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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-Y 交差する想い


 ――同じ頃、人間界――



 王都内の一角にある小さな家に、金色の団子髪の女騎士がやって来た。白銀の瞳を持つ彼女は【清明】の二つ名を持つドラゴニカ家長女・ユリアだ。


 彼女が入り口の戸を叩くと中から赤毛の女性が出てきた。



「やあアリス。数日ぶりだな」


「誰かと思えばユリアじゃん。なーしに来た?」


 勝ち気な笑みを浮かべた赤毛の女性――アリスは扉にもたれかかる。



「少し話をしに来た」


「話ぃ?」


「兄上からスカウトだ。兄上の後釜……すなわち聖魔導騎士団の副団長にならないか?」


「断るっ!」


 ユリアが提案して間もなくアリスは拒否の意を示した。



「っはははははは、即答だな!」


「あたりまーよ。ユリアだって分かってるでしょ?」


「さてな」


「あーしはもう富とか名誉とかに興味がない。今更騎士に戻るつもりはなーよ」


 やはりか、という風にユリアは肩を竦めた。



「このまーも言ったじゃん、あーしは王国側にも魔族側にもつかないって」


「くっくっく、あくまで中立を貫くというわけか」


「そうだっ」


「と、言う割には魔族に肩入れしすぎな気もするがな。まあいい、兄上にはきっぱり断られたと伝えておこう」


 踵を返し立ち去ろうとした彼女の腕をアリスが掴んだ。



「待って。そーいやまだ礼を言ってなかったっ!」


「礼?」


「ユリアのおにーさんからの指示もあったのに、あーしの頼みを聞いてくれたじゃん。セラフィスのこと、見逃してくれてありがとう」


「くくはははっ! 何かと思えばお前の恋人のことか。なに、礼などいらん。親愛なる友のためならどんな苦労も厭わない」


 ユリアは声を上げて屈託無く笑う。


 これが彼女ではなく彼女の父のように性根の腐った人間であれば、アリスの弱みにつけ込んでいたことだろう。

 頼みを聞いた見返りに騎士団への入団を迫らないところは彼女の性格の清らかさに依るものである。このような性格も彼女の二つ名が【清明】である所以である。



「ふっふっふ、ユリアは器が大きい。何か返してあげなーと」


 微笑んだアリスは一考し、ユリアに耳打ちした。



「あーたに見合う相手を探してあげようか?」


「っははははははははは! 遠慮しておこう。理想の相手くらい自分で見つけるさ」


「そうは言ってもユリアの理想は高いじゃん。『ユリアよりも強い男』なんてめったにいなーよ」


「見つからなければ独身を貫くだけだ。恋と剣に妥協は禁物だからな」


「ユリアがそう言うならいいけど。まあ何か困ったことがあったらいつでもあーしのとこに来なよ」


「ああ。頼りにしているぞ、親友。とりあえず今日はこの辺りで失礼する。またな」


 抱擁を交わし、ユリアは凛とした姿で去っていった。



 * * *



 王宮へ戻ってきたユリアは一直線に国王の執務室へ向かった。アリス・クロノフルトに副団長の座を拒まれたことの報告と、気になることを兄に訊くためだ。

 途中すれ違う衛兵達に挨拶をしながら進んでいくと、やがて細かな彫刻が施された扉の前にたどり着いた。彼女が扉の傍らに佇んでいた男を無視して扉を開けようとすると、その男に手を掴まれた。



