エピローグ
――同じ頃、人間界某所――
「判決が下されるまで、ここに入っていて下さい」
国家転覆罪の容疑で聖魔導騎士団に連行された、ドラゴニカ家当主ゴルドー・アルファ・ドラゴニカと、第二王子グラハム・セルバルトン・エントポリスは牢屋とでも呼ぶべき部屋に投獄された。
良からぬことを企まないよう、二人は別々の部屋に分けられている。
二人を投獄してから、聖魔導騎士団の副団長にしてドラゴニカ家次期当主、アルベルト・ヒッグス・ドラゴニカは父が収容されている牢の前にやって来た。
「父を投獄するとは親不孝な息子だ……」
「今までさんざん家族を犠牲にしてきたのだから、当然の報いです。子不孝な親が孝行されるとでも?」
「ふん、何度言わせる気だ。家族を思えばこそ、権力を拡大してきたのではないか……。俺ほど子を思う親はそういるまい……」
「本気でそんなことを言っているのですか?」
アルベルトが呟けば、ゴルドーの目つきが険しくなった。
「長女、次女と政略結婚させ、三女までも同じようにしようとした。そこに彼女達の意思はない。本人が望んでいるかどうかも分からないというのに結婚させるなど、愚の骨頂ではありませんか。どこが子を思っているのか、自分には理解できませんね」
「貴様……好きに言わせておけば……。それに何だ、今までは俺の決定に黙って従っていたではないか……。なぜ今になって反抗しようというのか」
「今までも内心不快に思っていましたよ。ただ今までは反抗するだけの力が無かっただけのこと。力さえあれば、ライトのように反抗していたでしょう」
「ようやく力を得たかのような喋り方だな……」
「ええ。彼女のおかげでようやく思い描いていた実力を得られました」
アルベルトがチラリと背後に目を向ければ、いつの間にか濡羽色の髪を持つ魔族が立っていた。
「貴様……。【東の魔王】やライトらを抑える為に呼んだというのに……。裏切ったのか、ルシェル・ミロ・トリチェリー」
「けひひひっ、アタイは最初っからあんさんに協力してたつもりはないよぉ。あたいの協力者はアルベルトさあ」
不気味に笑いながら、ルシェルは豊満な胸をアルベルトの背中に押し付ける。
「……ふん、やはり魔族など信用するべきではなかったな……」
もはや語ることはないとばかりに黙り込んだゴルドーだったが、アルベルトが牢の鍵を開けると不可解そうな表情を浮かべた。
「何をするつもりだ……」
アルベルトの代わりに、中へ入ってきたルシェルが答える。
「仇を討つのさあ」
「仇……だと?」
ニタアッと口角を上げ、彼女はゴルドーの首を掴む。
「がっ……!」
「けひひひっ、忘れたとは言わせないよぉ。13年前、ミーナを殺したのはあんさんでしょーぅ?」
「……っ! 【東の魔王】だけでなく貴様もか、【西の魔王】……!」
「けひひっ、アタイ達だけじゃないよぉ。【南の魔王】もあの時、同じ場所にいた」
「なっ……!」
「東、西、南の魔王はみぃ〜んな、ミーナの友さぁ」
ルシェルから明かされた衝撃の事実。それはつまるところ、東、西、南の魔王が全員面識があるということだ。
「それだけじゃないよぉ。【北の魔王】もあの時、アタイ達を救ってくれた。つまり東西南北を統べる全ての魔王は、ミーナをきっかけに一度は顔を合わせたことがあるのさぁ。まあ【北の魔王】だけは仲間はずれ感が否めないけどねーぇ、東、西、南の魔王は、鋼よりも堅い絆で結ばれているのさぁ」
アルベルトも初めて聞くのか、彼も父同様目を丸くした。
父がルシェルの友の仇だということは知っていたが、詳しいことは聞いていなかったようだ。
「アタイ達の中心にはいつもミーナがいた。彼女は皆から好かれ、皆を愛した。とても大切な友さあ。そんな彼女を奪われたんだからねーぇ、それはもう悲しかったよぉ」
悲しさと怒りの混じった瞳をゴルドーに向け、続ける。
「ミーナを殺した人物に会えたらこの手で始末しようと思っていたよぉ。たぶんオラクとかも同じだったと思うけどねぇ。でもオラクは優しいから、あんさんのことを殺しはしなかった。ボロボロにはしたみたいだけどねーぇ」
満身創痍のゴルドーを眺めてルシェルはケタケタと笑う。
「ならばなぜ出会ってすぐに殺さなかった……。貴様が我がドラゴニカ家の屋敷に出入りするようになったのは何ヶ月も前だろう……」
「けひひひっ、ずぅっと殺したいと思ってたさあ。でもアタイの計画を進めるのに、あんさんが役立ちそうだと思ったからねーぇ。今日まで生かしてきたのさぁ」
「計画……?」
「気になるよねぇ? だけど死にゆくあんさんには関係ないことさあ。さあて、そろそろ始めてもいいかなあ?」
何を、とは訊くまでもなかった。
左手でゴルドーの首を締めたまま、ルシェルはゴルドーの胸に右手を突き刺した。
「けひひひっ、さようなら♡」
