Side-L 短気vs短気
同じ頃。
グラハムの屋敷ではルナとオーガが対峙していた。
「フハハッ、誰かと思えば2週間前に会ったヤツじゃねぇか。やっぱり魔族だったんだなァ」
「え? あんた誰?」
「ああん? まさかオレの顔を忘れたってのか?」
とぼけたルナの態度が気に食わなかったか、オーガのこめかみに青い筋が浮かぶ。
「あははっ、冗談よ冗談。忘れるわけないじゃない、弟に惨敗した人の顔を」
「っお前ぇ……っ!」
安い挑発に乗り、オーガは腰の剣を抜いた。
「ちょっとばかし実力があるからって調子に乗りやがって!」
「別にいいじゃない、本当に実力はあるもん」
「はんっ、負けてお前ぇの兄貴に泣きつかねーこったな!」
「……え?」
ピタリとルナの動きが止まった。
「フハハッ、まさか気づいてねえとでも思ってたのか? お前ぇの言動から、お前ぇが【東の魔王】の妹だってことは容易に想像がついたぜ」
「じゃあ……」
「お前ぇが兄貴にべったりだってこともバレバレだぜ。なあ? 甘えん坊さんよぉ」
「っ!!」
今度はルナのこめかみに青い筋が浮かぶ。
互いに闘気を滾らせ、膨大な魔力を垂れ流す。どちらも短気なため、まさに一触即発状態だ。
だが戦士としての礼か、2人はしっかりと名乗った。
「竜の家の【獅子】、オーガ・ドラゴニカだ。五大貴族の名にかけて、お前ぇをぶっ殺す」
「東の魔王軍四天王・【宵の月】ルナ・ジクロロ・サタン」
言い終わると、2人は同時に地面を蹴った。
「らあっ!」
「はあっ!」
本来は拮抗するはずのない剣と拳が混じり合い、激しい音を響かせる。
ルナが拳の一点にのみ魔力を収束させているため、想像以上の硬化を果たしているのだ。
幾度となく剣と拳がぶつかり合い、やがて五十合ほども交じえると、オーガの手に魔力が収束していった。
「――“雷爪”!」
「ふんっ、こんなの痛くも痒くもないっ!」
爪の形を成した雷がルナに襲いかかるが、彼女は魔力を纏わせた腕を振るい、いとも容易く雷撃をかき消す。
オーガの眼前で拳を開いた彼女はお返しとばかりに闇の魔法を放った。
「――“重力閉鎖結界”」
小さな手のひらから闇が広がっていき、やがてオーガを封じる漆黒の正四面体が完成した。
「重力に押し潰されて息絶えなさい」
ギュッと正四面体を押し潰そうとしたその瞬間、内から荒れ狂う炎が溢れ出し、オーガを封じる空間が瓦解した。
火の手から逃れるため、ルナは一旦距離をとる。
「フハハッ、甘え」
「……チッ」
「おら、今度はこっちからいくぜ。――“炎王牙”!」
剣を収めたオーガの両手から打ち出されたのは、獅子を象った炎。疾駆する炎は一息でルナに迫る。
彼女はとっさに障壁を張るものの、あっけなく焼き尽くされ、炎の牙は彼女の痩身に食らいついた。
「うう……いったあっ!」
「フハハッ、まだ終わらねーよ! ――“雷爪”!」
先ほどはあっさりとかき消された雷が迸り、ルナの身体に突き刺さる。
ここが攻め時だとばかりにオーガは立て続けに“雷爪”を打ち出す。
「こんの……っ! 消えなさいよ! 鬱陶しいわね!」
「フハハッ、どうだあ? 泣いて兄貴に助けを求めるか?」
「誰がそんなこと……! あんたなんかアタシ一人で十分よっ!」
「そうかよ。けど威勢はよくても現状はどうだ? 実際オレに手も足も出てねぇじゃねーかよ」
悔しそうに唇を噛み締めたルナは、チラリと天井を見た。
ジリジリと肉が焼けていく痛みを堪えながら、天井めがけて魔法を放つ。
「――“紅石連弾”」
「フハハッ、どこ狙ってるんだよ!? 天井に穴を開けて逃走するつもりかぁ?」
「誰が逃走なんかするのよ。言っとくけど、アタシは絶対に戦いから逃げないから」
笑みを湛えていたオーガの口角が、ゆっくりと下がっていった。
ルナが穿った天井から差し込む月明かりに照らされるように、彼女の周囲を漂う魔力がキラキラと輝き始めたのだ。
今までの何倍も熱い闘志を瞳に滾らせ、彼女はおもむろに口を開いた。
「――“月光姫”」
瞬間、光の柱が天に昇る。
光の柱にかき消されるように、炎の牙と雷の爪は弾き飛ばされた。
