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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
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Side-L 終戦と歓迎の宣言


 ルシェルという女魔族が消えた後。オラクは【北の魔王】トオル・オキシド・ピンクゴリラと暫定的な停戦協定を結び、後日【南の魔王】ルシウス立ち会いのもと正式に終戦協定を結んだ。

 北の魔王軍は飢餓を理由として戦争を始めたため、オラクから支援を表明されて戦う理由がなくなったのだ。


 アドルノスキーの事例の反省から両魔王の間には直接念話回線(ホットライン)が設置され、定期的に会談を行うことなどで合意に至ったらしいが、政治的なことなので詳しいことはよく分からない。

 とにかく北の魔王軍は撤退し、東の魔王領から戦火は取り除かれたということだけは確かだ。



「さて、そろそろ行くぞ」


 オラクの言葉に意識を現実に引き戻す。


 現在は戦争終結から一週間後。

 これからオラクは東の魔王領の民に向けて終戦宣言を発表し、ついでに僕と姉さんのことや地下街の人間のことなどもつまびらかにするらしい。で、僕と姉さんも大衆の前に顔を出せとのことだ。



「噛んだりしないでね」


「安心しろ。こういうのには慣れてる」


 垂れ幕をくぐってバルコニーに出ようとするオラクをからかってやると、割と強めに言い返された。

 慣れてると言いつつ緊張しているのかもしれない。


 いつまでもからかっていても仕方がないので僕も彼の後に続いてバルコニーに出る。眼下の広場には大勢の魔族が集結していた。身なりからして全員が魔王軍の兵士というわけでもなさそうだ。

 ざわめく彼らをゆっくりと見渡して、オラクは厳かに声を発した。



「皆、今日はよく集まってくれた。まずそのことに感謝を表する。ありがとう」


 彼が軽く頭を下げると聴衆たちのざわめきが徐々に収まってきた。



「今日集まってもらったのは、二つ。諸君に伝えたい事があったからだ」


 彼はうまく間をとって聴衆たちの関心を惹きつける。カッコ僕を除いて。

 そんな僕は面白いものがないか双眸に“竜眼ドラゴン・アイズ”を顕現させ視線を彷徨わせる。と、視界の隅に血赤色の髪が映った。何を隠そうセラフィスその人だ。おそらく幻術を使っているのであろう彼は後方から鋭い眼光で聴衆を睨みつけている。たぶん、監視をしているのだろう。


 皆が恐れ敬う魔王の眼前で怪しい動きをする輩がいるとも思えなかったが、とりあえず僕は心の中で「お疲れ様」と呟いておいた。



「まず一つ。先日この東の魔王領は北の魔王軍の侵略を受けた。四天王のニュマルが討ち取られるなど甚大な被害をこうむったが、彼女を始め東の魔王軍諸将の活躍により奴らを撃退することに成功した」


 形式上は和解ということであったが、四神将およびその補佐を撃破し、さらには【北の魔王】をも追い詰めたのだから東の魔王軍の勝利と言って差し支えないだろう。

 より民の支持を得られる表現を用いたオラクはまた一拍の間を置いて続けた。



「東の魔王領から戦火は払われた。もう、安心していい」


 瞬間、様々な感情がない交ぜになった歓声が響く。


 喜びに抱擁を交わす者、興奮して拳を突き上げる者、安堵の涙を流す者。

 共通しているのは戦争が終結して嬉しいという思い。


 皆が喜びを噛みしめる様子を穏やかな表情で眺めていたオラクは、空気が少し落ち着いたタイミングを見計らって口を開く。



「魔王軍の者も、そうでない者もよく耐えてくれた。本当にありがとう」


 労いの言葉に、幾人も感涙にむせんでオラクのことを見つめる。民の心はオラクに釘付けだ。


 見事な統率力・人心掌握術だね。某五大貴族の元当主の誰かさんにも見せてやりたい。



「そして二つ目に。先の戦争で地下街へ避難した者はもう知っていることと思うが、この領地には数多くの人間が住んでいる。魔王軍の者には馴染みが深いであろうこの二人も人間界からの客人――いや、友人だ」


 そう言って彼は僕と姉さんを指し示す。



「地下街で暮らす人間は人間界からの難民がほとんどだが、そこでは交易も行っていた」


 不思議と不平の声は上がらない。人間の存在についてはもう暗黙の了解みたいになっていたのだろう。



「今までは人間との交流を公にしていなかったが、今回彼らの存在が明るみに出たことをきっかけに、正式に人間の受け入れを表明したいと思う」


 異を唱える者は誰一人いない。ただただ柔らかい笑みを浮かべている。



「もちろんすぐに彼らを地上に移すというわけではない。彼らとて困惑するだけだろうし、場所の問題もある。まずは地上で魔族と人間、両種族の交易を行うところから始める。とはいえ種族間の諍いや、勇者の侵入をたやすくしてしまうなど懸念や問題は山積だ。軌道に乗るまで時間はかかるだろう」


