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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第二章 この手に自由を
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Side-O 【塵仙】

 今回と次回、そして次々回は第三者目線です。


 ――ライトとグラハムの戦いが始まった頃――。



「ふぉっふぉっふぉ、おぬし一人でこのワシに勝てるかのぅ?」


 オリビアは転移魔法陣を展開し、日中御前試合が行われていた特設会場にやって来た。結界は消えていたが、起動装置は残っていたため、彼女は魔力を注いで五重の結界を張る。


 ――これならば存分に戦える。



「相手が誰であろうと関係ありません。婚約を破棄していただくためにも負けるわけにはいかないんです」


「ふぉっふぉっふぉ、確かにワシを打ち負かせなければ、ワシはお主をグラハム殿下の下へ連れて行くがのぅ。万が一、殿下が敗北していたとしても、お主を人質にして条件を飲ませるまでじゃ」


 「しかし」と、長く白い髭を蓄えた老人は続ける。



「ワシに勝つことはできんよ」


「なぜそう言い切ることができるんですか?」


「ふぉっふぉっふぉ、理由は単純。ワシが中枢魔法協会セントラルの元Sランカーだからじゃよ」


 オリビアの眉がピクリと動いた。



「【塵仙じんせん】のフォークス・コルバトントリ。ワシの魔法を喰らえばあらゆるものが塵へと還る」


「……わたしのことは殺さないのでは?」


「ふぉっふぉっふぉ! 今さら恐れているのか? なに、安心せい。殺しはせぬよ。じゃが、腕の一本くらいは取らせてもらうぞい!」


 フォークスと名乗った老人は杖を掲げ、魔力を練り上げた。



「――“炎渦えんか”!」


 彼の杖から放たれた炎がジリジリと武舞台の石畳を焦がしながらオリビアへと迫る。

 しかしオリビアは慌てることなく一瞬で魔力を練り上げ、“炎渦”の上位互換とも言える魔法を撃ち出した。



「――“竜炎渦ドラゴン・フレイム”」


 竜の形をした渦巻く炎がフォークスの魔法を呑み込み彼に迫る。



「なっ、なんじゃとぉぉぉおおおおおお!?」


 爆音が響いた。



「熱い、熱いぃぃぃいいい――と、言うと思ったかのぅ?」


「!?」


「ふぉっふぉっふぉ、【塵仙】などという二つ名がつけられているが、防御魔法もAランカー如きに引けはとらんよ」


 火の手が収まると、そこには透明の結界を張るフォークスの姿があった。



「この程度の魔法を防ぐことなど造作もないわ」


「……なら。――“氷河峡浸イローグ・ヨドル”」


「無駄じゃ無駄じゃい。地面を凍らせるだけの魔法など、脅威でも何でもないわい」


 猛烈なスピードで武舞台が凍りついていくが、フォークスは空中へ飛び上がり回避する。大気との激しい温度差に暴風が吹き荒れるが、そちらは結界を張ることで防ぐ。



「ふぉっふぉっふぉ、魔法を極めればこのように空を飛ぶことだって――」


 言いかけ、彼は口を閉ざした。

 オリビアの姿を見失ったのだ。



「――上かっ!」


