Side-O 竜の家
「目の前に困ってる人がいるなら助ける。当たり前のことだろ?」
まさか魔族がこんなことを言うとは思っていなかったのか、俺の言葉を聞いてオリビアは口を開けて固まった。
「ず、ずいぶんとお優しいのですね……」
「優しいってのは少し違う。条件反射みたいなもんかな、助けを求められたらその人を助けずにはいられないっていうか……、説明するの難しいな。とにかく善悪を判断して助けているわけじゃない。もしあの場で兵士達に助けを求められていたら、オリビアのことは助けずに兵士達を助けていた」
「……え? そ、そうなんですか?」
「運が良かったな」
いまいち理解できていないようで、相変わらずポカンとするオリビア。まあ俺の考えを理解してくれる人はなかなかいないから仕方ない。
最近は反射で他人を助けるようなことはなくなってきたから、これでも以前よりはましになってきてるんだけどな。
「それに君が少し俺に似ていたから、っていうのもある」
そう、俺がオリビアを助けた理由はもう一つある。彼女が屋敷を抜け出して遠い人間界から魔界まで逃げてきたから、というものだ。この行動が、俺が城を抜け出して散歩したり、ついでに人助けをしたりする行動に重なって見えたため、彼女を助けずにはいられなくなったのだ。
誰だって自分と似た境遇の人を見れば助けずにはいられないだろう。それは人間だけでなく、俺たち魔族だって同じなのだ。
もちろん異種族を助けるなんて真似をする奴はめったにいないが。
「わたしがあなたに……ですか? でもあなたには角が生えてますし性別だって違いますよ?」
「いやそうじゃなくて……。やっぱりドジっ子だなオリビア。ドジっ子っていうか天然?」
『似ていた』の意味を勘違いして首をかしげる少女に苦笑する、と同時に確信する。いい意味でも悪い意味でもこの子は素直なのだろう。まさか俺の言葉を言葉そのままの意味で受け取られるとは思わなかった。
「ドジなんて言われてもあんまり嬉しくないです……」
そりゃそうだ。そんなことを言われて喜ぶ奴がいたらそれは変態だ。
「とりあえず、俺への質問タイムは終了だ。ここからはなるべく脱線しないでいこう。
名前を教えてもらったから、次は君の家・ドラゴニカ家について教えてもらおうか」
まだ俺に対する疑問は残っているだろうが、俺の素性を事細かに教えるつもりはないので強制的に質問タイムを終了させる。
文句を垂れるでもなく、彼女は一つ深呼吸をしてから話を始めた。
「わかりました、ドラゴニカ家についてですね。
……ドラゴニカ家は先祖に竜伐者を持つ武術に秀でた一族です。実際わたしと弟は魔法の道に進みましたが、他の兄姉たちは騎士の道へと進みました」
一旦コーヒーで唇を湿らせてから、彼女は話を続ける。
「またドラゴニカ家は王国五大貴族のうちの一つであるため、軍事はもちろんのこと政治的影響力も大きいです。今や国王に次ぐ権力者とまで言われていますし……。そのため常日頃失脚を狙った謀略や暗殺には気を払わなければなりません。
他にも一般人でも知っている我が家に関する情報は多々ありますが、大雑把にまとめるとこんなところでしょうか」
ゆっくりとした説明をし終えて、オリビアはふぅ、と息を吐いた。
いくつか知っているものもあったが、彼女の説明でだいたいドラゴニカ家について理解できた。
人間界においては、魔界における魔王家並の権力を有していると思っていいだろう。エントポリス王国は人間界最大の国家であるため、その五大貴族ともなれば有する権力は絶大だ。
他方魔界には東西南北4人の魔王がいるため、一人の魔王が持っている権力はエントポリス王国の国王ほどではない。よって両者の立ち位置は同等と見て差し支えない。
つまり、彼女は正真正銘のお嬢様だったというわけだ。
しかしそうなると屋敷を抜け出して来た理由ってのは、息苦しい生活に耐えられなかったとかだろうか? 一応本人に訊いてみるか。
「ドラゴニカ家についてはよくわかった。最後に屋敷を抜け出してきた理由を教えてもらいたい。魔界にまで来るくらいだから、きっと深いわけがあるんだろ?」
ここまでは多少戸惑いながらも穏やかに自身について語ってきたオリビアだったが、最後の質問を受けて初めて険しい表情を浮かべた。
