Side- Big 4 それは勝利への道筋か滅びの足音か
普段自分の部隊を持たないルナは兄・オラクから与えられた臨時の部隊を率い、八芒星型に布陣する北の魔王軍の南側にて攻防を繰り広げていた。
四神将を引っ張り出すためにあえて派手に暴れていた彼女だったが、果たして彼女の目的は達成された。
30分ほど雑兵を殴り飛ばし続けていると、明らかに魔力の格が違う人物が二人現れたのだ。
一方は波打つオレンジ色の長髪に、ワイシャツの上にジャケットを羽織った男。
もう一方は同じくオレンジ色のモヒカン頭に、胸元をさらけ出すアロハシャツを着た男。
「あんたたち、どっかで見た顔ね」
「ホハハハハハ! そうだろうとも、一ヶ月前、人間界で会ったろうよ」
モヒカン男の返答に一ヶ月前のことを思い出し、ルナの頭上に感嘆符が浮かんだ。
「ああ、あの時の! またアタシにボコされに来たの?」
「フホホホホ、勘違いも甚だしい。劣勢だったのはそちらの方じゃないかね?」
長髪男は髪を掻き上げてルナを見下す。すると沸点の低い彼女は目を剥き魔力を爆発させた。
「いいわよ、だったらどっちが上か今から分からせてやるんだから!」
オラクに渡された信号弾を打つのも忘れ、爆発させた魔力をより濃密なものへ研ぎ澄ましていく。
「東の魔王軍四天王! 【宵の月】ルナ・ジクロロ・サタン!!」
「フホホホホ、北の魔王軍四神将にして朱雀隊司令官。【奏楽】のムジーク・デ・ロマノフ!」
長髪男がルナの名乗りに応えれば、モヒカン男も後に続く。
「ホハハハハハ! 北の魔王軍四神将補佐にして朱雀隊参謀。【芸術】のピエール・ド・ロマノフだ!」
口角を上げたモヒカン男―――ピエールは地面を蹴り、懐からオーラに包まれた魔武器を取り出す。
「行くぞ、魔筆・カリココ!」
ルナは勢いよく振るわれた魔筆を難なく受け止めたが、魔筆からは赤色の魔力が飛び散り、五つの魔法陣を描く。
「知っているか。芸術は……爆発だ」
「……はあ?」
「<芸術魔法>――“芸術爆発”!!」
五つの砲門からヌッと現れた魔弾が尾を引いてルナに迫る。
全ては避けられないと判断した彼女は腕をふるい、紅蓮の炎の壁を築いた。
「――“闇炎葬”!」
黒い電撃を伴った炎が魔弾とぶつかり轟音を響かせる。
つい先日覚えたばかりの魔法にて見事攻撃を防いだが、喜ぶ間もなく、敵は次の攻撃へ移っていた。
「<奏楽魔法>――“巨栄音楽”」
どこからか笛の音が流れてきた。
魔力を伴った音色が魔法陣として機能し、ルナの心身を揺さぶる。
「なっ……何よこれ……!?」
「我が魔笛・クリアナの攻撃を防ぐことは不可能。鳴り響く旋律が対象者の心に働きかけ、現象を引き起こす」
「は? わけ分かんない」
「つまりは……こういうことなのだよ」
長髪男―――ムジークが指を鳴らすと、ルナの身体が弾かれたように吹き飛んだ。
* * *
一方その頃、北の魔王陣の東方では二人の男が向かい合っていた。
一人は赤い髪を後ろで束ねた不機嫌そうな顔つきの男――セラフィス。
もう一人は丸い眼鏡をかけた、頬にそばかすのある太った男。北の魔王軍の将だ。
手入れの行き届いていない黒髪がべったりと張り付いた額から汗を滴らせ、北の魔王軍の将は口を開く。
「おまえ、おれと当たれてラッキーとか思ってる?」
「何だ。雑談なら聞かぬぞ」
「はいはい出ました相手の話を聞かない奴ー。何で相手の意思を尊重しようとか思わないんだろうかね?」
やれやれと肩を竦めた彼の真横を矢がかすめる。
「貴公の話に興味はない。吾輩は一刻も早く四神将を見つけねばならぬのだ」
「うっわー、何? おれのことなんて眼中にないって? 痛いわー。そういう『自分最強!』みたいな考え」
彼の言葉を無視し、セラフィスは魔弓・ヘヌメネスに矢をつがえる。
「そういう奴に限って大したことないんだよ。どうせおまえもそうなんだろ?」
またセラフィスは男を無視して三本の矢を放ったが、男の正面に同じ数の小さな障壁が展開され、全て防がれた。
「でゅふふ、いくら攻撃してもムダムダ。おれの防御力は北の魔王軍随一だ。おまえなんかの攻撃は通らない」
「ふむ」
今度は十本の矢をつがえ、魔弓の効果を付与する。
「まだ、名乗りを上げていなかったな。東の魔王軍四天王にして第二師団長。【穿空】のセラフィス・リュードベリ」
「北の魔王軍四神将補佐にして玄武隊参謀。【閉殻】のダラオ」
ダラオが言い終えると同時にセラフィスは合計十本の矢を射出する。ダラオは自分を覆う堅固な結界を張り、涼しい顔で攻撃を防いだ。
「セラフィスきゅんはムダだって分かんないのかな? 通らないって言ったじゃん」
「無駄かどうか、試してみなければ分からぬであろう」
固い相好を崩さず腕を振るえば、無数の矢が飛来しダラオに襲いかかった。隙間なく結界にぶつかる矢の本数は百や千では収まりきらない。
矢にびっしりと覆われたダラオの結界にはやがて、小気味よい音と共に亀裂が走った。
「おわっ、ヤバっ……! ……と、言うとでも思った?
