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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-??? 時の守り人


 中枢魔法協会セントラルの存亡を賭けた試合が行われているエーテ湖一帯を見下ろす影が一つあった。

 大きなリボンで赤い髪を結ったその人物はアリス・クロノフルト。王政から高く実力を買われている女性だ。

 彼女がなぜこの場所にいるかというと、試合の余波がよそへ及ばないよう湖畔を覆う結界の構築を依頼されているからだ。


 彼女は結界の頂上に座りながらずっと試合の様子を眺めていた。

 肉眼では細かいところまで見えないが、試合の様子は魔法放送で全国に放映されているため魔法具を使えば戦況を把握することができるのだ。



「今のところは協会側が有利かな?」


 王政側も健闘しているため人数的には大差ないが、協会側は主力が健在だ。

 だが王政側にも最大戦力が残っている。まだまだ勝負の行方はわからない。



「それにしても実力者が多い。あーしにはあの中に飛び込む勇気はなーね」


「けひひっ、謙遜しなさんなあ」


「!!」


 呟いていたアリスの背後から突然女性の声が聞こえた。

 アリスはすぐに立ち上がり真鍮しんちゅうの武器を抜剣した。



「っ、黒い角……あーた魔族か」


「そうだよぉ。【西の魔王】ルシェル・ミロ・トリチェリー。以後よろしくぅ」


「魔王がこーなところに何の用だっ」


「ただの観察だよぉ。それにそんなこと言ったら試合に参加しているオラクはどうなるのさあ」


「そっ、それは……」


「けひひっ、冗談冗談。まーそう警戒しなさんなあ。アタイはあんさんと争う気はないないから」


 濡羽色の髪の魔族・ルシェルは両手をひらひらと振って敵意がないことを示す。

 彼女の言葉を根から信用したわけではなかったが、アリスはほんの少し警戒の糸を緩めた。



「黙って結界の中に入れてくれるなら、だけどねーぇ」


「っ、どっちなんだっ!」


 ニヤリと口角を上げたルシェルは左中指に嵌めている指輪に触れる。



「“ギュゲスの指輪”」


 その瞬間ルシェルの姿が消えた。



「転移!? いや、魔法を使った痕跡はなあし……」


 周囲を見渡せどもルシェルの姿はどこにも見当たらない。だがまだ近くにいるとみていいだろう。

 アリスが神経を研ぎ澄ましていると、十数歩先で結界が異物の衝突を感知した。



「そこかっ! “打刻突き”!!」


 勢いよく突き出された剣から衝撃波が飛ぶ。

 刺突そのものを飛ばしたのだ。


 真っ直ぐに飛んでいった刺突は実体を捉え、貫いた者の動きを止めた。



「いくら姿が消えていても結界に触れればバレるのはとーぜん」


 実体を捉えられた者――すなわちルシェルに歩み寄ったアリスは容赦無く剣を振るう。

 一切動こうとしないルシェルの体表まで皮一枚というところで剣が弾かれた。結界だ。



「危なかったあ。いま時間を止めてたでしょ?」


「教える気はなーよ」


「けひひっ、隠したところで無駄だよぉ。【刻時魔針】クロノフルト。クロノフルト家の名を冠した巨大な秒針は時間に干渉できる。……魔王の情報力を舐めないでもらいたいねえ」


 舌なめずりをしたルシェルをアリスがめつける。

 剣――ではなく魔法の針を下段に構えたアリスは瞬きよりも素早くルシェルの懐に入った。



「あーたの目的はなんだっ!」


 勢いよく振るわれた魔針はルシェルの身体を傷つけるには至らず、展開された障壁に阻まれる。



「『観察』と言ったさあ」


「何をっ!」


「けひひっ、秘密♡」


 普段は刃を掴むことにためらいを見せないルシェルだが、【刻時魔針】クロノフルトの効果を知ってか小指一本たりとて触れようとしない。



「あーしの任務は結界の維持。あーたの目的が何であれ結界を突破しようとするなら見過ごすわけにはいかないっ!

