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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
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Side-L 戦乱の兆し


 白髪の青年が地面に魔剣を突き刺すと、無数の氷の槍が地中から出現した。


 間近まで迫っていたルナは一旦距離をとって回避する。



「あははっ、当ったらな〜い♪」


 僕達のところまで戻ってきた彼女が上機嫌にそう言ったのも束の間、氷の槍は僕達の方まで迫ってきた。



「余裕ぶっこくのもいいけどよー、油断してるヤツに追撃しないほど俺様は甘ちゃんじゃないぜー?」


 言葉通り青年は攻撃の手を休めず氷の礫を飛ばしてくる。

 皆やわな鍛え方はしてないので、なんとか避けることこそできたものの、各々が分散されてしまった。



「よっしゃー、やっと【東の魔王】さまが一人になったぜー」


 口角を上げた青年はオラクの正面に陣取り、左手をかざした。



「――“氷牙ひょうが”」


 先程地面から現れたのと同じ、氷の槍が青年の手のひらから射出される。

 とてつもない速度だったが、さすがは魔王。オラクはいとも容易く素手で槍を打ち払った。



「ハッハ、さすがに槍一本じゃ無傷かー。だったら……」


 青年は左手と魔剣をかざし、オラクもそれに応えるように右手をかざす。



「――“氷霜牙霹靂ひょうそうがへきれき”」


「――“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”」


 刹那、つんざくような轟音が響き、青年から青白い雷撃が迸る。

 牙のような形を成した雷撃は地面を凍てつかせながらオラクへと迫る。が、しかし、オラクの手のひらから放出される濃密な死の焔の壁に阻まれ、オラクの身を傷つけることはない。

 やがて“黒焔シュヴァルツ・フォイヤー”の勢いが勝り、氷の雷撃を押し返し始めた。



「ホハハハハハ! 他人の戦いを観察するとはいい度胸だ!」


 ぼんやりと彼らの戦いを観察していると、僕の正面にアロハシャツのモヒカン男が現れた。


 モヒカン男は何かに陶酔しているかのような表情で口を開く。



「知っているか少年、芸術は……爆発だ」


「は?」


 何を言っているんだこの人。


 ニヤリと口角を上げたモヒカン男は手にしていた光り輝く筆を振るい、一息で五つの魔法陣を描いた。



「――“芸術爆発ダ・ヴィンチ・コード”!」


 彼が叫べば五つの魔法陣から砲弾が射出され、僕に迫る。


 燃え盛る炎の勢いは激しい。だけどスピードは大したことない。


 僕は魔力を注ぎつつ抜剣し、その場で竜巻が如く回転した。



「――“閃光輪華せんこうりんか”!」


 光を纏った魔剣・ディバイドが砲弾をズタズタに斬り裂く。砲弾が斬り裂かれた瞬間爆発が生じるが、爆風ごと薙ぎ払い、僕は難を逃れる。



「ホハハハハハ! 素晴らしい、素晴らしい実力だ! これぞまさに芸術アート!!」


 魔法を無効化されたモヒカン男は悔しがるどころか嬉しそうな表情を浮かべ、剣ほどの長さの筆を構え直す。

 彼が腕を振るうより先に、僕は目に力を込めた。



「――“覇者の威厳”」


 竜胆色に染まった瞳・“竜眼ドラゴン・アイズ”の能力によってモヒカン男の四肢の動きを封じる。

 裸眼の状態から能力を使うまでには時間がかかるけれど、今のは既に“竜眼”を発現させていたからこそ素早く能力を使うことができたのだ。


 僕に睨まれたことでピタリとモヒカン男が固まる。そして、まるでこのタイミングを見計らっていたかのように僕達の加勢が現れた。



「そこまでだ」


 抑揚のない声に辺りを見渡せば、セラフィス率いる諜報部隊・“魔王の糸”が僕達の周囲を取り囲んでいた。

 全員幻術で黒角を隠しているため一見普通の人間にしか見えない。


 それにしてもついさっきまで買い物をしてたはずなのに。さすが行動が早いね。



「魔王陛下の“黒焔”の魔力を感知し駆けつけた。これからさらなる加勢も来る。抵抗せず、おとなしく投降することだ」


 言いながら、セラフィスは魔力の矢を錬成する。



「おっとー、これはさすがにキツいかー?」


 劣勢を悟ったのか白髪の青年は一旦オラクから距離をとる。しかし口元が笑っていることから、まだ余裕はありそうだ。


 透き通るような魔剣をしまい、彼は二人のオレンジ髪を呼び寄せた。



「一応目的は果たしたからよ、トンズラこくとするぜー」


「目的?」


「あー。俺様達は【東の魔王】さまと【宵の月】さまの実力を測るために人間界に来たのよ。若干想定外(イレギュラー)なことも起きたが、予定通りお前らの実力は測れた。長居は無用ってことだー」


