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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-L アイノカタチ


 シルフィーネさんと対峙した僕は周囲に他の人間がいないことを確かめてから向き直った。



「あの晩あなたと語らった時には思いもしませんでしたよ。こうして敵対することになるなんて」


「あらそう? 私はこうなる予感はしてたわよ」


 戦意のかけらもない様子で彼女は穏やかに微笑む。



「確かにシルフィーネさんからしてみれば僕がどちらにつくかは明白ですからね」


「ええ。当然この直訴試合に参加することも明らかだったわ。だから志願したの、ドラゴニカくんの相手を務めさせてくれないかって」


「なるほどね。でも必ずしも僕とぶつかれるわけじゃなかったと思いますけど?」


「そこは問題ないわ。エルフは感知能力に長けているもの」


 言われてみれば納得だ。彼女はこれまでに何度かこちらが気づいていない状態で僕に話しかけてきたことがあった。耳がいいというのは知っていたけれど、魔力探知等も優れているのだろう。



「ここまではシルフィーネさんの想定通りってことですか……。だけど僕の実力は知っていますよね。表向きは中枢魔法協会(セントラル)のAランクとDランクだけど、実際は僕の力がまさっている」


 これは傲慢でも何でもない。厳然たる事実だ。



「もちろん理解しているわよ」


「ならどうして僕の相手だなんて? 正直なところ戦わなくて済むならシルフィーネさんとは戦いたくないんですが」


「その気持ちを利用させてもらう。言ったでしょう? 『全力で足止めさせてもらう』って」


「……最初から勝つ気はないってことか」


 ならば無視して進むしかない。事実足止めを食らっているのが現状だ。

 そう思ってシルフィーネさんの脇を通り抜けようとすると、彼女の細い指先が僕の手首を絡め取った。



「――“精霊愛結界(アーダ・フロンテーラ)”」


 パッと地面が輝いたかと思えば、僕たちの四方を覆う結界が出現した。



「こんなもので僕を封じることができるとでも?」


「さあどうかしら。試してみればわかるわ」


 僕の手首から手を離したシルフィーネさんは余裕の笑みを浮かべる。


 そこまで自信があるというのなら遠慮なくいかせてもらおう。


 腰から魔剣ディバイドを抜き払い黒色の魔力を注ぎ込む。



「――“闇黒一文字(あんこくいちもんじ)”」


 荒れ狂う魔剣を一閃。

 しかし、結界には傷一つつかなかった。



「へえ」


 思ったよりも頑丈だったみたいだ。



「この結界は愛の力を以ってしか解除できない。申し訳ないけれど試合が終わるまでここに残ってもらうわ」


「『愛の力』……か。じゃあこれならどうかな。

 ――“囚愛緋牙(しゅうあいひが)”」


 心の内に秘めた熱い想いを矛にして打ち出す。緋色の炎は結界に衝突すると激しく燃え上がった。しかし――



「――これでもダメなのか。参ったな」


 ふとシルフィーネさんに目を向けると彼女の瞳にかすかな嫉妬の色が浮かんでいるような気がした。

 気のせいだろうか。



「その魔法……初めて見たけれど、誰かへの想いを力に変換する魔法かしら」


「さすが。よく分かりましたね」


「エルフは感情の機微にも敏感だから。問題は“誰への想い”なのか……」


「言わなくても分かっているんじゃないんですか?」


 そう投げかけるとシルフィーネさんがこちらへ歩み寄り、僕の手を握った。その流れで剣を鞘にしまわれる。

 危険因子は排除しておきたいのだろう。



「一点の濁りもない感情。今もお姉さんへの愛にとらわれているのね……」


 透き通った指に包まれた僕の手がゆっくりとシルフィーネさんの胸元に近づいていく。



「どうしてそこまでお姉さんにこだわるの? 他の女性ではダメ?」


「理由なんてありません。ただただ愛おしい、それだけです。それに僕の姉さんへの気持ちは一般の異性に対する気持ちとも違う。他の女性と比べられるものではありません」


「辛くはないの? どれだけ深く愛していてもその気持ちが届くことはないのでしょう?」


「そりゃあこんないびつな愛の形なんて報われなくて当然です。分かりきっていることを辛く思うことなんてない」


 目を合わせて嘘偽りのない本心を打ち明かす。

 理解してもらえるとは思わない。僕自身この感情を理解し切れていないのに、どうして他人が理解できよう。



「報われない想いにこだわり続けるなんてもったいないわ。周りを見渡してみればきっとドラゴニカくんのことを慕ってくれる人がいるはずよ」


 気づけば僕の片腕はシルフィーネさんに抱きとめられていた。



「本当にそんな人がいるならありがたいことです」


「! なら――」


「だからと言って僕が心からその人に向き合えるかって言われると、答えはノーに等しいんですけどね」


 くしゃっとシルフィーネさんの顔が悲しみに染まった。



「じゃあ……じゃあどうすればいいっていうの!? どうしたらこの気持ちがあなたに届くの!!? ねえ、ドラゴニカくんも気づいているんでしょう!? 私が心の底からあなたのことを慕っているってこと!」


