Side-L 犠牲の下の権力か、愛の上の家族か
王子を引きずってパーティーが開かれていた部屋に戻ってくると、ほぼ同時に他の皆も戦った相手を連れて戻ってきた。
セラフィスだけ少し遅れてきたが、なんでも捕らえられていた配下を助けてきたらしい。
僕達は戦った相手を一箇所に集め、ロープでまとめて縛り上げた。
「皆傷を負ったんだね」
近くのテーブルに置いてあったジュースで喉を潤してから口を開く。
「セラフィスの傷が一番酷いな」
背中に深手を負った彼を見て、オラクが顔をしかめる。
「ネルという少女がなかなか強かったゆえ。Dランクだからと侮っていたかもしれない。ライト殿のことを知っているようだったが、貴公は彼女について知っているか?」
「あー、彼女は同期だね。強かったでしょ」
彼は静かに頷く。
「セラフィスに傷を負わせるってどんなDランクよ。ライトといいその女といい、Dランクは化物ばかりね」
「“虎子の巣窟”なんて言われてるからね」
「どういう意味?」
「中枢魔法協会はDランクでも十分すぎるほど稼げるから、昇給するのが面倒だって理由だけでDランクに留まる人がいるんだよ。実力はAランク並だったとしてもね。
そういう才能ある人を虎子に喩えて、虎子も一定数いるランクってことでそう呼ばれているんだ」
「玉石混淆ってことか」
話を聞いていたオラクがボソッと呟いた。
まさに、彼の言う通りだ。
「でもその理屈だと、Eランクにも強い人がいるはずじゃない?」
「ルナがそう思うのも無理はないね。説明してなかったけど、Eランクは他のランクと違って一週間に3回は依頼を受けなくちゃいけないんだよ。それ以外にも、最低ランクだからってことで厳しい規則がいくつかある」
「えっとぉ、つまりDランクの方が楽に稼げるし、規則も緩いからとりあえずDランクまでは上がっとくってこと?」
「そんな感じかな」
まあ普通はAランクまでいくんだけどね。やっぱり世間からの目も変わってくるし。
今みたいに強者がゴロゴロしてるのは珍しい。
「あの……ところで皆さん、怪我は直さなくて大丈夫ですか? わたしは回復魔法を使えるので、よろしければ治療しますけど」
既に自分の身体の傷は治したのだろう。ところどころが破けた服装に恥ずかしそうな様子を見せながら、姉さんがおずおずと口を開いた。
めっちゃエロいんですけど。
「俺は大丈夫だ。セラフィスの怪我を真っ先に治してくれ」
「吾輩も必要ない。これしきの傷、放っておけば治るであろう」
いや治らないでしょ。
「では、ルナさんの傷を癒しましょうか?」
「うん、お願い!」
姉さんはルナの正面にかがみ、そっと腹部に手を添える。
……セラフィスのことは放置するんだ。
「治りました」
「えっ、早!」
驚いたルナがお腹を触ると、傷は綺麗に塞がっていた。
「すごい! もう治ってる!」
彼女は上機嫌にその場でくるっと一回転する。
「ありがとうオリビア!」
「どういたしまして」
ニッコリと姉さんは微笑んだ。
嗚呼、本当に綺麗だなあ。この笑顔を僕は守りたかったんだ。
「さて、そろそろ先へ進もうか。まだこいつらからオリビアの婚約を破棄するとの言質を取っていない」
そう言ってオラクは僕の生物学上の父と王子に歩み寄り、首に注射器を刺した。
「それは?」
「脳に刺激を与えて強制的に活動状態にさせる、簡単に言えば眠りから覚ます薬だ」
少しして、薬を投与された二人は目を開けた。
「おはよう。存分に悪夢を堪能してくれたか?」
「……貴様は……。そうか、ようやく夢が覚めたのか……」
「お望みならもう少し眠っていてもいいが?」
「二度とご免だ……」
「そうか」と呟き、オラクは二人の首を掴んで無理やり立たせる。
「お前たち二人には話がある。オリビア、こっちへ」
息苦しそうに顔を歪める二人の下へ姉さんはゆっくりと近づく。
呼吸を整えてから、姉さんはしっかりと二人に向き合った。
「王子様との結婚についてですが、先ほども言ったようにわたしは結婚したくありません。婚約の話はなかったことにして下さいませんか」
姉さんと契約の魔法を交わしていたからだろう。父は渋々「好きにしろ……」と呟いた。
たぶん魔法っていっても呪いみたいなものなんだろうけどね。
一方王子はというと、未練がましく姉さんの顔……いや、それよりやや下を見つめていた。
「王子様はまだ自分の立場を理解していないようだね」
彼の視線で姉さんが穢れてしまわないよう、姉さんの前にそっと移動して、王子の眼前に魔剣の切っ先を突きつける。
「まだ姉さんと結婚できると思っているのなら、とてもおめでたい頭をしている」
「黙れ小僧がっ! おめでたい頭をしているのはそっちだ。王宮内でこれだけの騒ぎを起こせば直ちに聖魔導騎士団が駆けつける。お前達など騎士団の剣の錆にしてくれるっ!」
「ふん、結局他力本願か」
所詮王侯なんてこんなものか。
鼻で笑って、僕は切っ先を彼の喉元に持っていった。
