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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-L 存在意義


 アルベルト兄さんに物申すため人間界へやって来た僕と姉さんは、衛兵の案内で王宮内にある応接間へ向かっていた。

 真新しい戦いの痕が残る建物の中を見渡しながら進んでいくと、目的の部屋に到着した。衛兵が去っていくのを見届けてから扉に向き直る。中からは大きな魔力が三つ漂ってきていた。



「アルベルト兄さんとユリア姉さん、あとは……聖魔導騎士団の団長かな?」


 大きく息を吸って魔力の匂いを確かめる。


 たぶん、団長で合っている。

 彼とは一度だけ顔を合わせたことがある。遠い過去のことなので記憶があやふやだけど、その時に嗅ぎ取った匂いと相違ない。


 オリビア姉さんと顔を見合わせてからドアノブに手をかける。部屋の中へ入れば、予想通りの3人が座っていた。

 ソファの中央に兄さん。その右手には珍しく鎧を脱いでいるユリア姉さん。反対側には白髪の混じったこげ茶色の髪を短く切りそろえた、筋骨隆々の男性が座っている。



「どうぞおかけ下さい」


 アルベルト兄さんに促されるまま、僕たちは対面のソファに腰掛ける。



「まるで僕たちが来るのを予見していたかのような余裕っぷりだね」


「ええ、まあ。貴方達が来ればすぐ報告するよう部下達には伝えてありましたので。報告を受け、すぐに応接間に駆けつけた次第です」


「ふーん、まあどうでもいいや」


 そんなことより紅茶が飲みたいな。客に飲み物も出さないとは失礼な。


 まさに僕がそんなことを考えていると部屋の扉が開き、給仕の女性がカップを運んできた。ふわりと漂ってくる微香が鼻をくすぐり、思わず頬が緩む。

 ふとアルベルト兄さんと目が合えば、目元が微かに笑っているような気がした。



「ユリアが嫁いだ国で栽培されている茶葉を使った紅茶です。口に合えばいいのですが」


「……まあ、そこそこなんじゃない?」


 本当はそこそこなんかじゃなくて、普通に美味しかった。でも兄さんの手の上で転がされているようで悔しいので、僕はせめてもの抵抗をしておいた。


 しばらくの間、お茶を啜る音だけが響く。

 僕がカップを置いて一息つくと、アルベルト兄さんが口火を切った。



「さて、そろそろ本題に入りましょうか。あれだけ生家へ戻ることを拒絶していたライトがわざわざ足を運んだのですから、何か話があるのでしょう」


 兄さんの鋭い視線が僕を射抜く。

 頃合いかな。



「うん。中枢魔法協会セントラルのことでちょっと聞きたいことがあってね。ユリア姉さんから聞いたんだけど、協会セントラルを潰すんだって?」


「潰すというと語弊がありますね。正確には聖魔導騎士団に統合する、という話です」


「どっちでも同じことだよ。で、潰す理由は?」


中枢魔法協会セントラルにかける予算が国庫を圧迫しているからです。この国には無駄な制度や組織が多すぎる。不必要な出費を減らすため、そのような組織は統廃合すべきとの考えに至ったまでです」


 ここまではユリア姉さんに聞いた話とさして変わりない。ここから更に一歩、踏み込む。



「確かに無駄な制度や組織は多いかもしれない。でもだからといって潰す必要はないんじゃないの? 予算が国庫を圧迫しているって言うんなら、協会セントラルへ回す予算を減らせば済む話だ」


「ライトの言うことも一理あります。しかし最大の問題は予算ではなく、指揮系統が曖昧だということです。王立魔法機関を例に取ると、聖魔導騎士団、勇者養成学園、中枢魔法協会セントラルの3つの組織があります。これらは全て国王直属という扱いになっていますが、末端の者まで指令が行き渡るには多大な時間を要します」


 眼鏡の位置を調整し、兄さんは続ける。



「その他の組織も責任の所在が曖昧であったり、指令が行き渡りにくいことがあったりと、迅速な動きができなくなっていることが多々あります。このように非効率な体制ではいざという時この国を守ることなどできないでしょう」


 一通りの説明を受け、悔しいけれども僕は返す言葉がすぐには見つからなかった。

 確かに指揮系統が曖昧だというのは的を射ている。市民の陳情が上へ届きにくいのもそれが一因であるし、凶悪な魔物が発生した場合に誰が対処するのかといった問題がある。例えばルナが初めて人間界に来た際、魔物を操って自分の身を守っていたけれど、その魔物には協会セントラルの人や騎士団の人が入り乱れて対処していた。当然違う組織の人が居合わせればチームワークなんてあったもんじゃない。


 兄さんの意見はもっともだ。でも……。……でも、すんなり頷けるわけがない。協会セントラルを潰してしまったら、姉さんがわざわざ騎士団へ入るのを拒んでまで協会に入った意味がなくなっちゃうじゃないか。



「自分も協会セントラルを騎士団に統合することに何も感じないわけではありません。貴方達がせっかく掴んだ居心地のいい場所なのですから、とても心苦しいです。しかし貴方達二人と大勢の民を天秤に掛けた時、どちらが重いのか。この国の統治者となった今、答えは明白です」