「何だ……そりゃ」
スゥッと光の柱が消えれば、そこには白銀のオーラを纏ったルナがいた。
「フハハッ、いいぜぇ、面白くなってきたじゃねぇかよ。だったらこっちも……。――“炎獅子”!!」
ルナに対抗して、オーガは橙色のオーラをその身に纏う。
「ライトとの戦いの時に見せたやつね」
「そうだ。あの時はしくじったが、今度はしくじるごぉほぉぉぉおおおおおおおおおっ!!?」
気づいたら、オーガは殴り飛ばされていた。
屋敷の壁を突き破って、月に照らされた庭へ倒れ込む。
「なっ……全く見えなかっ――!! ぐほぉっ!?」
再び彼の腹に鋭い痛みが走る。
「ぐはっ! がはあっ!! くっ、クソッタレが!」
なんとか抵抗しようと、彼は周囲に炎の壁を築く。そしてようやく、彼の正面に立つルナの姿を捉えることができた。
「おん前ぇ……。何でそんな急激に身体能力が上がった!?」
「身体強化魔法を使ってるからに決まってるでしょうよ。あんたバカ?」
「お前ぇに言われたかねぇよ!」
呼吸を整えながらルナのことを睨みつける。
「んー、まああえて言うなら、月の光を借りてるから?」
「月……だと!?」
そう言いながらオーガは夜空を見上げる。星こそあまり出ていないものの、東の空にはまだ昇り始めたばかりの満月が輝いていた。
「とにかくそんなことはどうでもいいでしょ。あんたはアタシに勝てない。その事実だけで十分」
「あぁん!?」
勝てない、と言われて気に触ったか、オーガが纏った橙色のオーラが一層激しく燃え上がった。
“炎獅子”は怒りを膂力に変換する魔法。そのことを思い出したルナだったが、特に焦りはせず、静かに姿勢を低くする。
土塊をはね飛ばし、彼女はオーガに接近した。
「っらあっ!」
ルナ本体こそ見えないものの、感じられる魔力から進路を予測して抜剣する。
“炎獅子”の効果で絶大な膂力を得ていたオーガの斬撃は確かにルナの魔力を斬り裂いた――
「にゃははっ、残念でした〜」
――にも関わらず、彼は背中に殴打の嵐を浴び、たまらず膝をついた。
「ぐっ……かはあっ! 何……が……」
後ろを振り向き、蚊のような声をなんとか絞り出す。
「“陽炎身の術”って言って、魔力の塊を本体と誤認させて攻撃させる、アタシとお兄ちゃんしか使えない特殊な技よ」
無い胸を張るルナから視線を外さずに、オーガは剣を支えにして立ち上がる。
「そうかよ。コソコソするのが得意な魔族様にはお似合いの技だぜ」
「はぁあ?」
「何か間違ったこと言ったか? 正面から打ち合うのが怖ぇから、わざわざそんなくだらねえ技を使って背後に回ってんだろ?」
「怖いって誰が! だいたい“月光姫”を使ってる今、正面から打ち合ったって負けないわよ! 何だったら必殺の魔法でも使ってみなさいよっ!!」
うまいこと挑発に乗ってくれた、とオーガはほくそ笑む。
剣を鞘に収めた彼は橙色のオーラを手のひらに収束させ、莫大な魔力を解き放った。
「お言葉に甘えさせていただくぜぇ!
――“闇炎葬”っっ!!!」
黒い電撃を伴った紅蓮の炎が地面を焦がしながらルナに迫る。近づいただけでも肌が焼けそうなその魔法を前にして、ルナはただ拳を引いた。
「はあっ!!!」
パアンと炎が弾ける。
たった一撃。白銀のオーラを纏ったルナの正拳突きは、跡形もなく炎を消し飛ばした。
「……んなっ……ばっ…………」
「ふんっ、だから言ったでしょ」
「一撃…………だと!?」
「この世に安寧をもたらす月の光は物事をあるべき姿へ戻す。“乱れ”そのものである魔法は本来の姿、ただの魔力へ還る」
「そん……なの……」
「まあアタシも魔法を使えなくなるんだけど」
「もちろん“月光姫”以外のね」と言って鈴を鳴らしたような声で笑う。
「それじゃあちょっと眠っててね〜」
「待……っ!」
驚きのあまり固まっていたオーガの腹に、小さい拳が突き刺さる。
吐瀉物を撒いて彼は地面に伏した。
「アタシの二つ名は【宵の月】。今夜みたいな満月の日に負けることはあり得ない」
そう言って、彼女は白銀のオーラを消したのだった。