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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第四章 大義を胸に抱いて
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プロローグ


 ――人間界――



「副団長、いよいよ準備が整いました」


 人間界最大国家・エントポリス王国の王宮内に位置する聖魔導騎士団の詰め所。その一室に、鎧を纏った一人の騎士が入ってきた。

 彼は仕事机に座っていた金髪眼鏡の青年に頭を垂れる。



「勇者養成学園の支援も取り付け、民衆の一部も蜂起することに同意してくれました。あとは副団長が声を上げるのを待つばかりです」


 眼鏡の奥に輝く黄金の瞳に確かな意志を込め、青年は頷く。



「分かりました。すぐにそのようにいたしましょう。貴方も持ち場へ戻り、その時を待っていて下さい」


「はっ! 失礼します」


 騎士は敬礼をして退室していったが、少し遅れて廊下から断末魔が響いてきた。

 青年が立ち上がると同時に扉が勢いよく開け放たれる。



「聖魔導騎士団副団長兼ドラゴニカ家当主、アルベルト・ヒッグス・ドラゴニカ! 貴様に国家転覆罪の容疑がかかっている。おとなしく中枢魔法協会セントラル本部まで来てもらおう!」


 そう言って青年――アルベルトの眼前に銀色の長剣を突きつけるのは、中枢魔法協会セントラルの頂点。たった三人しか存在しない、Sランクの称号を持つ男だった。


 本来国内の治安を取り締まるのは聖魔導騎士団である。しかし本件に関してはその副団長が容疑にかけられているため、中枢魔法協会セントラルのトップが国王から直々に指令を受け、こうして出向いてきたのだ。



