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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-L 束の間の平穏


 気を失ったオラクを魔王城へ連れてきてから、一日が経過した。


 もう昨日はとんでもない騒ぎになった。東の魔王領を統べる長が満身創痍で、しかも気絶して帰ってきたのだ。そりゃあ皆驚くだろう。

 僕と一緒にオラクを連れてきた姉さんも顔面蒼白になっていたけど、一番酷かったのはルナだ。周囲の目もはばからず大号泣していた。気を失ってるだけ、と説明しても一向に嗚咽は収まらず、眠気が涙を収めてくれるのを待つしかなかった。


 今彼女はオラクの横に椅子を寄せ、眠っているはずだ。


 サタン兄妹が寝息を立てている部屋の外にある椅子に腰掛け、僕は一枚の紙をぼんやり眺めていた。

 どれくらいそうしていただろう。ふと視線を感じて顔を上げれば、銀髪の少女が扉から顔を覗かせていた。



「おはようルナ。どうしたの」


「え……? あっ、おはよ。扉を開けたらあんたがぼーっとしてたから何してるのか気になっただけよ。それ、任意可変魔法陣だっけ? ライトのお兄さんにもらったやつよね?」


「うん、そうだよ」


 指摘された紙を懐にしまって僕は立ち上がる。



「なんか元気なさそうね」


「ちょっとね。縁を切ったつもりなのにまだ家族に囚われているんだなって。関わりたくなくても巻き込まれる。こんなのはもううんざりなのにさ。でもまあ、君ほどじゃないよ。顔、酷いことになってるよ?」


