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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-O その時は刻々と近づいて


 オリビアとライトが中枢魔法協会セントラルの存亡を巡る話し合いを終えてから間もなく一ヶ月が経とうとしていた。


 この僅かな期間に、二人の長兄アルベルトは数々の改革を実施してきた。大幅な減税、農地改革、経済特区の選定等々、国民のことを考えた政策がほとんどだ。

 中でも特筆すべきは貴族制度の撤廃を宣言したことだ。彼は貴族制度こそエントポリス王国に不幸をもたらす最大の要因であると断じ、貴族に認めていた徴税権を剥奪したのだ。


 当然反発は大きかった。五大貴族のうちの二つが反旗を翻し、その他有力貴族もこれに同調。軍事行動に出たのだ。

 国王の座に就任して日が浅いアルベルトが動員可能な兵力は、聖魔導騎士団とドラゴニカ家所属の軍隊。単純な兵力で言えば二つの五大貴族の合計には及ばない。下馬評では二つの五大貴族を中心とする連合軍が勝利するとのことであった。

 しかしアルベルト率いる王国軍は大方の予想を裏切り、連合軍を完膚なきまでに叩き潰した。


 この結果に国民は歓喜し、貴族は戦々恐々とした。


 少しでも反抗する素振りを見せれば、いつ自分達が潰されるか分からない。

 戦いの結果が知れ渡ってからは、貴族はただ自分達の特権が剥奪されるのを黙って見ているしかなかった。

 権力は失いたくないが、家系が途絶えることだけは避けたい、と。



「反乱を起こした貴族たちも間抜けだよね。元々ドラゴニカ家の力は王族に次ぐほど強大だって言われてたのにさ」


 ルナがドルトンに硬化魔法を教わっている様子を眺めながら、ここ一ヶ月の出来事を振り返っていると、ライトが肩を竦めた。



「そうは言っても、連合軍側の戦力は王国軍の四倍だ。まさか負けるとは思わないだろう」


「まあね。兵力差のこともあって、結局はアルベルト兄さんの名を高めることにしかならなかったわけだ。兄さんが“竜伐者(ドラゴンスレイヤー)”だっていう世間の噂の信憑性が増したね」


 真の“竜伐者(ドラゴンスレイヤー)”であるライトは嬉しそうに笑う。

 名声には興味のない男だしな。兄に面倒事を押し付けることができるとでも思っているのだろう。



「それにしても……中枢魔法協会セントラルを聖魔導騎士団に統合するという発表はいつになったらされるのでしょうね?」


 俺と同じようにルナの様子を眺めていたオリビアが首を傾げる。



「そろそろ発表されるんじゃないか? 水面下での交渉も終わった頃だろう」


「交渉もそうだけど、何より五大貴族を二つ潰したからね。このタイミングがベストだと思うよ。強大な軍事力を誇る五大貴族に圧勝したという事実は反抗する意欲を削ぐことになるだろうし。アルベルト兄さんのことだから、あえて発表のタイミングを遅らせ、貴族の反乱を誘ったのかもしれない」


