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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-L 勇猛なる拳


 湖畔に広がる樹海を進む小さな影が一つあった。

 木漏れ日を反射する銀色の髪に真紅の瞳。東の魔王軍四天王・ルナだ。


 辺りを警戒しながらしばらく進んでいた彼女だったが、はたと立ち止まり大きく息を吸った。



「ねえ! いい加減出てきたらどうなのよ! 魔力は隠せても気配でバレバレなんだから!」


 返ってきたのは静寂。

 舌を鳴らした彼女は両手に紅蓮の炎を灯らせた。



「いいわよ、そっちが出てこないならあぶり出すだけだから」


 まさに彼女が腕を振るおうとした瞬間、木陰から三人の男が飛び出してきた。

 彼らの手には等しく剣が握りしめられている。



「望み通り出てきてやったぞ!」


「覚悟……!!」


 首や肩などを狙って繰り出された斬撃はしかし、ルナの身体を傷つけるには至らなかった。

 鳴るはずもない金属音が響き、全ての剣が弾かれたのだ。


「なっ……!?」


「バカな! なぜ―――がはっ!!」


「なに足止めてんのよ。驚くのはいいけど回避行動くらいとりなさいよ」


 男たちは殴り飛ばされ大樹に背を打ちつける。



「ぐっ……なんて力だ……――っ!!」


 とっさに顔を傾けた男の後頭部付近で破砕音が響く。

 ルナの拳が大樹を粉々に砕いたのだ。



「自分より格上の相手に隙を見せすぎ!」


 叱り気味に言うルナは縦横無尽に駆け回り、確実に男たちの急所を突いていく。

 多対一であることを加味して一人の相手に固執せず、ヒットアンドアウェイを繰り返して包囲されることを防いでいる。


 男たちを殴り飛ばして一箇所にまとめたルナは灼熱の炎を練り上げた。



「アタシに勝負を挑んだことを後悔しなさい!

