表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
68/136

Side-H 至高の幻術使い


 ――同刻、戦場から東へ数キロ離れた地点――



 人気のない小さな街の中心から、ハルバードが遠方より迫り来る北の魔王軍を見据えていた。



「何とか間に合いましたな」


 誰に言うでもなく独りごちて烏羽色の杖を立てる。

 そのまましばらく瞑目していると、いよいよ北の魔王軍の足音が近づいてきた。


 おもむろに瞼を開けば、彼の目の前には一万にも及ぼうかという大軍が彼を取り囲むように陣形を作っていた。

 その先頭に立っていた男が慎重に口を開く。



「オカシイね、チミ一人アルか?」


「左様にございます」


「他の兵士はいないカ?」


「ええ」


 黒い辮髪べんぱつをなびかせる細目の男は出っ歯の奥からフッと息を漏らした。



「分かったアルよ。チミ時間稼ぎ任されて、死んでもイイ思て一人でキタね」


 辮髪男の背後に控える兵士達も馬鹿にしたようにハルバードに冷笑を浴びせた。しかし彼は至って冷静に返答する。



「兵士を率いていては時間がかかってしまいますゆえ。なるべく本戦地から離れたところで戦いたかったものですから」


「そうだとしても、一人じゃ時間稼ぎにもならないアルヨ」


「おっしゃる通りでございます」


 言ってから、ゆっくりと瞬きをした彼が杖で地面をつついた途端、街中が火の手に包まれた。



わたくし一人に対し寄せ集めの兵が一万では勝負にすらなりませぬ」


 彼が穏やかに微笑むのと、北の魔王軍から叫び声が上がるのは同時だった。



「ぎぃやああああああああああああ!!」


「あづっ、熱いぃぃぃいいいいいいいいい!!」


「やれやれ、情けありませんな。この程度で悲鳴を上げるとは」


 ふぅとため息をつけば、今度は四方八方から雨のように矢が飛んできた。



「バカな……! 他に東の魔王軍の兵士が潜んでいるのか!?」


「だがこんな火の海の中――っぎゃああああああ!!」


 まさに阿鼻叫喚。ハルバードという敵の存在すら忘れた北の魔王軍の兵士たちはのたうち回り、ひたすら水を探し求める。

 燃え盛る民家に侵入し水を得ようとする彼らだったが、そんな彼らを絶望に叩き落とすように、家という家がフッと一瞬にして消えた。



「……な!?」


「一体何が……?」


 突然の事態に頭が追いつかない兵士たちは、自分たちの足元にハルバードから影が伸びてきていることに気づかなかった。



「――“陰惨夢幻深淵シャッテン・トラオム・ロッホ”」


 刹那、影が波打ち、北の魔王軍の兵士たちを呑み込む。唯一無事だったのは辮髪の男のみ。



「恐ろしい魔法アルね。影を操るなんてどこかでキイタヨ」


「貴方こそよくとっさの判断で飛び上がりましたな」


「ウォーは四神将アルヨ。四神将なめたらイケナイね」


 そう言いながら彼が着地する頃にはもう、影の波は引いていた。



「ウォーは北の魔王軍四神将にシテ白虎隊司令官。【化猫ホア・マオ】の劉ビン」


「サタン様、もとい東の魔王様の秘書を務めておりますハルバード・モンドールと申します」


 ハルバードの名前を耳にして、辮髪男――劉ビンの目が丸くなった。



「『ハルバード』……? ……まさか、魔界一の幻術使い【幻影卿】のハルバードあるカ!?」


「その二つ名で呼ばれるのは数百年ぶりですな」


 肯定するように呟くハルバードの様子に劉ビンは思わず息を止める。



「生きていたアルか……」


「ふむ。と、言いますと?」


「チミの二つ名は北の魔王領に轟いているアルヨ。数百年前、【北の魔王】と互角に渡り合テ北の魔王軍を撃退した人物として。【幻影卿】と聞けば泣く子も黙るアル。そんな恐ろしい男が生きていれば魔王の座を狙わないハズがない。【幻影卿】の名はずっと歴史の表舞台に出てきてナイ。だからてっきり死んだものかと思テたネ」


「それはそれは……。随分と脚色の入った噂ですな。確かに当時の【北の魔王】を撃退したことは確かですが、魔王の座を狙うなど滅相もございません」


「本当アルか?」


「神に――いえ、魔王に誓って本当でございます」


 そこまで言われては言い返せなくなったか、劉ビンは黙って臨戦態勢に入った。



「チミのことはよく分かったアル。幸いにも北の魔王軍では仮想敵として【幻影卿】を想定することが多いね。だからウォーは負けないアルヨ」


 自信満々に笑みを浮かべた彼は招き猫のような変わった構えをとる。



「仮想敵として想定していただき光栄に存じます。しかし、仮想敵はあくまで仮想。本物の実力は分かりますまい」


「フン、そう言って過去の栄光に浸るがイイネ。もう世代は変わったアルヨ。チミはもう、現代の【北の魔王】はおろか四神将にも敵わないね」


「“栄光”ですか。【東の魔王】様を失った戦いでの武功など恥に思いこそすれ、誇りに思ったことは一度もございません」


 ハルバードは過去に思いをはせるように虚空を見上げる。それを隙と見た劉ビンは土塊を跳ね飛ばしハルバードに迫った。



「老いぼれはとっとと退場するアルヨ!