 ――“時流断絶(クロノス・クシフォス)”!!」


「――“蜘蛛糸架線堤(シュピネンゲヴェーベ)”」


 ルシェルが絶対の自信を誇る防御魔法が音もなく切り裂かれた。

 鮮血が舞い、彼女の手から血がしたたる。



「けひひひっ、やるねーぇ」


「まだ終わらなーよ。――“時流断絶榴弾(クロノス・スフェラ)”」


 魔針が黄銅しんちゅう色に輝く。

 目にも留まらぬ速さで振るわれた魔針から斬撃の集合体が光の砲となって放たれる。


 とっさに回避しようとしたルシェルだったが、砲弾が到達するよりも前にその体は光に貫かれていた。



「っ……時間に干渉して魔法を数秒前の過去に送っていたってところかなあ?」


 身にまとった衣ごと全身を切り裂かれたルシェルはようやく緊張の色を見せる。



「厄介、とても厄介だあ。けひっ、久しぶりに本気を出そうかなあ?」


「喋っていられるのは今の内だけだっ!」


「さあ、それはどうかなあ? ――“地獄蝶の鱗粉”」


 ルシェルの指先から眠気を誘う粉が撒かれる。しかし密閉空間でもないためアリスは距離をとって事無きを得る。


「無駄だっ。――“打刻突き”!」


「それこそ無駄な攻撃さあ」


 時間に干渉する突きのことごとくを難なく避けながらルシェルは魔力を練り上げる。



「――“蟻戯擬顎(アーマイゼ・ファング)”」


「――“時流遮蔽(クロノス・トイコス)”!」


 昆虫の大顎のようなオーラを纏った拳は障壁によって阻まれるが、ルシェルは意に介さず反対の手にもオーラをまとわせる。



「――“蟻戯擬顎(アーマイゼ・ファング)”」


「っ!? ――“時流遮蔽(クロノス・トイコス)”!!」


「けひひっ。――“蟻戯擬顎(アーマイゼ・ファング)”」


「ま、またっ!?」


「“蟻戯擬顎(アーマイゼ・ファング)”、“蟻戯擬顎”、“蟻戯擬顎”“蟻戯擬顎”蟻戯擬顎蟻戯擬顎蟻戯擬顎――」


 “時流遮蔽(クロノス・トイコス)”の効果は魔法の時間を止める事で攻撃を防ぐことである。絶対防御を誇るその魔法を前にして異なった手段で攻めることもせず、ルシェルはひたすらに腕を振るい続ける。決して丈夫とは言えない彼女の身体が悲鳴をあげるがそれにもお構いなしだ。


 彼女が狂ったように防壁を殴り続けていると、無敵かに思われた“時流遮蔽(クロノス・トイコス)”についにヒビが入った。



「――“蟻戯擬顎(アーマイゼ・ファング)”」


 大きく振りかぶったルシェルの拳が防壁を貫いた。


 【刻時魔針(クロノフルト)】を盾にルシェルの拳から身を守ったアリスだったが、勢いまでは殺しきれず後方に飛ばされる。



「けひひひっ、いくら時間を止めることができるといっても必ず突破口はある。【刻時魔針(クロノフルト)】で時間に干渉できる限度は長くても十数秒。その時間を過ぎればただの鉄屑と同じさあ」


「ふふっ、さすが魔王。強ーね」


 焦りを感じつつもアリスは魔針を構える。



「でもあーしだってそう簡単にはやられなーよ」


 彼女の足元から濃密な魔力が立ち上り渦を巻く。そして正面に五層の魔法陣を描いた。



「<時間魔法>奥義――」


 【刻時魔針】クロノフルトが煌々と光を放つ。まさにアリスが奥義を使わんとしたその時。何者かに背後から首を掴まれた。



「ぐっ……!?」


「けひひっ、いけないねーぇ。意識が正面にしか向いていない」


「んなっ、【西の魔王】!? あーたはいま正面に……」


「あれは幻術さあ。こんな初歩的な細工に騙されるとはねえ」


 捕縛魔法にて魔針を封じたルシェルは片手でアリスの首を締めたまま、もう一方の手に魔法陣を描く。



「幻術なんて一体いつから使っていたっ!」


「ついさっきだよぉ。あんさんは“時流遮蔽(クロノス・トイコス)”が破られて焦っていたから気づかなかったってわけさあ」


「そんな……」


 必死にもがいて束縛から逃れようとするもルシェルの腕を解くことはできない。そうしている間にもルシェルの魔法が完成した。



「ここであんさんを殺すと足が付くから記憶だけ奪わせてもらうよぉ。

 ――“幻蝶の口吻こうふん”」


 ルシェルがアリスの頭をガシッと掴むと黒い光が舞った。光の粒子がルシェルの手の中に吸い込まれるとアリスは意識を失いその場に倒れた。



「さあて、【覇黒竜】の力、近くで観察させてもらおうかあ」


 ニヤリと口角を上げたルシェルは結界を穿ち、中へ飛び降りた。


 

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