 上空を見上げるのと同時に風の刃を作り上げる。対するオリビアは無数の氷の砲弾を構えていた。



「――“塵風刃乱波ドルウォストラ”!」


「――“氷瀑瓦解アイス・メテオ”」


 風の魔力と氷の魔力が激突し火花を散らす。

 より上空に位置する分、オリビアの方が有利か。そう悟ったフォークスは結界を解除し、持てる魔力を全て攻撃に回す。


 魔法の威力は完全に互角。埒が明かないと判断したか、両者は魔力の放出をやめてゆっくりと武舞台に降り立った。



「なかなかやるのぅ」


「Sランクとはいえ、現役を退いた“元”協会員に負けはしません」


「ふぉっふぉっふぉ、自信に満ち溢れておる。どーれ、一つその自信を砕いてやろうかの」


 そう言うと、彼は結界を張ってから呪文の詠唱を始めた。


 普通、魔法を使うのに詠唱は必要ない。使う必要があるとすれば、呪術。呪いの類いだ。

 そう結論づけ、オリビアはフォークスの結界の中に転移魔法陣を展開して炎の魔力を送り込んだ。


 だが――



「無駄じゃ」


「っ!」


「ワシが転移魔法を使えぬと思ったか?」


「――“ドラゴ――」


「――“塵風刃乱波ドルウォストラ”」


「……ぅっ……!!」


 彼女の背後に現れたフォークスが風の刃を放つ。虚を突かれたオリビアは迎撃する間もなく全身を切り刻まれた。



「ふぉっふぉっふぉ、青い青い! 転移魔法陣を展開するのに気を取られ、防御に手が回っとらんぞ」


 再び結界を張って、彼は呪文の続きを詠唱し始める。



「……防御ですか。あいにく防御の仕方は教わっていません」


「ふぉっふぉっふぉ! 攻撃しか頭にない猪突猛進女じゃったか」


「……結界や障壁を張るくらいならできますよ……」


 むっ、と頬を膨らませてオリビアが反論する。その可憐さに、フォークスは年甲斐もなく見とれてしまった。



「おっといかんいかん、術式が乱れるところじゃった」


「――“竜炎渦ドラゴン・フレイム”っ!」


「無駄じゃと言っておろう」


 なんとか呪術の発動を止めようと武舞台を埋め尽くさんばかりの炎の渦を発生させるが、フォークスの結界は表面こそ焦げはするものの、少しも破れる気配はしない。

 ただ、膨大な炎によって2人の間に壁ができ、互いの動向を探ることはできなくなった。


 炎が収まると、互いに一歩も動かずその場に立ち尽くしていた。



「ふぉっふぉっふぉ、炎で視界が塞がれている隙に逃げればよかったものを」


「逃げる理由がありません」


「勝てぬと悟って逃げることもまた戦いじゃ。勇敢なのと無謀とは別物じゃぞ」


「わかっています」


「ならばなぜ逃げんのじゃ」


「あなたに負けるとは思えないからです」


 毅然としたオリビアの態度にフォークスは忌々しそうな表情を浮かべる。



「力量の差もわからぬとは本物の猪突猛進女であったか! ワシの呪術を見ても同じ事が言えるか見ものじゃな!!」


 杖を構えたフォークスの周囲の大気が――いや、時空が歪む。



「全てを風化させる滅びの呪い!

 ――“塵芥の時人形スタウヴ・クロノドール”!」


 時空の歪みが収束し、それは一体の人型を象った。それ(・・)は糸でできているようにも、砂塵でできているようにも見える。顔を持たないそれ(・・)は不気味に一歩踏み出す。



