Side-L 四天王の責務
今回は第三者目線です。今までもそうでしたが、オラクとライト以外のキャラがメインの話の時は第三者目線になります。今回は後半ライトがメインな気もしますが……。
――数分前、上空――
「もうすぐ大将戦も決着がつきそうだあ」
“黒焔装”を発動し黒い焔を身に纏ったオラクを見て、ルシェルは楽しげに呟いた。
「そろそろアタイは下に行くけど、ルシウスはどうする?」
「ボクはおとなしくここで成り行きを見守っているよ。誤解を招きたくないからネ」
「けひひっ、そうかい。北の魔王軍の別働隊には?」
「この分なら手を出さないと思うよ。確証はできないけどネ」
そう言ってルシウスは肩をすくめる。
「じゃあ今日はここでお別れだねえ」
「うん。月並だけど、気をつけてネ」
「けひひっ、ありがと」
嬉しそうに笑い、ルシェルは足元に魔法陣を描く。
「アドルノスキー、行くよぅ」
「あいよ」
二人の身体が光と氷で包まれていく。ルシェルが「じゃねー」と微笑んだのと同時に、二人の姿はルシウスの視界から消え去った。
* * *
同じ頃、東の魔王軍本陣では、簡易ベッドに寝かされていたルナが目を覚ました。
「あれ、アタシ……」
「む、目を覚ましたかルナ殿」
近くに立っていたセラフィスが気づき、ルナの傍に寄ってくる。
「どうやら我々は気を失っていたらしい。ライト殿が本陣まで運んできてくれたようだ」
「……そう」
小さく息を吐いて彼女は布団に潜ろうとしたが、自分が寝ていたのが簡易ベッドだったこと、周囲に陣幕が張られていることに気づき身を起こす。
「ちょっと、もしかしなくてもまだ戦いの途中じゃない!」
勢いよくベッドから飛び降りた彼女はしかし、胸を抑えて膝をついてしまった。
慌ててセラフィスが背中を支える。
「まだ安静にしているべきだ」
「そんなこと言ったって……! 四天王がこんなところで休んでてどうすんのよ! 敵はまだ大勢残ってんのよ!?」
「大丈夫だよ」
ふと、背後から落ち着いた声が聞こえてきた。見れば金髪の少年・ライトが佇んでいた。
「もうすぐ決着がつく。大将の首さえ取れば他の有象無象は撤退するしかなくなるさ」
「じゃあ、今お兄ちゃんは……」
「【北の魔王】と交戦中だよ。もしかしたらもう倒してるかも」
それを聞いてルナの表情は晴れやかになる。
「まあ相手は魔王だから、その逆もあり得るわけだけど」
「何なのよっ!!」
「何にせよ一撃一撃の威力が高いだろうから、そう戦いが長引くことはないってのは確かだよね」
ころころ顔色を変えるルナはもどかしそうに口を動かしていたが、やがて胸を抑えながらもすっくと立ち上がった。
「お兄ちゃんのところに行くわよ!」
「は?」
眉根を寄せ、ライトは勇んで宣言したルナの瞳をまじまじと見つめる。
「君は何を言っているんだ」
「万が一お兄ちゃんが苦戦してたら助けてあげなきゃ!」
「気持ちは分かるけど、その身体で何ができるっていうのさ。万全の状態で四神将にさえ苦戦していたのに、満身創痍の状態で魔王に有効打を打てるとでも?」
きっぱりと断言されルナは一瞬口をつぐむが、すぐに勢いを取り戻す。
「アタシが【北の魔王】に手も足も出ないことくらいわかってるわよ。でも、たとえどんなに傷を負っているとしても魔王のために戦い魔王のために散る。それが四天王の責務よ」
一点の曇りもないルナの瞳に今度はライトがたじろぐ。
「ちょっと、何で黙るのよ。変なこと言ったみたいで恥ずかしいじゃない!」
「……珍しくいいことを言う」
「なに? よく聞こえない」
「いや、君らしくないなって」
「はあ? 何それ。褒められてるのか貶されてるのかわからないんだけど」
「貶してるんだよ」
カッとなってライトの胸ぐらを掴もうとしたとしたルナは再び苦しそうに胸を抑える。
そんな彼女を見てライトは小さくため息をついた。
「セラフィス、オラクのところまで転移魔法陣を繋いでくれないかな」
