Side-O 【穿空】の恋人
俺が目を覚ましてからしばらくすると、四天王の面々とハルバード、ドラゴニカ姉弟が集まってきた。
何があったのかと思えば、どうやら俺はまる一日眠っていたらしい。
「皆、心配をかけて悪かったな」
軽く頭を下げ、ついでにルナの顔も伺う。
思っていたほどやつれてはいないな。良かった。
「もう二度とこんな失態は犯さない」
「そうしてくれると助かるよ。僕なんて心配で心配で夜しか眠れなかったんだから」
言いながらライトは椅子を寄せて腰掛ける。
「申し訳な――いや普通に寝てるじゃないか」
「まあね」
彼は悪びれもせず肩を竦める。
正直それくらいの反応をしてくれた方が気が楽でいい。
「そんなことよりセラフィスの話を聞こうよ。今後鍵になる情報が得られるかもしれないし」
「セラフィスの?」
「ほら、恋人がどうとかって」
ああ思い出した。ユリアがそんなことを言っていたな。
「セラフィス、個人的な話に踏み込んでしまうが、少し聞かせてくれないか。お前の恋人についてユリア・ドラゴニカから気になる話を聞いたんだ」
できれば個人的なことには触れたくないのだが、今回は事情が事情だ。もしユリアの言っていたことが本当なら色々と懸念が出てくる。
セラフィスを見やり彼が口を開くのを待つ。険しい表情で沈黙を貫いていた彼はやがておもむろに口を開いた。
「……わざわざ尋ねてきたということはもう知っているのであろう。彼女の名はアリス・クロノフルト。王妃を守護する騎士団の元副団長であり、数年前まで国王直属の諜報部隊の長を務めていたようだ」
「それは直接聞いたのか?」
「騎士団のことについては。諜報部隊のことは吾輩が自分で調べた」
「じゃあお前には隠していたというわけか」
「いや……言い出せなかったのだ。当然のことであるが、お互い諜報部隊の長であるということを隠して近づいた。どちらも統治者に近しい立場であるゆえ有益な情報を引き出せると考えたのだ。しかし任務のために近づいたはずが、気づけば互いに惹かれ合っていた。結局吾輩も彼女も真の身分を明かせぬまま今日まで至ったというわけだ」
言いにくそうに彼は俯く。と、ここでライトが口を挟んだ。
「まさかセラフィスがオラクの期待を裏切るような真似をするなんてね。忠義に篤い男だと思ってたんだけどな」
「……何だと?」
ピクリとセラフィスのこめかみが動いた。
「だってそうでしょ。人間の中でも有力な人物と交際していたのにその人物の情報を報告していなかった。それって大問題じゃないの。彼女の正体を知らなかったのなら話は別だけど」
「無論、彼女から得た情報は魔王陛下に報告していた。あまり多くの情報を引き出せなかったことは事実であるが、期待を裏切るつもりなど微塵もない」
「『彼女から得た情報』って言ったって、どうせ差し障りのない情報でしょ」
指摘され、セラフィスはぐっと押し黙る。図星か。
「そんなもの集めようと思えばいくらでも集められる。それにね、一番の問題は今も一つだけ重要なことを隠しているってことだよ」
「まだ隠していることがあるのか?」
そう問えばセラフィスの肩が跳ねた。視線をずらしていけばライトだけでなくオリビアも事情を知っていそうな顔をしていた。
「クロノフルト家は王国五大貴族のうちの一つ。アルベルト兄さんに王位が移ったからこれからどういう立場になるのか不透明だけど、決して無視できない存在だ」
「……それは……」
弁明しようとしたのだろうが、続く言葉が見つからず、彼は目を落とした。
確かにライトの言うように、五大貴族であるという情報を伏せていたのは問題だな。
「セラフィス、顔を上げろ」
だがセラフィスの気持ちも大いに理解できる。五大貴族だという情報を伝えれば、恋人がいいように利用されてしまう恐れがあると危惧していたのだろう。俺もセラフィスの立場だったら同じようにしていたかもしれない。
「俺が魔王に就いた際、俺はお前の忠誠心を買って四天王に任命した。今もそれは揺るぎないと信じている。ただお前にはそれ以上に守りたいものがあった。違うか?」
何と返したらいいか答えあぐねているようだ。彼は言葉を絞り出そうと口を動かしているが、音となって出てくることはない。
「思えば、お前は冷酷そうに見えて人一倍情に篤かったよな。だからアリス・クロノフルトの件も、感情を優先させた結果俺に報告しなかったというのなら、俺はお前の決断を尊重しようと思う。それに彼女のおかげで“魔王の糸”は全員無事に帰ってくることができたんだ。彼女にも、彼女と交際しているお前にも、むしろ感謝したい」
ハッと息を呑む音が聞こえた。
「サタン様、それはいかがなものでしょうか。“魔王の糸”が帰還できたことは結果論であって、任務に私情を挟むなど言語道断です。けじめは必要でありましょう」
「もちろん最低限の処分は受けてもらうさ。ただ厳罰を科す必要はないだろうって話だ」
「魔王の君がそう思うんだったらそれでいいんじゃないかな。僕が魔王だったらそれ相応の処罰は覚悟してもらうけどね」
そう言ってライトは肩を竦めたが、ハルバードだけはまだ不服そうだ。
何か言いかけた彼の言を、ずっと黙っていた四天王のドルトンが遮った。
「オデ、難しいコトよく分からナイ。デモ、恋人を大事にスルことハ正しいト思ウ」
「だ、そうだ」
「……皆【穿空】の味方というわけですか。仕方ありませぬな、今回ばかりは目を瞑りましょう」
セラフィスのことを軽く威圧すると、ハルバードは黙り込んだ。
「さて、セラフィスの処遇の程度が決まったことだし、次の話題に移ろう」
手を鳴らし空気を変える。
このままでは少々セラフィスの肩身が狭かろう。
そう思って俺が次の話題を口にしようとすると、ライトから静止がかかった。
「もう少しだけ話したいことがある。アリス・クロノフルトはユリア姉さんの友達らしい。向こう方を説得するために、一緒に交渉のテーブルについてもらうことって可能かな?」
交渉?
