表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
52/136

プロローグ


 ――魔界――



「陛下! 今すぐ南下のご命令を!」


 蝋燭の光に照らされた仄暗い部屋の中に、十数名の魔族が座っていた。悠々と椅子に座す彼らの頭部には平均的なサイズよりも大きな凛々しい黒角が生えている。

 そんな見るからに屈強そうな者の内の一人が立ち上がり、最上座に座っている魔族に食って掛かった。



「南下など断じて許さないでごわす」


「なぜですか!」


「おはんはこの平和な時代に、わざわざ争いを起こそうというのでごわすか?」


「それは……確かに愚かなことかもしれません。しかし、この領内の民達はもう限界を迎えております! 厳しい寒さに作物が実らず、食料源は西の魔王領との交易に頼るしかない。それでも十分な食料を得られずに、民は飢えているのです。食料を自給するためにも、豊かな南東の土地が必要なのです!」


 彼が必死に訴えれば、上座に座っていた黄色い髪のガタイの良い魔族は押し黙った。


 以前からこの領地において食糧問題は差し迫った危機として取り上げられていた。

 早急に解決すべしとの結論を下した魔王軍が幾度となく土地の改良や食物の品質の向上などに取り組んできたのだが、未だに成果は上がっていない。


 ゆえに近年、南下して豊かな土地を奪い、生産性を向上させようという声が上がってきているのだ。



「東の魔王領と南の魔王領とは交渉も行ってきました。しかし満足のいく解答を得られていないのです! そうですよね? アドルノスキー様!?」


 話題を振られた白髪で隻眼の魔族が真剣な眼差しで頷く。



「奴らには最大限の礼は尽くしました。もはや我々には戦う道しか残されていないのです!」


 彼の言葉に何人かは頷き、また何人かは黙って腕を組んでいた。



「……おはんの言い分はよく分かった。だがもう少しだけ待つでごわす」


「何回も同じ事を聞きました! 待って、待って、待って。しかしもう耐えられない! 魔王軍の中にも不満を持っている者はいます。このままではいずれ、内部崩壊を起こしてしまう! それだけは私としましても絶対に避けたいのですっ!!」


 すぐには答えず、黄色い髪の魔族は目をつぶって考え始めた。


 と、その時。部屋の隅の空間が歪み、そこから一人の魔族が現れた。

 濡羽色の髪をなびかせる、目の下のくま(・・)が特徴的な、白衣を身に着けた女性。



「なっ……【西の魔王】!?」


 女性の正体にその場がにわかにざわつく。



「何か用でごわすか、ルシェルはん」


「けひひひっ、あんさん達が困っていると思ってねぇ、いい話を持ってきたのさあ」


 ニタアッと口角を上げ、彼女は続ける。



「アタイの麾下きか、西の魔王軍の魔物部隊をあんさん達に貸してあげるよぉ」


「っ! それは本当か!?」


 彼女の言葉に黄色髪の魔族ではなく、先程から熱弁を振るっていた魔族が反応した。



「本当だよーぅ。東の魔王領を攻めるのに協力は惜しまないつもりさあ」


「それは非常にありがたい! 陛下、【西の魔王】もこう申していますし、南下するなら今しかありません!!」


 彼が嬉々として説得するが、黄色髪の魔族は依然として瞑目している。



「けひひっ、重い重い。なかなか動かないねぇ」


 ヒールを鳴らしながら、ルシェルがゆっくりと黄色髪の魔族に近づいていった。



「でも、本当にいいのかなあ? あんさんが愛して止まないこの領地は確実に痩せ細ってきている。早く行動に移さないと手遅れになるかもしれないよぉ?」


 ねっとりと、毒を流し込むように、彼の耳元で囁く。



「……」


「なぁに、遠慮しなさんなあ。西の魔王領とこの領地は同盟関係。それにあんさんはアタイの恩人だあ。どんどんアタイを頼っていいんだよぉ」


 ルシェルの艶めかしい声に、彼の心が揺れる。



「あんさんの一番大切なものは何さあ」


「この土地とここで暮らす民でごわす」


「じゃあ、もう戦わないなんて言ってられないよねーぇ?」


 ピクッと眉を動かした彼は、とうとう決心したか、勢いよく立ち上がって宣言した。



「一ヶ月。それが南下のための準備に費やす期間でごわす。ルシェルはんの厚意に甘んじ、魔物部隊も組み込んで進軍するでごわす」


 ずっと彼を説得し続けていた魔族の顔がパアッと輝く。



「“四神将”を一人残らず参加させ、人間界の魔王軍も動員して東の魔王軍を挟み撃ちにするでごわす。総司令官はおいどんが務める。総力戦でごわす! おはんらの命、おいどんに預けてくいやんせ!」


