上とは違う」


 唇を噛んで無意識に胸に手を当てる。



「ほら、それだよ。胸にしまっている任意可変魔法陣。お前がそれを兄上から授かったのは大分前のことだろう? 本当に兄上のことを認めていないのであればとっくに手放しているはずだ」


 指摘されて、これをもらった時のことを思い出す。

 あれはルナと出会って間もない、本当に数日も経っていない頃。オリビア姉さんが行方不明になって困っていた僕に、アルベルト兄さんはこの紙・任意可変魔法陣を渡してくれた。

 何か裏があるのではないかと僕は疑っていたけれど、もしかしたら兄さんは純粋に僕を助けようとしてこれを渡してくれたのかもしれない。


 と、全く別のことを閃いた僕はユリア姉さんに目を向けた。



「僕が姉さんの攻撃を受けて意識を失わなかったのは、姉さんが手加減したからでも、姉さんの心に迷いがあったからでもない……? 任意可変魔法陣(これ)を避けて攻撃していたから……?」


 ユリア姉さんは否定も肯定もせず、いつもの僕と同じような口調でただ一言。



「さてな」


 そう呟いて、そっけない言葉とは裏腹に口元に大きな弧を描いた。


 

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