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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
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Side-??? 飛翔する【天馬】


「報告します! 敵は我が軍の哨戒兵を破り、西門へ攻撃を開始しました! 城西区画へ侵入されるのは時間の問題かと思われます」


「北門では既に厳しい戦いを強いられております! 四神将の勢いを止められません!」


「師団長、このままでは……!」


 ここは東の魔王領の北方に位置する、四天王が治める城。堅固な守りを誇るその城が今、北の魔王軍の圧倒的なまでの攻撃を受けていた。

 この城の有する兵力は一万。対する北の魔王軍は優に八万を超す。戦うまでもなく、劣勢になるのは明らかであった。



「援軍が来るまで防衛に専念しましょう――と言いたいところですが、間に合うかどうか五分五分でしょうね」


 北の魔王軍を追い返すにはオラクが参戦するか、少なくとも魔王城から援軍を呼ぶ他ない。そこで四天王である彼女は念話回線を繋いでハルバードに援軍を要請したのだが、付近には北の魔王軍によって転移防止の結界が張られているため、数刻で駆けつけることは不可能。彼らが到着するまで相当な時間がかかるとみていいだろう。

 籠城にこだわったところで援軍が間に合うとも限らない。



「仮に間に合ったとしても、魔王様不在で北の魔王軍に勝てるかは微妙なところでしょう」


 ゆっくりと、努めて冷静に配下に語りかける。



「ここは打って出ます。時間を稼げるだけ稼ぎ、援軍を待ちます。戦っている最中に到着すれば御の字。協力して北の魔王軍を押し返します」


 間に合わなければ――とは誰も口にしなかった。

 玉砕覚悟だ。


 城の立地上北の魔王軍の南下による波風に晒されることは元より覚悟していた。今更騒ぎ立てる者はいない。



「西門へ向かう部隊と北門へ向かう部隊に分けます。北門へ行く部隊は私が率いましょう」


「よろしいのですか? 北門は最も攻勢の激しいところですが……」


「構いません。厳しい地点へ私が向かわなければ意味がないでしょう」


 凛と言い放ち、彼女は黄金のオーラに包まれた槍を手に取る。



「出ます。みな覚悟はよいですか」


 配下の者達は潔く頷き、彼女に従って勢いよく部屋を飛び出した。



 * * *



「陛下、北門突破まであとわずかとなりました。西門の攻防も優勢に傾き、攻城は順調です」


「うむ」


 こちらは八芒星型に布陣した北の魔王軍の中心に位置する本陣。【北の魔王】トオルが腰を下ろす最深奥だ。



「ようやく、といった感じですね」


 トオルの近くに控えていた兵士がそっと耳打ちする。

 彼の言う通りだ、とトオルは頷く。


 数的優位に立つ彼らの予測ではもっと早く門を突破しているはずであった。それは決して相手を低く見積もった予測などではない。過去の戦いや四天王のデータ等から分析した正確無比の予測だったはずだ。