 「それでも」と、オラクは一瞬姉さんと僕にそれぞれ目線を向けてから正面に向き直る。



「俺は人間と交流を深めたいと思う。彼らからは学ぶことがたくさんある。彼らは俺たちに新しい知識を、価値を、刺激をもたらしてくれると確信している」



 ◆ ◆ ◆



 オラクの演説――と勝手に言っていいものなのかわからないけど――は大成功だった。

 領民は僕たち人間を受け入れることを快く承諾してくれた。


 姉さんが夢見た人間と魔族が共存する社会。その第一歩を踏み出したと言える。

 これからは魔界に来てもいちいち幻術で角を生やす必要はない。


 踊るような足取りで魔王城に貸し与えられている部屋に戻った姉さんを見届け、僕は城の北門付近の中庭にやって来た。先ほどオラクが演説を行ったのは城の東口。演説を聞いていた人たちはそちらで余韻に浸っているので、今この辺りには人影がない。


 ゆっくり歩みを進めていると、やがて背の低い木々が鬱蒼と生い茂る小さい林が目に入ってきた。なるべく物音を立てないように木々をかき分け進めば、芝しか生えていないちょっとした空間が姿を現す。

 その中心に一人の銀髪の青年が腰を下ろしていた。



「やあ、調子はどうかな?」


「……ライトか」


 その青年・オラクは億劫そうに首をもたげる。



「最近顔色が優れないような気がするよ?」


「別に、どこが悪いというわけじゃない」


「ふーん、ならいいんだけど」


 よっこらせ、と僕も彼の隣に腰を下ろす。



「お転婆な妹が心配してたよ」


「ルナが?」


「どうしたら元気づけられるのかっていろんな人に尋ねてた。まあこのことは口止めされてたんだけど」


「……そうか……」


 心ここにあらず、な様子でオラクは一瞬だけ茜色に染まる空に目をやる。そしてすぐに視線を下に落とした。

 雲ひとつない綺麗な夕焼け色。だというのに彼の表情は曇ったままだ。



「ルナには怒られるだろうけど、姉さんに癒やしてもらうのが一番かな」


「ルナだけじゃなくてお前にも怒られそうだが」


「さてね」


 小さな笑みを浮かべる彼の横顔を一瞥して僕は続ける。



「でも姉さんだって心配してたからさ。僕は、いつも姉さんには笑顔でいてほしい」


 それは嘘偽りのない僕の本心。

 姉さんの笑顔を守るために、僕は生きているのだ。



「姉さんの温かい心でオラクの表情が晴れるなら。姉さんの表情も晴れるだろう。不本意だけど、多少のことには目を瞑るよ」


「……ここはありがとう、と言えばいいのか?」


「うん、それが正しい」


 そう言って僕は寝転び、夕焼け色の空を見上げる。

 本当に綺麗な景色だ。



「魔界の空は綺麗だね」


 静かに呟けども、返事はない。



「せっかくこんなに綺麗なんだ。君も眺めればいいのに」


「…………だ」


「え?」


「嫌いなんだ。日の光が」


 俯いたまま彼はポツリと呟く。



「お前に話したことはなかったが、大事な友を連れ去られた時。その友が物言わぬ身体となって帰ってきたとき。悲劇をあざ笑うかのように太陽がギラギラと輝いていた。だから……俺は太陽や日の光が嫌いなんだ。空を恨むなんてお門違いだってことは分かってる。それでも……な。なかなか割り切れないんだ」


 そう言って彼は大きく息を吐いた。



「悪いこと訊いちゃったね」


「別に。気にしてない」


「そう? 君が言うならそういうことにしておくけど」


 「それにしても」と僕は立ち上がる。



「やっぱり暗い話は苦手だね。無駄に疲れる」


「……」


「疲れてお腹が空いてきちゃったよ」


「言われてみれば、俺も空腹になってきたな」


「じゃあ食堂に行こうか。今日は皆が大好きな肉料理ばっかだってさ」


 肉と聞いて、微かにオラクの表情が晴れやかになった。


 本当、魔族は皆肉が好きだなあ。



「戦勝祝いも兼ねて、ついでに一杯どう?」


「俺は構わないが……お前って酒を飲める年齢なのか?」


「何、細かいことを気にしたら負けだよ」


「細かくはないと思うがなあ。まあいいだろう。オリビアやルナにも声をかけて、皆で祝杯といくか」


「大所帯になって、宴会みたいになりそうだね」


「違いない」


 微笑みながら彼も立ち上がる。


 どうやら少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。後は姉さんとルナに任せよう。


 繊細な心を持つ青年魔王と肩を並べ、僕は城内へと歩みを進めた。


 

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