――“六甲亀殻”」
パキンと結界が割れるのと同時、新たな結界が張られ、幾千の矢をことごとく弾き返した。
「でゅふふふふ、ざまあないねーセラフィスきゅん。魔力の矢をずいぶん消費しちゃったんじゃないのかな? 魔弓の能力……【操作】だっけ? そいつで滞空させてた矢には限りがあるのにねえ」
ダラオはセラフィスを挑発するように、そばかすのある脂ぎった頬をいびつに歪める。
「ヘヌメネスの能力を知っているのか」
「でゅふっ、当然じゃあん。四天王の能力くらい事前に調べるっつの。相手の能力や弱点を分析して、万全を期してから戦いに臨む。ありとあらゆる想定をしてるんだから、おれが負けるわけないよねえ」
「なるほど、よく分かった」
「ようやく理解した? おまえじゃおれには勝てないって。まあ今更降参しても遅いけどね! でゅふふふふふ!!」
「そうではない」
高笑いをしていたダラオの眉が訝しげにひそめられる。
「貴公は事前に周到な用意をしていなければ戦闘には臨めない。とっさの事態には対応できないということであろう」
「……だからどうした? あらゆる想定をしてるって言ってんじゃん。とっさの事態なんて起きませんー。言っとくけど幻術も効かないから」
「ふむ」
合いの手を打ってから、セラフィスは魔弓を構える。そして一本の矢を錬成した彼は、そこにありったけの魔力を込める。
「でゅふふふ!! だから矢を射たってムダだっての! 数千本だろうが数万本だろうが、おれの“六甲亀殻”は破れ――」
「穿て」
「――かひゅっ!?」
ダラオの言葉が止まった。
一瞬思考が停止し、遅れてやってきた熱い痛みに彼はすぐに正気を取り戻す。
恐る恐る目線を下にやった彼の胸部には、大きな風穴が空いていた。
「なっ……ば……え!?」
全く反応できなかった。いや、問題はそこではない。絶対の自信を持っていた“六甲亀殻”が破られた。
肺を損傷し正常な呼吸機能を失った彼は崩れ落ち、地べたからセラフィスを見上げた。
「な……を……した」
放置しておいてもそのうち息絶えるだろうが、目の前で確実に息の根を止めるためセラフィスは魔力の矢を錬成する。
「今のはヘヌメネスが有する能力の一つ、【貫通】。【操作】が利かぬ上に一本しか放てないのが難点であるが、代わりに恐るべき貫通力を誇る」
「そん…………聞い……こ……ない」
「当たり前だ。この能力は魔王陛下にも明かしていない。奥の手は隠してこその奥の手だ」
「……そんなの……あり……か」
徐々に意識の遠のいていくダラオの頭に、セラフィスは無情にも矢を射た。
「吾輩の二つ名は【穿空】。吾輩に貫けぬものなど、ない」
言い終えると同時、どこからか北の魔王軍の将の亡骸が飛んできて、ダラオの上に重なった。
数拍遅れて東の魔王軍四天王の一人が現れ、そして。
「おーおー、コイツらまで殺られちまったんかー。戦況が混沌としてきたなー」
セラフィスの眼前に巨大な氷の華が咲いた。