眉を顰めた俺とセラフィスのセリフが被った。
「アルベルト兄さんは王政改革の一貫として中枢魔法協会を聖魔導騎士団に統合するらしい。僕としては何とかそれを止めたいんだよ」
チラリと彼はオリビアに目を向けた。
そうだ。ユリアからそのことを聞いた時、ライトはオリビアのために激昂していた。絶対に姉の居場所は奪わせないと。
「ユリア姉さんは協会がエントポリス王国に不平等をもたらす一因だと断じていた。冷静になって考えてみれば、それは正しいと思う。でもだからといって存在そのものをなくしていいとはならない。わざわざ潰さなくても制度を改革すれば済む話だし」
同意するようにオリビアが頷く。
確かに俺も同じことが気になっていた。
中枢魔法協会の制度、より具体的に予算が国庫を圧迫しているというのであれば、制度を改革して予算を削減すれば済む話だ。無論協会の抵抗は避けられないだろうが、存在そのものを無くすよりは反発を抑えられるはずだ。
自由な気風に魅せられ協会員となった者達が、果たして今更規則の厳しい騎士団に入ることを良しとするだろうか。
そんなことを考えながらセラフィスの返答を待っていると、彼は一考してからライトの方へ向き直った。
「難しいと思われる。中枢魔法協会を聖魔導騎士団に統合する理由に穴があるのは確かだが、アリスは協会に思入れがあるわけでもない。貴公の姉の友というのであれば、むしろそちらの考えを支持するのではないだろうか」
「そっか。まあダメ元だったしいいや。で、オラク、次の話題って?」
きっぱりと諦め、ライトは俺に話を戻してきた。
「話題というか少し訊きたいんだが、ライトとオリビアはこれからどうするんだ? 黙って騎士団に編入するつもりはないんだろ?」
「当然、アルベルト兄さんに物申すよ。三つの王立魔法機関を統一するなんて考えたのは兄さんだろうからね。王宮へ乗り込んで直接説得する」
「わたしもお兄様と話し合おうと思います。中枢魔法協会が果たしている役割を理解してもらえれば考え直してくれるはずです。協会員の報酬を減らすことには賛成ですが、協会自体は存続すべきですから」
二人ともやるべきことは決まっているようだ。ならば俺は手助けをしてやろう。
「じゃあ早いとこ人間界へ向かおう。といっても俺の怪我が完治するまでは待ってもらうが」
「いやいいよ。僕たちだけで行く」
「大丈夫なのか? もし何かの拍子に戦闘に発展したら……」
「問題ない。僕がいる」
「もちろんお前の実力は把握している。だが相手は俺を打ち負かしたユリアだぞ? それに金髪眼鏡の戦闘力も未知数だ」
「大丈夫だって。いざとなれば逃げ出せばいいんだから。それに最近、誰にも負ける気がしないんだよね。ま、君は治療に専念してなよ」
自身に満ち溢れた表情で言われると何も言い返せない。
まあライトが大丈夫と言うのなら大丈夫か。
二人だけで行くというのなら好きな時に行けばいいと言おうとすると、ルナがライトの袖を軽く引っ張った。
「ねえ、アタシとの約束忘れたわけじゃないわよね?」
「うん。帰ってきてから鍛えてあげるよ」
「絶対だからね!」
「分かってるよ」
そっとルナの手を振り解き、ライトは立ち上がる。オリビアに一声掛けた彼はドアノブに手を掛けた。
「それじゃ、早速行ってくるよ」
「えっと、皆さん失礼します」
ペコリと頭を下げ、二人は退室していった。