 確かにその可能性は高そうだ。


 貴族を打ち負かす前に中枢魔法協会を騎士団に統合するという話を出せば、協会の猛反発は避けられなかっただろう。武力衝突すら厭わないはずだ。

 しかし五大貴族を潰した後であれば、極力武力衝突は避けようとするだろう。


 まあ協会のSランカー(トップ)がどう思うのかにもよるが。



「上にはお前達の口からも統合する件を伝えてあるのか?」


「はい。Sランクの方二人に伝えました。一人は革命の動乱の際、命を落としてしまったようなので……」


 そういえばSランカーは元々三人いるんだったな。


 安らかに眠ってくれればいいのだが。



「一人は統合されることに憤っていたけど、もう一人は微妙な反応だった。交渉を経て二人がどんな結論に至るのかは不透明だね」


中枢魔法協会セントラルが統合されるのを受け入れる可能性もあるということか。もしそうなったらどうする?」


「トップが受け入れたらどうしようもないね。アルベルト兄さんの前では啖呵を切ったけど、協会の管理者がいなくなったら組織の維持は難しいだろうし」


「つまり、騎士団に加入すると?」


「それだけはない」


 きっぱりとライトは断言する。



「騎士なんていう堅苦しい仕事だけは断固拒否するね。……姉さんが入団するならもちろんついていくけど」


 オリビアのことを第一に考えているのは相変わらずか。


 俺が苦笑してる間にライトは続ける。



「もしトップの方針で協会は存続させないとなったら、魔王軍にでも入れてもらおうかな」


「はあ!?」


 遠くから大きな声が飛んできた。いや、声だけでなく声の主も飛んできた。



「なんであんたが魔王軍に入るのよ! アタシは嫌だからね!」


「おっと、これは意外だ。てっきり君とは打ち解けたと思っていたんだけどな」


「……え? いや、えっと……」


「まあ何にせよ、決定権は君じゃなくてオラクにあるから」


「うっ。……で、でもっ! あんたがアタシより下の立場にいるのもなんか変な気持ちがするっていうか……」


「大丈夫。最低でも四天王以上のポストは用意してもらうから」


「はぁああっ!!?」


 ルナは先ほどよりもさらに大きな声を張り上げる。

 ……少しうるさいな。耳鳴りがするぞ。



「ご、傲慢にも程があるでしょうよ!」


「何で? 四天王は実力さえあればなれるんじゃないの?」


「そうだけど……!」


「じゃあ傲慢でも何でもないじゃん。僕に実力があるのは事実だし。訊くけど、僕が四天王に負けたことがあった?」


「むむむむ」


 ルナは腕を組んで悔しげに唸る。


 実際ライトの実力は群を抜いている。そこは否定のしようがないからな。



「あ、そうだ!」


 突然ルナは手を叩いた。



「お兄ちゃん、【西の魔王】に本来の心を取り戻してもらう方法なんだけど、さっきいい考えが思いついたのよ」


 何かと思えばルシェルのことか。この前オリビア以外の者にも協力を頼んだからな。

 このタイミングで述べてきたのは、ライトと言い争っても勝てないと悟り、話題を変えたかったのだろう。



「聞かせてくれ」


「【西の魔王】を一発ぶん殴るっ!!」


 音を鳴らして妹の拳が空を切った。


 当人は得意げな笑みを浮かべるが、周りはただ唖然とするばかりだ。



「……君の脳みそは筋肉で構成されてるの?」


「失礼ね! そんなわけないじゃない!」


「いや……だって、普通思いつかないよ。そんな馬鹿みたいな考え。ねえ?」


 同意を求めるようにライトはこちらを振り向く。



「正直答えようがないな」


「ほら」


 肩を竦めるライトにルナは頬を膨らませる。



「アタシだって適当に言ってるわけじゃないわよ。ねえドルトン?」


 そう言って振り向けば、ドルトンがこちらへ歩み寄りながら頷いた。



「マズハ【西の魔王】がドレダケひどいコトをしてるカ思い知らセル必要ガある。ソノためニハ殴るノがイチ番」


「罪悪感を取り戻してもらうということか?」


「うん、そうすれば少なくとも、お兄ちゃんを振り向かせるためだけに争いを起こすのはやめてくれると思うの」


 そりゃあ正常な思考であれば争いなんて起こさないとは思うが。



「やっちゃいけないことをしたら叱って、教えて、時には罰を与える。こうして善悪の判断を身につけるものでしょ?」


 確かに筋は通っている。

 もし、ルシェルの倫理観が退化しているのだとすれば。幼子に諭すような感覚で接すればいいのかもしれない。


 だが――。


 チラリとライトが一瞬だけこちらに視線を向けた。



「あまり乗り気じゃないってさ。やっぱりオラクは甘い男だよね」


「何も言ってないんだが」


「じゃあ僕の言ってることどこか間違ってた?」


「いや……」


「ほらね。まあゆっくり考えようよ。結論を急いで事態を悪化させるわけにもいかないし」


「……そうだな。悪いルナ、ドルトン。せっかく考えてくれたのに」


 ゆっくりと二人はかぶりを振る



「気にしないでいいよお兄ちゃん。また考えるから」


「オデも、モット考ル」


 言って、二人は硬化魔法の練習に戻る。


 少ししてからハルバードがやってきた。



「サタン様、【南の魔王】が到着しました」


「分かった。今行く」


 服の皺を伸ばし軽く身だしなみを整える。


 俺はドラゴニカ姉弟に向かって言った。



「お前たちも来るか?」


「えっと、何をするんですか?」


「ルシウスと鍛錬だ。ユリアとの一戦から俺は水の使い手に弱いことが分かったからな。少し前から魔界一の水魔法使いに相手をしてもらっているんだ」


 一考してオリビアは頷いた。



「じゃあわたしも見学させてもらいます。何か学べることがあるかもしれませんから」


「僕はいいや。各領最高戦力の鍛錬に興味はあるけど、ルナの面倒見なきゃだし」


 そう言ってルナの方へ歩いていく彼の背中を見届ける。



「俺たちも行くか」


「はい」


 くるりと向きを変え、俺は一歩踏み出した。


 

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