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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
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Side-L 銀狼


 ――砂塵にまみれる戦場の上空――



 先ほどオリビアらが転界してきたところよりもさらに高いところから、東の魔王軍と北の魔王軍が入り乱れる戦場を眼下に見る影が二つあった。



「けひひひっ、少しづつ風向きが変わってきたねぇ」


 一つは濡羽色の髪をなびかせる、目の下のくまが特徴的な白衣の麗人。【西の魔王】ルシェル・ミロ・トリチェリー。

 もう一つは整えられた紺色の髪を揺らす陽気な青年。【南の魔王】ルシウス・ルビジウム・ルッケンブルク。


 幹部が次々と倒れていく北の魔王軍の様子を眺め、【南の魔王】ルシウスは顔を綻ばせる。



「アハハハハ、だから言ったろう? オラク率いる東の魔王軍は無敵だって」


「けひひっ、まだ分からないさあ。別働隊が間に合えば東の魔王領は魔王城を失うことになるよぉ」


「その前にオラクが【北の魔王】を倒すサ」


「うぅん、そうかもねーぇ」


「もし別働隊の方が先に着きそうだったら、別働隊はボクが叩くしネ」


「けひひひっ、それは困るよぉ。南の魔王領は救援の要請がない限りは動かない、完全中立の立場をとっているんじゃないのかなあ?」


「アハハッ、ボクも同じことをセリーヌに言ったんだけどネェ、よく考えたらそれは『南の魔王領』としての立場なんだ。『オラクの友』という立場であれば助けに行くのは当然サ。【南の魔王】としてじゃなく、ルシウスという個人として加勢する分には問題ないネ!」


「詭弁だねーえ」


 そう言いつつも【西の魔王】ルシェルは頰を緩ませる。



「ところで【北の魔王(トオル)】が南下した理由については納得してくれたかなあ?」


「納得はしてないサ。無駄に戦乱は引き起こして欲しくないからネェ。でも案の定キミが黒幕だと分かったから、そこだけはすんなり飲み込めたよ」


「殺すのかなあ?」


「アハハハハッ! 冗談はよしてくれよ。まさかそんなことするわけないじゃないか。キミは大事な幼馴染だからネェ」


「けひひっ、甘い男だあ」


 不気味に笑うルシェルは魔力をぶつけ合うオラクとトオルを見下ろしながらポツリと呟く。



「それにしても、ほんと男前になったねーぇオラクは」


「そうだネ。急がないと他の女性に取られてしまうかもよ?」


「けひひっ、心配しなくても大丈夫さあ。オラクに近づく女はアタイが始末するから」


 狂気じみた目つきになった彼女を見て、ルシウスはオリビアのことを口にし損ねた。今彼女の話題を出すのは危険だと判断したのだ。それだけにルシェルが次のように続けると、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。



「オリビアとかいう人間の女もそのうち始末する必要があるかもねぇ」


「……それはちょっと思いとどまってくれないかい? 魔界で人間が命を落としたと分かれば、魔族と人間とが共存する社会を実現することが難しくなってしまう」


 祈るような目で嘆願するルシウスには答えず、ルシェルはただ怪しげに笑みを深めただけだった。


 二人がそんなやりとりをしていると、二人の正面の空間が凍りつき、中から白髪で隻眼の青年が現れた。



「けひひっ、あんさんが撤退したらもう北の魔王軍は終わりだあ、アドルノスキー」


 胸から血を滴らせる青年――アドルノスキーは二人の魔王を見ても動揺せず、ただヘラヘラと弁解の言を述べる。



「仕方ねーだろ? あんなバケモンが二人も相手じゃ流石の俺さまも分が悪いからよ。魔眼を使えば話は別だけどなー」


 親しげにルシェルと言葉を交わすアドルノスキーの様子を不可解に思い、ルシウスは話に割って入る。



「キミは確か北の魔王軍の四神将だったよネ? どうしてここに?」


「ははっ、誰かと思えば【南の魔王】さまじゃんか」


「質問に答えてくれないかい?」


「いいぜー。どうせこの後【北の魔王】さまと【東の魔王】さまにも種明かしするからよー」


 胸の傷口を凍らせて彼は続ける。



「俺さまの真の身分は西の魔王軍四天王。本当は北の魔王軍所属じゃないってこった」


「……何だって!?」


 そんな情報聞いたことない、とルシウスはルシェルの顔を見つめる。



「けひひっ、黙ってて悪かったよぉ。ルシウスもアタイの“協力者”の一人なのにねえ」


「悪かったなんて思っていないのはバレバレだから、事情を教えてくれないかい? どうして彼を北の魔王軍に潜らせたのかを」


「それはこの後オラクとトオルの前でアドルノスキーの口から説明させるさあ」


「……じゃあそれまではおとなしく待っているよ。あ、あと今回の戦争に関してはボクはキミの協力者じゃないからネ? さっきも言ったけど、東の魔王軍がピンチになったら助けに行くからネ」


