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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-O 魔王、窮地に立つ


 はらりと数本の頭髪が舞う。

 咄嗟に身をかがめた俺の頭上を刀がかすめたのだ。



「くくくくく、よく避けることができたな。流石は魔王だ」


「まあな」


 一旦距離を取って淡々と返す。しかし内心ではかなり焦っていた。


 剣筋がほとんど見えなかった。警戒の糸を張り巡らせていたにも関わらずだ。

 魔力はライトほどではないが、剣技に関してはライト以上かもしれない。



「――“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”」


 守勢に回っては危険だと判断し、俺は攻勢に転じる。

 両の手から放たれた死の焔は石畳を焦げ付かせながらユリアに迫る。



「――“無刃水尽壁むじんすいじんへき”」


 刹那、ユリアの手元が煌めいた。

 彼女の刀から無数の水の刃が出現し、それが重なり合って一つの障壁と化す。


 水の障壁にぶつかった“黒焔”は激しい蒸気を上げながら消え去った。

 だが無論、黙って見届けていたわけではない。

 俺は手元に四つの転移魔法陣を展開させ、黒い魔力を送り込んだ。



「――“四閻黒焔カトリエム・シュヴァルツ・フォイヤー”」


 厳かに術名を発すれば、ユリアの周囲にも四つの転移魔法陣が現れる。

 “無刃水尽壁”の内に展開された魔法陣からはおびただしい量の黒い焔が放出された。



「くっ……! ――“水脈円環”!」


 彼女は刀を一閃して円環状の刃を発生させるも、全ての焔を消滅させるには至らない。

 消火を諦めた彼女は地面を蹴って跳躍した。

 潔い判断が功を奏し、彼女は足につけてる防具の一部が焦げ付いただけで、大した傷を負うことはなかった。



「っははははは! 恐るべき威力だな。すね当てが焦げ付いてしまったぞ」


「そっちこそよく回避できたな」


 言いながら俺は肩の骨をゴリゴリと鳴らし、腕全体をほぐしていく。

 身体が凝り固まっていては魔力の流れも滞る。オリビアに教わったことだ。身体をほぐすことで堰が外れ、俺の魔法は一段進化を遂げる。



「次の攻撃もうまく避けれるといいな」


「くくはははっ、奇遇だな。私も同じことを考えていた」


 落下しながらユリアは刀を上段に構え魔力を充填していく。

 一方の俺は“黒焔”で魔法陣を描き、照準をユリアに向けた。



「――“死燦槍黒焔シュヴァルツ・イレイア”」


「――“五月雨縦一文字さみだれじゅういちもんじ”」


 俺の手のひらから死の焔を凝縮した黒い槍が放たれる。霊気の白い粒子を散らしながら、黒くきらめく槍は一直線にユリアへ迫る。

 対する彼女が振りかざした刀には深い青色の魔力がまとわりつき、長大な刃と化していた。


 勢いよく振り下ろされた刀に黒い槍がぶつかる。その瞬間、水でできた矢の雨が降り注いできた。

 “死燦槍黒焔シュヴァルツ・イレイア”と“五月雨縦一文字”の威力は互角。しかし矢が降り注いでくる分、こちらが不利だろう。


 俺は魔力の放出を止め、その場から身を引いた。



「なかなかやるな。やっぱりドラゴニカ家は化物揃いだ」


「くっくっく、賞賛の言葉として受け取ろう」


 軽やかに着地した彼女は勢いよく駆けてくる。俺は“黒焔”を放って足止めを狙ったが、彼女は構わず焔の中に突っ込んできた。



「はあっ!」


 焔の中から鋭い斬撃が繰り出される。

 俺は上半身を反らして躱そうとしたものの、間に合わず胸に深い傷を負う。だが向こうも“黒焔”によってその身を焼かれている。傷の度合いは同じくらいだろう。



「捨て身の攻撃をした以上、確実に仕留めるつもりでいたのだがな」


 ユリアは全身に水の鎧を纏って“黒焔”を消火させる。その間に俺は傷口に止血剤と麻痺薬を塗りたくった。



「さて、続きといこう」


 楽しそうにそんな言葉を発したユリアは先程よりも一段スピードを上げて駆けてくる。

 “黒焔”を放っても同じことの繰り返しになるだけなので、今度は瓶を彼女の足元へ投げつける。地面に叩きつけられた瓶からは気体が発生し、彼女の周囲を覆った。数秒もすれば全身が痺れ、ろくに動けなくなるであろう。

