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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-O 失われたもの


 試合開始直後から、味方と別れたオリビアは一人敵陣を目指して森の中を進んでいた。もっともこの周辺は木々が鬱蒼と生い茂っているため、視界の悪い道を進んでいるのは彼女に限った話ではない。


 各所で戦闘が繰り広げられる中あえて味方の加勢には向かっていなかった彼女だったが、予期せず味方と合流した。



「エレナさん!? その傷はどうされたのですか!?」


 負傷度合いを見て思わず彼女が駆け寄ったその人物はエレナ・スカイゲート。今回の試合で大将を務めていない方のSランカーだ。



「オリビア……この先はまずい、化け物がいる……」


「化け物……?」


 満身創痍のエレナを抱えたオリビアは意識を研ぎ澄ませ木立ちの奥を見つめる。

 一見何者もいないように思える。ということはかなり遠くから撤退してきたということだろうか。あるいは……。


 いずれにせよありとあらゆる感覚器官を用いて索敵しなければとエレナから注意がそれたその瞬間。



「相変わらず人を疑うことを知らないなあ……」


「っっ!!!!」


 オリビアの背に短剣が突き立てられた。



「あんたはもうちょっと人を疑ったほうがいいよ。じゃないとこうして痛い目に合う」


「……っ、そんな…………どうして……」


「『どうして』? そりゃ最初からあたしは中枢魔法協会(セントラル)側の人間じゃないからね」


 あくびを溢しながらエレナは短剣に魔力を注ぐ。



「――“牽牛星嘴撃(アルタイル・ヴィルト)”」


 刹那、四肢がもげるかのような衝撃がオリビアに襲いかかった。

 彼女はたまらず膝をつく。かろうじて意識を手放すことだけは避けた彼女は一旦転移にて距離をとる。



「……戦う前に一つ聞いておきたいのですが、『最初から』ということは王政側の人間もエレナさんが協会側(セントラル)を裏切ることを知っていたということですか?」


 質問を投げかけるオリビアの額には大粒の汗が浮かぶ。

 Sランカーの渾身の一撃をまともに受けたのだから無理もない。まだ一撃たりとて魔法を放っていない彼女だが、この時点で既に形勢は大きく傾いているといえよう。



「当然知ってるよ。この傷だってほら、ただの幻術」


 そう言うとエレナの全身についていた傷の一切が消滅した。



「しかしあんたはタフだねオリビア。そこらの魔物なら一発で木っ端微塵になるような魔法を使ったのに」


「この程度でわたしはやられま……っ、せん……よ」


「って言う割には苦しそうだけど。……まあどうでもいい。一発で倒れないなら二発で、二発で倒れないなら三発で倒すだけだから」


 エレナは終始気だるそうに、しかし自信のこもった口調でオリビアを見据える。



「さ、話は終わり。かかってきな」


 短剣を捨て幾多の魔法陣を展開したエレナに対し、オリビアは深く息を吸ってから手元に魔力を集中させる。そして両者同時に魔力を解放した。



「――“七星崩壊(セブンス・インパクト)”」


「――“竜炎渦(ドラゴン・フレイム)”!」


 尾を引く光の球と渦巻く炎が激突する。爆煙が上がった時には共に次の行動へ移っていた。



「――“流星矢群(サジタリアス・アロー)”」


「――“礫氷(れきひょう)”!!」


 雨のような光の矢と氷の弾丸がぶつかり合う。そのうちのいくつかは弾幕を通り抜け互いの体に傷を追わせる。が、互いに中枢魔法協会(セントラル)において屈指の実力を有すると認められているだけのことはあり障壁を展開して負傷を最小限に抑える。



「やっぱオリビアは強いね。味方だったなら心強いのに」


「それはこちらのセリフです。エレナさんはどうして王政側に……。協会(セントラル)のことを愛してはいなかったのですか!?」


「あたしに言わせれば兄妹で敵対するあんたの方が不思議だけどね……。……まあ協会(セントラル)の人たちには申し訳ないと思うよ。元々興味ないのさ。協会だの騎士団だの、自分の立場にこだわるなんてくだらない」