「姉貴、今は入室禁止だ」


 そう言って立ち塞がったのは、逆立つ金髪に燃えるような橙色の瞳を持つ男――ドラゴニカ家次男・オーガだ。


 彼の言には触れず、ユリアは鼻で彼を笑い飛ばした。



「くくはははっ、牢獄の警備の次は兄上の警護か。そんなに警備が好きだとは、お前も物好きだな」


「なっ……! 誰が好きで警備なんかするかよっ!! 兄貴に言われたんだから仕方ねぇだろ!」


「確かにな。そんなことよりそこをどけ。邪魔だ」


「あっ……おい姉貴! 今は入室禁止だって――」


 必死に止めようとするオーガを振り解きユリアは扉を開ける。

 部屋の中を見れば、二人の男女がそこにいた。一人は眼鏡を掛けた金髪の男性、ドラゴニカ家現当主・アルベルト。もう一人は濡羽色の髪を揺らす妖艶な魔族、【西の魔王】ルシェル・ミロ・トリチェリーだ。

 真剣な眼差しで話し合っていた二人はユリアに気づくと、ピタリと口を閉ざした。



「私が入ってきた途端話を止めるとは、あまりいい気分がしないな」


 言葉通り彼女は表情を険しくする。その背後から焦ったようにオーガが顔を覗かせた。



わりい兄貴、オレぁ止めたんだけどよ」


 あたふたと弁明する彼をユリアは鋭い眼光で睨みつける。



「外せ。邪魔だと言っただろう」


「け、けどよ……」


「オーガ、一旦外へ出て下さい。どうやら話があるようですから」


 助け舟を求めて兄に視線を向けたオーガだったが、アルベルトにも退室を指示され渋々と去っていった。



「できれば【西の魔王】も外してほしいものだが」


 棘を含んだ声調で言い放ったユリアとルシェルの視線が交差する。

 やがて根負けしたようにルシェルも部屋を出ていった。



「話し合っていたところをすまない。兄上に直接聞きたかったことがあるものでな」


「構いません。ところで貴方に頼んでいた件は……」


「ああ、アリスのことか。きっぱり断られたよ」


「そうですか、分かりました。副団長の座は他の方を検討しましょう。それで、聞きたいこととは?」


 さして気にする素振りを見せず、アルベルトは淡々と口を動かす。

 話を促されたユリアは「相変わらずだな」と一言挟んでから本題に入った。



「三つの王立魔法機関を統合する件についてだ。以前から引っかかってはいたが、ライトに指摘され改めて思った。本当に中枢魔法協会セントラルを騎士団に統合する必要があるのか?」


 来たか、という風に眼鏡の位置を調整し、アルベルトは小さく息を吐く。



「兄上の考えている数々の改革はどれも理に適ったものだ。だがその件だけはいまひとつ腑に落ちない。統合する理由にどうしても穴があるように思えてな。基本的に兄上の政策に異を唱えるつもりはないが、こればかりは納得のいく説明が欲しい」


「理由は以前伝えた通りです。王立魔法機関の一角を担う中枢魔法協会セントラルへの給金は国庫から行っていることは周知の通りです。その額が莫大であることも教えたでしょう」


