Side-O 闘志は静かに燃え
大幅に加筆・修正しました。
2週間が経った。
いよいよ今日、中枢魔法協会の協会員は、協会に残るか否かの意思を問われる。
ライトの当初の予想では協会に残る者は少ないだろうとのことだったが、どうやら協会はこの2週間で試合のことを説明したらしい。となれば、ライトの予想よりは多くの者が残留を決意するのではないだろうか。
協会本部近くの喫茶店で物思いに耽っていると、来店を知らせるベルが鳴った。視線を向ければ黄金色の髪をなびかせる男女が立っていた。ライトとオリビアだ。
二人は俺のことを見つけると、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「おつかれ」
対面に腰を下ろす二人に労いの言葉をかける。
「どれくらいの者が残ることになった?」
「ざっと五割くらいかな。予想してたよりも遥かに多かったよ」
店員に注文を告げると、ライトは「ただ」と続けた。
「高ランクの人が少なかったね。君が知ってる人だと、直近の御前試合のAランクの部で準優勝したライマンとか、僕の同期のシルフィーネさんとかもいなかった」
「シルフィーネ……、……ああ思い出した、髪が桃色のエルフの女性か。彼女も高ランカーなのか?」
「うん、普段は受付の仕事をしているけど、実はAランクの資格を持ってるんだよ」
ランクだけで言えばオリビアと同じか。とてもそうは見えなかったけどな。
「まあAランクの人が全くいないってわけじゃないからね。兄さん達との試合の数合わせにはなるんじゃないかな」
ライトの実力を知らない者からすれば「Dランク風情が何をほざいている」となるのだろうが、あいにく俺はライトの実力も、向こうの主力となるであろうユリアの実力も身に沁みて理解している。実際に通常のAランカーでは数合わせにしかならないであろう。
「試合といえば、先程Sランクの方からオラクさんと話を詰めたいとの伝言を受けました。日時やメンバーについて説明するみたいです」
「分かった。どこに行けばいい?」
「今日、この近くにある居酒屋に来てくれとのことです」
居酒屋か。普通の飲食店と比べて人との距離が近い分、幻術が見破られそうだ。まあどうにかなるか。
ライトとオリビアの注文したものが運ばれてきたので、一旦話を中断してコーヒーを口に含む。
旨い。
店員が立ち去ると俺は話を再開した。
「二人も来るのか?」
「はい。一応仲介役のような立場ですから」
「僕も行くよ。おそらく、というか確実に僕も試合に出るしね」
「そうか。じゃあ案内を頼む」
話がまとまったところで俺は残っていたコーヒーを喉に流し込んだ。
中枢魔法協会の頂点に君臨するSランク。いったいどのような人物なのか楽しみだ。
◇ ◇ ◇
夜。話し合いを終え、俺は一人で王都をぶらついていた。オリビアはライトの家で休息し、ライトは同僚であるシルフィーネと飲み直しているはずだ。
帰り際偶然シルフィーネとすれ違ったライトが彼女に誘われたのだ。お互い中枢魔法協会の存亡を巡って立場が異なるため、これからは共に仕事ができないかもしれない。だから最後に飲み明かそう、と。
最初は渋っていたライトだったが、オリビアに押され、シルフィーネと二人きりで飲むことになった。
もちろん姉のことを第一に考えるライトのことだ。オリビアのことを守るよう頼まれたのは言うまでもない。
「まあこうしてライトの言いつけを破っているわけだが……」
オリビアを家に残して一人ぶらついていることがバレたら大事になるだろう。
だがライトの家には多重結界が張られているし、オリビアとて非力なわけではないのだ。そうそう何かが起こるとは思えない。
もう少しゆっくりしてもいいだろうと歩み始めたその時。ジャケットの内ポケットに入れていた念話装置が鳴った。
「どうした?」
水晶玉に思念を乗せた魔力を送る。と、か細く震える声が返ってきた。
『オラクさん……たす、助けてください……っ』
「……オリビア? 何があった!?」
『お、襲われ――』
パリン、と何かが割れる音がして、オリビアの声が途切れた。
「念話回線が遮断された……」
何だ、一体何が起きている!?