「っ……仮にも協会(セントラル)のトップがそんなこと……。それに興味がないならなおさら王政側につく理由がわかりません」


「いいや、興味がない『から』だよ。別に協会に思い入れがあるわけじゃない、だったら長い物には巻かれておくのが無難」


「たしかに無難ではありますが、王政側につく理由にはなっていませんよ。静観するという手段だってあったのですから、本当に興味がないのであればそれが最も理にかなった行動だと思います」


 「たしかに」とエレナは納得する。はぐらかしても無駄なようだと判断した彼女は一呼吸挟む。



「オリビアに話す気はないよ。真実が知りたければあたしを倒すことだね」


「本当に戦うしかないんですね……」


「何を今更。さっきからあんな恐ろしい魔法を使ってるくせに」


 と、前触れもなくエレナの姿が消えた。

 危機を察したオリビアはとっさに上空へ転移する。



「残念。上空に逃げるだろうってことは予想の範囲内」


 オリビアのさらに上空に転移していたエレナの拳が叩き込まれた。

 先ほど刺された箇所を殴られオリビアの口から血反吐が飛び散る。



「ぅ……っ!」


「まだまだ」


「っっ!!!!」


 容赦のない連撃に耐えかねオリビアは地面に叩きつけられた。



「けほっ、けほっ……!!」


「魔法の腕前は超一流だけど、身体能力に関してはまだまだだね」


 オリビアの傍に着地したエレナは休まずに魔法陣を形成する。



「そろそろ終わりにしようか。 ――“南呪縛星(サザンクロス)”」


 エレナが両手をかざすと辺りに星の煌めきがほとばしり、オリビアを封じ込める呪縛が完成した。



「あんたに恨みはないけど……このまましばらくおとなしくしててね」


 そう言って中枢魔法協会(セントラル)側の本陣へ向かおうとしたエレナをオリビアが呼び止めた。



「まだ……まだ終わってません……!!」


 星の呪縛により地面に縫いとめられているオリビアだったが、自由に動けないながらもある魔法を構築していく。



「……ああそっか、あんたにはそれがあったね」


 エレナがその魔法の正体に気づくのと同時、オリビアの魔法が完成した。

 それは魔なるものを打ち消す聖なる魔法。



「――“聖心鎮魂歌(レクイエム)”!!」


 かくして叫ばれた大魔法はしかし、その効果を発することはなかった。



「………………え……?」


 オリビアの脳内が白く塗りつぶされる。



「そん……な……、どうして……」


「……?」


 お互いに動きがピタリと止まる。

 オリビアはもとより、彼女が“聖心鎮魂歌(レクイエム)”を使えることを知っていたエレナも何が起きたのか理解が追いついていないようだった。だがさすがはSランカーというべきか、一考したのちに彼女は口を開いた。



「“聖心鎮魂歌(レクイエム)”は不浄の魔法。術者の身も心も清廉であることが使用できる条件。……オリビア、あんたもしかして……」


 彼女の言わんとしていることを察したオリビアは首を横に振ろうとして数日前の夜のことを思い出した。



「まさかあの時……!」


「心当たりがあるんだ……。へー、これは意外」


 「何はともあれ」とエレナは続ける。



「“聖心鎮魂歌(レクイエム)”を使えないんじゃ話にならない。あたしは行くよ」


「…………ら……っ」


「切り札が失われてショックなのはわかるけど、身から出た錆だ。諦めな」


 キッとオリビアの双眸が鋭くなった。



「“聖心鎮魂歌(レクイエム)”を使えないなら他の魔法で足掻くのみです!!