 ――しかし、俺の考えは物の見事に裏切られた。



「っ!」


 鈍るどころかむしろ鋭さを増した斬撃が繰り出されたのだ。


 初撃こそ刀の峰を打ち払って対処したものの、それ自体が意思を持っているかのように向きを変えて縦横無尽に動き回る刀の全ては対処しきれず、俺の身体には傷が増えて行く。

 致命傷だけは避けながら必死に頭を働かせていると、あることに気がついた。



「息を止めている……?」


 俺の呟きにユリアはただ口角を上げた。


 なんてことだ。息を止めながらこれだけの動きができるとは。確かに息を止めれば揮発した薬を吸い込まなくて済むが、だからと言って実践する者がいるとは思わなかった。



「だが、長くは保たないだろう」


 いくら長く息を止められるとはいっても、永遠に止めていられるわけではない。必ず限界が訪れよう。


 俺は次々に瓶を投げ、水の壁に覆われた空間内を魔法薬の気体で満たした。無論俺は使用する全ての薬に耐性があるので、痺れを起こしたりしない。

 自由に呼吸のできる俺と息を止めるしかないユリア。長期戦に持ち込めばどちらに分があるのかは明らかだ。流石に退くしかないだろう。


 鋭い斬撃に耐えながら様子を観察していると、彼女は足元に巨大な魔法陣を描いた。俺はそれが転移魔法陣であると信じて疑わなかった。ところがまたしても、事態は俺の予想の斜め上をいった。

 魔法陣からは夥しい量の水が噴き上がったのだ。


 “分水嶺”で区切られた空間内に水が充満していき、やがて一帯が完全な水中に変わる。


 これでは思うように動けない上、俺まで呼吸ができない。

 “分水嶺”の外に出なければ。そう考え転移魔法陣を展開したが、外の空間に繋がらなかった。どうやらこの空間内でしか転移できないようだ。


 ……これはまずいな。さっきからユリアは水属性の魔法しか使っていない。ということは、水中は格好の狩場じゃないか。

 ただ何の解決にもならないが、彼女の性格はなんとなく分かったような気がする。厳しい状況から決して逃げず、むしろ自ら進んで飛び込む。さらに相手も巻き添えにして同じ土俵で勝負する、といったところか。


 転移してユリアから距離を取りつつそんなことを考えていると、彼女の手元を中心に激しく渦巻く潮流が発生した。やがて鉄刀を手放した彼女の手には、海よりも深い藍一色の刀が握られていた。


 なんだあれは……。刀身の全てが水でできているのか? あんな魔剣――魔刀というべきか――初めて見た。何はともあれ油断禁物だ。こちらも仕掛けなければ。

 水中とはいえ、“死燦槍黒焔シュヴァルツ・イレイア”級の“黒焔”であれば放てるはずだ。


 魔法を放つため慎重に魔法陣を描いていると、周囲の水がゴポゴポと音を立て始めた。

 とっさに“黒焔”を全身に纏ったが、水中では存分に効果を発揮できなかった。



「っっ!!」


 全身が水の槍で串刺しにされる。あまりの痛みについ口を開けてしまい肺の空気が抜けていく。

 さらに今度は頭に鈍い衝撃が襲いかかった。再び俺の口から息が漏れる。

 描きかけの魔法陣も四散してしまった。このままでは――。


 頭に敗北の二文字が浮かびかけたその時、“分水嶺”の水面が真っ二つに割れた。水の壁も斬り裂かれ、空間内を満たしていた水が辺りに飛び散る。



「はあっ……はあっ……はあっ……。……ライトか」


 上空を仰ぎ見れば、背中から漆黒の翼を生やした金髪の少年がそこにいた。



「やあ。魔力の揺れが尋常じゃなかったから手を出させてもらったよ」


「そうか、助かった」


「まさか魔王の君がそんな傷を負っているとはね」


 何も言えず、俺はただ肩を竦めた。



「ライト、何なのだその姿は」


 代わりにいつの間にか藍色の刀を消していたユリアが問いかける。



「さあ? 自分でもよく分からないんだよ」


「まるで竜の翼だな」


「言われてみればそういう風にも見えるね」


 ライトはゆっくりと俺の隣に降り立つ。オリビアとフェルも転移してきた。



「“魔王の糸”だけど、ユリア姉さんが戦いに夢中になってる間に助けてきたよ。オラクを足止めしてたつもりなんだろうけど、逆にユリア姉さんが足止めされてたってわけ。滑稽な話だね」


