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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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Side-O 竜の家の【清明】


 世界と世界を繋ぐ扉を抜けると、目の前には見慣れた建物がそびえていた。ライトの家だ。


 互いに顔を見合わせ全員揃ったことを確認したところで、俺は視界の端に異物を発見した。

 少し離れたところに白銀の瞳を持つ、金色の団子髪の女性が立っていたのだ。


 彼女は身につけた鎧を鳴らしながらこちらに近づいてくる。



「誰だ?」


 手のひらに黒い炎を灯らせながら問いかける。と、女性は足を止めて挑戦的に口角を上げた。



「お初にお目にかかる、【東の魔王】。私は【清明】、ユリア・ドラゴニカだ」


 彼女が名乗りを上げると、俺の両脇に控える姉弟は複雑な表情を浮かべた。フェルも低く唸る。


 彼女が“魔王の糸”を壊滅させたという人物か。



「なぜ俺が魔王だと?」


「単純な道理だ。手配書に描かれた姿と一致する。幻術で隠しているつもりだろうが、この【清明】の前にはあらゆる擬態が意味を成さない」


 くつくつと彼女は喉を鳴らす。



「しかし私の予想通りの場所に現れてくれるとはな。待ったかいがあったものだ」


「俺を待っていたのか」


「くっくっく、っはははははは! 何を勘違いしている。私が待っていたのはオリビアとライトのことだ」


 さっと、ライトは警戒心を顕に腰の剣に手を伸ばした。



「何しろ二人とは長いこと会っていなかったものでな。こうして久方ぶりに顔を見ることができて嬉しく思うぞ」


 “二人”という言葉に、俺は違和感を覚えた。


 ライトと会っていなかったというのなら理解できる。家族と半ば縁を切ったと言っていたから。

 しかしずっと家にいたオリビアとも久しぶりに会ったと言う。


 疑念が顔にも出ていたのだろう。ユリアと名乗った女性は俺と目を合わせて疑問に答えてくれた。



「10年ほど前、私は他国の王家に嫁いだのだ。エントポリス王国と比較すれば小国なれど、仮にも王家。束縛が厳しくてな。生家に顔を出すことすらままならなかった」


 なるほど、そういうことか。

 今になって思い出したが、以前オリビアが「二人の姉は他国の王家に嫁いだ」と言っていたな。



「じゃあ何で今、戻ってきてるの?」


「さてな。愛想を尽かして離縁したのかもしれないし、革命が起きて王家が滅びたのかもしれない」


 ユリアはしれっと言い放つ。


 こういうところはライトと似ている気もする。



「そんなことより、お前たち二人に話がある」


 「俺は?」と問う間もなく、「【東の魔王】は少し待っていろ」とピシャリと釘を刺された。



「この国の新しい王家は我がドラゴニカ家となったわけだが、国の顔として国民のために粉骨砕身働く覚悟はあるか?」


「それ、僕にも言う必要ある?」


「当然だ。お前もドラゴニカ家の人間ではないか」


「吐き気がするね」


 鼻を鳴らしてライトは吐き捨てる。



「書類上の姓はドラゴニカになっているけど、僕の魂はもうドラゴニカ家の人間じゃない。五大貴族の家に生まれたことが心底恥なんだ。今さら家になんて戻れるわけないだろ」


 オリビアの表情と、驚いたことにユリアの表情も曇る。

 滔々(とうとう)と毒のある言葉を並べられれば無理もない話か。



「ドラゴニカ家が唯一誇れることは、姉さ――オリビア姉さんが生まれてくれたことくらいだ。だから僕はもう、オリビア姉さん以外と関わるつもりはない」


「そうか。残念だが仕方ない。オリビアはどうするのだ?」


「わたしは……。よく、分かりません。働くといっても何をすればいいのか……」