 ところがいざ蓋を開けてみれば、東の魔王軍の粘り強さの前になかなか決定打を打てないという有様であった。


 とはいえ優勢であることに違いはない。トオルの側に控える兵士の表情は幾分柔らかくなった。



「続報です。人間界の北の魔王軍も出撃の準備が整ったとのことです」


「そちらはまだ待機させておくでごわす。敵の本隊が出てきた時の切り札として残しておくでごわす」


「かしこまりました」


 報告を伝えた兵士はどこか気の抜けた表情で本陣を去って行った。


 時間がかかっているとはいえ、序盤から苦戦することなく有利に戦いを進めているため、北の魔王軍内に楽勝ムードが漂い始めているのだ。

 今回が初めての戦だという兵士もいるためある程度は仕方ないところがあるものの、このままでは本隊と交戦する際に支障が出そうだ、とトオルが考える矢先のことだった。



「陛下! 北門から四天王、ニュマル・ぺテスが現れました!」


 先程までの報告とは打って変わって緊張感に満ちた報告が飛び込んできた。



「いよいよ前哨戦の王将のお出ましでごわすか。北門へさらに五千、兵を回すでごわす」


「かしこまりました!」


「念のため四神将も回しておいたほうがよかろう。【白霜】のアドルノスキーはんも出陣させるでごわす」


「はっ!」


 姿勢を正し、報告をもたらした兵士はダッと駆けていった。



「……アドルノスキー様ですか。彼が相手をするほどの猛将でしょうか?」


「四天王の力量を見誤らないことでごわす。彼女達は東の魔王軍の最高幹部。どんな奥の手を隠しているか分からんでごわしょう」


「それはそうですが…………。いえ、陛下が仰るのであれば異は唱えません。念には念を入れるべきでしょうからね」


「分かってくれもうしたか」


 兵士はコクリと頷く。


 やがて遠くで魔力の激しい乱れが生じた。まだアドルノスキーまでは指令が伝わっていないはずだ。恐らく先遣あたりとでもぶつかったのだろう。


 乱れの生じた方角を眺めながらトオルは小さく呟いた。



「四天王のお力……拝見させていただこう」



 * * *



 北門前。


 先程から展開していた、北門を攻める北の魔王軍。その一角に、錐で刺したかのような空間ができていた。

 反撃の部隊を率いるのは白藤色の短い髪を揺らす、槍を持った女性。四天王の彼女が身を削りながら決死の猛攻を加えているのだ。


 そしてたった今、彼女は北の魔王軍の幹部と思われる人物を討ち取った。



「やったぞ! 敵の司令塔を倒した!」


「これで希望が見えてきた……!」


 東の魔王軍側がにわかに活気付く。

 四天王の彼女もつい顔が綻んでしまったが、配下達にはあえて厳しく当たる。



「気を引き締めなさい。まだ敵は無数にいるのですから。足元を掬われますよ」


 緊張の糸を張り、正面に向き直ったその時。彼女達の進行方向に氷の華が咲いた。



「おーおー、まさかコイツが倒されるとはなー」


 粉々に砕けた氷の中から姿を表したのは、眼帯をかけた白髪の青年。北の魔王軍四神将を務める男・アドルノスキーだった。



「なーんかお前達、妙に強くなったよなー。一人一人の兵がよー」


「……?」


 攻撃を仕掛けてくるのかと思えば自分達を称える言葉を口にしたアドルノスキーの思考が読めずに、東の魔王軍の足が止まる。



「誰かに師事してんのかー?」


「魔王様の客人である方に鍛えていただいていますが、それが何か?」


「はーん、なるほどなー。道理で強いわけだ。おかげでこっちの予定は狂っちまったぜー」


 ははは、と笑い、彼は続ける。



「迷惑なんだよなあ、時間を稼がれるの。【東の魔王】に来られると俺様の悪事がバレるかもしれない」


「“悪事”?」


「おーっと、多弁が過ぎたぜー。とにかく迷惑だっつー話よ」


 顎を引き、アドルノスキーは白髪の下から覗く隻眼を光らせる。



「その“客人”の名前、教えてくんねーかなー」


「名前を聞いてどうするつもりですか」


「決まってんだろー、この手で殺すのさ」


 ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえた。



「……教えるとお思いですか」


「まさか。んなあっさり教えてくれるなんて思っちゃいねーよ。ただ命の危機に瀕した時、同じことを言えるか見ものではあるなー」


