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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
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Side-??? 戦乱の幕開け


 ――オラクの元へ宣戦布告の知らせが入るより数時間前、魔界・北の魔王領――



「陛下、南下の準備が整いました!」


 【北の魔王】、トオル・オキシド・ピンクゴリラの下へ一人の魔族が報告を伝えに来た。

 総力を結集した北の魔王軍がいよいよ、東の魔王領へ向けて出撃するのだ。



「ご苦労でごわした」


「あとは陛下の号令を待つばかりです」


 トオルは頷き、黄色の髪を揺らしながら魔王城の正門前広場へ移動した。



「おはんら、いよいよ戦いの時が来たでごわす」


 静かに、されどよく通る声を響かせ、彼は広場を見渡す。

 屈強な兵士達や【西の魔王】ルシェルから拝借した魔物部隊。そしてそれらを統率する四神将。少し離れたところには不気味な笑みを浮かべるルシェルの姿も見える。



「おはんらもよく分かっているように、この領地は飢餓に苛まれているでごわす。よってこれより東の魔王領へ侵攻し、豊かな土地を奪い、北の魔王領を飢餓から救うでごわす!」


 トオルが自身の魔武器・神槌しんづいニョルニルを天に掲げると、地響きのような歓声が沸き起こった。


 彼はそのままニョルニルで上空に魔法陣を描く。



「――“宣戦布告ディクレアレイション”」


 完成された巨大な魔法陣は光を放ったかと思うと、すぐに消え去った。



「全軍、出撃!!!」



 * * *


 ――同じ頃、東の魔王領――



「な……何だあれは!?」


「巨大な魔法陣……?」


 東の魔王領の魔王城、その城下町の空に突如巨大な魔法陣が現れた。大きな瞳が魔王城を睨んでいるかのように、魔法陣は不気味に輝いている。


 街を行く住民達は足を止め、不安げに空を見上げる。わけも分からずただ呆然と立ち尽くしていた彼らだったが、やがて異常を知らせる警報が鳴り響いた。

 魔法放送で地下に避難するよう指示が出され、住民達は魔王軍の誘導に従い、人間の暮らす街がある地下へと移動を始めた。


 *


「ハルバード様、よろしかったのでしょうか。地下街の存在は関係者以外には秘密のはず。人間がいるとバレるのはまずいのでは?」


 住民達が移動している頃、魔王城内で一人の兵士がハルバードに念を押すように確かめていた。



「仕方ありませぬ。城内へ避難させることも考えましたが、地下の方がより安全でしょう。それに、住民達も地下街の存在には薄々勘付いている」


「……たしかに、聡い者が多いですからね」


「一人で一個師団並の戦力を有するとされる四神将が全員参戦しているとの情報もある。住民を守るためには万全を期すべきでしょうな」


 オラク不在中の防衛全権を託されているハルバードがそこまで言うのであれば、もはや言うことはない。

 彼の意見に納得した兵士は頷いて、持ち場へ駆けて行った。


 兵士が去っていった方向をぼんやりと見つめながら、ハルバードは過去に思いを馳せ、ポツリと呟く。



「まさかもう一度北の魔王軍と全面衝突することになろうとは……。人生とは数奇なものですな」


 彼は部屋に立てかけてあった身の丈ほどの杖を掴んで立ち上がった。軽く腕を振るって杖を手に馴染ませてから扉を開ける。



「今度はかつてのような惨劇にはさせませぬ。サタン様の帰る場所は、命を賭してじぃがお守りいたします」



 * * *


 ――南の魔王領――



「ルシウス様、北の魔王軍が東の魔王軍に宣戦布告したようですわ」


「……何だって……!?」


 執務室で仕事をしていた南の魔王、ルシウス・ルビジウム・ルッケンブルクは、腹心のセリーヌ・フレロビウムがもたらした情報に勢いよく顔を上げた。



「それは確かなのかい?」


「ええ。東の魔王領へ放っていた間諜からの知らせですもの」


 にわかには信じられなかったか、ルシウスは手を止めてじっと熟考する。



「まさかあの【北の魔王】が争いを起こすなんて……。一体何が原因なんだろう」


「民衆からの圧力ではありませんの?」


「……そうかもネ。以前から飢餓状態に陥っていたとの噂もあるし。でも援助の申し出はしてたよネ?」


「ええ。食料を提供するとの旨は何度も伝えましたけれど、その度に『必要ない』との回答が返ってきてましたわ」


「じゃあ飢えた民衆の意思ってことはないのかナ。……いや、そもそも申し出が北の魔王に届いていない可能性も……?」


 なかなか納得がいく結論にたどり着かず悶々としていたルシウスだったが、かぶりを振って立ち上がった。



「東の魔王軍を助けに行くんですの?」


「いいや。南の魔王領は代々中立国の立場を貫いてきたからネ。向こうからの要請があれば助けに行くけど、こちらから動くような真似はしない」


「ではどちらへ?」


「幼馴染に会ってくるのサ」


「……」


「オラクじゃない方のネ」


 つまり、【西の魔王】。


 なぜ今【西の魔王】に会う必要があるのかと疑問に思ったセリーヌだったが、すぐにルシウスの思惑に思い至った。



「【西の魔王】に【北の魔王】を止めてもらう……?」


「その通り、さすがセリーヌだネ!