「しかし、給金額を減らせば済む話ではないのか? ライトらと対峙した時は何とか誤魔化せたが、次会った時にそれを指摘されると返答に困る」


「もちろんそれに対する答えも用意してあります。近いうちにライトやオリビアが訪ねてくるでしょうから、その際にまとめて説明します」


 求める説明が聞けず素直には頷けなかったが、後ほど聞けるのならばとユリアは渋々「分かった」と呟いた。



「わざわざ時間を取らせてすまなかった。【西の魔王】との話の最中だったろう、すぐ呼んでくる」


「ええ、そうしてくれると助かります」


「可能なら私も話し合いに参加したいものだがな」


「淫らな内容だったとしてもですか?」


「くくくくく、まさか兄上が冗談を言う日が来るとはな! 腹筋が割れてしまうではないか」


「既に割れているでしょう」


「くくはははっ、違いない!」


 彼女は快活な笑い声を響かせ部屋を出る。右手を見れば、いびきをかくオーガの傍らにルシェルが佇んでいた。

 ユリアが顎で扉を指し示せば、ルシェルがゆるりと歩を進める。そしてユリアのすぐそばを通り抜けようとした瞬間――



「…………どういうつもりさあ」


 トン、と壁に刀が突き刺さった。ルシェルの首まで寸毫というところで白刃が煌めいている。


 途端に剣呑な雰囲気が漂い始めた。



「それはこちらのセリフだ。オーガを眠らせ、中で何をしようとしていた」


「けひひっ、答える必要のない質問だねーぇ」


「先ほども私が入室した途端に話を止めていたな。そんなに聞かれるとまずい内容か?」


「さて、どうかなあ?」


 ルシェルは刀を掴み、ぐっと押し戻す。透き通るような手のひらからは血が滲むが、それには全く気も止めない。



「先日も言ったはずだ。これ以上兄上を籠絡するならば斬って捨てると」


「そんなつもりはないさあ。それにさっきの質問、そっくりそのままあんさんに返すよぉ。アタイを追い出して、中で何を喋っていたのかなあ?」


「ふん、戯れ言を。どうせ聞いていたのだろう」


 ユリアはルシェルの指先を見やる。そこからは不気味に光る細い糸が伸びていた。



「けひひひっ、バレてたのかあ。でもどうせ聞かれると分かっているなら、アタイを追い出す必要はなかったんじゃないのかなあ?」


「いいや、お前を外に出したのは話を聞かれるのを危惧してのことではない。兄上の本心を聞くためだ。お前がいては本心を隠される恐れがあるからな」


「ふーん?」


「さあ、質問に答えてもらおう」


 ユリアが力を込めれば刃がより深くルシェルの手のひらに食い込む。が、ルシェルは痛みなど感じていない様子で空いている方の手をスッと伸ばした。



「――“地獄蝶の鱗粉”」


 キラキラと輝く粒子が彼女の指先から漂ってくる。危険を察知したユリアは咄嗟にその場を飛び退いた。



「……少し吸い込んでしまったか」


 ぼやくと同時に猛烈な眠気がユリアに襲いかかる。

 うまくいったとばかりにルシェルはほくそ笑んだが、すぐに彼女の笑みは消えた。


 ――眠気に抗うため、ユリアが自分の手のひらに刀を突き刺したのだ。



「っく……くく、くくははは。舐めるなよ【西の魔王】」


 刀を引き抜いた彼女は口角を上げる。



「私は未だにお前を信用していない。納得のいく答えを得られるまで引き下がるつもりは毛頭ないぞ」


 刹那、辺りから一切の音が消え去る。やがて一滴の雫が落ちる音が聞こえた。



「――“明鏡止水”」


「――“蜘蛛糸架線堤シュピネンゲヴェーベ”」


 甲高い音が響き渡る

 双方の手元で、水のヴェールに包まれた刀と蜘蛛の巣状の糸が火花を散らした。



「けひひっ、血の気の多いことだねーぇ」


「勘違いするな。私が刀を振るうのは家族と正義のためだ」


「それは大層なことだあ。じゃあここは一つ、あんさんの愛する家族の力を借りることにしようかなあ」


 ルシェルが不気味に微笑むのに同調するように扉が開く。部屋の中からは、呆れた様子のアルベルトが顔を見せた。



「騒がしいと思ったらまた決闘ですか。貴方達も懲りないですね」


「けひひっ、アタイは争う気なんてさらさらないよぉ。ユリアが一方的に仕掛けてくるのさあ」


 アルベルトを招き寄せたルシェルは誘惑するように腕を絡ませる。



「ユリア、いい加減彼女のことを認めて下さい。大事な協力者なのですから」


「たかが“協力者”だ。家族でもない者をそう易々と認められるものか」


 不満げに言いつつも、ユリアは刀を収め踵を返す。



「今日のところは兄上に免じて引き下がるが、ゆめゆめ忘れるなよ【西の魔王】。少しでも義に背くようなことをすれば、容赦なく裁きを下す」


「けひひひっ。怖い怖い」


 彼女は最後にルシェルを睨みつけると、手のひらから血をしたたらせながら王宮の奥へと消えていった。


 

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