Side-L 救出
「――“閃光一文字”っ!」
突如行く手に立ち塞がった水の壁目掛け、魔剣を一閃する。
水の壁は一瞬瓦解しかけたものの、すぐ元に戻ってしまった。
「くそっ!」
炎の魔力を打ち込むも、音を立てて消えてしまう。当然といえば当然の結果だが。
ユリア姉さんの刀を起点として発生した水の壁によって、僕は他のメンバーと分断されていた。姿が見えないため他のメンバーが全員一緒にいるのかどうか定かではない。ただ魔力の揺らぎを見る限り、どうもオラクとユリア姉さんが交戦中のようだ。
どうしたものかと手をこまねいていると、すぐ近くの空間が歪み、オリビア姉さんが姿を現した。
傍らにはフェルも佇んでいる。
「姉さん! 良かった、無事だったんだね」
「ええ。フェルもこの通り、無傷です」
「オラクが交戦してるみたいなんだけど」
「そのようですね」
「オラクも回収して帰る?」
「そうしたいのは山々なのですが、オラクさんの所だけうまく転移魔法陣を繋げられないんです」
実際に姉さんは魔法陣を展開して見せる。すると確かに魔法陣は数秒と保たずして四散してしまった。
「なので、王宮へ行って“魔王の糸”の方々を助けようと思います」
なるほど、それは妙案だ。
オラクがユリア姉さんを足止めしている――あるいは逆の見方もできるかもしれないが――現状、王宮の守りは緩くなっているだろう。
それに正確な日付がどちらなのかは分からないけど、革命が起きたのは昨日今日の話だ。王宮内の混乱はまだ収まっていないことも考えられる。
総合的に考えて成功率は高いように思う。
「なかなかいい案だと思うよ。ユリア姉さんにバレないうちに行っちゃおうか」
「はい」
オリビア姉さんは一息で足元に大きな魔法陣を展開する。僕とフェルがその上に乗ると、魔法陣は強い輝きを放った。
「いざ王宮へ」
◆ ◆ ◆
――魔界・東の魔王領――
ライトらが諍いに巻き込まれている頃、ルナは魔王城の地下修練場で汗を流していた。
その様子を微笑ましそうにハルバードが眺めている。
魔法人形相手に基礎運動を終えたルナはくるりとハルバードの方を振り向いた。
「お兄ちゃんたち、もう“魔王の糸”を見つけたかな?」
「さてどうでしょうな。流石のサタン様といえども、十分やそこらで見つけ出せるとは思えませぬが」
「そっかあ、じゃあしばらく我慢ね」
水筒の水でたっぷり喉を潤わせた彼女はハルバードを手招きする。
「ちょっと相手してもらってもいい?」
「勿論でございます」
彼は壁に立て掛けてあった烏羽色の杖を手に取りルナの正面に立つ。
「組手の前に一つ。気を悪くされたら申し訳ないのですが、サタン様について行かなくてよろしかったのですかな?」
「うん。ニュマルと約束したから。ニュマルが大好きだった東の魔王領はアタシが守るって。でも今のアタシの実力じゃ守れない。この前の戦いだってライトが来てくれなかったら危なかったし。だから、この領土も、街の人たちも、お兄ちゃんのことも。全部守るために鍛錬しなきゃいけないなって思ったの」
感心したように頷き、ハルバードは笑みを深めた。
「それは素晴らしい心がけでございますな。では微力ながらじぃがお力添えをして差し上げましょう」
彼がトンと杖を鳴らせば、似せ紫色の刃が現れる。
それを合図にルナは疾駆した。
◆ ◆ ◆
王宮へ到着してから十数分。探せども探せども地下牢らしきものは見つかっていなかった。
「これだけ広ければ当たり前っちゃ当たり前か……」
慌ただしく駆け回る騎士たちを眺めながら呟けば、ふと姉さんが立ち止まった。
「姉さん?」
そして何を思ったのか近くを通りがかった騎士を呼び止める。
何かを伝えられた騎士は慌ててかしこまり、姉さんと僕に敬礼をしてきた。
「わたしたちがドラゴニカ家の人間だと伝えました。地下牢まで案内してくれるそうです」
「なるほどね、さすが姉さん。頭が切れる」
僕はともかく、姉さんの顔は聖魔導騎士団にも広く知れ渡っている。確認らしい確認もされなかったのはそのためだろう。
姉さんの機転で騎士の案内を受けた僕たちは、無事地下牢に辿り着いた。
「さて」
“魔王の糸”隊員が幽閉されている牢獄まで案内してもらうと、僕は騎士のうなじに手刀を打ち込んだ。
どさり、と騎士が崩れ落ちる。
「案内してもらったのに悪いね」
形だけの謝罪をして彼を壁に寄せる。
オラクみたいに睡眠薬を持ち歩いていればいちいち気絶させなくて済むんだけどね。こればかりは仕方がない。
周りを見渡して見張りに気づかれていないことを確認し、僕は牢獄へ向き直った。
「やあ、初めましての人もいると思うけど、助けに来たよ」
言いながら檻に両手を添える。渾身の力を振り絞って引っ張ると、ほんの少しだけ檻が歪んだ。
「さすがに素手じゃダメか」
少し考え、腰の剣を引き抜く。同時にフェルが気を利かせて風の結界を張ってくれた。
これで音が漏れる心配はない。
「【分裂剣】」
魔剣の銘を呼び、その効果により全く同じ形の魔剣を複製する。僕は二本の剣を構え、静かに息を吐いた。
「――“閃光二文字”」
ひと思いに魔剣を振り抜く。と、檻は為す術もなく斬り裂かれた。
僕が満足げに頷いている間、幽閉されていた隊員たちは一様に目を丸くしていた。
一体何に驚いているんだろうね?
