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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
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Side-O 混迷


 バリバリバリと雷鳴が轟く。

 【北の魔王(トオル)】が放った雷撃を払い、俺は彼の懐に潜り込み一発パンチをお見舞いしてやる。


 トオルと戦闘を開始してから数分。まだ互いに動向を探り合う様子見の状態が続いていた。



「どうした、こんなもんか?」


 懐から小瓶を取り出しながら挑発する。と、彼の全身を覆う雷が反論するかのように大きな音を響かせた。



「安い挑発でごわすな」


「安かろうが何だろうが関係ないだろう」


 行為そのものが卑しい挑発に価値をつけるのはおかしかろう。



「一理あるでごわす。相手から冷静さを奪い、激昂させるという目的さえ果たせれば内容はどうでもいいのかもしれまへん」


 俺に話を合わせながら彼は槌を巨大化させ、肩に担ぐ。


 どうもうまく挑発に乗ってくれないな。だがまあ、乗ってくれないなら乗ってくれないでいい。他にも冷静さを奪う方法ならある。


 俺は懐から取り出した小瓶をトオルに投げつけた。

 当然彼は大槌で小瓶を叩き落としたが、割れた瓶の中からもくもくと白い煙が立ち上る。



「魔法薬でごわすか」


「そうだ」


「おはんはどうも回りくどいやり方が好きなようでごわすな」


「まあな」


「こんなもの、馬鹿正直に吸い込むと思うでごわすか?」


 ブン、と大槌を一振りして煙を吹き飛ばした彼の姿が消える。



「――“迅雷”」


 雷を纏うという次元の話ではない。その身を雷と化したのだ。

 当然集中しなければ視界に捉えることなどできない。しかし彼は集中する間も与えてくれなかった。



「ぬんっ!」


 突然俺の目の前に現れた彼は容赦無くみぞおちに槌を打ち込んでくる。彼の怪力のなすがまま、俺は勢いよく後方へ飛ばされた。

 これで終わりではない。今度は背後から槌を振るい、吹き飛ぶ勢いを殺す。次は右から、左から、頭上から……。


 せっかく魔法薬を用いてトオルの攻撃を誘い出せたのに、槌で殴られては意味がない。直接拳で殴ってくれれば策にめることができるのだが。


 重い打撃に耐えながら、俺はトオルに向けて呟いた。



「瓶を叩き落としたのも槌、俺を殴るのに用いるのも槌。つち、つち、つち。神槌しんづいニョルニルと言ったか? 大層な魔武器だが、たまには直接あんたの拳で殴ってみたらどうだ? 拳を介さないと意思の疎通ができまい。『拳で語り合おう』と言ったのはあんたじゃないか」


 ピクッと彼のこめかみが動いたような気がした。



「よかろう。ならば望み通り渾身の一撃を叩き込んでやるでごわす!