 ――“礼讃金陽(アドラシオン)”!!」


 彼女の強い意思を具現化したような黄金の光が勢いよく広がる。

 その光は“聖心鎮魂歌(レクイエム)”のように、朝日のように柔らかく。されど燃え盛る炎のように力強く。そして波のごとく全てを呑み込んだ。



「くっ……、魔力が吸い取られる……!?」


 金色(こんじき)の光はオリビアを封じていた星の光やエレナの魔力を吸い尽くすと、渦を巻いてオリビアの周りに集った。



「身体に力が入らない……。今の光は一体?」


 立ち上がりながらオリビアが答える。



「ご覧の通りです。ありとあらゆる魔力を吸収しました」


「そんな規格外な……。消し去るだけの“聖心鎮魂歌(レクイエム)”の完全に上位互換だ」


「そうとも言い切れません。“聖心鎮魂歌(レクイエム)”は呪いや魔族の力はほぼ無条件で無効化することができますが、今の魔法では抵抗されると簡単には吸収できません」


「だとしても強すぎる。こんな魔法を隠し持っていたとはね」


「隠していたわけではありません。以前から構想していたものを、たった今完成させたんです」


 エレナの目が丸くなった。



「化け物はオリビアだったか……。あんたの相手をするのは荷が重すぎたよ」


 深い傷こそ負っていないものの、“礼讃金陽(アドラシオン)”によって魔力を吸い取られてしまったエレナは両手を掲げる。



「参った」


 降参の意を示した彼女は近くの大樹まで移動してゆるりと腰をおろした。



中枢魔法協会(セントラル)を裏切って王政についた理由、話すよ」


「! 本当ですか!?」


 周囲を見渡してからエレナはおもむろに口を開く。



「一つ、あたしにはやらなきゃいけないことがあるんだ」


 彼女はすぐには次の言葉を発さず空を見上げる。



「騎士団とか協会とかくだらないっていうのは本当。自分の立場にも興味はない。でも唯一、肉親の情だけはあるんだ」


 普段はあまり感情を表に出さないエレナだが、その頰には確かに慈愛の色が滲み出ていた。



「2年前、あんたの兄弟たちが竜を討伐しに行ったでしょ。突如人間界に降り注いだ災厄。当時そう称されていた竜をドラゴニカ家が討伐した。それは覆しようのない事実だけど不可解な点があった」


「不可解な点ですか?」


「そう。本当の竜伐者(ドラゴンスレイヤー)がライトだ、っていうことじゃないよ。本人は隠しているようだけど協会の上層部は知っているから」


 ほんの少しだけオリビアは驚いた表情を浮かべる。



「ドラゴニカ家と竜が戦った跡地に魔族の魔力残渣が漂っていたんだ。それを調査していたのがあたしの父」


「……」


「竜との戦いに魔族が関与していた可能性が浮上してすぐに父は魔界へ向かった。それで色々調べていくうちに【西の魔王】が浮かび上がってきたんだ。でも……」


 かすかに彼女の顔が曇る。



「手がかりを掴んで数日と経たないうちに父は行方不明になった。踏み込んではいけない領域に踏み込んだんだろうね……。でも父はあたしに情報を残してくれた。『【西の魔王】がドラゴニカ家と繋がっている』という情報を」


「っ!?」


「もちろんオリビアとライトは別だけど……とにかく父の無念を晴らすためにあたしは真実を暴こうとしたんだ。そのためにはドラゴニカ家――あんたの長兄と近づく必要があった。だから信頼を得るために協会を離反することにしたってわけ」


 「まあ何の成果もあげられなかったけど」と言ってエレナは苦笑する。



「今回は本当に申し訳なかったね」


「いえ、それぞれ事情があるのは当然のことです。お父様の意志を継ごうとするエレナさんのことを責めることなどできませんよ」


「ふふっ、オリビアは甘すぎるよ。それが長所でもあるんだろうけどさ」


 二人は顔を見合わせ互いに笑顔を浮かべる。

 その様子はとても戦った後とは思えない穏やかなものだった。


 

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