「家を抜け出してき理由ですか……。絶対に秘密にすると約束してくれるのであれば話してもいいですよ」
「秘密にするも何も……俺は魔族なんだから人間と話すことなんてまずない。心配無用だ」
「あっ! そうでした!」
いやホントこの子は……。
「じゃあ話しますね。理由は2つあるんですけど、まず家での生活に疲れたという理由です。これは魔王のオラクさんにも理解してもらえると思います」
うん、そうだな。よくわかるよ。ずっと城にこもりっぱなしだと息苦しくなるからなぁ。
「そしてもう一つはどうしても結婚したくなかったからです」
「結婚?」
オリビアの口から飛び出た言葉に首をかしげる。
結婚したくないというのはどういうことなんだろうか。彼女は18,9歳くらいに見えるが、そのくらいの年齢ならば結婚するにはちょうどいい年齢だ。
それに結婚というものはゴールインと表現されることもあるように、幸せの絶頂を意味する言葉でもあるだろう。
それをしたくなかったとは一体どういうことだ? 今ひとつ理解できない。
「はい、結婚です。というのも我がドラゴニカ家が五大貴族だということはお伝えしましたが、ドラゴニカ家は王族や有力貴族らと契を結び勢力を拡大してきたのです。男子は武名高き一族から娘をもらい、女子は王族らに嫁いでいく――というように。……ここまで言えばわかるかと思いますが、わたしは家のために、王位継承権三位の第二王子に嫁ぐことになっているのです」
「なるほど、政略結婚か。ちなみに結婚が決まったのは?」
説明を聞いて納得した。たしかに恋愛婚なら幸せなことだ。しかし政略結婚を喜ぶ人は少ないだろう。彼女が屋敷を抜け出してきた気持ちもよくわかる。
「決まった時期はわたしも知りませんが、父上にそのことを告げられたのはおとといのことです」
「ふーん……ってすごいなそりゃ。驚いた」
「あまり驚いてるようには見えませんけど……」
驚いてるよ。ただ感情を表に出すのが苦手なだけだ。
「ところで件の結婚相手――第二王子はどんな奴なんだ? 国王の正妻の子で、南方に領地を持っているってくらいの情報はあるけど、そこまで詳しい情報は持ってなくて」
「えっと、騎士団長と互角に渡り合えるだけの豪傑らしいです。ただあまり頭の方は良くなくて……あと好色家だとか」
つまり腰の軽い脳筋野郎か。
「なんでオリビアの父親もそんな奴のところに――ってそうか、自分の権力を拡大するため、か」
それにしたってもう少しマシな男のところに嫁がせようとは思わないのかね。どこまでも自分勝手な奴なんだろうな。
だんだんオリビアのことが不憫に思えてきたが、これ以上感情移入するのは良くない。話を聞けば聞くほどドラゴニカ家が厄介だとわかってきたので、そんな家のご令嬢と深く関わってしまったらどうなることやら。ここら辺で人間界に追い返すべきか……。
「質問に答えてくれてありがとう。屋敷を抜け出してきた理由についてはよくわかった。だいたい聞きたいことについては聞けたから、この先は自由にしてくれて構わない」
「自由に……」
「魔界の風景を眺めたいなら最上階にある俺の部屋に案内するし、魔族の生活を見てみたいというのなら城下町を案内する。本当に何をしてもいいぞ。できるなら人間界に帰ってほしいが」
とは言っても家に居たくないからこそ魔界まで来たんだろうから、人間界には戻ってくれないよな。最悪誰かに面倒を見てもらえばいいか。
もうどうにでもなれ、とオリビアの顔を見つめ返事を待つ。しばらく髪をくるくるいじりながら考えていた彼女は、数分してからおずおずと口を開いた。
「これはお願い事になってしまうのですが……よろしいでしょうか?」
「構わない」
「助けていただいた上にお願いまでしてしまって誠に申し訳ないのですが……。あの、一時的に、本当に一時的にでいいので……」
「なに」
頬を上気させオリビアは顔をそらす。言いたいことがあるなら早く言ってくれよとは思ったが、彼女のペースというものがあるだろうからコーヒーを啜りながら待つ。
とうとう意を決した彼女はその状態のままポツリと呟いた。
「わたしの婚約者になってくれませんか」
「いやわけわからん」