「今までと変わらん。オリビアは中枢魔法協会セントラルの一員として、最も平民と近く接してきただろう。これからも、国と民との橋渡しさえしてくれればいい」


 “粉骨砕身”と言っていた割には易しい内容にも思えるが、オリビア以上の適任がいるとも思えない。彼女の能力を高く買っての提案だろう。



「橋渡し役はとても好きなので、今までと変わらないのであれば……えっと、頑張ろうと思います」


「ありがとう」


 にっこりとユリアは笑顔の花を咲かせた。



「もっとも婚約騒動の際に兄上が言ったようだが、お前の好きに生きればいい。家に束縛するつもりはないから、嫌になれば無理して続ける必要はない」


 なかなかどうして誠実な姉じゃないか。性根の腐った家とばかり思い込んでいたが、評価を改めなければならないな。



「そろそろ俺の話を――」


「今しばらく待て」


 おもむろに手を挙げると、またしても釘を刺されてしまった。


 まだ話が終わっていないのか。



「これが最も重要な話だ。よく聞け」


 ドラゴニカ姉弟の間で進められていく話に口を出すわけにもいかず、俺がフェルとじゃれ合いを始めようとした、まさにその時。

 ユリアの口から衝撃の事実が発せられた。



「今すぐにというわけではないが、改革の一貫として、兄上は中枢魔法協会セントラルと勇者養成学園を聖魔導騎士団に統合する。去る者は追わないようだから、その時までに騎士団へ入るかどうかよく考えておけ」


 オリビアとライトの目が丸くなる。



「どういうこと? ついさっきオリビア姉さんに『今まで通り国と民との橋渡しをしてくれればいい』って言ったよね!? なのに協会セントラルを騎士団に統合する!? わけ分からない!」


「くっくっく、相変わらずオリビア想いだな」


「僕の話を聞け!」


「まあ落ち着け。言葉通りだ。今まで通りやってもらうのは、国と民との橋渡し。協会セントラルに入っていなくともこなせる役割だ」


「そんなことはない。それにもし仮にそうだとしても、協会セントラルを廃止する理由にはならない」


「その点に関しては後々兄上から説明がある。お前たちにではなく国民に向けてだがな」


 ギュッと柄を握り締め、ライトは一歩にじり寄る。



中枢魔法協会セントラルは姉さんの居場所だ。それを奪おうというのなら黙ってられない」


「本当にそうか?」


 ユリアに指摘され、オリビアの眉が微かに動いた。



「お前たちの本当の居場所は、最近見つけたところではないのか?」


 オリビアとライト、二人の視線が一瞬俺に向けられる。



協会セントラルはお前たちの何だ? 帰る場所か? それとも仲間が待っている場所か?」


 ユリアは静かに息を吸って、容赦なく言い放つ。



「違うだろう。ただの金を稼ぐ場所に過ぎない。本当の居場所はライトの家か、あるいは……」


 彼女は意味ありげにこちらを見つめてきた。


 最後まで聞かずとも、彼女の言わんとしていることは分かる気がする。



「職ならばこちらで斡旋してやれる。それにオリビアはドラゴニカ家の名を捨てたわけではないのだ。わざわざ働くこともなかろうよ」


 ギリリという歯軋りの音が響いた。



「ユリア姉さんは何も分かっちゃいない。僕が中枢魔法協会セントラルに入ったのは確かに生活費のためだけど、オリビア姉さんは違う。国と民、あるいは貴族と平民との橋渡しをするために入ったんだ」


「だからそれは協会セントラルでなくともできると言っているだろう」


「そんなことはないって言ったよね」


 途端に肌を刺すような殺気が漂い始める。



「話の腰を折るようで申し訳ないが、質問してもいいか?」


 さすがにもう、黙っていろなんて言われないだろう。



「“魔王の糸”の隊員はどうした?」


「くくはははっ、愚問だな。殺したか、残りは投獄して拷問にかけたに決まっているだろう」


「牢獄は王宮内か?」


「さてな。知りたくばこの私を倒すことだ」


 物音を立てずに彼女も柄に手を添える。


 やるしかないか?