「転界魔法の準備が整いました。皆さん、こちらへ」
姉さんの手招きに彼らはハッと現実に帰る。
順番に牢獄から出て来た隊員たちは口々に感謝の気持ちを述べ、世界と世界を繋ぐ扉へと消えて行った。
「僕たちも一旦オラクのところに戻ろうか」
姉さんが頷き、フェルが結界を解除したその時。
「おっと、そこにいるのはライトとオリビアじゃねぇか」
人を小馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきた。辺りを見渡して、声の主を見つける。
「オーガ兄さんか。久しぶりだね。謹慎処分はもう解けたの?」
僕の視界に映ったのは、逆立つ金髪に燃えるような橙色の瞳を持つ男性。二人いる兄の年下の方、オーガ・ドラゴニカだった。
「フハハッ、あったりめーだろうが。何せオレぁ新たな王族になったんだからよ。誰もオレのことを縛れやしねぇよ」
「ふーん? 僕の持ってる情報が正しければオーガ兄さんはアルベルト兄さんに謹慎をくらったことになってるけど?」
軽く挑発してやれば、兄さんは苛立たしげに舌を鳴らした。
「お前ェ……どこでその情報を……」
「ちょっとね。知り合いに優秀な諜報員がいるものだから」
怪訝な表情を浮かべた兄さんは僕の背後を見て息を呑んだ。
「お前ぇ東の魔王軍を逃しやがったな! ……そうか、そいつらから聞いたのか」
「さてね」
こめかみに青い筋を浮き上がらせる兄さんは腰から橙色のオーラに包まれた剣を引き抜く。
「クソっ、せっかく捕らえた魔族を逃しやがって!」
「捕まえたのはオーガ兄さんじゃないよね」
「うっせえ! ンなことはどうでもいいんだよ! 迷惑だっつー話だ!」
「あ、そ。それでどうするのさ」
「決まってんだろ、ここで始末してやるよ」
闘気を研ぎ澄まし、兄さんは剣を正眼に構える。
「戦いは好きじゃないんだけど」
「知ったことか!」
飛びかかって来た兄さんを蹴り返し、僕は姉さんに耳打ちする。
「五秒で片付ける。姉さんはその間に転移の用意を」
「分かりました」
「フェルは周囲の警戒をお願い」
フェルも静かに頷く。
さて、さっさと片付けようか。
「オーガ兄さんも魔剣を手に入れたんだね」
「フハハッ、怖気付いてんのか? まあ無理もねえけどよ」
兄さんは勝手な解釈をして鼻を高くする。
「特別にこいつの銘を教えてやるぜ。魔剣グラセオラ。またの銘を【獅炎】。能力は――」
「悪いけど」
言葉を遮り、僕は一条の閃光と化す。
「興味ないね」
鮮血が舞った。
吐き捨てた僕は血を払い剣を収める。と、同時、全く反応できなかった兄さんは頰の端に笑みを残したまま床に沈んだ。
相変わらず弱い。
「お兄様大丈夫でしょうか……」
「心配いらないよ。ちゃんと手加減はした。気絶してるだけだよ」
「なら良かったです」
ホッと胸を撫で下ろし、姉さんはオーガ兄さんの傍に歩み寄る。そして静かに膝を折ると、兄さんを温かい光で包んだ。
回復魔法か。本当、姉さんは優しいなあ。
「これで一安心ですね」
「オーガ兄さんなんて放っておけばいいのに」
「そんなことを言わないでください。仮にも兄弟なんですから」
困ったように笑う姉さんを見て僕は口を噤んだ。
余計なことを言っちゃったな。これじゃ弟失格だ。
「ごめんなさい」
素直に頭を垂れると、姉さんは何も言わず僕の頭に手を乗せてきた。
うわわ、これは予想してなかったぞ。姉さんと触れ合うなんていつ以来だもう最高他のことなんてどうでも良くなってきたこのままいつまでも姉さんに撫でていてもらいたいあー幸せ。
「行きましょうか」
「どこへ?」
「もう……何をとぼけているんですか。オラクさんのところですよ」
「そうだった」
姉さんとフェルに続いて既に展開されていた魔法陣の上に乗る。
「もうオラクの方は決着ついてるかな」
ポツリと呟けば、視界が真っ白に塗りつぶされた。