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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-O 霊験白掌


 じゃり、と小石を踏み鳴らす音が耳に残った。



「お前に再開できる日を心待ちにしていたぞライマン」


 人の悪そうな笑みを浮かべるライマンが一歩ずつ近づいてくる。

 彼の一挙手一投足を注意深く観察しながら俺は魔力を練り上げる。



「お前の行いによってどれだけオリビアが傷ついたことか。それ相応の報いは覚悟しているだろうな?」


「ふははははっ、血の気が多いぞ【東の魔王】。ぼくが理由なく人を襲うとでも思ったのか?」


「黙れ。どんな理由であれオリビアを襲ったことに変わりはない」


「つれないな。ちょっとくらいは気にならないのかい」


「全く」


 俺の数歩手前で立ち止まると彼はため息をついた。



「少しは相手の事情もおもんばからないと。これだから大事なものを守れないんだ」


「何だと?」


 一瞬過去の出来事が脳内をよぎる。



「相手の事情を慮ることと、大切なものを守ることのどこに因果関係がある」


「ははははは! 真面目に受け取るなよ【東の魔王】。ほんの軽い挑発じゃないか」


 髪を掻き上げたライマンは彼の頭上に巨大な魔法陣を構築して行く。



「挑発しようと無駄なことだ。俺の怒りはもう、とっくに限界を超えている」


「ああそうだったね。ぼくがオリビアを襲った時からきみはそんな状態だった。いやあ、他人ひとが激怒している様子を眺めるのは最高だ!」


「っ、お前……!」


「ふははははは! いいよ、実にいいよ! きみの怒った顔は特にぼくの嗜虐心をそそる!」


 両腕を開き、彼は高らかに告げた。



「さあ問答は終いだ。ここからは言葉じゃなくて、身体的にきみをいたぶってやろう!」


 言って、彼はさっと右手を振り下ろした。



「――“霊魔樹呪砲弾サイガ・ナドゥーフ"!」


 現れたのは深緑の魔弾。かつての比ではない密度だ。“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”でさえかき消されてしまうであろう。

 この後のことも考えれば極力魔力消費は抑えたい。ここは避けるのが吉だろう。



「逃がすと思うかい【東の魔王】。――“樹縛サイロ”」


 ところが、飛び上がろうとした俺の足首に木の蔦が絡みついてきた。


 まずい。そう思った時には既に遅く、鋭い痛みが全身を駆け抜けた。


 さらに不気味な悲鳴のようなものが耳を劈く。身体面だけでなく精神面でも揺さぶりをかけようというのだろう。

 腕を振るっても一向に魔弾の火は収まらない。



「さあ! 苦しめ、おののけ、喚け!!」


 くそ、予想以上に厄介だな。


 あまり使いたくはないが、魔力消費を気にして身を滅ぼしては元も子もない。確実に消し去ろう。



「はははははは! どうした、苦しくて声も出ないのかなあ!? 相手を見くびるからそうなるんだよ。魔族はいつもそうだ! このまま滅びて――」


「――“黒焔装”」


 ボッと、一切合切を焼き尽くす焔が俺の全身を覆った。

 黒い焔の壁に阻まれて魔弾は勢いを削がれる。しかしまだ、悲鳴が木霊している。



「――“四閻黒焔カトリエム・シュヴァルツ・フォイヤー”」


 続いて俺は周囲に四つの魔法陣を展開し、黒い魔力を送り込んだ。


 四方から濃密な死の焔が迫りくる。

 深緑の魔弾に触れた途端、ボッと焔が燃え広がり、俺の周囲は完全に黒に染まった。



「ふーん、内と外から焼き尽くそうってわけか」


 ライマンの声が聞こえる。

 視界を封じてしまったためよく分からないが、魔法を練ろうとしたのだろう。彼の魔力がうごめくのを感じた。


 しかし彼に練り上げる間も与えず、俺は完全に魔弾を消し去った。

 同時に“四閻黒焔カトリエム・シュヴァルツ・フォイヤー”も鎮火する。



「今度はこっちの番だ」


 “黒焔装”を纏ったまま驚嘆するライマンに飛びかかる。

 反撃を想定していなかったのか、初撃こそ回避したものの彼は体勢を崩す。


 ――もらった。


 会心の一撃。そう確信して放たれた回し蹴りはしかし、空を切った。



「危ない危ない。何とか間に合った」


「…………――“真霊魔粒子体ネフ・サイガフロム”だったか」


「ふはははっ、よく覚えてたね【東の魔王】。そう、この魔法……術と言うべきか。これは術者の身体を完全な粒子体と化す。以前は魔法攻撃は防げなかったけど、今は物理攻撃も魔法攻撃も、あらゆる攻撃から逃れることができる」