 分かってる、とルシェルは頷く。



「利害が一致しない限り無理に協力してもらうつもりはないさあ」


 彼女の言葉を最後に静寂が訪れる。しばらく無言の状態が続いていたが、やがて眼下の魔物部隊を指差してルシェルが口を開いた。



「ほうら、また、決着がつきそうだあ。アタイの麾下きかの魔物部隊もどうやら力及ばず、だったみたいだねえ」


 自軍の戦力が下がってしまうというのに、まるで他人事のように呟くルシェル。そんな彼女の言動には慣れているのかルシウスもアドルノスキーも特に追求はせず、黙ってルシェルの指差す先に視線を移した。



 * * *


 ――東と北の魔王軍の主戦場から少し離れた所――



 北の魔王軍が同盟領である西の魔王軍から借りている魔物部隊は、東の魔王軍方に現れた助っ人によって進撃を阻まれていた。その助っ人とは先刻魔界へ降り立った魔物の狼。ライトの友であるフェルだ。

 数千にも及ぶ魔物部隊の中にはフェルを凌駕する体格の魔物もままいる。にも関わらず一匹たりとてフェルの先へは進めないのだ。


 魔物部隊を率いていた一人の魔族が舌打ちとともに苛立ちの募った声を漏らす。



「くそっ、こいつさえ現れなければ東の魔王軍に大打撃を与えられたのに……!」


 羽ばたく怪鳥にまたがる指揮官は軍配を用いて部隊に指令を下した。



「ちまちま動いてても仕方ない。幻術を使える奴ぁクソ狼の周りに幻術を展開! その隙に他の奴は遠回りしてでも防衛ラインを突破しろ! 百匹残りゃあいい。総力を上げてかかれ!」


 魔道具である軍配を介して指揮官の意思が部隊の魔物全てに行き渡る。

 指令通り数匹の魔物がフェルの周囲を取り囲み、幻術を展開した。



「今だ! 行――っ!?」


 紫煙がフェルのいた場所を覆ったのを合図に魔物部隊が雪崩のように進行を開始した、その直後。指揮官の脇腹が食い千切られた。

 意識が溷濁する中周囲を見渡せども、彼の瞳には次々と切り裂かれ、あるいは噛み千切られていく魔物部隊しか映らない。

 魔物部隊が混乱して進行を中止した時になってようやく敵の姿を捉えることができた。何も新手が現れた訳ではない。彼の視線の先にはただ、旋風を纏ったフェルが佇んでいた。


 フェルが使っているのは“疾風怒濤(どとう)”。旋風をその身に纏い、術者が一陣の風となる魔法だ。

 幻術に包まれる直前にこれを使い、包囲網を脱したフェルは先へ進もうとした魔物たちを殲滅したのだ。



「ぐっ……、恐るべきスピードだ……。まともなやり方じゃあ先には進めない……! こうなれば……」


 怪鳥の背中にうずくまりながら、指揮官は数匹の魔物にある指令を下した。


 指令を受けた魔物がゆらゆらと幽鬼のようにフェルに近づいて行く。先ほどと同じように淡々と始末したフェルだったが、異変に気づき低く唸った。

 フェルに引き裂かれた魔物たちの身体が急激に膨れ上がり、激しい音とともに爆散したのだ。



「ふっ、ふははははは! バカな狼め! まんまとかかりやがった! 犬畜生が魔族に逆らうからこうなる……の…………だ!?」


 もくもくと上がる黒煙を見つめていた指揮官の双眸が驚愕の色に染まる。



「な……、あの爆発を受けて……無事でいられるはずが……」


 体毛を銀色に輝かせるフェルが無傷で指揮官を見据えていたのだ。



「…………あの銀色の体毛……まさか……」


 彼の脳内に一つの種が浮かび上がってくる。

 “銀狼”。滅多に人前には姿を現さない希少種だ。


 噂には聞いたことがある。尋常ならざる魔力を帯びた体毛は生半可な魔法や衝撃を寄せつけず、風の如き素早さで獲物を狩る。

 その希少性ゆえ存在を疑う生物学者もいると聞くが、まさか自分がこの目で見る日が来ようとは――。


 もの思いにふけっていた彼は、フェルが魔法を使っていることに気づくのが遅れた。

 ――“塵風刃乱波ドルウォストラ”。間近に迫った風の刃を見て魔法の正体を悟った指揮官だったが、その頃にはもう、避けるには遅かった。

 一帯に血飛沫が舞い、指揮官や無数の魔物が倒れる。


 たった一匹で魔物部隊を殲滅させたフェルは、勝利の雄叫びを上げた。


 

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