 西の魔王領は北の魔王領と同盟を結んでいる。ルシェルの言葉ならもしかすると北の魔王に届くんじゃないかと思ってネ。仮に届かないにしても、何かしらの情報は得られると思ったのサ」


 一理ある。しかし――


「ルシウス様が直接【北の魔王】にお会いになればよろしいのではなくて?」


 【北の魔王】はどちらかといえば温厚な人物だと聞いている。ならば会いに行っても追い返されることはないのではないだろうか。



「アハハハハハッ! セリーヌはボクに死ねって言いたいのかい?」


「えっ!? えっ、どうしてそうなるんですの!?」


 そんなつもりで言ったわけではないのに、と困惑するセリーヌをよそにルシウスは腹を抱えて笑う。



「【北の魔王】が温厚だってことを踏まえての発言なんだろうけどネェ、上がそうだからといって下もそうだとは限らない」


「……あ」


 うっかりしていたという表情を浮かべてから、セリーヌは恥ずかしそうに顔を逸らす。



「北の魔王軍最強の幹部達・“四神将”は魔界の中でもかなり過激派だからネェ。【北の魔王】に話をしに行こうにも、彼の元に辿り着く前に四神将に殺されて終わりだよ。さすがにボクでも四神将全員を相手にして勝てる自信はないネ!」


 快活に笑うルシウスとは対照的に黙り込んでしまったセリーヌを見て、ルシウスは「とにかく」と続けた。



「これからルシェルに会って話をしてくるよ。【北の魔王】を止めてくれないか、またどうして彼は宣戦布告するに至ったのかを、ネ。もっとも――」


 ふと、ルシウスは続きを言っていいものなのか逡巡したが、セリーヌは最も信頼する配下だ。喋らないのは失礼にあたるだろうと思い、自分の考えを伝えることにした。



「ルシェルが黒幕だという可能性もあるわけだけどネ」


「……【西の魔王】が……? でも彼女は【東の魔王】を好いているのではなくって?」


「うん、まあこれは理解し難いと思うんだけど。彼女の思考は変わっててネ。……彼女の二つ名は知っているよネ?」


「もちろんですわ。【狂乱黒蝶】ですわよね。それがどうかなされましたの?」


「『黒蝶』は外見のことなんだけど、『狂乱』は彼女の性格を表しているんだ」


 なんとなくそんな気はしていた、とセリーヌは頷く。



「狂気じみた研究、しつこくまとわりつく執着心。そして、歪んだ愛。これらが『狂乱』の由来だネ」


「“歪んだ愛”……?」


 執着心がすごいという話は以前されたような気もするが。



「ああ。昔からルシェルはオラクに惹かれていたんだ。当初は(・・・)純粋無垢な好意だったよ。でもネ、オラクが振り向くことはなかった」


 微笑みを浮かべ、ルシウスは続ける。



「オラクもまた、別の人物に心惹かれていたからだ。彼らの想いはとても微笑ましかったよ。『子どもの恋は偽物。大人になってからの恋が本物だ』なんて言う人がいるけれど、そんなことはないネ。それは完成された絵画のように、儚く切ない、美しいものだった」


 素敵なことだ。そうセリーヌは思ったが、これでは“歪んだ愛”の説明になっていない。

 だがセリーヌが説明を促すまでもなく、ルシウスはすぐに続きを語り始めた。



「『儚い』ということは、いつでも崩れる危険性を孕んでいるということだ。幸福な日常はある日、唐突に終わりを迎えた」


 そこからルシウスは、以前オラクがオリビアに語ったのと同じような話をした。


 最愛の友・ミーナを亡くしたこと、真に強たる者としての魂が覚醒したこと、現北の魔王に助けられたこと。


 セリーヌは悲劇に胸が苦しくなるのと同時に、過去を語ってくれたことに対して温かい気持ちにもなった。



「ミーナの死をきっかけにして、ルシェルは歪んでしまった。純粋な好意が歪んだ愛へ。かつてオラクと談笑できることに喜びを感じていた少女は今や、常人には思いつかないような方法でオラクを振り向かせようとしている」


「どんな方法ですの?」


「それはネ、××××××××××××××だよ」


「んなっ……!?」


「だからルシェルが北の魔王をそそのかした可能性もあるってわけサ」


 あまりにも衝撃だったためセリーヌはなかなかニの句が継げなかったが、なんとか声を絞り出した。



「……説得はいたしませんの?」


「どうしてだい?」


「『どうして』って……。そんな狂った考え、今すぐ改めさせるべきですわ」


「うーん、セリーヌの意見はもっともなんだけどネェ。ボクにはちょっと考えがあるのサ。“その時”が来ればまた話すよ」


 なぜ【北の魔王】のことは止めようとするのに【西の魔王】のことは止めようとしないのか疑問に思ったが、考えがあるのならば仕方がない。それに今すぐではないとはいえ誠実に話してくれるのだ。せっつく必要もないだろうと思い、セリーヌは素直にルシウスを送り出すことにした。



「どうか気をつけてくださいまし」


「うん、ありがとうネ」


 微笑むと、ルシウスはその場に転移魔法陣を描き、光の粒となって消えていった。


 

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