「くくはははっ、そうかそうか、助け出されてしまったか。ではもう【東の魔王】と戦う理由はないな」


 高らかに笑ってユリアは踵を返す。



「どうして見逃したの?」


 脈絡もなくライトが言うと、ユリアは足を止めた。



「何のことか分からないな」


「とぼけても無駄だよ。ユリア姉さんが王宮へ向かう僕たちをわざと見逃したことは分かってる。本当に“魔王の糸”を救出させたくないなら、僕たちのことも転移できないように“分水嶺”に閉じ込めればよかった。でも完全に外と遮断されてた空間はユリア姉さんとオラクがいたとこだけだった。そんなお粗末、ユリア姉さんがするわけない」


「買い被りすぎだ」


「いいや、ただの客観的な事実を述べてるだけだよ。買いかぶってなんかいない」


「魔王と遊びたかったと言えば納得するか?」


「それも理由の一つなんだろうけど、他にもあるよね」


 彼女はのらりくらりと躱そうとするが、ライトがそれを許さない。とうとう観念したか、ユリアは大きな溜め息を溢した。



「王都内の間諜を一掃すると知った朋友から懇願されたのだ。『“魔王の糸”は見逃してくれ』と」


「……え……? 何で……?」


 皆、ライトと同じように首をかしげる。

 なぜ魔族を庇おうとするのか。その友人は魔族だとでもいうのか?



「先に言っておくが、彼女は魔族ではない。純粋な人間だぞ」


「じゃあどうして」


「東の魔王軍四天王【穿空】、セラフィス・リュードベリの恋人の名を聞いたことがあるか?」


「いや……」


「アリス・クロノフルト。元白百合騎士団の副団長にして、前王直属の諜報部隊の長だ。【穿空】の恋人こそ、私に懇願してきた朋友というわけだ」


「なっ」


 一同の瞳が驚愕に染まる。



「朋友の願いを無下にするわけにもいかない。しかし兄上の頼みも断りたくはない。そこで【東の魔王】を利用させてもらったというわけだ。

 偶然魔王と出くわし、交戦した。魔王の相手で手一杯だった私は他の人物が“魔王の糸”を救出しに行ったことに気がつかなかった。立派な筋書きだろう?」


「手一杯って言う割にはオラクの傷が多すぎるような気もするけど」


 チラリとライトがこちらに目を向けた。


 実際今現在もじんじん痛む。



「っはははははは! 気のせいだろう。まあともかく、これで朋友と兄上、双方の期待には答えることができた。一度潰しはしたが、無事救出された以上“魔王の糸”は見逃したも同然だろうからな。ああそうだ、さっきは殺したか拷問にかけたと言ったが、あれは嘘だ。安心しろ」


「……アルベルト兄さんの頼みには背いてるような気もするけど?」


「いいや。兄上に頼まれたのは間諜の一掃。王都から間諜がいなくなりさえすればいい。捕虜達も一度捕らえるまでは私の仕事だが、その後のことは知らん。もし逃してしまったのだとしたら、それは警備に当たっていたオーガの責だ」


 屁理屈のようだが、確かに友人の願いも金髪眼鏡の頼みも履行している。誰も文句は言えないだろう。



「さて、これで満足か?」


「あ、うん」


「では私はこれで失礼する。またな」


 ひらひらと手を振り、今度こそユリアは去っていった。



「……ユリア姉さんも掴みどころがないな……って、オラク大丈夫? 随分顔色が悪いけど――って、ちょ!」


 緊張の糸がほつれ、蓄積されたダメージと疲労が一気に襲いかかってきたのだろう。ふいに膝をついた俺は目の前が真っ暗になった。


 

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