「……? なん……ですか? それは……」


「ふぉっふぉっふぉ、今にわかる」


 ゆっくりと近づいてくるそれ(・・)に向けて試しに炎の魔力をぶつけてみると、炎はまたたく間に消えてしまった。

 氷、風、雷など様々な種類の魔力をぶつけても同じように消滅する。



「触れたものを塵に変える呪いですか」


「その通りじゃ。触れたものの時を加速させ、やがて朽ち果てさせる。形のない魔法などはただ消滅するのみじゃが、形あるものは塵へと還る」


「……」


「もはやお主になす術はない」


 ニイッとフォークスの唇が歪む。

 己の呪術に自信のある彼の脳内には『勝利』の二文字が浮かんでいた。



「……なす術がないかどうかを決めるのは、あなたじゃありません」


「ならば誰が決めるというのじゃ」


「わたしです」


「ふぉっふぉっふぉ! なんと傲慢なことか! ならばワシの“塵芥の時人形スタウヴ・クロノドール”を止めてみせよっ!!」


 オリビアにあと数歩と迫っていた人型は、ついに彼女に飛びかかった。


 とっさに障壁を張るものの、それ(・・)にとっては何の妨げにもならない。

 オリビアはその場を飛び退いてなんとか攻撃を回避した。



「ふぉっふぉっふぉ、無駄じゃ無駄じゃあ!! “塵芥の時人形スタウヴ・クロノドール”を止めることなどできん!」


 人型の攻撃を避けながらオリビアはフォークスに視線を向けた。



「――“雷桜封殺陣”」


「ぐほぉっ!?」


 彼女が呟くと無数の魔法陣が出現し、白桃色の雷撃が鎖となってフォークスを縛り上げた。



「ぐっ……、動けぬ……。じゃが、無駄じゃよ。“塵芥の時人形スタウヴ・クロノドール”はワシの魔力が途切れぬ限りどこまでも対象を追いかけ――」


 雷桜封殺陣の痛みに顔を歪めるフォークスはオリビアを睨みつけ、絶句した。


 彼女が練り上げる術式とたゆたう魔力の色、そして彼女の所作。

 それはかつて対魔族の切り札と呼ばれた、魔なるものを打ち消す聖なる魔法。



「……そ、の…………構えは……」


 人型との距離を保ちつつ術式を完成させたオリビアは、ついにその魔法を放った。



「――“聖心鎮魂歌レクイエム”」


 武舞台に響き渡る柔らかな音と温かい光。オーロラのように広がっていったその魔法は人型を捕らえ、その姿を光のヴェールで覆い隠した。



「馬鹿……な。その魔法は……」


 音と光が収まると、触れた魔法を消滅させるはずの“塵芥の時人形スタウヴ・クロノドール”は跡形もなく消え去っていた。



「その魔法は……っ! 選ばれし者にしか扱えぬ聖なる魔法! なぜそれをお主のようなAランカーごときが使っているのじゃ!」


「時代は変わったのです。一昔前は一部の人間にしか使えなかったようですが、今は条件さえ満たせば誰でも使えるのです。わたしはまだ未熟なので物に刻まれた呪いまでは浄化できませんが、あなたの呪術を消すくらいなら造作もありません」


「条件じゃと!? 一体どんな条件なんじゃ!!」


 後半のセリフはほとんど耳に入っていないようで、フォークスは唾を飛ばしてオリビアに尋ねた。



「それは…………えっと、ど、どうだっていいじゃないですか! ともかく、今は珍しくもない魔法なんですっ!」


 恥ずかしげに顔を赤くして、彼女は手のひらをフォークスへ向ける。



「問答は終わりですっ。時間はかかりましたが、わたしの勝ちです」


「ふぉふぉふぉ、ワシを縛ったくらいで何を粋がっておる。お主の魔法ではワシを倒すことなどできんわい」


 余裕たっぷりにそう言うが、全身を縛られ両手が使えない以上障壁や結界は張れない。使えるとすれば、転移のみ。



「――“竜炎渦ドラゴン・フレイム”」


「ふぉっふぉっふぉ! 青い青い! このような魔法など転移で回避でき――っ!? 回避でき……っ! 転移で! 回避っ! でき――るごぉああああああああああああああああああああああっ!!!」


 炎の渦に呑み込まれ、フォークスは武舞台の外にある結界に叩きつけられた。


 まっ黒焦げになった彼の下にオリビアがゆっくりと近づく。



「なぜ……じゃ……っ! なぜ転移が使えぬ!」


「言いましたよね、『結界や障壁を張るくらいならできます』と」


「……?」


「先ほど“竜炎渦ドラゴン・フレイム”によってあなたの視界を塞いでいる間に、転移防止の結界を武舞台の周囲に張らせていただきました」


「っ! 馬鹿なっ、あの僅かな間に!?」


 驚きに目を剥くフォークスの前に立ったオリビアは、静かに指先を向けた。



「――“雷桜封殺陣・参ノ型【とどろき】”」


「っぎゃぁぁぁああああああああああああっ!!!」


 フォークスを縛っていた雷撃の鎖がけたたましい雷鳴を轟かせ、彼はたまらず悲鳴を上げた。老いた身体にはもう限界が来ていたのか、彼はやがて意識を保つ糸を手放した。



「元Sランクという肩書にあぐらをかいて鍛錬を怠っていたであろう方に、わたしが負けるはずもありません」


 そう言って、彼女は武舞台の周囲を覆っていた結界を全て解除した。


 

 聖心鎮魂歌レクイエムについては機会があれば本編で詳しく解説しようかと思います。

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