「もちろん気づいてはいましたよ。僕もそこまで鈍感じゃない」


「なら知っているでしょう!? 私がどれだけあなたのことを想っているのか、どれだけあなたのことを考えているのか、どれだけ努力しているのか!!」


 抑えていた彼女の激情が溢れ出る。子どもの癇癪のように叫ぶ声には、悲しみや憎しみなど様々な感情がないまぜになっている。



「どうあがいてもあなたのお姉さんには勝てっこない……どれだけ想っていても報われない! こんな愛の形が他にある!?」


 両肩を掴んできた彼女の目に涙は浮かんでいない。しかし心は悲痛な叫びをあげていた。



「……目の前にいるじゃないですか」


「…………え?」


「シルフィーネさんと同じように報われない想いを抱いている人間が」


 僕の肩を掴む腕が緩む。緩んだ両腕が向かった先は僕の胸の中だった。



「そんなの慰めにもならない……! ねえ、お願いだから応えてちょうだい。お願いだから私の気持ちを受け取ってちょうだい!」


 ついにこらえ切れなくなったか、彼女の双眸から数滴の雫が溢れる。

 頰をつたって顎から垂れた雫が地面に落ちる。と、またしても地面が光を発し、十数本の水晶の柱が現れた。



「……――“叫鳴涙晶(アーダ・ラグリマ)”……」


「これは……」


「私の想いが封じ込められた水晶よ。この水晶が全て砕けた時、この音を聞いた者の精神は崩壊する」


「音……?」


 僕の胸の中でシルフィーネさんが頷く。

 少し遅れて一本の水晶が砕け散り、耳をつんざく悲鳴のような音が響いた。



「ぐっ……! 鼓膜が破れる……っ!!」


 パキン、パキンと立て続けに水晶が砕けていく。

 思った以上の早さだ。この調子だと数分もせずに全て砕けてしまう。



「頼むから鳴り止め……! ――“竜の咆哮”!!」


 刹那、竜の雄叫びが響く。しかし魔力場を乱す間も無く水晶の音にかき消されてしまった。



「何をしても無駄よ。“精霊愛結界(アーダ・フロンテーラ)”と同じ。この音を止められるのも愛の力のみ」


「っっ! 厄介な魔法を使うなあ! ここまでしてシルフィーネさんは何がしたいんですか」


「何も。私の想いに応えてくれないのならドラゴニカくんの心を殺してあなたの全てをもらうだけよ」


 ふと顔を上げたシルフィーネさんの瞳から生気が消えかかっていた。

 周りの人間だけじゃない。“叫鳴涙晶(アーダ・ラグリマ)”は術者にまで牙を剥いている。



「くっそ、早くなんとかしないと……」


 砕ける度に音響が増していくというのが厄介だ。これでは水晶を壊そうにも壊せない。



「一つヒントをあげるわ」


 シルフィーネさんがくらい笑顔を見せながら言う。



「私の気持ちを受け止めて」


「はあ?」


 一体全体何を伝えたいんだ。早くも精神をやられてしまったのだろうか。

 ……いや、それはないか。この魔法を使う前と言動は一致している。つまり隠していただけでこれがシルフィーネさん本来の性格なんだろう。

 そんなことより今は音を止める手段を考えなければ。だんだん僕の頭も霞掛かったように働かなくなってきている。


 深い意図もなくシルフィーネさんに目を向けると、偶然彼女の谷間が目に入った。

 そこには黒い蝶の文様が描かれていたのだ。



「何だこれ……? ってこれは後回しだ。いやいや、これが何かの解決になるかも――違う違う! 絶対関係ないだろ! でもそうとも言い切れないしあああもう! 思い出せ思い出せヒントを思い出せ! 『気持ちを受け止める』と言っていたけど……ったってどうすりゃいいんだよ!!」


 頭を掻きむしって知恵を絞ろうとするがいくつもの考えが浮かんでは消え一向に前に進まない。


 ヒントヒントヒントヒントヒントヒントヒント愛愛愛愛愛愛愛愛受け止める受け止める受け止める――。


 ハッと天啓のように一つの考えが舞い降りた。



「まさかそんなこと……。でも悩んでいる間もない、か」


 僕は恐る恐る両腕をシルフィーネさんの身体に伸ばす。右手は顔の横に、左手は肩の後ろに。

 そして真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。



「ドラゴニカくん……?」


「あまり気は進まないけど……シルフィーネさん、許してください」


「っ!?」




 これは不誠実な愛の形だ。

 難を逃れるためのその場しのぎ。想いも一方通行。

 こんなの二度とごめんだ。


 それでも――これもまた愛の形であることに変わりはない。




 パリン、と最後の水晶が砕けた。


 

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