 ニタリと怪しい笑みを浮かべ、アドルノスキーは月白色のオーラに包まれた魔剣を抜いた。



「さあ、問答は終いだー。そろそろいくとするぜー」


 彼の言葉を合図に、辺りに濃密な殺気が立ち込める。



「北の魔王軍、四神将兼玄武隊司令官。【白霜】のアドルノスキーだ」


「……東の魔王軍、四天王にして第四師団長。【天馬】のニュマル・ぺテス」


 名乗りを上げると、互いの魔力が爆ぜた。



 * * *



「くっ……、かはぁっ……!」


 戦闘開始からほんの数分。アドルノスキーの“氷牙”の餌食となったニュマルが地面に沈んだ。

 互いに魔王軍を背負う幹部とはいえ、力の差は歴然であった。



「ははっ、【天馬】さまも大したこたーなかったな」


 魔剣を手玉にして遊びながら、アドルノスキーは余裕たっぷりに言う。



「あの世に旅立つ前に確認しておくぜ。“客人”について話す気はないんだな?」


「……当然です……。たとえこの身が果てようとも、口を割るつもりは微塵もありません」


「んー、そっか、そいつは残念だなー。じゃあ、死ね」


 無慈悲に振り下ろされた魔剣を、ニュマルはかろうじて受け止めた。



「冥土へ旅立つ覚悟はとうにできています。しかし、まだ死ぬことはできない。本隊が、魔王様が。到着なされるまで可能な限り時間を稼ぐ」


「健気なことだなー。本隊はともかく、【東の魔王】さまは間に合わねーだろうよ」


「何とでも言いなさい。命を賭して時間が稼げるなら本望。これ以上、この穏やかな土地は荒らさせません。北の魔王軍はここで食い止めます」


「ははっ、郷土愛ってやつかー? いくら【天馬】さまが時間を稼ごうが、東の魔王領は北の魔王軍が蹂躙する。これは決定事項なんだよ。お前を倒してより南へ進軍させてもらうぜー」


「させませんと言ったはずでしょう」


 満身創痍ながらも、ニュマルは瞳に闘気を滾らせ、槍を支えに立ち上がった。彼女の思いに呼応するかのように、槍は黄金のオーラに包まれていく。



「全身全霊をかけた、奥の手です」


 膨れ上がっていく彼女の魔力に警戒心をあらわにし、アドルノスキーは距離をとる。



「――“天馬鳳翼烈ペガスス・カムストラ”」



 ――【天馬】が、駆ける。



 * * *



「くそっ……間に合わなかった」


 黒煙を上げて崩れ落ちてゆく城を遠目に、オラクは自分の膝に拳を叩きつけた。


 人間界から帰還したオラクとルナが合流した本隊が到着する頃にはもう、ニュマルの治める城は陥落していた。


 こんなことになるなら人間界へ行くべきではなかったと己の行動を悔やんたオラクだったが、そんな彼をハルバードが諭す。



「ご自分を責めなさいますなサタン様。どのみち部隊の編成に時間はかかっていたのです。北の魔王軍の速攻の前には成す術がありませんでした」


「だが、俺が魔界にいれば俺一人でも転移してきて戦うことはできた。転移防止の結界が張られているとはいえ、自分の身を運ぶことくらいならわけない」


「貴方様一人加勢したところでどうにかなりますか。敵方の兵力は八万ですぞ? それに四神将の実力も侮れませぬ。いくらサタン様とはいえ、無事では済みますまい」


「……それはそうだけど……」


「どうかご自分を責めずに、【天馬】の活躍を称えてやってくだされ。彼女は四神将補佐を一人削ったのですぞ。それに兵士達もよく奮闘しました。彼らが北の魔王軍を足止めしてくれたおかげで領民らの避難する時間を稼げましたし、思いの外損害を与えることができたようです」


 確かにハルバードの言う通り、悔やんでばかりでは散っていった仲間達に申し訳ないだろうと思い、オラクは苦しそうに首を縦に振った。

 そして戦場を見渡し、静かに霊気を吸い込む。



「安らかに眠れ、戦士達」


 死霊術を用いて言霊を使役し、辺りに漂う魂を鎮める。

 並の死霊術師では到底不可能な芸当をやってのけたオラクは、珍しく怒りの籠もった瞳で北の魔王軍を睨みつける。



「仲間の命を奪ったお前達を、俺は許さない。俺を怒らせたらどうなるか骨の髄まで思い知らせてやる」


 怒れる彼の周囲には、黒い魔力と、霊気が可視化した白い粒子が漂っていた。


 

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