 ――“猫々(ニャンニャン)肉球(にくキュ〜っ)拳”!」


 猫の手のようなオーラを拳にまとった劉ビンは怒涛の連撃を繰り出す。百にも届こうかという殴打の嵐は確実にハルバードを捉えた――



「っ!?」


「残念ながらそれは幻術でございます」


 ――が、しかし、劉ビンの拳は空を切った。



「いつの間に幻術を使っていたアルカ!?」


 劉ビンの問いかけに虚空から答えが返ってくる。



「貴方たちがここに到着するより前からです。街も、街を覆った炎も、雨のような矢も。全て幻術でございます」


「影の海もカ?」


「それだけはこの、【幻影杖げんえいじょう】レガロトレディオの能力です」


「フン、なら影の海にだけ注意すればイイネ。幻術は幻術だと分かっていれば脅威にはならないアル」


「では試してみますかな?」


「望むところアルヨ」


 劉ビンが口角を上げると、どこからか黒い炎が迫ってきた。

 それを幻術だと断定した劉ビンは自ら炎の中に飛び込んだ。



「フン、やっぱり幻――あづぁぁあああああああああっ!?」


 しかし予想外にも彼は火だるまになって地面に突っ伏した。



「ど、どうしてアル!? 心の底から幻術だと信じていたのに……!?」


「確かに心の底から幻術を幻術だと信じることができれば、幻術は対象者に効果を及ぼしませぬ」


「ならどうシテ……!」


 劉ビンのそばに姿を現したハルバードは無慈悲に言い放つ。



「いったい誰が幻術を使ったなどと言いましたかな?」


「!?」


「今のは“影炎シャドウ・フレイム”。サタン様の“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”を模した魔法にございます」


「ま、魔法……!?」


 幻術を警戒するあまり、基本的な存在である魔法のことを忘れていたのだろう。

 自ら魔法に飛び込むなどという愚挙に出てしまった劉ビンは羞恥に染まった。


 そんな彼を見下ろしながらハルバードが杖を一振りすると、【幻影杖】の先端付近から禍々しい似紫にせむらさき色の刃が生えてきた。妖しい輝きを放つ杖はさながら死神の鎌のようである。



「さて、おしゃべりはここまでにいたしましょう。先を急いでおりますので、貴方にはここでご退場願います」


「……四神将を……な・め・る・なぁぁぁああああああ!! この程度でウォーを倒せると思っているアルか!?」


 頭上に振り下ろされた刃を掴んで【幻影杖】ごとハルバードを投げ飛ばす。



「たった一撃当てただけで勝った気になってもらタラ困るね! そういうことはウォーの本気を見てから言うアルヨ!

 ――“猫々(ニャンニャン)白秋がおー拳”ッッ!!!!」


 四つん這いになった劉ビンが叫ぶと彼に白虎のようなものが憑依し、咆哮のような音が響き渡った。



「ふむ、さすがは四神将といったところでしょうか。ではこちらも」


 大鎌と化した杖をトントンと鳴らせば、ハルバードの足元の影が生き物のように蠢いた。そこから数本、先端の尖ったムチのような形の影が伸びる。



「ガオオオォォォオオオオオオッッ!!!!」


 劉ビンは雄叫びを上げてそれらを全て叩き落としたが、自分の足元の影が揺らめいたことに気がつかなかった。



「若い」


 バクン、と三日月状の刃となった影が劉ビンの腰を呑み込む。



「ガッ……ガハッ……?」


「目の前のことに捕らわれ視野が狭くなっております。あらゆる事態に対応できるだけの冷静さを持たないうちは、まだまだ青い」


 そう酷評され劉ビンは歯ぎしりをするが、上半身と下半身に切断され、もはや反論するだけの元気はない。



「【幻影杖】の主たる能力は『半径一キロ圏内の影を操ること』。先ほどは私の影のみを用いて兵士たちを呑み込みましたが、それは貴方に『他人の影は操れない』と誤認させるためにそうしたまで。手っ取り早く勝負を決めるには今のように他人の影を操るのが一番でございます」


 言い終えたハルバードは一礼してその場を去ろうとしたが、劉ビンがかすれる声で呼び止めた。



「どうして……それだけの力がありながら魔王の座を狙わナイネ……! 幻術と魔法と影。三つの攻撃法を持つチミなら【東の魔王】すら凌ぐハズ……!」


「……魔王の称号は私が背負うには重すぎまする。領民の未来を憂う、責任感の強い者でもなければその重圧には耐えられますまい。それに忠誠を誓った魔王(主君)を失った者が、どうしておめおめとその座の就くことができましょうか」


 「そもそも」と言って、ハルバードは一つ息を吸う。



「私などサタン様の足下にも及びませぬ。あの方は凡百の者には手の届かない、遥かなる高みにいるのでございます」


 話は終わりだと劉ビンに背を向ければ、ハルバードの足元の影が西へ向かって伸びる。

 意識が虚ろになっていく劉ビンが最後に見たのは、その伸びた影に潜るハルバードの後ろ姿だった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