 言い終えると兄さんは紅茶を一口含んだ。


 どう反論したらいいのか。打つ手がない僕はチラリとオリビア姉さんを窺った。



「……仮に中枢魔法協会セントラルを聖魔導騎士団に統合したとして、中枢魔法協会セントラルが今までこなしてきた仕事はどうなるのでしょうか?」


 僕の意志を汲んでくれた姉さんはゆっくりと口を動かす。するとアルベルト兄さんの左手側に座っていた聖魔導騎士団の団長が口を開いた。



「防衛や討伐等の戦闘関係は騎士団の仕事として引き続き取り組んでもらうが、国民の陳情とかあ行政部に回す。今までも行政部が対処していたのと協会が対処していたのがあるからなあ。これを機に国民の声の収集口を一つに纏めるってことさな」


 彼があごひげを撫でながら言うと、オリビア姉さんが微かに身を乗り出した。



「でしたらやはり、中枢魔法協会セントラルは存続させるべきだと思います。協会セントラルの存在意義は、国民の声をすくい上げること。今まで協会セントラルはよろず屋のようにありとあらゆる問題に対処してきました。行政部に意見を言うより協会セントラルに依頼した方が確実に、かつ迅速に解決してくれる。そのような信頼と実績があるんです」


 姉さんの気迫に団長はやや気圧されたようだ。顎から手を離さないままアルベルト兄さんの横顔をチラリと伺う。



「うーむ、一理あるかもしれんが……」


「行政部への信頼がなかったのは、腐敗した上層部が問題の対処を怠っていたため。行政部も刷新し、真摯に仕事に取り組んでもらうことで協会に寄せられていた信頼も得られましょう」


 団長の言葉を兄さんが遮った。



「協会では雑用や調査・採集等の仕事もあったかと思いますが、これも然るべき団体に委託し分業を確立させます。こうすることでより生産性も増しますので」


 兄さんは抑揚のない声で淡々と言う。


 理路整然と言葉を並べられると返す言葉に困るな。これだから秀才は嫌いだ。


 僕がぼんやりしていると、やはりオリビア姉さんが反論を述べた。



「お兄様の言っていることも理解できるのですが、それは統治者側から見た意見ではないでしょうか? 分業を確立させれば確かに責任の所在も明確になり、生産性も向上すると思います。ですが国民の目線から見れば、今までは何事も中枢魔法協会セントラルに頼めばよかったものを、案件ごとに違う部署へ相談しなければならなくなります。今までよりややこしくなり、面倒に感じるのが自然です」


「大して労力を費やすことではないでしょう。それに、実際にやってみなければ分からない」


 アルベルト兄さんも兄さんで、やはり毅然と言い返す。議論は平行線を辿る一途だ。



「実際にやってみて、失敗したらまたやり直せばいい。ああだこうだと屁理屈を並べ、何も実行しないのが最も愚かなことです。行動に移さなければいつまで経っても国を改革することなどできません。……オリビアなら分かってくれると思っていたのですがね」


 兄さんがため息をつくと、流石の姉さんも言葉に詰まったようだ。気まずそうに視線を逸らして俯いてしまった。


 これはもう、アルベルト兄さんを説得するのは無理だろう。


 割り切った僕は紅茶を飲み干し、ゆるりと腰を上げた。



「大義の信念に基づいているだけあって兄さんの言っていることは正論だけどね、一つ言わせてもらうよ。人間は理屈じゃない。感情で動くんだ。それが理解できない限り、人との距離を縮めることなんてできやしない」


 オリビア姉さんも立ち上がるのを待ってから踵を返す。と、ずっと黙って話を聞いていたユリア姉さんがパチパチと大仰に手を鳴らした。



「ご高説恐れ入ったよ。流石私の弟だ。今まで聞いたどんな言葉よりも心に響いた」


「……馬鹿にしてるの?」


「くっくっく、何を勘違いしている。本当に感動したのだ。真綿が水を吸い込むかのように、すんなり飲み込めた」


「あっそ」


「っはははははは、そっけないな! 私が人を褒めることなど滅多にないぞ? もっと喜べ」


「悪いけどちっとも嬉しくないね」


 感情を込めずに言い放ち、扉に手を掛ける。



「アルベルト兄さんが何と言おうとも僕たちは意見を変えるつもりはないし、兄さんも考え直す気配がない。こうなったらもう、どちらかの主張を貫く手段は一つしかないよね」


「……できればそれだけは避けたいものですが」


「僕だって嫌だよ。でもオリビア姉さんのためだ。姉さんのためなら僕はどんな苦労も厭わない」


 そう言って僕は姉さんと共に部屋を出る。そしてふと、扉を見つめた。

 防音のための分厚い扉は、さながら僕とアルベルト兄さんの距離を示しているかのようだ。


 かぶりを振ってゆっくりと歩み出す。


 バタン、と、心の扉が閉ざされる音がした。


 

 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます!


 先週は突然の休載となってしまい申し訳ありませんでした。最近目の回るような忙しさのためなかなか執筆する時間を取れず、今回のような形になってしまいました。

 来週もまた忙しいため、次の更新は2週間後の2月7日とさせていただきますので、ご理解よろしくお願いします。


 また来月の中旬から1ヶ月間台湾へ短期留学するため、2月中旬から3月中旬にかけては隔週更新、あるいは1ヶ月完全に休載という形になるかもしれません。分かり次第ツイッターや活動報告でお知らせします。

 読者の皆様にはご迷惑をおかけすることをお詫び申し上げます。


 それでは今後とも『【白】の魔王と【黒】の竜』をよろしくお願いします!

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