「『あらゆる攻撃』だと?」


「そうだ。信じられないなら奥義でも何でも放ってみるといい」


 彼は挑発するように手のひらを天に向ける。


 ライマンは『あらゆる攻撃から逃れられる』と言っていた。それが仮に事実だとしよう。だが空間そのものを焼き尽くし、術式ごと破壊してしまえば問題ない。

 今の俺では未だその境地には達していない。だからこそ、今ここで殻を破る必要がある。


 俺は周囲の魔力や霊気など力に変換できるものを全てこの身に取り込み、その一切を“黒焔装”の源にした。


 体表からは薄い膜がかかったかのように純白のオーラが析出し、外側の層には“黒焔”が渦を巻く。

 魔力の余波だけで辺り一帯が焦土へと変わる。



「おお凄い凄い。壮観だ。ぼく以外の相手だったら一発で―――っ!!?」


 音を超えた速度で繰り出された拳は相変わらず空を切ったが、しかし液体に触れたかのような微かな手応えがあった。


 いけそうだな。



「なっ、何だ今のは……!? 撫でられたかのような感覚が……!?」


 腹を抑えるライマンに続けて殴打を浴びせる。

 同じく水を切るような手応え。


 もっと、もっとだ。もっと濃い魔力で――。



「く……っ! おかしい! こんなハズはない!! 何で実体を捉えられる!?」


 焦り始めたライマンは必死に避けようとするが、俺の動きについてこれず幾撃かの殴打をくらう。


 一打ごとに手応えは大きくなってきている。だがまだ足りない。


 俺の額にも汗が滲んできた。

 やり方は間違っていないはずだ。なのに決定打に欠ける。

 あまりこいつにばかり時間は掛けていられないというのに……!


 これでどうだと黒白の魔力を螺旋状に拳に纏わせ、半ばやけくそに繰り出す。



「―――がはあぁっ!!」


「っ!」


 会心の一撃。今のは確実に決まった。


 なんだ、今までと何が違った? 螺旋状に魔力を纏わせたことか?


 一考し、ある仮説に至った。

 俺の考えが正しければ――。


 大気を震わせるほどの魔力の放出をやめ、俺はただ、拳に霊気のみを纏わせた。



「ぐっ……一体どういう理屈で……」


 口から滴り落ちる血反吐を拭うライマンを無視して俺は呼吸を整える。



「魂魄よ集え、顕現せよ霊の御手。――“霊験白掌れいげんびゃくしょう”」


 スウッと、俺の両拳が純白に染まった。



「……んな……っ、何だ……それ…………」


「今に分かる」


 目を丸くするライマンの懐に拳を叩き込む。



「ごは……っっ!! また完全に捉えられた……!?」


「まだだ」


 ライマンの首根っこを掴んだ俺は彼を地面に叩きつけ、端整な顔に容赦なく殴打の嵐を浴びせる。


 思った通り死霊術を用いれば実体を捉えられるようだ。先程は偶然魔力と霊気を二重螺旋にしたため、霊気の部分でライマンの身体を捉えたのだろう。

 冷静になってみれば納得だ。死霊術は実体のないものを掌握する術。奴が身体を霊体化させたところで俺にとっては何の障害にもならない。



「ぉごっ! ごはっ! ぐむっ! も、もうやめてくれ……!」


「『やめてくれ』だと? どの口がほざいてる……! オリビアが受けた恐怖に比べれば。オリビアが受けた心の痛みに比べれば! こんなもの些細な痛みだろうが!!」


 二度と減らず口を言えないよう徹底的にライマンを痛めつける。

 最後に大きく振りかぶった俺は彼の鼻をへし折り、同時に彼の頭蓋が地面にめり込んだ。



「……ぐっ……。ご、ごんだでぃ歯が立だないなんて……」


「……驚いた。まだ喋れたのか」


 とはいえもはや虫の息だ。放置しておいても問題ないだろう。


 荒ぶる霊気を収めた俺はすっくと立ち上がった。



「……『ライマンなら勝てる』……って…………言われたのに……」


「誰にだ」


「ぼくの……本当の主にさ……。オリビアを襲ったのも、そのお方の指示によって――」


 と、その瞬間、パアンという音と共に彼の全身が弾け飛んだ。



「何だ!? 呪いか?」


 咄嗟に周囲を見渡せども、炭と化した木々以外に影は見えない。

 ということは条件発動する呪いの類だろう。


 もう一度ライマンの身体があった場所を振り返り、俺は合掌した。



「行き先は地獄だろうが、来世では心を入れ替えて生まれてくれることを祈る」


 彼の魂を鎮め、俺は上空へと飛び上がった。


 

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