 そう言って青年は魔法陣を描こうとしたが、飛来した魔力の矢によって構成を阻害された。



「逃さぬ。貴公らの正体は分かっている」


 魔力の矢をつがえるセラフィスが冷徹に言い放つ。



「何者なんだ?」


「吾輩と同じようにある領地の幹部を務める者達である」


 セラフィスがオラクの問いに答えると、白髪の青年はチッと舌打ちをした。



「ちくしょー、バレてたんかよ。さすがは【穿空】さまだぜー。そこの人間には幻術を見破られるし、今日はつくづくツイてない日だなー」


「……吾輩のことも知っているのか」


「あったりめーよ。何もそっちだけが情報を持ってると思わねーこったな」


 セラフィスから放たれる矢を回避するように跳躍し、彼は建物の屋根の上から僕らを見下ろす。



「【穿空】さまには正体がバレてるみたいだからよ、最後に俺様の名を教えといてやるぜー」


 聞いてない、とは誰も言わなかった。

 オラクを【東の魔王】と分かって襲撃してきたのだ。彼の正体を知りたいと思うのは当然だ。



「俺様は北の魔王軍・四神将にして玄武隊司令官。【白霜はくそう】のアドルノスキー」


「同じく四神将にして朱雀隊司令官。【奏楽】のムジーク・デ・ロマノフ」


「同じく四神将補佐にして朱雀隊参謀! 【芸術】のピエール・ド・ロマノフだ!」


 白髪で隻眼の青年に続いてオレンジ髪の兄弟と思われる男達も名乗りを上げる。同時にどこからともなく暴風が吹き荒れ、彼らの周囲を覆った。

 慌ててセラフィスが矢を射て、ルナが魔弾を打ち出すも、暴風は一切の攻撃を寄せ付けない。

 遅れて僕と姉さん、オラクが炎を放った時には遅く、暴風と共に彼らの姿は消えていた。



「逃げられたか……」


 呟いて臨戦態勢を解いたオラクは、セラフィスに“魔王の糸”を元の仕事に戻らせるよう指示を下した。


 ようやく王都の治安を取り締まる聖魔導騎士団がやって来る気配がしたので、僕達は一旦人間界の拠点――要するに僕の家――に戻った。



「『北の魔王軍』って言ってたけど」


 家で留守番をしていた魔狼のフェルに事の顛末をかいつまんで説明してから、僕はセラフィスに向き直る。



「彼らは君たちと対立してるの?」


「魔王陛下が魔王となる前までは小さな紛争が絶えなかったが、魔王陛下が就任してからは停戦協定を結び、とりたて衝突が起きたことはなかった」


「そっか」


 現状は対立していない。けれど火種はくすぶり続けてきたと見ていいだろう。

 あくまで停戦・・協定だ。何かきっかけがあればいつでも破棄され得る。



「オラクとルナの実力を測りに来たってことはこれから本格的に戦うつもりなのかな」


「戦うつもりだとすれば、停戦協定を無視してまでそうしようと判断するに至った理由があるはずですよね」


 姉さんの言う通りだ。

 北の魔王領内の経済状況の悪化か、些細ないさかいか。



「ルナが何か怒らせるようなことでもしたんじゃないの」


「何もしてないわよ! 人を悪者みたいに言わないでくれる!?」


「はは。ごめんね、ほんの冗談だよ」


 ルナは顔を真っ赤にしたが、言い争っている場合ではないと思ったのか悔しそうに口を一文字に引き結んだ。



「理由はどうあれ、北の魔王軍との衝突は覚悟しておいた方がいいだろう。セラフィス、魔界に戻ってハルバードに伝えてくれ。『有事に備え、いつでも出撃できるように』と」


「承った」


「用事があっただろうに悪いな」


「問題ない。闇に潜み魔王陛下の手となり足となる。それが“魔王の糸”の役目である」


 仰々しく頭を垂れてから、セラフィスは転界魔法陣を描き、世界と世界を繋ぐ扉へと消えていった。



「さて、オリビアとライトには申し訳なかった。魔族のいざこざに巻き込んでしまって」


「気にしないでいいよ。何か害を被ったわけでもないし」


 姉さんも頷いて同意の意思を示す。



「人間界に常駐する北の魔王軍の動向も気になるから、もうしばらく滞在させてもらっても構わないか?」


「うん」


 元々数ヶ月間泊める予定だったからね。


 表情を引き締めたオラクに姉さんは何か言いあぐねているようだったが、結局伝えることはできないまま、その日は終わりを迎えた。



 ◆ ◆ ◆



 他領の幹部の襲撃という事態に戦乱の兆しを感じながら、時は流れ、一ヶ月後。


 オラクの元に、宣戦布告の一報が入った――。


 

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