 ――“闇炎葬(リメヤ・グオ・ナトロ)”!!!」


 黒い電撃を伴った炎が男たちを灼き尽くす――



「ふむ、ちょいと失礼。――“聖律反鏡(リフレクション)”」


 刹那、眩い光が煌めいた。



「っ!!?」


 楕円状の光にぶつかった炎が反発しルナに襲いかかる。



「なんだかわからないけどこの程度で……!」


「――“聖縛鎖牢(ヒエロ・ラスカ)”」


 炎を避けようとしたルナの体ががくんとつんのめった。



「わっ……!!」


 体勢を整える間もなく、爆音を立てて紅蓮の炎がルナに着弾した。


 そんな炎が燃え盛る様子を遠目に眺める影が一つ。ルナに打ちのめされた三人の男達を守るようにして佇んでいる。

 魔法陣を解いたその人物は警戒心を緩めずに厳しい視線を向けていた。


「けほっ、けほっ……。……よくもやってくれたわねあんた」


「ほっほ、あの業火をその身に受けながらほぼ無傷とは。さすが四天王、侮れんのう」


「……アタシのことを知ってるみたいね」


 埃を払いながらルナはその人物を睨みつける。


 色素のない髪を垂らすその人物の顔には無数の傷が刻まれ、歴戦の勇士の風格を漂わせている。


 彼はゆるりと剣の柄を掴むと、ルナの問いに答えた。



「当然、始末すべき対象として情報はインプットされておるわい。当代【東の魔王】の妹にして史上最年少で四天王に抜擢された天才、ルナ・ジクロロ・サタン」


 『天才』と呼ばれルナはまんざらでもない表情を見せる。

 と、彼女は何かに思い当たり首をかしげた。



「アタシが天才なのは事実だけど、あまり名前は知れ渡ってなかったような……?」


「ほっほ。一般市民には、の。おヌシは魔界へ調査へ赴くのが誰か知っていよう?」


「知ってるわよ、勇者でしょ」


「そう、つまり魔界で得た情報を広く流布させるか否かの判断は勇者――より正確に言えば、それを管轄する勇者養成学園に委ねられる」


 いまいちピンとこない様子のルナに、彼は仕方ないと話を続けた。



「【東の魔王】以外にも強者がいると知れ渡れば民の不安は拡大するじゃろう。いたずらに不安を掻き立てないために、あえて情報を伏せていたのじゃ」


「ふーん、だからライトはアタシのことを知らなかったのね」


 話は終わりだと言わんばかりにルナは魔力を練り上げる。



「ほっほ、戦う姿勢を見せるとは威勢が良いのう。これだけ話せば察しがつくじゃろうに。我が勇者養成学園は膨大な情報を有する。当然、おヌシの戦闘データも解析済みじゃ」


「『我が』……?」


「ほっほっほ! 申し遅れたの。ワシは勇者養成学園、学園長のキリス・ヒエロ・エンゲロ」


 言いながら彼は手の甲を見せる。

 そこには勇者にのみ施される刻印が輝いていた。



「ふーん、どうやら本物みたいね」


「ほっほ、当然じゃ」


 剣を抜き払い、キリスは重心を低くした。



「さて、問答は終いじゃ。お互い時間もかけていられまい」


「そうね。あんたみたいな小物に構ってる時間がもったいないわ」


 言い終えると、互いの姿がブレた。

 遅れて隕石が衝突したかのような衝撃波が広がる。



「んなっ……、なんて威力だ……! 攻撃の余波がここまで……!」


「動きも全く見えん! 学園長もそうだが小娘も恐るべき実力だ」


「こんな相手にどうやって――っがはぁっ!!」


 様子を伺っていた三人の男達の体が吹き飛んだ。ルナとキリスの戦闘の余波を受けたのだ。



「このワシについてくるとはやりおるのう。じゃが――」


 口角を上げたキリスは剣で手の甲に切れ込みを入れた。



「っ!! させない……!!」


 その行動の意味することを知っているルナは疾駆し、キリスの腕を掴みにかかる。しかし――



「――遅いわい」


 キリスの身体がまばゆい閃光に包まれた。



「“不屈の闘志(ブレイブ・ハート)”」


「……ちっ!」


 ニヤリと彼の口角が上がる。

 次の瞬間彼はルナに肉薄していた。



「ワシの勝ちじゃ」


 呟くと同時に鮮血が舞う。

 キリスの剣がルナの脇腹に刺さっていた。



「咄嗟に躱して急所は避けたか……。じゃがおヌシも知っていよう。“不屈の闘志(ブレイブ・ハート)”を発動している限り魔族は魔法を構築することができん。体術のみでワシに勝てると思うか?」


「…………」


「ほっほ、これを聞いても瞳の闘志はなお燃ゆる、か。敵にしておくには惜しいのう」


「……あんた随分と余裕そうね」


「当然じゃ。なぜなら次の一撃でおヌシは沈む」


 そう言うと彼は静かに鉄剣に魔力を注ぎ始めた。聖なる魔力を注がれた剣は煌々と輝きを放つ。



「――“聖十字封魔光グリフィアス・ロザリオ”」


 ルナの周囲に次々と光の十字架が出現し、一つの結界を形成した。そしてその中心――すなわちルナの立っている点から一段と大きな十字架が現れ天を衝いた。



「ほっほっほ。どうじゃ、痛いじゃろう。魔を封殺するこの聖なる光の威力は“聖心鎮魂歌(レクイエム)”にも匹敵する。魔王すら沈むと言われたかの大魔法と同等の力を受けて無事でいられるはずもなし」


 まだ光が収まらぬうちに合掌したキリスは踵を返す。



「もしも一命を取り留めたならばまたワシに挑んでくるがよい」


 「さて」と彼は周囲で伸びていた勇者達の元へ歩み寄る。



「おヌシ達はいつまで寝ておる。次へ行くぞ」


「……っは! き、キリス様? これは一体……?」


「ワシと小娘の戦闘の余波を受け気絶しておったのじゃよ。また鍛え直す必要がありそうじゃな」


「それは申し訳ございませんでした……。っ!? キリス様危ない!!」


 勇者の一人が声をあげたときには手遅れだった。

 背後から襲いかかってきたルナに押し倒され、キリスは顔面を地面にめり込ませたのだ。



「ばっ、馬鹿な……。あの魔法を受けて無事でいられるはずが……」


 彼は動揺しつつ周囲に目を向けるも、勇者達はルナの気迫に圧されて身動き一つ取れないでいた。中には恐怖のあまり失禁している者までいる有様だ。



「ばっかじゃないの、無事なわけないじゃない。全身ボロボロよ」


「ならばなぜ……」


「気合よ気合」


「んなっ……気合じゃと!?」


 なんとか逃れようと身をよじるも全くルナの手が緩まる気配はない。

 満身創痍の状態でここまでの膂力を発揮できるものなのかとキリスは驚嘆する。



「“不屈の闘志(ブレイブ・ハート)”の効果で魔法も使えぬはずじゃ。この腕力すら気合だというのか?」


「あたりまえよ。追い込まれれば追い込まれるほど力を発揮する。そういうもんよ」


「ふむ、どうやら噂以上に曲者のようじゃの。奥の手の魔法ですら倒せないとなると道連れにするほかあるまいか……」


「道連れ?」


 ルナが危機を察した時には既に退路を塞がれていた。光の十字剣が二人を貫き、地面に縫い止めていたのだ。それだけではない。光の鎖までもが二人に巻きつき動きを封じていた。



「こんの……っ! 鎖をほどきなさいよロリコン!!」


「ほっほ、何とでも言い給え。聖なる刻印が施された左腕を犠牲に解き放つ奥義を超えた奥義――」


「くぅ……!! せめて魔法が使えたらああ!」


「――“昇天の報せ(ヘーモルヴァールト)”」



 ◆◆◆



 遠くで魔力が爆ぜる音がした。うっすらと漂ってきた魔力の香りを嗅いでみるも僕の知らない匂いだった。

 どうやら相手方にも相当な魔法の使い手がいるようだ。みんな無事だといいけれど。


 味方の心配をしながら飛んでいると、少し先の開けた場所から鼻をくすぐるような魔力が流れてきた。このまま進むべきかどうか迷ったが、何やら呼ばれたような気がして結局問題の場所へ降りることにした。

 背の黒い翼を畳んで着地する。すると役目を終えた翼はフッと消えた。



「さてと。僕を呼んだのは誰? 出てきなよ」


 問いかけて間も無く、奥の木立から一人の女性が姿を現した。編み込んだ桃色の髪と透き通るような白い肌に、人間のそれよりも長い耳。

 こう来るか、と僕は思わず苦笑いした。



「まさかシルフィーネさんが来るとはね」


「ごめんなさいね、ドラゴニカくん。あなたと敵対するのはとても心苦しいのだけど」


 ふぅと息を吐き彼女はどこか普段とは違う笑みを(たた)えた。



「あなたのことは全力で足止めさせてもらうわ」


 

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