「今すぐ婚約を破棄すると言え」
冷徹な声で王子を威嚇する。
「誰がそんなこと――」
「王子様に拒否権は、ない。これは命令だ」
「っ! 生意気な小僧め! 誰がそん――がはあっ!」
縄をほどこうとジタバタする王子の腹にブスリと剣を差す。
「なら、死ね」
彼から視線を外さず、僕は魔剣にゆっくりと魔力を流し込んでいく。
光を放ち始めた剣を見てようやく己の立場を理解したか、王子は慌てて口を開いた。
「わ、分かった! こっ、婚約は破棄する!」
血を吐きながら、王子ははっきりと言い切った。
後ろを振り向けば、姉さんがホッと胸を撫で下ろしていた。
「言質は取れたな。そろそろ金髪眼鏡が来るだろう」
ちょうどオラクがそう言ったタイミングで、部屋にアルベルト兄さんが入ってきた。
「片はついたようですね」
「ああ」
父と王子の近くまで歩み寄り、兄さんは懐から二枚の紙と立方体の箱を取り出した。
「父上、並びにグラハム・セルバルトン・エントポリス殿下、お二方に国家転覆罪の容疑がかかっています。聖魔導騎士団の副団長として、お二方を逮捕します」
「なっ、何を言っている! おれ様を助けに来たんじゃないのかっ!?」
「いくら王族とはいえ、犯罪者を助けるようには仰せつかっておりません」
そう言って箱を押せば、父と王子の音声が流れてきた。
何やら王位継承権がどうだの、国王を殺すだのと言っている。
国家転覆罪の容疑とか言っていたけれど、でっち上げの罪じゃなかったみたいだ。
「〜〜っ!! だが魔族を放置しておくなど許されることではないぞ!」
「仰る意味が理解できません」
兄さんがオラクに視線を向ければ、そこには黒角の生えていない好青年の姿があった。ルナやセラフィスの頭部からも黒角が消えている。
「魔族の姿などどこにも見当たりませんが?」
「なっ……! まさかグルだったのかっ!?」
絶望に打ちひしがれ、王子はガクッとうなだれた。
代わりに彼の横に座っていた父が兄さんのことを睨みつける。
「貴様……姿を見せぬと思ったらそちら側についていたか……。魔族の味方をするなど恥を知れ」
「魔族の味方をしたつもりはありません。自分はただ、愛する妹を守りたかっただけのこと」
「ほざけ。教えたはずだ……。我がドラゴニカ家繁栄のために肉親の情などいらん……。ただ家のことだけを考えろと……」
「その教えが間違っている。権力を拡大するために家族を犠牲にするなどもってのほかです。何よりも大切なのは家族。自分はそう思いますが」
「くだらん。家族を思えばこそ、確固たる権力を築き上げ、次世代へ繋ぐべきだ……」
「犠牲の下に成り立つ権力ほど脆いものはありません。それに家族を蔑ろにしていては、やがて家を離れる者が出てくる」
チラリ、と兄さんは僕の顔を見た。
「どうやら俺は息子の育て方を間違ったようだ……」
心が諦念で満たされたか、父はそれ以上続けようとはしなかった。
「オリビア」
「はい」
アルベルト兄さんは姉さんの方へ向き直る。
「この度は辛い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
深々と、彼は頭を下げた。
「もう貴方に結婚を強要することはいたしません。これからは自由に生きて下さい。入りづらいかとは思いますが、自分は屋敷で待っておりますので、いつでも貴方の心の赴く時に帰ってきて下さい」
「……はい」
「ライトも。自分はいつでも歓迎いたしますので」
表情を崩すことなど滅多にない兄さんは、ぎこちなく微笑んだ。
「今さら取り繕おうっていうの?」
「……否定はできません」
「まあ僕のことはどうでもいいんだけどさ。もし兄さんの言葉に嘘があるなら……姉さんを傷つけようものなら、容赦しないから」
「重々承知しています」
鼻を鳴らし、僕は魔剣を鞘に収めた。
「お前も大変だな」
「……ええ。貴方がたの兄妹仲が羨ましいです」
「えへへ。アタシとお兄ちゃんは相思相愛だもんね!」
「ブラコン」
「ああ!? ライト何か言った!?」
ルナの鋭い視線がぶつかる。
まったく、戦いが終わったばかりだというのに元気なことだね。
「そろそろ帰るか」
オラクが呟けば、部屋の中央に世界と世界を繋ぐ扉が出現した。
「じゃあ後はよろしく」
「ええ。父上達のことは、こちらにお任せ下さい」
兄さんと頷き合い、オラクは時空の狭間へ足を踏み入れる。
「皆、帰るぞ」
結局、今回も任意可変魔法陣は使わなかった。
懐をあさり、以前兄さんに貰った紙に触れる。
いつか使う時が来るのだろうか。正直、そんな未来は想像できない。使わないのももったいないし売ってしまおうか。
さり気なく兄さんの顔を伺う。
常に先を読む兄さんが『いつか使う時が来る』と言っていたのだ。念の為取っておこうか。
一番最後に狭間に足を踏み入れた僕は、本っ当に少しだけ首を動かして兄さんに会釈をした。