「申し訳ないが、この辺りには転移防止結界が張られているようだ。魔力を消費した今の吾輩では難しい」
チラリとルナに目線をやり、セラフィスはライトに耳打ちする。
「まさか彼女を連れて行こうと?」
「さてね。ただ僕はオラクの戦いを見守りに行った姉さんのことが心配だから行きたいってだけだよ」
筋は通っている。しかしそれが言い訳に過ぎないことはライトの表情から察せられた。
「ってことだから、転移魔法陣を展開してくれないかな」
「吾輩の話を聞いていたか? 結界が張られているため難しいと――」
「魔力が足りないだけでしょ?」
言葉を遮られ、元が不機嫌そうな顔立ちのセラフィスの眉間に皺が寄る。
「魔力なら僕のを使えばいい。まだまだ有り余っているからね」
「……貴公がそう言うのであれば、ありがたく使わせてもらおう」
頷いたライトはセラフィスの背中にそっと手を添える。
黙って魔力の供給を受けていたセラフィスはオラクの魔力を探しながら転移魔法陣を構築していったが、少しづつ呼吸が乱れてきた。
「なんと荒々しい魔力だ……! 貴公はこんな暴れ馬を飼っていたのか!?」
「ドラゴンを倒した頃からかな。内在魔力の容量が増えたのと同時に、魔力の質も変化しちゃってね。まあ慣れればなんてことないよ」
涼しい顔でライトが解説をしているうちに魔法陣は明滅を繰り返しながら完成に近づいていく。やがて、禍々しい漆黒の粒子を撒き散らす転移魔法陣が完成した。
「……ちゃんと転移できるのか不安になってきたわ」
「心配しなくても大丈夫さ。…………たぶん」
「ちょっと、聞こえてるわよ! 今『たぶん』って言ったでしょ! 余計に不安なんだけど!」
「うるさいなぁ。魔力は僕のものでも構築したのはセラフィスなんだから。転移のスペシャリストがそうそう失敗するとは思えないけど?」
話を振られ、セラフィスは神妙に頷いた。
「問題ない」
「だ、そうだよ。もしうまくいかなかったらセラフィスの責任ということで」
「なん……だと?」
「さあ、行こう」
真っ先にライトが魔法陣の上に乗り、渋い表情のセラフィスがそれに続く。
「ルナも行くんでしょ?」
「もちろんよ」
「じゃあ早くしなよ」
促されるままルナも魔法陣の上に立つ。
「あ、そうそう。君を連れて行く代わりに、一つ条件を飲んでもらう」
「何?」
「戦いに手出しはしないように」
「約束できないわね」
ライトはそっぽを向いた彼女を説得する。
「君は言ったね。『魔王のために戦い魔王のために散る』と。それはとても素晴らしい心がけだ。心底感動したよ。でも果たして本当に“散る”必要があるのかな?」
「それが四天王の責務だって言ったでしょ」
「分かってるよ。だけど強力な味方がいた場合は?」
ふわふわと彼らの足元の魔法陣から黒い粒子が立ち上る。
「魔王軍に関係ない人には頼りたくないかもしれない。だけど確実に魔王を守るためならそんなことも言ってられないよね」
「まあ……」
「協力してくれる人がいるなら、その人を頼ることも時には大切だよ」
「……結局何が言いたいわけ?」
「僕がいる」
転移魔法陣が強い輝きを放ち、彼らの視界も転移の光に包まれていく。
「もしオラクが危機に陥っていたとしたら。この僕を頼ってほしい。竜伐者として、最悪の事態は回避してみせる」
「……なんか、あんたらしくないわね。オリビアのため以外の目的で戦うなんて」
「姉さんのため、だよ。東の魔王領が侵略されて、兵士たちが亡くなって、四天王が傷ついて。姉さんが悲しんだ。オラクが敗北すればもっと姉さんは悲しむだろう。だからオラクを守る。それだけだ」
「前言撤回。やっぱりあんたはあんただわ」
「どうも。まあこんなこと言った後で何だけど、“オラクがピンチに陥っていたら”の話だからね」
「分かってるわよ」
ルナの言葉を最後に、彼らの身体は完全に黒い光に包まれた。
もう一人の四天王ドルトンはまだ気絶中の模様。一人だけ仲間はずれにされてる感が否めないですね。