「……くそっ」
俺は拳を握りしめ、急いで魔法陣を構築する。
事情が何であれ、オリビアは『助けてください』と言った。ならば俺が成すべきことは一つ。いち早く彼女の元に駆けつけること。
焦燥の念から集中力が乱れ構築に時間がかかる。数分の時間をかけてようやく魔法陣が完成した。
「“転移”!」
視界が真っ白に塗りつぶされ、やがて一軒の家が現れる。俺はノックもせずに乱雑に扉を開け放ち、オリビアの魔力が漂ってくる部屋へ疾駆した。
「オリビア!!」
部屋に入った途端、肌にまとわりつくような嫌な空気が漂ってきた。息を止めつつ様子を伺えば、中央に置かれた背の低いテーブルの上にワインボトルが散乱している。
――そして窓際のベッドには、一糸纏わぬオリビアと、彼女に馬乗りになる紫髪の男がいた。
「おいお前、何をしている」
殺気を込めて言い放つと、紫髪の男がこちらを振り向いた。
見覚えのある顔だな。
「おやおや、怖い魔王様が来てしまった。名残惜しいけどお楽しみはここまでだね」
「質問に答えろ」
「ふははははっ、状況を見て物を言え【東の魔王】。答えるまでもないだろう?」
手早にローブを羽織る男と布団をかき寄せて震えるオリビアを交互に見て俺は舌打ちをする。
「同意なく襲いかかるとは人間のクズだな」
「あいにくぼくは人間じゃない。エルフだ」
「どちらでもクズなことに変わりはないだろ」
言いつつ一歩踏み出すと、彼はニタァと口角を上げた。
「同意の上だとしたら?」
「――は?」
「勝手に決めつけないでほしいなあ。ぼくが無理やり襲ったんじゃない、彼女の方から誘ってきたんだ」
プチッと、音が聞こえたような気がした。
「ふざけないでください! あなたの訪問を受けて、気がついたらこうなっていたんです! それで慌ててオラクさんを呼んで――」
「おや? 忘れたのかい? 酒に酔った勢いできみの方から迫ってきたんだけどな」
「なっ……! そんなわけ……!!」
テーブルの上のボトルに目を受けたオリビアは言葉に詰まる。そんな彼女の様子を面白そうに男は眺める。
……『酒に酔った勢い』だと? 何も知らないと思って好き勝手言いやがって……!
「濃度の高い媚薬と、記憶に障害をきたす薬。他にも何種類か混ぜられているな」
まだ液体の残っていたボトルに鼻を近づけて正体を見破れば、男は忌々しげに舌を鳴らした。
「騙し通せると思ったか? あいにく俺は薬に精通していてな。お前のくだらない嘘には騙されない」
「ふっ、バレたか。まあいい、用は済ませた」
卑屈に顔を歪めた男が手を伸ばすと、オリビアの肩がビクッと震えた。
「オリビア、きみは貞操を守ったつもりでいるんだろう。でもね、きみが【東の魔王】を呼ぶ前、記憶を失っている間にもう――」
大きな音を立て、俺の拳が空を切った。
「はははははっ! 無駄だよ。“真霊魔粒子体”を発動しているぼくには一切の攻撃が通用しない」
身体が半透明になった男は壁をすり抜け、月明かりを背に髪を掻き上げる。
その仕草で俺は男のことを思い出した。
「このまま逃がすと思うなよ、ライマン」
「近いうちに嫌でも再会するさ、【東の魔王】オラク」
俺が魔法を練り上げるよりも早く、紫髪の男――ライマンは風となって消え去った。
しばらく空を睨みつけていた俺だったが、窓を空けてオリビアの方を振り返った。
「まだ室内に気化した媚薬が充満している。寒いだろうが我慢してくれ」
「……はい」
心ここにあらず、な様子でオリビアは頷いた。
「…………ライマンさんが言ったこと、本当なんでしょうか……」
三角座りした膝の上に顎を乗せ、オリビアは呟く。目尻にはひと雫の涙が浮かんでいる。
「知り合いだからと、油断していました。まさかこんなことになるなんて……」
顔を埋めた彼女の肩が小刻みに震えだす。
そんな彼女の隣にそっと、俺は腰を下ろした。
「すまない、俺の責任だ。俺がライトとの約束を守ってここにいてやればよかった」
顔を埋めたまま彼女はふるふると首を振る。
「オラクさんのせいじゃありません。わたしの危機意識が低かったばかりに……」
ぎゅっと布団を握る手が強くなる。
これはよくない傾向だな。自分を責めてしまっている。
「いいか、よく聞いてくれ。絶対にオリビアは悪くない。絶っっ対にだ」
ピタリとオリビアの動きが止まった。
「…………」
「オリビアが責任を感じる必要は全くない。被害者が悪いだなんて、そんなことあるものか」
静寂が場を支配する。やがてそろそろと、彼女の細い指が俺の手の甲に伸びてきた。
「…………握ってくれませんか」
「怖くないのか?」
「もちろん怖いです。男の人に触れられるのは」
「じゃあ――」
「でも、オラクさんなら大丈夫です」
震える声でそんなこと言われたらさすがに断れないな。
俺は窓の外に浮かぶ月を見上げて一つ息を吐いてから、力強くオリビアの手を握りしめた。
震えを抑え込むように、彼女の不安を受け止めるために、恐怖を和らげるために。ぎゅっと。力強く。
改稿が完了しました。