底冷えするような声を発して右手を引き抜けば、辺りに血飛沫が舞う。
彼女が着ている白衣が、自慢の黒髪が、そして当然顔も。鮮やかな赤に染まる。
そして彼女の右手には、ピクピクと痙攣する心臓が握られていた。
「ごぶっ……」
血を吐いて床に倒れたゴルドーを見下すルシェルの姿は不気味で、しかしどこか美しくもあった。
白衣を翻して牢から出てきた彼女はペロッとアルベルトの首を舐めた。
「血が付いてた♡」
「……それはどうも」
「けひひっ、そう悲しい顔をしなさんなぁ」
「悲しんでなどいません。父は当然の報いを受けたまで」
「家族を蔑ろにしてきた報いだってことかなあ?」
アルベルトは静かに頷く。
「父上が家族を犠牲にしてきた結果、家族はバラバラになりました」
過去に思いを馳せ、彼はポツリと呟く。
「二人の妹は他国の王族に嫁いでいき、母上は心労が祟って他界し、それがきっかけで一番下の弟は家を出ていった」
「へーぇ」
「だというのに父は懲りずに今回も政略結婚をしようと……」
「親失格だねぇ」
「それに統治者としても失格です」
魔界の統治者たるルシェルを一瞥して続ける。
「欲にまみれた者が君臨していてはやがてその地は衰退する。大義なき者に、統治者たる資格などありません。父には統治者を退いてもらう必要がありました」
「けひひっ、いいね」
父を批判するつもりで言ったアルベルトだったが、ルシェルには別のニュアンスで聞こえた。
予感を確信に変えるため、彼女は尋ねる。
「今の国王に大義はあるかなあ?」
「ありません」
やはりか、とルシェルの唇が歪んだ。
「自分はこの国が嫌いです。腐り切った王政が貴族を歪め、悲劇を生む。兄弟の仲など簡単に引き裂かれる」
自分自身のことを言っているのだろう。アルベルトはギュッと拳を握り締めた。
「全ては醜い権力争いから生じるもの。支配者が己の権力を守るために作った制度さえなければ、こうはならなかったでしょう」
「五大貴族の言葉とは思えないねーぇ」
ルシェルの言葉には反応せず彼は続ける。
「大義の名の下に統治していれば、それがやがて国をも衰退させると気づくはずです」
「難しいことを言っているけど、結局はこう言いたいんでしょーぅ? 弟や妹達の悲しむ顔を見たくない、ってさぁ」
「理想を言えば被支配者層の悲しむ顔も」
「そのためにやるべきことは何かなあ?」
「貴族制度の撤廃」
「それを実現するためには?」
「この国に――」
言いかけて、アルベルトは口を閉ざした。
ルシェルの口車に乗せらていたことに気づいたのだ。もっとも彼に発言を訂正するつもりはないのだが。
「けひひひっ、面白い話を聞けたよぉ。アルベルトは兄弟想いだねーぇ」
「……」
「でもあれだあ、そんな話を聞かれたら父と同じ国家転覆罪で捕まっちゃうよぉ」
「覚悟の上です」
「けひひっ、そうかい。しかし不思議だぁ、国王への忠誠心がないのに聖魔導騎士団に入るなんて」
相手のペースにならないよう、アルベルトは慎重に言葉を選ぶ。
「誤解されがちですが、聖魔導騎士団が仕えるのはエントポリス王国。国王一個人ではありません。国のためならば、王族すら処罰の対象になります」
「なるほどぉ」
「もっとも今はその理念を忘れてしまった者も多いようですが」
話は終わりだ、と彼が目で訴えれば、ルシェルは満足げに頷いてその場に転移魔法陣を展開した。
「アタイはこれから寄るところがあるから先に帰ってるよぉ」
「分かりました」
「あ、そうそう。死体はちゃんと火葬するんだよぉ。恨みが募って腐死者になる恐れがあるからねーぇ」
「ええ」
「じゃねー」
光に包まれ、彼女は姿を消した。
「……」
拳を開いて、アルベルトは汗にまみれた手のひらを見つめる。
「……統治者に大義がないのならば、大義ある者が新たな統治者になればいい。ドラゴニカ領の統治者に成り代わることができましたが、いずれはこの国も……」
再び拳を握ったアルベルトは表情を引き締め、一歩踏み出した。
――大義を重んじ、顔にこそ出さないものの弟達を案ずる長兄。それらを守るために決意を固める彼であったが、やがて大義と家族、そして愛の狭間で揺れ動くことになる――。
第二章はこれで終了です。いかがでしたでしょうか。
ようやくオリビアの婚約を巡る騒動に決着がつきました。ずっと人間界でドンパチやってきましたので、次章は……?
一言でもいいので感想を書いていただけますと天にも昇る気持ちです。感想お待ちしております!
最後に、大変申し訳ないのですが、次回からの更新は週に一回とさせていただきます。もっと頻繁に更新できたらいいのですが、なかなかうまくいかず……。本当に申し訳ありません。
それでは今後とも『【白】の魔王と【黒】の竜』をよろしくお願いいたします。
次回の更新日、6月1日に再びお会いできることを願っています。