「国王陛下に仕える身でありながら国家に弓引くとは愚かなものだ。父子揃って同罪で処罰される気持ちはいかがか?」


 小馬鹿にしたように鼻を鳴らすSランカーに微塵も動じず、アルベルトは毅然と言い返した。



「貴方は一つ勘違いをされている。聖魔導騎士団が仕えるのはこの国であって、断じて国王ではない」


「ふん、戯言を! 仮にそうだとしても、貴様が断罪されることに変わりはない」


「さて、それはどうでしょう」


 クイッと眼鏡の位置を調整したアルベルトから濃密な殺気が放たれる。

 常人であれば一瞬で気絶してしまうような重苦しい空気の中、Sランカーは口角を上げた。



「口封じをしようというわけか! 面白い、貴様のように脆弱な貴族ごときがSランカーに逆らうとどうなるのか、骨の髄まで思い知らせて―――っ!?」


 彼が鉄剣に魔力を注ごうとした瞬間、鮮血が舞った。

 一拍の間の後、キンと刃物を収める音が響く。



「我らがドラゴニカ家を他の凡百な貴族共と同列にするな。竜の名を冠する我らの血族に弱卒はいない」


 凛とした声にSランカーが振り向けば、金色の髪を後ろで団子にまとめた、白銀の瞳を持つ女性が立っていた。



「きっ、貴様は【清明】……!? なぜここに……」


「さてな」


 彼女はSランカーの背中を踏みつけ、冷徹に言い放つ。



「そんなことより、お前のように脆弱なSランカーごときが一人で乗り込んでくるとは気でも触れたか?」


「いつ、一人だと言った?」


 床に伏しながらもSランカーはニヤリと口角を上げた。


 途端に轟音が響き、部屋の壁という壁が吹き飛ぶ。

 裸になった部屋の外には、魔力を練り上げる戦士たちが十数人立ち並んでいた。



協会セントラルのAランカー達か」


「そうだ。いくら貴様といえど、これだけのAランカーを同時に相手はできまい!」


 形勢逆転とばかりに叫ぶ彼だったが、そんな彼を見て白銀の瞳の女性は突然抱腹し出した。



「くくくくく、くっくっく、っははははははは! 私も随分と舐められたものだ。なあ、兄上」


 そうアルベルトに同意を求めながらも、彼女は返事を待たずして続ける。



「役不足だ。並のAランカーが十数人では話にならん。オリビアとライトを連れてこなかったのは失敗だったな」


「何……!?」


 彼女は刀を引き抜き、水色の魔力を込める。



「――“水脈円環”」


 刹那、刀身がブレた。

 瞬きするよりも素早く刀を振るったのだ。


 周囲を取り囲んでいたAランカーたちが一人残らず倒れ、Sランクの男は目を剥く。



「馬鹿な……。協会セントラルの誇る精鋭たちが……一瞬で!?」


「お前は言葉が理解できないのか? 言っただろう、『役不足だ』と。私を倒したくばどこぞの魔王でも連れてくることだな」


「くっ……」


 絶望に打ちひしがれるSランカーを眼下に白銀の瞳の彼女は刀を構える。



「さあ、仮にもSランカーならば、最後の意地を見せてみろ」


「…………いいだろう。国家に弓引く貴様らを野放しにするわけにもいかない。ここで始末してくれるわっ!」


 堂々と言い放った男はゆらりと立ち上がる。

 背中の傷からはドクドクと血が溢れるが、それに構っている余裕もない。


 彼は足を踏み鳴らし、魔力を解放した。



「――“大山鳴動”!」


 彼が叫べば大地が震撼し、聖魔導騎士団の詰所のみならず王宮全体が激しく揺さぶられる。



「なるほど、揺れを発生させ機動力を奪おうというわけか」


「呑気に分析していられるのも今のうちだ! 今に貴様は泣いて許しを請うことになるぞ!」


「御託はいいから、早くかかってこい」


 挑発されSランカーの男は土色の魔力を練り上げたが、魔法を放つ間際のこと。彼の動きが止まった。


 白銀の瞳の女性の背後に信じられないものを見つけたからだ。



「な……、魔族……だと?」


 彼の瞳に映ったのは、頭部から黒い角を生やした、濡羽色の髪を持つ女性。



「けひひっ、面白い反応をありがとう♡ 【西の魔王】ルシェル・ミロ・トリチェリーだよぉ」


「まっ、“魔王”!?」


 完全に動きの止まったSランカーを尻目に、白銀の瞳の女性は背後に目を向けた。



「何の用だ」


「けひひひっ、そう怖い顔をしなさんなあ。ただ様子を見に来ただけだよーう」


「特段の事由がないならば立ち去れ。戦いの邪魔だ」


「連れないことを言うねぇ。せっかく協力関係にあるんだからもっと仲良くしようよぉ。あんさんの兄みたいにさあ」


 アルベルトを一瞥してから、彼女はルシェルを睨みつける。



「黙れ。これ以上兄上を籠絡するならばお前から斬って捨てる」


 途端に剣呑な雰囲気が漂い始め、Sランカーの思考が停止する。だがすぐに正気を取り戻し魔力を解き放った。



「ようやく隙を見せたな【清明】! ――“岩石連弾ロック・バレット”!!」


 濃密な魔力を伴った砲弾が女性に迫る。


 己の勝利を確信した男の考えはしかし、無情にも砕かれた。

 十数個の岩石が全て、粉微塵に斬り刻まれたのだ。



「……嘘だ……。なぜこれだけの揺れの中、不自由なく動ける……!?」


「何を勘違いしている。私は自由に動けてなどいないぞ」


「何?」


「足場が定まらない中、正確に狙いをつけるのは私とて至難の技だ。だからただひたすらに刀を振るい、私の間合い全てを斬り裂いた。それだけのことだ」


 理屈は通っている。しかしあまりにも常人離れした芸当だ。



「ついでに【西の魔王】も始末できればと思ったのだがな」


「けひひっ、怖い怖い」


 あっけにとられ、“大山鳴動”の術式が緩む。その瞬間、辺りから一切の音が消えた。



「――“明鏡止水”」


 静謐な声だけが響き、続いてチャポンと水滴の落ちる音がした。


 Sランカーは咄嗟に身構えたが、女性が姿勢を低くした以外特に変化は見られない。

 少なくとも彼の瞳にはそう映った。



「さすがですね」


 アルベルトが女性の側へ歩み寄り、称賛の言葉を口にする。



「達人に斬られた者は自分が斬られたことに気づかないといいますが、まさにその格言通りです」


「竜の家の血を引くだけのことはあるねーぇ」


「造作もないことだ」


 話についていけず、Sランカーは背を向けた三人を慌てて呼び止める。



「待て! 貴様ら一体何の話をしている!?」


「くっくっく、ここまで聞いて分からないとはな。お前の頭には糞尿でも詰まっているのか?」


「何だと―――っっ!!」


 言いかけ、ようやく男にも事態が理解できた。

 下腹部の違和感に気づいて視線を落としてみれば、うっすらと一本の直線が引かれていたのだ。



「貴様ら……。こんなことをして許されると思っているのかっ!? 王の勅命を受けた俺を手にかけることは、国王を手をかけるも同然だぞ!!」


「くくくくく、っはははははははは! お前こそ誰に物を言っている? 本来ならば一族郎党皆殺しにすべきところを、お前一人の命で許してやろうというのに」


「ほざけ! それは国王の命を直接狙った者に適用される刑罰であろう!」


「だから言っているのだ。お前は本当に頭の回転が鈍いな」


 蔑むような視線を向け、彼女は続ける。



「今日からこの国の正統な王は兄上だ。腐り切ったこの国は、我々ドラゴニカ家の手によって生まれ変わる」


 Sランカーの男が目を丸くするのと同時に、彼の身体が真っ二つに割れた。



「行きましょう。ルシェル、ユリア」


 物言わぬ屍となった男を尻目に、アルベルトは一歩踏み出す。






「腐り切った王政に、革命を」



 

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