 ――“雷鳴太鼓”!」


 再び俺の正面に姿を見せた彼は綺麗な型の正拳突きを俺の胸に撃ってきた。

 拳が触れた瞬間振動が全身を駆け巡り、心臓の鼓動が一瞬だけ止まる。遅れて肋骨が折れる嫌な感触がした。だが――



「なっ……、がっ……!?」


 トオルも拳を突き出した体勢のまま微動だにしなくなった。



「かかったな」


 口の中に溜まった血を吐き出してから、一歩トオルに歩み寄る。



「これは一体……」


「聞かなくても分かるだろ? 魔法薬だよ」


「っ! またでごわすか!」


「また、だ。俺のコートに触れた瞬間、裏に仕込んである針が相手の身体に数ミリ刺さり、魔法薬を注入するようになっている」


 言いながら羽織っているコートの内ポケットを見せる。



「場所によって注入される魔法薬は異なる。胸だと麻痺薬、背中だと幻覚剤、あるところには媚薬なんかも仕込まれている」


「おいどんに注入されたのは麻痺薬というわけか」


「ああ」


 頷いて、「媚薬じゃなくてよかったな」と冗談を飛ばす。



「ならば、コートごと塵にするのみでごわす」


「それが一番利口だろうな。もっとも、そんなことさせるつもりはない」


 一本の注射器を取り出しゆっくりと足を前に進める。血のように赤い液体で満たされていたその針をトオルの首に刺し、ピストンを押す。



「ぐっ……!」


「痛いだろう? 即効性の毒薬だ。絶叫しないのはさすが魔王といったところか」


 注射器を捨て、トオルの顔面を鷲掴みにする。



「そろそろ俺の話に聞き飽きてきただろう。今、痺れを解いてやる。

 ――“シュヴァルツ


 言いかけ、俺は口を閉ざした。

 いつの間にか肩口に雷の槍が突き刺さっていたのだ。



「おはんの助けは不要。痺れはとっくに取れているでごわす」


「……動けないふりをして油断を誘っていたのか」


「さよう。そして、コートを無効化させる術式も完成したでごわす」


 描かれたのは何の変哲も無い、転移魔法陣。この周辺一帯には転移防止結界が張られているが、魔王である彼にとって結界は大きな障害とはならないのであろう。

 転移の光に包まれ、俺のコートはどこかへ消えていった。



「饒舌な上、気の緩みまで。珍しいでごわすな」


四天王ニュマルを含め、大勢の愛する部下が黄泉の国へ旅立ってしまったからな。気が動転しているのかもしれない」


「ならばその愛する部下たちの元へ送り届けて進ぜやしょう。

 ――“放電雷刃”」


 けたたましい音とともに、槍からおびただしい量の雷が放電される。

 雷は内から骨を焦がし、肉を溶かす。


 トオルから手を離してしまった俺は、あまりの痛さにたまらず膝を折った。



「トドメでごわす」


 神槌ニョルニルを天にかざしたトオルは上空に巨大な魔法陣を描く。バチバチと細い稲妻を迸らせながら完成されていく様子を、俺はただじっと眺めていた。

 そして、魔法陣が完成された次の瞬間――



「――“神雷の裁きディバイン・ジャッジメント”」


 ――視界が真っ白に塗り潰された。



「……」


 静寂がその場を支配する。


 やがて、砂塵が晴れるとトオルの目が驚愕に見開かれた。



「……なっ……」


 彼の瞳には、黒い焔を身に纏って佇む俺の姿が映っていたのだ。



「“黒焔装”。“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”を纏うこの魔法は触れたものを無に帰す鉄壁の鎧となる。もちろん弱点はあるけどな」


「…………“神雷の裁きディバイン・ジャッジメント”までもが通用しないとは……」


 毒が回ってきたのだろう。段々とおぼつかない足取りになってきた彼はポツリとこぼした。


 今にも倒れそうな彼を見て、一瞬、これ以上彼を痛めつける必要はないのではないだろうかという気持ちが湧く。しかしすぐにそんな気持ちは消え失せた。


 戦場に甘い考えは不要だ。それに、【北の魔王】を倒さずしての面下げて散っていった仲間の墓前に行けるというのか。


 冷徹にトオルを見据え、俺は彼の周囲に四つの魔法陣を展開した。



「っ! これは転移魔法陣! 防止結界が張られている中これだけの数の魔法陣を一瞬で!?」


「一瞬じゃあない。あんたが俺を出し抜いて雷刃を打ち込み、さらにコートをどこかへ飛ばした時。その時から転移魔法陣を作り始めていた」


「!!」


「あんたは厄介なコートの存在にばかり気を取られていたから、俺がこっそり魔法陣を構築していることに気がつかなかった」


「……おはんを騙していたつもりが、逆においどんが嵌められていたというわけでごわすか」


 黙って頷き、手元の四つの魔法陣に魔力を送り込む。



「――“四閻黒カトリエム・シュヴァルツ――」


 また最後まで言えずに俺は魔力の放出を遮断した。

 ふと、視界に白い粒子が入ってきたのだ。



「これは……」


 目線を落とせば、すぐにその発生源は自分だと気づいた。

 “黒焔装”に覆われているはずの体表が、薄い膜がかかっているかのように純白の光に覆われていた。


 いったいこの白い光は何だ? 特にこれといって魔力を感じないし……。……ん? 魔力を感じない(・・・・・・・)



「まさか……、っっ!!」


 粒子の正体を突き止めるため左の青い瞳に霊力を集中させようとした間際のことだった。

 身の危険を察知しその場を飛び退くと、上空から極太の熱線が降り注いできた。



「けひひっ、オラクの考えてる通りさあ。その白い粒子は濃密な霊気が可視化したもの。戦いの最中にその境地に至るとはねーぇ」


 どこからか声が響いてくる。


 熱線が消えると、トオルの手前にまばゆい光とともに、魔法陣が一つと氷の華が一つ現れる。やがて光が収まると、そこには尋常ならざる魔力を垂れ流す男女が立っていた。

 男女のうちの片割れを視界に捉えると、懐かしさと不気味さが同時に湧いてくる。その人物は俺が昔からよく知る、いわゆる幼馴染というものに当たる。


 様々な感情がない交ぜになってしばらくは固まっていた俺だったが、数秒、あるいは数分してからようやく絞り出すような声を発した。



「お前……ルシェル……?」


 濡羽色の髪をなびかせる彼女はにっこり微笑み、



「久しぶりだあ、オラク。やっと会えた」


 勢いよく俺の胸に飛び込んできた。


 

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