 魔界最大の領土を持つ【北の魔王】。“災厄の世代”の一角である彼――トオル・オキシド・ピンクゴリラはついに、南下することを決意した。




 * * *


 ――同じく魔界、南の魔王領――



「失礼しますわ、ルシウス様」


 南の魔王が統べる領地の南端に位置する魔王城。その執務室に、ティアラを挿したドレス姿の女性が入ってきた。瑠璃色に輝く髪は縦ロールに巻かれている。



「セリーヌか。どうしたんだい?」


 仕事を終えコーヒーを飲んでいた、紺色の髪の精悍な顔をした魔族が椅子を回して振り向く。



「【西の魔王】から書簡が」


「ああ彼女からか。そこら辺に置いといてくれるかい」


「見なくてもよろしいのですか?」


「アハハ、内容はわかるからネェ。まあ後で読むよ」


 ルシウスと呼ばれた紺色髪の魔族が微笑むと、セリーヌは不可解そうな表情を浮かべた。



「見たかったら見ても構わないよ。とても面白いことが書かれているはず」


 そう言われては断るのも角が立つと思ったのか、彼女は恐る恐る手紙の封を開けた。

 見れば、誰かを称賛する言葉でびっしりと埋め尽くされていた。



「……何ですのこれは? 不気味ですわ」


「アハハハ! ネ? 面白かったろう?」


「『憂いを帯びた表情がカッコイイ』、『誰にでも優しい』、『努力家』、『死霊術のことを秘密にしているのが可愛い』……。一体どなたのことを言っているんですの? まさかルシウス様のこと?」


「アハハハハハハハハ! 冗談はよしてくれよセリーヌ! アハッ、アハハハッ! ボクがそんな人物に見えるかい?」


「死霊術のことなどはともかく、ルシウス様は誰よりもカッコイイと思いますわ」


 くつくつと笑うルシウスの目には薄っすらと涙が浮かぶ。それほどツボにハマったということだろう。



「あー、お腹痛い。カッコイイって思ってくれているのは素直にありがたいけど、手紙に書かれてるのはボクのことじゃないんだな〜」


「ではどなたですの?」


「さーて、誰かな」


「……【東の魔王】?」


「正解! さすがセリーヌだネ!」


 カップに残っていたコーヒーを飲み干して、彼は立ち上がる。



「久しぶりにルシェルと会ってネ、手紙のやり取りをすることになったのだけど」


 また笑いがこみ上げてきたルシウスは一旦言葉を切り、呼吸を整えてから続けた。



「手紙に書いてくることといえばオラクのことばかりでサ。もう笑っちゃうよ。よっぽど彼のことが好きなんだろうネ」


「……」


「まあボクの方がオラクのことを想っているんだけどネ?」


 またか、とセリーヌはため息をついた。

 これがなければ完璧なのに、と思う。



「それで彼女はどれくらいオラクのことを想っているか、ということで、彼の良い所を挙げてもらうことにしたんだよ」


「よくもまあこれほど良い所を見つけられるものですわね」


「アハハ、ルシェルの執着心は凄いからネェ。挙げようと思えばもっと挙げられるんじゃないかな?」


 あからさまにセリーヌは顔をしかめる。



「アハハハハ! そんな顔をしないでくれよ。冗談じゃないから」


「そこは『冗談だ』と言うところですわ!」


「アハハハハハハハ!」


 楽しそうに笑ってルシウスはセリーヌの肩を叩く。



「信じられないなら今度会いに行くかい?」


「結構ですわ。そんな気味悪い女のところへなんて行きたくありませんもの」


「ルシェルじゃないよ。オラクだ。彼に会えば、彼がどれだけ素晴らしい人物か分かると思うよ?」


 ああそっちか、と一度口を閉ざしたセリーヌだったが、渋い表情が晴れることはなかった。



「またですの?」


「あれ? 会ったことあったかい?」


「先々月会ったばかりですわよ! 既に十回ほど会いましたわ! その度に嫌というほど【東の魔王】の良い所を聞かされました。ルシウス様と、あの忌々しい小娘に!」


「そういえばそうだったネェ。アハハハハ、そうか、セリーヌはルナ嬢と仲が悪かったっけ」


「あんな低俗な小娘とは顔も合わせたくありませんわ」


「そうかい、じゃあ仕方ないネ……。ボク一人で会ってくるよ」


「っ! そ、それは駄目ですわルシウス様! 危険過ぎます! ルシウス様がお一人で行かれるくらいならわたくしも付いていきますわ!」


「本当かい!? いやー良かった良かった! さすがに他の領地に一人で行くのは心細いからネ。セリーヌがついてきてくれるなら安心だ」


 ルシウスが爽やかに笑えば、セリーヌの頬がほんのり赤くなった。



「じゃあ今度、二人で」


「はい」


「よろしくネ?」


 肩を叩かれ、彼女の顔は完全に赤く染まった。

 照れるあまりうつむいていた彼女が面を上げる頃にはもう、ルシウスの姿は消えていた。



「……まったく、奔放な御方ですわ」


 呟いて、彼女も執務室を出ていった。




 ――謎に包まれていた魔王達が今、動き出す――。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