「ちょっと待ってよ。ユリア姉さんの相手は僕だ」


「くっくっく、戦いが嫌いではなかったか?」


「オリビア姉さんに関わることだけは別だ」


「ああ、知っているとも」


 刹那、ライトの姿がブレた。かと思えば、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。



「っははははは! 血気盛んなことだ」


「考えもなしにオリビア姉さんの居場所を奪うようなことを見逃すわけにはいかないからね」


「……考えもなしに(・・・・・・)だと? 義に篤い兄上が考えもなしに協会セントラルを廃止すると、本気で思っているのか?」


「じゃあ何か。大層な理由があるとでも?」


 舌打ちをしたユリアはライトの剣を打ち払った。



「兄上の気苦労が分からぬ童子が。お前はいくつになった」


「年齢なんてどうだっていいじゃん」


 彼女はますます苛立たしげに舌を鳴らす。



「大義を重んじ、国を憂う兄上が協会を廃止するのだ。その存在意義が薄いと感じたからに決まっているだろう」


「存在意義が薄いって何さ。姉さんが橋渡しをするのに、協会セントラル以上の機構なんて存在しない」


「ほざけ。協会セントラルこそ、この国に不平等をもたらす一因だと分からないのか? 仕事の内容は聖魔導騎士団と被っている部分が多い。にも関わらず、その平均年収には大きな開きがある。騎士団ですら国民の平均年収を大幅に上回っているというのにだ。大した働きもしない機構にかける国家予算はかなりのものだ。その一部を福祉に回せば一体どれだけの悲劇を救えると思っている」


 畳み掛けるユリアにライトは押し黙る。



「こうして事前に知らせただけでも感謝してほしいものだな」


「……それは…………」


「分かったらもう帰れ。弟に向ける剣を私は持っていない」


 険しい表情を浮かべながら彼女はライトから目線を逸らした。



「さて、お待たせしたな【東の魔王】。配下が囚われている場所を知りたいだろう?」


「まあな。魔力を探ろうかとも思ったが、どうもうまくいかないようだ」


 恐らく牢獄に魔力を遮断する結界でも張られているのだろう。



「では私と戦うか?」


「それが一番手っ取り早いんだろうが、あいにく力尽くで聞き出そうとするのは趣味じゃなくてな」


「くくくくく、【残虐】などと呼ばれながら温情なことだ。それで、どうするのだ?」


「自力で探すさ。だがその前に理由を聞きたい。なぜ“魔王の糸”を襲撃したのかをな」


「決まっているだろう。王都内から間諜を一掃するためだ」


 やはりそうか。予想していただけに驚きは全くない。


 納得した俺は足元に魔法陣を描き始める。



「どこへ行く?」


「“魔王の糸”隊員の救出だ」


「くっくっく、行かせると思うか?」


 ユリアが剣――いや、刃の反り具合からして刀か――を一振りすると切っ先から水の刃が射出された。

 咄嗟に飛び退いてかわしたものの、描きかけの魔法陣は崩壊してしまった。



「見逃してくれると思ったんだがな」


「相手が弟妹であればな。しかし相手はかの【東の魔王】だ。見逃すわけにはいくまい」


 口角を上げつつ彼女は地面に刀を突き刺す。



「――“分水嶺”」


 途端に刀を起点として水の壁が発生し、俺とオリビア、ライトとフェルの三人と一匹を分断する。

 手を伸ばしてみるも、地面から勢いよく立ち昇る水流に弾かれてしまう。


 ふと気づけばすぐ近くにユリアが立っており、刀を鞘にしまっていた。ただし、決して柄から手は離さずに。

 俺が警戒して“黒焔”の術式を練り上げると、不思議なことに辺りから一切の音が消えていた。少しして、チャポンという一滴の雫の垂れる音が聞こえた。




「――“明鏡止水”」


 

 オラクとユリアの書き分けが難しい。

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