「余計なお世話よ!」


 これ以上家族の話をするのも嫌なので皮肉を込めて言い返すと、彼女はプイとそっぽを向いてしまった。



「洗ったほうがいいんじゃないの」


「だから余計なお世話――」


 途中でルナが口を噤んだ。

 振り向けば、血のような赤い髪を揺らす魔族、セラフィスが近づいてきていた。



「おはようセラフィス。オラクに用かな?」


「うむ、容態を確認しに来たのだ。それにルナ殿とライト殿は昨日から魔王陛下に付きっきりではないか。貴公らと交代する目的もある」


「僕はただぼーっと座ってただけだよ」


「む、そうであったか。しかし少しは休憩されよ。健康に良くないであろう」


 ルナを見やりながらセラフィスは言う。


 確かにルナの様子を見る限り気分転換は必要だ。部屋にこもりっぱなしは良くない。



「じゃあお言葉に甘えて。ルナ、行こう」


「アタシはいいわよ」


「そんなこと言わないで、ほら」


「いいって言ってんでしょ! 何なのよさっきから!」


 彼女は泣き腫らした目でこちらを睨んでくる。

 いつも以上にピリピリしてるような気がするな。



「ああもう面倒くさいなあ」


 口で言っても分からないならば、と僕はルナの手を強く引いた。



「ちょ、ちょっと! 何するの――」


 言いかけた彼女の唇に人差し指を当てて言葉を遮る。



「うるさくしてごめんねセラフィス。オラクの面倒を頼むよ」


「うむ」


「あ、あと君には訊きたいことがあったから、オラクが目を覚ましたら僕と姉さんのこと呼んでくれる?」


「承知した」


「それじゃまた後で」


 セラフィスに手を振り、僕はルナを連れ出す。部屋の外に出た途端逆らう気力を失くしたようで、彼女は黙ってついてきた。


 城外へ出た僕はルナの手を放してやった。



「ルナはいつも落ち込んだ時どうしてるの」


 身体をほぐしながらそう問いかけてみると、彼女は怪訝そうに眉をひそめた。



「どうって……身体を動かしてるけど?」


「やっぱり。そんなことだろうと思ったよ」


「それがどうかしたの……ってまさか、試合してくれるの?」


「うん」


 僕が頷いてみせると彼女の表情が少し明るくなった。



「珍しいわね。どういう風の吹き回し?」


「どうって、ルナの悲しむ顔が見たくないだけだよ」


「えっ?」


 素っ頓狂な声を上げたルナの耳が朱に染まった。



「落ち込んだ気分ってのは連鎖するじゃん。落ち込んでいる本人だけじゃなくて周りまで暗くしちゃう。そういうの嫌いだからさ、ルナには笑顔でいてほしいなって」


「そっ、そうよね! う、うん、わかってたわよ!? ライトが暗いのが嫌いってことくらい! とっ、特別な理由があるわけじゃないわよね」


「? どういうこと?」


「なんでもないっ!!」


 耳だけでなく、顔まで熟れたリンゴのように真っ赤になった。


 どうしたっていうんだろう。まあどうでもいいか。



「だいたいそんなくしゃくしゃになった顔をオラクに見せるつもり? 責任感の強いオラクのことだ。ルナを悲しませてしまったって責任を感じちゃうよ」


「うっ」


「身体を動かして気分転換して、顔を洗ってさっぱりして。明るい笑顔を見せてあげるのが一番なんじゃないかな」


「……うん」


「分かってくれた? それじゃ始めよっか」



 ◆ ◆ ◆



 数分の戦闘の末、どさりとルナが膝をついた。



「やっぱ強いわねあんた」


「そりゃね。四天王に負けるようじゃ“竜伐者ドラゴンスレイヤー”の名折れだし」


 軽く冗談めかして言えば、ルナはきゅっと表情を曇らせた。



「『四天王に負けるようじゃ』……か。ねえ、どうしたらもっと強くなれる?」


「おっと、気を悪くしたなら謝るよ」


「別にいいわよ、四天王が力不足なのは本当のことだもん。そうじゃなくて強くなれる方法を教えてくれない?」


「何でそんなこと知りたいの」


 “どうしたら強くなれるか”。そう問うてきた理由については尋ねるまでもない。でもしっかりとルナの口から聞いてみたかった。



「お兄ちゃんを守るため。もう、お兄ちゃんのあんな姿は見たくない。次同じ相手――ライトのお姉ちゃんと戦うことになったら、絶対にアタシが守る」


 凛と、覇気の込められた瞳が僕を射抜く。

 それはどこまでも紅く、輝かしかった。


 いつ以来だろう。姉さん以外の瞳を綺麗だと思うなんて。



「分かった。君の熱意に敬意を表して手助けをしてあげよう」


「本当に!? やった、ありがとう!」


 彼女は破顔した勢いで僕に抱きついてきた。



「ねぇ、僕のこと誰かと勘違いしてない?」


「え? どういう――っ! ち、ちがう!! 今のは事故!」


 状況を把握し、ルナは慌てて僕から離れた。



「うん、だから誰かさんと間違ったよねって」


「間違ってないもん! ただ感情に合わせて自然と身体が動いちゃっただけであって……。あんただってわかってるでしょ!? アタシのこと!」


 顎に手を当てて一考する。

 確かに相手がオラクの時に限らず、常に感情と直結した行動をとっていたような気がする。



「まあいいや。とりあえず今のオラク以上に強くなればいいよね」


「え? いや……そんなに強くなれるかしら?」


「なれるよ。君は才能がある。それにユリア姉さんからオラクを守るんでしょ? だったらオラクより強くならないと。あの実力でも敗北しかけたんだから」


「う、うん、そうね」


「もちろんオラクだって今のままってわけにはいかないだろうけどね。オラクが先に進めば、君も前に進めばいいだけだ。ずっと同じことを繰り返しているうちに、自分でも驚くほどの実力が身につくはずだよ」


 そう諭して微笑みかけると、念話装置であるブレスレットが振動した。


 セラフィスからだ。



『はい』


『ライト殿であるか。こちらはセラフィスだ。魔王陛下が目を覚ました』


『分かった、すぐに向かうよ』


 魔力回線を遮断して、ブレスレットを耳から離す。



「オラクが目を覚ましたってよ」


「本当!?」


「うん。すぐ行こうと思うんだけど動ける?」


「もちろんよ!」


 勇ましく足を踏み出したルナは、ふとこちらを振り向いた。



「あの、本当にありがと」


「何、お安い御用だよ。僕もユリア姉さんに勝てるか分からないから、ルナと鍛錬することは僕にもメリットがある」


「うんん、そうじゃなくて。元気づけてくれてありがとうって意味よ」


 ああ、そっちのことか。まあいずれにせよ、大したことじゃない。



「ライトに言ったのと同じようなことをハルバードにも言ったばかりだったのよ。ニュマルと約束したから、この領地もお兄ちゃんもアタシが守るって。なのに言ったそばからお兄ちゃんがあんな姿になって帰ってきたでしょ。力不足なのはわかってたけど、アタシも行くべきだったのかなってすごい後悔してたの」


「後悔することないよ。君は亡き四天王の遺志を汲んで領地を優先させたんだ。その選択が正解だったかどうかは別として、恥ずべきことは何もない。胸を張りなよ」


「……うん、はっきり言ってもらえるとうれしい。ライトが外に連れ出してくれなかったら、きっと今も後悔でふさぎ込んでたと思う。本当にありがと」


「どういたしまして」


 なんかむず痒いな。普段のルナみたいにツンツンしててくれた方がやりやすい。



「さて、心のメンテナンスも終わったことだし、さっさと顔を洗ってオラクに元気な顔を見せに行こう」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべたルナは足取り軽く城内へ駆けていった。


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